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出会い編

男の願い

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城の中は夜中にも関わらず、ランタンがあちらこちらで焚かれ明るいままだった。
王子様が運命的な出会いを果たしたというのに、相手の女性が忽然と消えてしまったのだ。

残されたのは美しいガラスの靴だけ。
家臣達は急ぎ今夜参加した貴族の家に手紙を書き始めていた。
その手紙には、残されたガラスの靴が合う娘を妃とする旨が書かれていた。

「お前のせいで話しが途中になってしまったじゃないか。」

「私のせいじゃない。というか、今日は私の妃を探す夜会じゃないか!私が優先されてしかるべきだ。」

ダルトワが王子に喧嘩を売っていた。
あの騒ぎの後、彼はバルコニーに戻っていたのだが、もうそこには誰も居なかった。
もう少し話しがしたかった。
そんな風に女性に対して思ったのは初めての事だった。

「逃げられておいて偉そうに。」

「ッ!?」

美しい男達が睨み合うさまを、お茶を注いでいたメイド達が熱いため息を吐きながら見つめていた。
遡ればダルトワも王子と同じ家系の為、2人は驚くほど雰囲気が似ている。
しかし一線で戦っているダルトワの方が逞しくそして大人の色気も兼ね備えていた。
彼も26歳とまだ若いが、10代の王子と比べると積み重ねてきたものが違う。

「…どっちも良い。」

年若いメイドの口からそんなセリフが出てしまうのも致し方ない事だろう。

「それで?60過ぎの変態に嫁がされるのだろう?助けるのか?」

王子の質問にダルトワは首を捻った。
この気持ちが何なのかまだ自分でも分からなかったのだ。

「そこまで首を突っ込むべきか悩んでいる。結婚を邪魔するという意味が分からない阿呆ではないからな。」

「じゃぁ、もう放っておけ。ただ一回会っただけの女だろ?」

「その一回会った女の為に、家臣を眠らせず働かせてるのはどこのどいつだ。」

王子は気まずそうに頭をポリポリとかいていたが、ダルトワからの嫌味など慣れている。
長い脚を組み直しソファーにどかりともたれかかると、わざと鷹揚に話し始めた。

「私は国民からも結婚を望まれている身だろう?私にとって結婚は仕事でもあるのだから、皆が働くのは当たり前の事だ。」

「フンッ、屁理屈を。」

ダルトワも負けじと長い足を組み直すと、冷えてしまった紅茶を一口含んだ。

「マグリッド、本気で聞け。ロンドバース伯爵だぞ。嫁を奪うにはかなり厄介な相手だ。変態で最低な男だが、金を稼ぐ才は本物だ。資産は王家をもしのぐと言われてるからな。」

「…分かっている。」

口を尖らし珍しく子供の様な顔で拗ねたダルトワを見て、王子は声を出して笑った。

「お前にそんな顔をさせる女が現れるとわな!ハッハッハッ!!あーぁ、腹いたい。もう好きにしろ。何があれば力になってやる。」

「…あぁ。感謝するよ。」

10も年下の王子に諭されてダルトワはきまり悪い顔で立ち上がると、片手だけ上げてその場を後にした。

ドアを開ければ彼の側近、イーストが立っていた。
陶器の様に白い肌、ブロンドの髪は腰まで長く、高い鼻梁に涼しげな目元、マグリッドとは違うイケメンだ。

「待たせたな。」

「いえ。」

そう答えたもののイーストの顔は何か言いたげだった。
マグリッドはスルーしようとしたが、イースがわざと咳払いしたり目線を送って来たりしている。
自室に戻る直前でその空気にとうとう耐えかねたダルトワは吠えた。

「言いたい事があるなら言え!」

「…。」

それでもイーストはしばらく答えなかったが、意を決したように切り出した。

「マグリッド様、嫁を連れて帰るのですか?」

「!?」

「しかも結婚前の女性を横取りするとか…本当ですか?」

「!!??」

ダルトワは驚いたまま固まった。
あの騒ぎの後、彼はそのまま王子の元でいたのだ。
フローラの事も王子にしか話していない。

「あのねぇ、マグリッド様は良くも悪くも目立ちます。女性に普段興味を全く示さないのですから、バルコニーで2人きりな所を目撃されれば野次馬が出てくるのは当たり前の事です。」

「…そうか。」

「貴方ともあろう者が野次馬の気配にも気が付かないなんて、スッカリ骨抜きじゃないですか。」

そんな事はないと言いたかったが、確かにあの場に野次馬がいたなど今知った。
逆にこの事で自分は骨抜きだったのかと改めて知る事となった。

「…確かに野次馬には気付かなかった。しかし…彼女を今妻にすると言えば、身持ちの軽い女だと彼女に悪い噂が立ってしまわないか?」

「…それはどうでしょう?結婚相手がロンドバース伯爵ですからね。破談になる方が普通だと思うんじゃないですか?」

「…むむむ。」

ダルトワは尚も懸命に抜け道を探していた。彼女に気があるとまだ認めたくなかったのだ。
自分はそんなに簡単に恋に落ちる人間ではないと信じて生きていた彼にとって、この出会いは晴天の霹靂だった。

「早くしないと彼女嫁いでしまいますよ?」

「…分かっている。しかし結婚を破談にさせるのだ。力付くという訳にはいかんだろ。」

「ハァー、根回し致します。」

「グッ…。」

逃げ道を塞がれ、後はマグリッドが認めるだけになった。イーストに目線だけで促されたが、彼は最後まで頷かなかった。

「…彼女を我が領地で雇う。」

「や、雇う!?」

「…そうだ。私の秘書にしよう…。」

(……子供か。)

最後の最後に出した結論を聞いて、優秀な右腕はため息を付いたのだった。
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