愛の花、その香り─

深崎香菜

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第二部 大学生編

第二十三話 オトモダチ

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 ずっと、友達が出来てほしいって思っていた。
 愛香ちゃんの気持ちを知る前はどうしてわたしが他の子と仲良くすると拗ねたり怒ったりするのかわからなくって、きっとそれは友達と楽しい時間を共有する楽しさを知らないからだと勝手に決めつけ、わたしは必死で自分の友達を愛香ちゃんに紹介しては仲良くするよう言っていた。
 毎度毎度嫌がられ、挙句の果てには喧嘩になったりもして……
 特に真美を紹介したときは酷かった。
 今まで以上に気のあう子で、はしゃいで紹介したのがいけなかったのかもしれない。
 愛香ちゃんは『二度とあたしの所につれてこないで!』なんて言ってたっけ。

 愛香ちゃんがこういった活動に興味を示し、自分からなんて事考えてみれば本当におかしい事だった。
 わたしは驚きと、一緒にサークル活動できる嬉しさで何も気づけなかったなんて、本当に馬鹿だ。
 最初、あの場でいつものように意地悪されて恥ずかしい反面、少し喜んでいる自分がいた。
 ここの所愛香ちゃんはすごく優しくて、なんだか物足りなさを感じていたからかもしれない。
 意地悪の最中、愛香ちゃんは絶対にわたしから目を逸らしたりはしない。
 だから余計にドキドキさせられ、頭の中が真っ白になるのだ。

 なのにあの日、ある声が店内に入り込んだ瞬間、愛香ちゃんはわたしから目を離した。
 それも、恥ずかしい答えを口にした後に……
 最初はわけがわからず、愛香ちゃんの顔をまじまじと見る事しか出来なかった。
 そして恐る恐ると呼びかけてみた時、愛香ちゃんの視線がある一点に釘付けになっているのに気づく。
 それは男の人。
 その人も愛香ちゃんの視線に気づいたのか驚いたような顔をした後、親しげに挨拶をしてこちらへと歩み寄ってきた。

 わけがわからない。あなた、何?
 そんな疑問がわたしの頭の中をグルグル回る。
 愛香ちゃんが嬉しそうにその人に話しかける。その嬉しそうな顔を見て気づく。
 あぁ、そうか。愛香ちゃんはこの人に会いたいがためにこのサークルに加わったんだ。

 愛香ちゃんに紹介される。
 相手は先輩らしく、佐藤という名前。二人の関係は“友達”。
 そう、ずっとわたしが愛香ちゃんに作ろうとしていた友達。
 それがわたしの力じゃなく、本人の力で作ったのだからここは喜んであげなくちゃいけない。
 そう、友達。ここでは愛香ちゃんを悪く言う人たちはいないのだから、こうやって友達が出来る事も不思議じゃない。
 さっきまでを見ていると、久美子ちゃんや里奈ちゃんとだって仲良く出来そうだ。
 そう、やっと出来たお友達。喜んであげないと。

 そう思っているのに素直に喜べない。
 ……何故?
 答えは簡単。喜ぶ隙さえも与えてもらえなかったから。
 わたしからの返事を待たずに二人の会話は膨らみ続ける。
 それは佐藤先輩が立ち去るまでの間、ずっと、ずっと……
 わたしはどうにかして構ってほしくって、ずっとさっきの答えを口にする。
 全く届く事のない気持ちを、何度も、何度も……



 二次会の誘いに、案の定佐藤先輩は来た。
 わたしは気分が悪いからと断り、行ってほしくもないのに愛香ちゃんには行く事を勧めた。
 けれど今更何を思ったのか、愛香ちゃんも二次会の誘いを断り一緒に帰路に着いた。
 お互い何も話さない。
 愛香ちゃんは少しわたしを心配していたようだったけれど、わたしは話したいとも思わなかった。

