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形だけの結婚式
しおりを挟む毎日のように彼女の病室には部長が誰かを連れてきた。
メイクさんや衣装が係りさんなんかだ。
「ドレスはこれに決定しました。
なので後はこのドレスに合うメイクをしていきましょうね」
彼女は頷く。
自分がどんな風に飾ってもらえているのかを
見れないということがとても残念だと言っていたが、
お母さんや部長らは大絶賛。
僕もこっそり見てドキドキしている。
(本番まで後少し…)
前日になるともっと大勢集まるのかと思ったが
部長一人が病室を訪れた。
「おす。
亮、それと瀬戸さん。
すみませんが今日は明日香ちゃんと二人で話させてもらっていいかな?」
僕はいつも出て行くので了承する。
お母さんも渋々だがOKを出した。
「…いい人なのね」
「はい。
部長は前からそうなんです」
「なんだかんだ言っても
あんなにスタッフさんを揃えたらお金が…」
「一応みなさん親戚の方が多いらしくって
その辺は大丈夫だと言ってくれました。
部長のことだから気を使って嘘をついているのかもしれませんが…
今回は部長の優しさに甘えさせてもらおうと思っています。」
「そう。
・・上手くいくかしら?」
「え…瀬戸さんですか?」
「いいえ。
あの人はもう勝手にしろって言ってくれてるけれど…
昨日から胸騒ぎがするの。」
「…胸騒ぎ?」
「大丈夫…よね?」
「…きっと。
幸せな一日になるとい…いえ、なります」
お母さんはニッコリと笑ってくれたが
どこか笑顔が曇っていて寂しかった。
夕方になり、病室には彼女と僕の二人だけとなった。
「今日ね部長さんが
自分が今まで撮った人や、物の話を聞かせてくれたの」
「ほう」
「そしたらね…気持ちが晴れて
明日の不安が全部吹っ飛んだんだー…
ずっと怖かった。
ドレス…似合ってなかったらどうしようとか・・・うん。」
「えっと…
それは僕がなかなか…」
「ちがうの!!
それは違うの…。
だって亮ちゃんの当日の楽しみの中に私のドレスがあるんでしょう?
…そう言ってくれたのスゴク嬉しかったよ」
彼女はそう言うと僕の肩に頭をおいた。
僕は頭をゆっくりと撫でる。
「ただね…
そうだからこそ不安だったの。
ガッカリさせたらどうしよう…とか。」
「相変わらずですね。
この間も言いましたけれど
息をするのを忘れるくらいだったんです。
大袈裟なーって顔をしない!」
彼女は安心したように笑って僕を見た。
「楽しみになってきたな…明日」
「はい」
僕はニッコリと笑いキチント座りなおす。
ぼんやりと遠くを見つめながら
彼女は僕の手を握った。
それに応えるように僕も握り返す。
彼女の顔を見ながら昼間お母さんに言われたことを思い出す。
―昨日から胸騒ぎがするの。―
それまでなんとも思っていなかったが
確かにそう言われてから胸の辺りが苦しい。
胃もたれとかそんなのじゃなくって…
説明しし辛いのだが…
「亮ちゃん?」
頭を撫でる手が止まったからだろう。
彼女は僕の顔を覗き込んだ。
「・・・・」
そのまま何も言わずにキスをした。
「…!!ちょ…ふ、不意打ち…」
「たまにはいいじゃないですか。」
「…たまにぃ?…嫌いじゃないからいいけどー。」
「もう一回しますか?」
「・・・・」
「んじゃやめます」
彼女は僕の袖をギュっとつかむ。
「なんでしょうか?」
「…意地悪」
「ん?よく聞こえない」
「お願いします…」
「よく言えました」
そうしてキスをしたとき、
いつのまにか胸の痛みは消し去られていった…。
「お前!たまに抜けてるっていうその正確直せよ?!」
「ご、ごごごめん!」
昨日の胸騒ぎの原因が朝になってやっとわかった。
僕はアパートで指定されたタキシードを着て出たわけだが
出る前に何処を探してもなかったのだ。
中尾が迎えにきて一緒に探してもらったのだが
見つからず、お店に電話してわかった。
「田村様ですね?
昨日お渡しの予定だったのですがお見えにならなかったので…
今からですか?はい、モチロンです。
お待ちしております」
そう…
何よりも大事な…
「ったく!
指輪を取りに行くの忘れたとか…
とにかく!瀬戸さんには報告だな」
「…ちょ!
明日香には言わないでくれ…殺される…」
「罰だな」
「あう…」
「おい!青だ、わたるぞ!」
目の前の道路の横断歩道。
なんと七分に一度しか青にならないという。
そこを通らないと教会には…行けない。
しかし僕は足を止めた。
中尾が渡りきったあと振り返り僕の名を呼ぶが僕は答えない。
「…よか…った。」
目の前で息を切らしている彼女…吉田さんがいたから。
「何してるの?」
「…止め…に…」
「何を」
「二人の…式」
「どうして」
「…田…む…ら君・・・ん・・・聞いて?」
「うん」
「わた…し、ずっとね…
人…の恋人を…とったり…してた。
でも…今回…今回は…」
「吉田さん」
彼女は突然割り込まれたので驚いた顔をした。
彼女の言いたいことは…わかった。
「もう・・言わないで。
僕は…その話を聞いていても聞かなくても、
明日香のことしか好きになれないよ。
…ずっと言いたかったけど
僕の思い過ごしかもしれないし…でも、やっと言えた。
だから、何も言わないで。」
「田村君…」
「ごめんね?」
「待って…わた・・私はちゃんと見えている!」
突然彼女が言い出した。
「私は・・あなたの笑顔も、悲しい顔も…
あなたが悲しかったら私は支えていける…
気づける…!
