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第七章
Ⅰ
しおりを挟む人の気配を感じる。
「んん…」
目を開くと目の前に奏ちゃんがいた。
…そうだった。
奏ちゃん、体調悪くて…
でもちょっと顔色は良くなったようだ。
良かった。
「…奏ちゃん。おはよ」
「…おはよう、ございます…」
「…起きてすぐ視界に入るのが奏ちゃん。
幸せだなぁ。」
「あの…あの、ごめんなさい。
今日のことは忘れてくださいお願いします」
そう捲し立てる奏ちゃん。
いつもの奏ちゃんに戻った。
嬉しいような、残念なような。
「…いつもあれくらい甘えてくれていいんだよ?」
「いえ、今回は特殊というか、
なんだかメンタルの調子も悪かったみたいで…
いつもはあんな感じじゃなくて」
必死に言い訳を並べている。
…いいのに。
いつも通りであってもそうでなくても、体調が悪いことには変わりないじゃない。
「迷惑かけて、ごめんなさい…」
また、謝る。
ちょっと悲しくなってきた。
「…迷惑なんて思ってないよ。
また、辛い時は呼んでね。いつでも。」
まだ、眠い。
それにまだ奏ちゃんは僕の腕の中にいる。
もうちょっとだけ、このまま…
遠くから奏ちゃんが何か声をかけていたけど、睡魔には抗えなかった。
「……ん?…し…さん、お……さい。」
腕の中で、何かがもぞもぞと動いている。
「しお…さ…。おきて……」
…奏ちゃんの声だ。
腕の中にいるのも、奏ちゃんだった。
「獅音さん?」
目を開く。
本日二度目の、起きてすぐ奏ちゃん。
何度見ても幸せ。
「獅音さん、起きました?」
「うん…」
「あの、そろそろ夜なので…起きましょう?」
そう言って、奏ちゃんはするりと僕の腕の中から抜けていってしまった。
「あの、すみませんでした…」
「僕こそ、ぐっすり寝ちゃってごめんね。」
ある意味拷問のような時間ではあったけど、それを上回る幸福度だった。
奏ちゃんも限りなくいつも通りに見える。
でも、
「何か作ります。
良かったらご飯食べていってください。」
「体調は大丈夫なの?
何かデリバリーしようよ。」
油断は禁物。
というか、普通に病み上がり直後の人に何か作らせるなんてことできない。
それなら僕が作るけど、人様のキッチンを好き勝手には使えない。
奏ちゃんを隣に立たせて指示させるのも当たり前になしだろう。
「でも…」
「いいから、こっちおいで。
一緒に見よう。」
デリバリーのアプリを開いて、さっさと注文を終える。
携帯を机の上に置いたら
「さて、それじゃあ奏ちゃん。おいで。」
注文が来るまで、くっついていたい。
数時間抱き締めて密着してても耐えられたんだから大丈夫。
「…どこに…」
あ、いつも通りに戻っても、側に来ること自体には躊躇わないのか。
よかった。
それなら、ちょっと調子に乗ってみる。
「ここ。」
自分の太ももをぽん、と叩くと
「はい?!」
自宅だからか、奏ちゃんは出会ってから今までで一番大きな声を出していた。
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