 ずっと望んでいた事じゃない。そう、望んでいたの。
 でも、実際出来た友人というのはわたしの知らない誰かで、すっごく仲がよくって……
 そうだ。きっとわたしが知らない人で、知らない間にというのがすごく引っかかっているのかもしれない。
 愛香ちゃんはわたしを好きでいてくれる。
 けれど相手は男の人。きっと好意がなければこんなにも親しくしないはず。
 共学に進む事を決めたのはわたしなのに、こんな事になるだなんて……


 恵美ちゃんの時、あんな事をした愛香ちゃんが今回何の説明もない事に腹が立った。
 だからあっけらかんとお風呂に入ろうとするのを引き止めた。
 チャンスを、与えているつもりだった。
 けれど愛香ちゃんから返ってきたのは間抜けなお返事。
 余計に腹が立ち、掴む手に自然と力が入ってしまう。
 愛香ちゃんが痛みに表情を歪める。どうしてだろう、少し嬉しかった。
 わたしの行動に対して、何かしらの返事があるからだろうか?

「何も言わないから、わからないわよ。どうしたの? ねえ、痛いってば。ちょ、っと痛い!!!」

 本当に? 本当に何もわからないの?
 頭に血が上る。そっから先のことは本当に、途切れ途切れ。
 まるでやっているのは別の誰かのようで、わたしは端から見ている傍観者のようだった。
「ねえ、あの人は、誰?」
 搾り出すように出た言葉。喉がカラカラで少し声が擦れていた。
「誰? どうしてあんなに仲が良いの? どうして、アイちゃんが、他の人とあんなに楽しそうにするの? わたしだって、アイちゃんと小説のお話、できるよ? 漫画も好きだけど、アイちゃんがオススメしてくれるなら、小説だって読むもん」
 そう、愛香ちゃんが望むのならわたしなんだって出来るの。
 愛香ちゃんが同じ趣味を共有したいのなら、小説だって読むし、感想を言い合ったりだって、できると思うの。
 だって、わたしたちは双子。同じなの。だからきっと同じ事を考えるから討論になったりなんてしないわ。
「珍しくあたしと気があって、初めて出来たお友達で、少し舞い上がりすぎていた。ごめんね? 歓迎会ではマナの事そっちのけだったね。ごめん、本当にごめんなさい」
 “友達”……ねぇ。友達が出来たら、大事な人をそっちのけでもいいの?
 ううん、別にそれでもいい。
 けど、あんな表情……わたしの前でしか見せてほしくない。
 愛香ちゃんの笑顔は、わたしだけの特権なのに……

 駄目。そう思っているのに手が伸び、愛香ちゃんの細い首を掴む。
 今度は死を恐れ、そしてもがき、苦しむ愛香ちゃんの表情にもっと、もっとと先を求めてしまう。
 愛香ちゃんの目から、一筋の涙が零れ落ちる。それがとても愛しくて、愛しくて……キスをしたくなった。
 キスをしようと苦しむ愛香ちゃんの顔にわたしの顔を近づけた時、少し手の力が緩んでしまったのだろう。
 その隙を衝かれてしまい、わたしの身体は後ろへと倒れこんでしまった。

 どうして……?
 どうしてそんなに拒絶するのよ……
 どうして?

