あなたへ

深崎香菜

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退院

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あの日から数日後、彼女の退院が決まった。
僕はその知らせを聞くと嬉しくて思わず声をあげた。
ベタベタしすぎだとか、情けないだとか
思われがちかもしれないが
彼女のいない大学には行ってもつまらないし
彼女と過ごせない休日の夜ほど寂しく感じるものはない。
それが全て終わるのだ。
明後日彼女はあの病室を出る。
彼女が…帰って来る。



その日僕は昼の講義はもちろん、
バイトも休みを取り彼女の元へ急いだ。
また昼の講義をサボッタことを彼女とお母さんは怒ったが
そんなの僕は気にしない。
彼女がなんの問題もなく帰って来る日だ。当たり前じゃないか。

「そうか、亮ちゃんはそんなに落ちたいのかっ」
「えぇ?!
 亮介君本気なの?」
「いやいや……
 なわけないです。
 落ちないですし落ちたくないです」

僕がそう言うと、二人は何がおかしいのか笑い、また荷物の片付けに入る。
僕は役に立てているのかよくわからないのだが、
とりあえずまとまった荷物で大きい物は全て持った。
これくらいしか役に立てないのだ。

「亮介君、荷物は全部
 明日香の部屋に運ぶんだけど大丈夫?」
「あ、はい。
 時間はあるので僕は問題ないです。」
問題は彼女だ。
僕らは付き合って三ヶ月になったわけだが、
彼女の部屋に入ったのは数えるほどしかない。
彼女いわく、片付いてないだとかあげるのが恥ずかしいだとか……
そんな彼女が僕を簡単に部屋に入れるのだろうか?


「じゃあ亮ちゃん、
 今日はご飯食べていって?」
意外だった。
聞くまでもなく彼女は僕を入れてくれるみたいだ。
まぁ、荷物運ばせてばいばいもありえないが……

「ありがとうございます。
 それじゃあお邪魔しますね」
僕がそう返事すると彼女はにっこりと笑った。
今までに見たことのない笑顔……なんか怖いな。



その日、彼女の部屋に着くと
片付けをし、彼女が用意してくれた料理をご馳走になった。
お母さんは夕飯を食べる前に
「お父さんがスネルからね」
と言って帰って行った。



「ご馳走様でした。」
「はい。」
片付けを二人でして、その後はテレビを見ながら話して…
ずっとお預けだった休日のようだ。

もっと一緒にいたい。
そう思ってしまうのだけれど彼女だって今日は疲れているだろう。
それに明日から大学にも通うと言っている。
だったら尚更早く休ませてあげないといけない…

「さ、そろそろ帰りますね」
「え゛」
「え、じゃないです。明日から大学にも通うのでしょう?
 だったら早く寝て、身体を休めないと」
彼女は何を考えているのか少し黙った後、
「わかった」
と、珍しく素直だった。
「今夜は玄関まででいいですよ。」
僕がそう言うと彼女はとても寂しそうな顔をした。
「……駄目、です。」
今日は別れのキスも駄目だな。したら帰りたくなくなるぞ…



彼女は玄関まで来てくれて
僕らは「またね」なんかの言葉を交わした。
そしてドアに手をかけ、僕の足が一歩外に出た時だった。
彼女が僕の袖を掴んでいた。


「……明日香さん?」
彼女はまた下をむいたままだったが
明らかに真っ赤だったであろう。

「わた、し明日から学校なの………」
「あ、はい。
 いつもの…………」

「明日一緒に家を出ません…か!」

何を言いだすのかと思ったくらいに突然だった。
これは……お泊りのお許しが出たのか?
僕はゆっくりと彼女の方に向き直り、
「いい…んですか?」
と聞いた。

彼女はコクコクと頭を縦に振ってくれた。
僕は一歩外に出た足をまた室内に戻しドアを閉めた。
そしてドアが閉まる 音と共にスイッチが入った。
気が付けば僕は彼女を強く抱き締めてキスをしていた。


「亮……ちゃぁ…」
唇が離れる度に彼女が漏らす声に僕はまた欲情してしまう。
今日は疲れているだろうから……なのに僕は最低だな。


久しぶりなのもあるのかこっちまで緊張してきた。
前から緊張はあったがここまでしただろうか?
彼女の服を脱がす手が震える…

「明日香さん…
 跡……つけていいですか?」
季節は夏。一応…ね。
「は、い」
彼女は恥ずかしそうに答える。
僕はゆっくりと唇を彼女の胸元へと持っていき跡を残す。


しるし………





終わった後、僕は耳元で
「疲れているのにすみません」
と謝った。
彼女は首を横に振りながら
「私……嬉しかったよ」
そう呟いて顔を隠しながら僕の腕枕で眠りについた…

彼女のぬくもりが
僕の一番安心できる場所と実感した。



朝目覚めると彼女はまだ腕の中にいた。
珍しいな…
そんな事を考えつつもそんなことが嬉しかった。
僕は料理ができないわけではない。
言い訳になるかもしれないけれど…。
いや、レパートリーがレパートリーだから出来ない部類かもね。

とりあえず今朝は僕が朝食を作ってみることにする。
冷蔵庫はほぼ空状態。
しばらく彼女が家を空けていたのでそれは当然だろう。
昨夜の残りとして卵、ソーセージ、豚挽き肉(これは二人分のないな。)・・・・
卵とソーセージを勝手に取り出す。
トースターでパンを焼きながらフライパンを温めて卵を落とす…
一番簡単な手に出たのだ。目玉焼きとソーセージ…。


「明日香さん、起きてください。明日香さーん。」
彼女は目を覚まさない。
なんとなくからかってやろうと思った。

「明日香さん」
ゆっくりと髪を撫でる。
彼女が丁度こっちを向いて眠っていてくれるから出来ること…
「明日香さん、好きです」
そして軽くキスをする・・・・・・・


「わ、?!わぁ?!えぇぇぇぇぇぇえ?!?!?!」
いい雰囲気をぶち壊しにしてくれる声。
明日香さんの寝起き第一声。
「失礼だなぁ。人の顔見るなり叫び声上げるなんて」
僕は少し怒った感じに言い彼女を横目で見た。

・・・・放心状態?