あの人にはそれがわからないでしょう!見えないんだから!
だから…だから…」
「やめてくれないか。そういうの」
「え…あ…ごめんなさい」
「彼女は…感じ取ってくれるよ。
見えていなくても。
彼女を侮辱するのは絶対にやめてくれ。」
僕はやっとのことで青になった信号を渡る。
ボサっと突っ立ったままの吉田さんを残して。
中尾が心配げにこちらを見ていたので駆け足になる。
七分も赤信号のこの横断歩道。
青信号の時間はわずか十二秒なのだ。
「悪い」
「…何があった?」
「…行こう。明日香が待ってる」
そう言い歩き出しながらそっと振り返ってみた。
頭にきていたとはいえ、少しキツク言い過ぎたかもしれない…いや、言い過ぎた。
「・・・・!!!」
「亮介!?」
僕は駆け出していた。
振り返った先で彼女は…
赤信号になった横断歩道を渡ろうとしていたから。
「吉田さん…!!!!!」
大型トラックがこっちへ向いて走ってくる。
彼女にはそれが見えていないのだろう。
そのまま足を止めた。
「吉田さん…!!」
僕は飛び出し彼女を突き飛ばした。
彼女は歩道の上に転ぶ。
そこで安心はしていられない。
僕も…僕も歩道の上に・・・・
「亮介・・・・!!!!」
右足を前に出した瞬間、
すごい勢いで僕の身体は宙を舞った。
右のほうにすごい衝撃を受けた気がした。
周りの音が不思議と聞こえない。
景色さえスローだ。
一秒が一分に感じられる時間の中を僕は舞った。
そして今度は全身に衝撃が走った。
痛みと同時に音が戻る。
トラックが道を反れている。
僕の視界には彼女…吉田さんがいた。
何が起こったのかと呆然としている。…助かったんだね。
「亮介…!亮介!」
中尾の声が耳に入る。
中尾に抱きかかえられて移動している僕の身体…
よく持ち上げられるよなー。
「亮介?しっかりしろな?
誰か…!救急車呼んでくれ!
誰か…!早く!!」
「お、俺呼びます!」
誰かわからない誰かがそう言って電話をしているようだ。
頭がボーっとする。
あれ…痛みも引いてきた。
「中…尾」
「馬鹿かよ…何してんだよ!」
「…僕の…せいで…さ、彼女…吉…田さん…殺せないだろ…?
助け・・・・たんだよ…ば…か」
「亮介、もういいよ。
わかった。ちょっと黙ってろな。」
ぼやけた視界の中で真剣な顔で僕を覗き込む中尾がいた。
あー…俺ら周りに変に思われるってばー。
「五分ほどで来るそうです。」
「…五分!?そんなにまてね―よ…
亮介、もう少しだからな。待てよ、待てよ!?」
…うっさいなー。
あ…れ。
なんかもうぼやけまくって周りが見えないや…
しかも…完全にもう痛くない。
一瞬だったなー。
そんな大袈裟にすることない気がするぞ。
「…きゅ…きゅ…しゃ…い・・ら…ね」
「いるだろ!?…だって、だって…こんな…こんな…血が…」
血?
マジかよ…。
タキシード…汚れたかなぁ…。
借りてるのにな。こりゃ買ってしまわないとな。
完全に痛みは消え、
周りが見えなくなったとき、僕はやっと気づいた。
さっきの大型トラックに僕はぶつかったのだろう。
だからトラックは道から反れていて、
僕の身体は一瞬宙を舞い(とても長く感じたが)
中尾はこんなにも泣きそうなのだ。
…そして僕の命は…終わろうとしているのだろう。
「…か尾…」
「なんだ、もうすぐだ、喋るな!」
「…ないで…」
「あ?」
「言わないで…あ…かに…明日香に…言わないで…」
「何言ってるんだよ!!」
「…何が…あ…っても…言…うな…ぜ…ったい。
お…ま…に…こんなこと・・・・・・た、たたのむの…ひど…いけ・・どさ、
あ・・・・・かを・・・・明日香…を・・・・たの…むよ…?」
瞼が重くなるのを感じる。
三日徹夜してハイテンションも通り越して睡魔との戦いに負ける瞬間。
あんな感じ。
「おい…亮介!
まだいくなよ…!
お前…瀬戸さんに言わないといけないことあるじゃねーか!!
ドレス…ちゃんと見て。
じっくり見て、綺麗だねって言わないといけないだろ!
まだ、まだ終わらせたら駄目に決まってるだろ―が!!
彼女…待ってるんだぞ?
お前にドレスをちゃんとじっくり見てもらって
綺麗だねって、素敵だねって言ってもらうのを…待ってるんだ!!
…なのに…なのに言う前にいっちまってどーすんだよ!!
なぁ、なあ!!!」
中尾の声が遠く感じる。
さっきまで自分のすぐ近くで聞こえていたのにな…。
「…ドレス・・・・見た…か…った…
い…っぱい…いっぱい…
綺麗って…凄い…って…
いちば・・・・んって…言いた…かった…
も…ったいぶり…すぎた…な」
「『かった』じゃねーよ!!
言うんだ。
お前は言うんだよ!綺麗だねって言うんだ!
だから…おい、おい!」
僕の頬に暖かい物が落ちる。
涙…だろうか?
中尾…泣いてるのかよ。情けないな。
…そんな僕も…泣いてるのかもしれない…
重い瞼の下が…熱い。
「…か…明日香…明日香…あす…か…あ…あす…か…か・・・・・す…か…」
「…け…亮…け!…たからな…!もう…ぐ…院…行ける…らな!」
中尾…声が…遠い…よ。
「あす…明日香…か・・・・あ…あ…明日香…あ…愛…あ…あ・・・・」
愛してる。ずっと、永遠に。
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