「わたし……わたしの、一番、は……アイ、ちゃん、なん……だ、よ?」

 そうだ。わたしの中で愛香ちゃんは一番。
 一番好きな人。
 一番大切な人。
 一番愛している人。
 一番仲の良い人。
 一番近い人。
 一番分かり合える人。
 なのに、なのにきっと愛香ちゃんの中ではそれが変化しつつある。
 それが許せなくて、考えたくもなくて……
「マ、……ゴホッ……ハァ、ハァ……マ、マナ……」
 よっぽど苦しかったのか、未だ咽こんでいる愛香ちゃんの隣にしゃがむ。
 怯えたように身体をビクリとさせ、わたしから離れようとしたその身体を捕まえる。
 どうして逃げる必要があるの? 逃がさない。
「わたしの一番は、アイちゃんだって言っているのに……どうして、どうしてアイちゃんは応えてくれないの……?」
「そ、……んなの……ッ! この状態、じゃ……ハァ、ハァ、む、無理……」
「今だけじゃないじゃない。 ずっと、ずっとあの男と話してばっかりで……アイちゃんの目に、わたしなんて映っていなかった……あいつしかいなかった!」
 あまり騒ぐと、きっと両親が来てしまう。だから少し押さえ気味に……
 そんな事を考えられるのだから、まだまだわたしは冷静なのかもしれない。
 ううん、違う。だんだんと冷静になりつつあったのかもしれない。
 その証拠に、身体が震えているじゃないか。
 わたしは大切な人に……なんて事をしてしまったのだろう……
 愛香ちゃんは怯えたように縮こまり、呼吸を整えようとしている。
 何か言葉をかけようとするのだけれど、何を言えばいいのか、どうすればいいのか、わからない。
 ただ映像のようにして流れるさっきのやりとりが頭の中をグルグル……
 そうだ、もしかしたらわたしは愛香ちゃんを……大事な人を、殺してしまったかもしれない……
 本当に、取り返しのつかないことをしてしまうところだった。
「アイ、ちゃん……わ、わた、わたし……っ」
「い、ぃから……、だい、ぅぶ、だから……」
 大丈夫、と言っているのにその表情は苦しそうで……
 涙がボロボロと零れ落ち、苦しそうにしている愛香ちゃんを抱きしめる。
 それに応えるようにと、愛香ちゃんは弱々しくだけれど、抱きしめ返してくれた。
 ポツリと漏れる謝罪の言葉。
 それから愛香ちゃんが落ち着くまで、わたしたちはずっと抱き合っていたのだった……



 翌朝、少しキマズイかもしれないと思ったけれど、愛香ちゃんは普通に接してくれた。
 それが嬉しくて、そして情けない気持ちになる。
 いつだったか愛香ちゃんの過剰な行動に困り、そして拒絶の気持ちさえ持った。
 わたしはあの頃の愛香ちゃんになりつつあるのだろうか……
 それはいけない。そんな気持ち、押さえつけなくてはいけない。
 だから朝食へ降りる前に愛香ちゃんに声をかける。
 昨日の先輩の話だったために、一瞬愛香ちゃんの表情が強張ったのを、わたしは見逃さなかった。
「あの先輩は、アイちゃんの初めて出来たお友達なんだよね?」
「あ、ぅん……けど、もうあんまり関わらないようにするから。サークルも、抜けるよ」
「どうして?!」
「マナに変な心配をかけたくないからね。それに、あたしちょっと舞い上がりすぎるところがあるみたいだし」
「違うの、わたし、ちょっととられちゃうんじゃないかって思っちゃっただけ……もう一度、紹介してほしいな。アイちゃんの、お友達」
 そう、やっと出来た愛香ちゃんのお友達。
 愛香ちゃんもわたしが目に入らなくらいおしゃべりに夢中になるのは反省しているようだし、もう大丈夫だ。
 わたしもちょっと心が狭すぎた、かな?
 愛香ちゃんは普段見せないようなとびっきりの笑顔でうなづき、額にキスをしてくれた。
 うん、こんな愛香ちゃんを見れるのも、あの人のおかげかもしれない。
 これでもっともっと、愛香ちゃんとの遊びの範囲が広がると、いいなぁ。
 来週、月曜のサークル活動の時に先輩がいたら、もう一度紹介してくれるという約束を交わし、二人でリビングへと降りる。

 今日は愛香ちゃん、図書館へ行くって言っていたから、一日予定があいてしまう。
 わたしは図書館、ちょっと苦手。そうだ、愛香ちゃんが好きなスコーンを焼こう。
 お母さんもちょうどいないし、台所は好きに使える。
 一日の予定が決まるととても楽しくなる。
 ニコニコと笑い、朝食をとるのだった……
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