あなたへ

深崎香菜

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誕生日の計画

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彼女の誕生日は7月末だ。
小さな頃、子供の日と誕生日が近いからと言って
お祝いが一緒だったと文句を言っていたのが昨日の事のようだ。
僕の家は子供の日は夜に妹らと柏餅を食べた。
それくらいしかしていないので子供の日にどういうお祝いをするのか知らない。
聞いてみると彼女は一人っ子らしい。
男の子のいない家なのにお祝いするのか…と笑い合ったことがある。

「こんにちわ。」
「亮ちゃんっっ」
彼女は僕の姿を見るなりベッドから飛び起きてこっちへ飛んで来ようとした。
両手を広げて、まるで漫画のようだ。
僕はニヤリと笑いそれを避けてやろうと思った。
しかし・・・・

「ぶべっ」

彼女は僕に辿り着くよりも先に転んでしまった。
「プッ・・・」
彼女は起き上がったものの、また顔をあげない。
「さ、明日香さんベッドに戻りましょう」
「・・・亮ちゃんの馬鹿ちん。
 今、笑ったでしょ…プッて吹いたでしょ!」
怒りながらこっちを見る顔は、
怒りでなのか恥ずかしさからなのかわからないが真っ赤だった。
「笑ってないですよー。
 ほら、口から空気が・・・・・・アハハハハハハ!!」
駄目みたいだ。これ以上笑いを堪えられない。
彼女は怒りながらベッドに戻り布団に潜った。

「ごめんなさいーってー。
 だって、何も無いところで転ぶなんて…
 明日香さん、吉本入れるくらいの転びっぷりでした!」
「ぜんぜんフォローになってない!」
「褒めてるのに?」
「褒めてない!!」
僕は一通り笑った後、布団に潜る彼女だけに聞こえるような声で話し掛けた。

「さて、本題に入ります。
 もうすぐ明日香さんの誕生日なわけですが。
 検査入院はいつまでなんですか?」
「ほえ」
彼女はやっとのことで布団から顔を出してくれた。
「いや、ね。
 3ヶ月のお祝いが病室内だったので
 誕生日くらい外で食事が出来ないかと思いましてね。」
そう、つい先日の話だが。
彼女が入院してしまったので約束のお祝いはこの病室内でした・
その日はお母さんにも伝えておいて、僕らは二人で一日を過ごしたのだ。
ケーキを買ってきて二人で食べたり話をしているだけでも楽しかった。
けれど、誕生日なのだ。
これは一年に一度のイベントなわけで…
その時くらいいいじゃないかというのが僕の意見。
それに、検査入院なんだから結果さえ良ければすぐに退院だって出来るだろう。

「もうそろそろ結果も出るだろうしねぇ。
 私29日じゃない?それまでには退院できてそうよ。」
「後10日かぁー。わかりました。
 そしたら一応お店とか予約してもいいです?」
「え。いいの?
 ありがとーっ!楽しみにしてるね」
「はい。しててくださいね」

僕らはその日ずっと誕生日、29日のことを話していた。
もし結果が出てなかったらどう抜け出そう…とか、
くだらないことをずっと喋っていた。
途中、お母さんが来たので話はストップしたのだが、
数分の間お母さんが席をはなしたときにまた話題が元に戻った。

「あらあら。何の話ー?」
「もうー!お母さんは何でも入ってこなくていーの!」
「えー。仲間はずれじゃないの」
「んもう!私と亮ちゃんだけの話なのっ」
そんな可愛い親子喧嘩を見るのはもう日常になっていた。
僕とお母さんは、(僕が思っているだけかもしれないが)
会う度に話すことも増え、溶け込んでいけた。
時々二人きりになると、
「明日香はどうです?」と聞かれることもあれば、
「僕がいない間の明日香さんってどういう人なんです?」と、聞いた事もある。
そのときに返ってきた答えが本当なのか、それともただのお世辞?なのかわからないが、
「明日香はあなたがいない間はいつも寂しそうに携帯を覗いているの。
 けどね、あなたからメールが着たらすごく笑顔になってね。
 本当は病院内だし携帯の使用は駄目なんだけど
 なんとも言えなくてね…先生に見つからないようにねって言っちゃいましたよ」
そう言ってお母さんはニコリと笑ってくれた。
僕は素直に嬉しくてただただ照れ笑いをしていた。