「明日香さん?」
反応無し。
え、僕そこまでなことしてないです。っつかキスで目覚めたんじゃない?!
「明日香さん!」
「ふへぁ!」
何語ですか…
「またボーっとして。そんなに良かったんですか」
ニヤリと笑いながら言うと、彼女は顔を真っ赤にした。
「よよよよよよよよかったって何が?!
 あ、朝ご飯、たたべないと。それ、にシャワーも、しないちょ」
「…噛んでますかんでます。」
可愛すぎる。
何のせいでこれほど慌てているのかわからないが(キスが初めてな分けないのに)
とりあえず可愛い。
焦りすぎて言葉を噛むところなんて最高だ・・・・

「あへ。朝ご飯…」
「冷めちゃいます。顔洗ったならおふろの前にどうぞ。」
彼女はただただ驚いた顔をして自分の位置に座った。
「食材勝手に使いました。
 その…簡単料理ですけど、召し上がれ・・・・・」
「はい!」
彼女は嬉しそうな顔をして食べてくれた。
いつだったか目玉焼きとゆで卵は絶対半熟派と聞いてあったので半熟だ。
それも気に入ってくれたらしい。

「あ。そうだ。」
「ん?美味しいよ!」
「え、ありがとうございます。そうじゃなくって…
 さっきのことなんですけど…」
「このソーセージの塩加減とか最高ッッ」
「いや…だから」
「半熟も丁度良い!亮ちゃん案外イケルのねっ」
話を逸らすな。
無視だな、こっちも無視だ。
「いつからおきてたんです?」
彼女の動きがピタっと止まる。
そしてゆっくりと僕を見た後そのまま視線を手元のトーストに戻した。
「明日香さん?」
「・・・・・・から」
「へ?聞こえないです」
「…髪撫でられて起きました・・・・・・・」
まさか・・・・
キスするまで動かなかったじゃないですか!
思わずクサイこと言ってしまったけど…聞いてたってことか?!


「・・・・だよ」
僕がテンパってると彼女はまた小さな声で言った。
僕の動きも止まる。
とても小さな声だったが聞こえたのだ。

―私もだよ―

からかうつもりでキスして起こしたりしたのに
これじゃあやられてしまってるじゃないか…。
僕はソレっきり何も言わず黙々と朝食を食べた。
彼女も何も言わなかった。

朝から二人の顔は真っ赤だった・・・・。





「瀬戸さん!?」
教室に入ると中尾が駆けつけて来た。
コイツとはあの電車内で会った日からそれなりに仲がいい。
「中尾君久しぶりぃー」
「ずっと休んでたけど何かあったんですか?
 …コイツ何も言ってくれなくって。」
「…もう。亮ちゃんどうして秘密にするのー?別にいいじゃない。
 私ね、早退した日から具合悪くって
 あまりにも酷いからって母が心配して
 検査入院させられてたのよー。大袈裟でしょ」
彼女はそういうと舌を少しだけ出した。
中尾が検査結果なんかを聞いているとき
彼女は僕のことをチラチラと見た。
あぁ、そうか…。

「ごめんね…話し込んで」
「いや、もう気にしないで下さい。
 僕変な嫉妬はもうしないって決めました。
 そりゃ嫉妬はしますけどね…それに、アイツなかなか良い奴ですしね。」
「えー
 ヤキモチ妬いてよー」
意外な返事に僕はまた笑った。
そう、あの電車で遭遇してから数日後、中尾に言われたのだ。



「あの。さ。
 俺もう瀬戸さんのこと…あきらめたってわけじゃないけど
 まぁそれ前提で前に進んでるから。
 あんなに幸せそうな彼女見てほぼあきらめてたんだよねー。」
俺が一人で昼食を取っていると隣に座った中尾が突然言った。
「簡単にあきらめられるわけ?」
「…だから、ゆっくりあきらめてるんだよ!」
「…ふーん。」

それから俺らはよく話すようになった。
そう、気づいている。
中尾は諦めてる訳じゃない。
そりゃ多少諦めているだろうけれど未だ彼女が好きだ。
僕だって好きだ。気持ちが一緒だからよくわかる。
僕と中尾の違うところは
彼女が笑う姿を見て一緒に笑えるのと、
それを見て寂しさを感じ傷つくこと・・・・・

だから僕はそのことを考え、やはり中尾と接するのは遠慮していたのだが
それを中尾に気づかれてしまい怒られた。
「同情されほうが寂しいぜ。」
その一言からうまく付き合えるようになったのだ。


「なるほど。
 そんなことがあったんだ。
 それじゃあもう二人は喧嘩しないのね?」
「いや、そりゃするときだってありますけど…」
「しないでね?」
「…はい」
「よろしい!」

やっぱり彼女が隣にいる大学は一味違った。
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