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第八章
Ⅳ
しおりを挟む今日の奏ちゃんはよく喋っていた。
「何食べますか?
甘いもの?しょっぱいもの?」
「奏ちゃんはどっちが食べたい?」
「どっちも捨てがたい…
獅音さんはどっちの気分ですか?」
なんだかいつもより会話が途切れない。
久しぶりの外デートで、彼女もはしゃいでいるのかな。
「このマグカップ可愛いですね。
新しいの買おうかな。
獅音さんはどれがいいですか?」
「僕?」
「はい。
獅音さんの分も買いたくて。
一緒にうちで使いましょう。」
彼女の家で一緒に使うマグカップを選ぶなんていかにも恋人らしい。
いつも楽しいけど、いつもより嬉しい。
来てよかったなぁ、なんて。
君の横顔を見ながら、呑気に思っていた。
また何か話そうと、彼女の唇が開く。
「………は……きじゃ……」
先程までとは違って呟くように溢れた言葉。
「ん?ごめん、どうしたの?」
奏ちゃんの顔を覗き込んで聞き返す。
奏ちゃんと目が合う。
そこでやっと、彼女の様子がおかしいことに気付く。
「ワインは好きじゃなかったですか?
無理して飲んでらっしゃるんですか?」
どこもかしこも笑顔の人混みの中、奏ちゃんだけが真剣な顔で僕を見ていた。
急に、どうしたんだろう。
ワイン?
どうして急にそんな話に…
「…そんなことないよ、熱くて」
「もう冷めてるでしょう。」
「えっ、と…」
人の行き来のど真ん中で立ち止まる僕たちを人々がちらりと見ては通りすぎる。
「…獅音さんが私に無理しないで欲しいって言ってくれたように、私も獅音さんに無理して欲しくないんです。」
「無理なんてしてないよ」
「私も無理なんかしてないです…!」
急に奏ちゃんが声を張り上げる。
鞄を握りしめている奏ちゃんの手が小さく震えている。
どうしよう。
どうすれば。
…おこってるの?
なんで。
なんと答えようか、何をすればいいのか。
とりあえず、落ち着いて…
「…今日はもう帰ります。」
「…え」
言葉の意味を理解する頃にはもう、奏ちゃんは人波を縫ってもと来た道を戻っていた。
「奏ちゃん!」
すぐ追いかけようと勢いに任せて前に進もうとしたとき、カップに残ったワインが跳ねて自分の手に流れ落ちる。
思わず舌打ちをする。
こんなもの持ってたら追いかけられない。
一気に飲みほして、すぐに後を追いかける。
ホットワインだったからアルコールはいくらか飛んではいるものの、普段飲んでいない人間が一気飲みなんかするものじゃない。
頭に心臓の音が響く。
自分の荒い息だけが聞こえる。
喧騒を抜けてしばらくすると、奏ちゃんの後ろ姿が見えた。
「奏ちゃん!待って!」
奏ちゃんの体が一瞬止まりかける。
気付いてくれたようだけど、立ち止まってはくれなかった。
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