「ねぇ、お母さん」
「ん?なぁに」
「いつ退院?前は一ヶ月もいなかったしそろそろだよね?」
「…そうね。今週末には出れるはずよ。
 検査の結果を今日聞いてきましたからね。」
「どうだったんですか?」
「どーせ。また異常なしでしょぉ」
「・・・・・・ええ。そうね。
 なんともなかったわ。ほ、ら。あんた一人娘だしねいろいろ心配なの。
 わかってちょうだいよー。」
「んもー!
 また留年させないでよぉ!?
 今年は亮ちゃんと進級なんだから」
「あらあらー」
「それに!亮ちゃんは私が落ちたら一緒に落ちる運命なのよ!」
「?!」
「仲良しねぇー」
お母さん!?
止めてくださいッッ
「そうならないように努力します」
僕が苦笑いすると二人は大笑いした。
笑い事じゃないですってばぁ…

「そういえばお母さんさー。
 私と二人のとき、前は亮ちゃんって亮ちゃんのこと呼んでたけど
 最近は違うのねぇ?」
「ちょっと…言わないでよ!」
「あ、僕も気になってたんです。
 初めてお会いしたとき、『亮ちゃん』って言いかけませんでした?」
「…だってね、この子ずっとあなたのこと亮ちゃん、亮ちゃんって言うから
 わからないじゃない?名前…だからそう呼ばせてもらってたの。」
今度は僕らが笑うとお母さんは照れていた。
照れ方も似ている。
なんだか面白いな。
そういえばお母さんは僕のことを田村さんから亮介君になっている。
これもまた一つ進歩かな。


「あ。明日香。
 退院後の事なんだけどね。
 亮介君もいることだし意見を聞かせて頂戴?
 あなた、実家に帰る気はない?」
「…ないよー。
 せっかく今の暮らしにも慣れたし。
 今のところ大学にも近いしね。」
「…でもね、もしまたこんなことっていうか。
 またあんなふうに体調が悪くなったとき、
 今回は大学で亮介君が傍にいてくれたからいいけれど
 もし家にいるときなら一人なのよ?
 だから、実家にいたらその辺は安心でしょう?
 それに、近さだって少ししか変わらないし…」
明日香さんはダダをこねる子供様に承諾しなかった。
明日香さんにしては珍しいことかもしれない。

「亮介君はどう思う?」
「…僕ですか?
 ・・・・・・そりゃ、今回のことがお母さんの言う通りに
 一人のときだととても心配ですし、どうなるかわからないですけど。
 でも、明日香さんが望む生活ってのは駄目でしょうか?
 心配なのはわかります。
 僕だって同じ気持ちですから…
 それに、娘の事ですしね。けれど、明日香さんだってもう大人です。
 頭痛なんて風邪みたいなものでしょうし。
 彼女が頭痛を起こすのはいつも決まって夜更かしの後です。
 だからそんなに心配しなくても大丈夫ですよ。
 それに、もしものときは僕が駆けつけます」

僕がそういうと、お母さんは納得してくれたのか
それ以上何も言わなかった。
お母さんが帰った後、彼女はまた29日の話に花を咲かせるのだが、
母親の行為を蹴ってしまったことを後悔しているのか…
時々寂しそうな顔もした。
僕は何か言おうと思ったのだが、これは親子の問題なのだろう。
そこに僕が首を突っ込むのはどうだろうか。
だから今は何も言わないことにした。

「29日は抜け出しとかしなくっても会えるし
 なんかつまんないけど楽しみだなぁ~」
「つまんないって…
 抜け出すとかかなり迷惑かけるんですから…
 それをしないでいいってことを喜んでくださいよ」
「いいじゃない?
 愛の逃避行!」
「夜には戻しますから。」
「えぇ?!」
「えぇ?ってえぇ?!」
彼女は爆笑し、看護士さんに一喝され少し反省しているようだった。
僕はその姿が可愛くて仕方なく、そして込み上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。



僕は帰宅後、
ネットでいい店を調べたり、彼女のプレゼントを考えたりしていた。
彼女からのおやすみメールが着てから一時間…
時計を見ると夜中の三時をまわっていたので僕も布団に入る。
もうすぐ…もうすぐ彼女との生活が戻ってくる。 
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