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出会い編

救出

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急に現れたその男を私は呆けた顔で見つめていた。
なぜ彼がここにいるのだろうか、自分を救出に来てくれた可能性だけは考えられなかったが、不快な行為が中断され少し安堵した。

(でも、彼には見られたくなかった…。)

見られたからどうだという事は無い。
彼と私は全く何の関係もないのだから。
それでもあの舞踏会の思い出を宝物にしようと大切に心にしまったのだ。
その時の自分が泣いている気がした。

「それで、何をしに来た?」

さすがのゴルディックも辺境伯に強くは出られないらしい。
ダルトワ・マグリッド、彼はこの国で英雄として褒め称えられているからだ。

このクランドル王国はイギリスに似た島国なのだが、東西に2つの国に分かれている。
歴史的背景から隣国のアンジェスタ帝国とは今でも争いが途絶えていない。
国境を守っているダルトワ辺境伯は何度もアンジェスタ帝国から送り込まれた兵を追い返して来た。
この国の平和が守られているのは彼のおかげと言っても過言では無いのだ。

「王城からの遣いで来ました。あぁ、フローラ嬢いましたね。」

私に気が付いたマグリッド様が私の姿に少し驚いた顔をした。
ドレスを身体の前で抱きしめて隠しているものの、剥き出しの肩や足を見ればその下はほぼ裸だと誰が見ても分かる。

(あぁ、死にたい。)

恥ずかしくて消えてしまいたかった。

「フローラに何用だ!?」

怒りを抑えていたゴルディック様の表情が変わった。
自分のものにちょっかいを出すつもりなら許さないと言葉にせずとも表情に現れている。

「ほら、例のガラスの靴ですよ。」

しかし、マグリッド様は飄々としたまま私の元までやって来ると着ていた上着を私の肩からそっとかけてくれた。

「なっ!?何を勝手にやっているのだ!?お前…甘い顔をしておれば…。」

怒りに我を忘れたゴルディック様が部屋の端に飾られていた剣を手にしようとした時、今までヘラヘラと笑っていたマグリッド様のオーラが一瞬で変わった。

「それを手にすれば容赦はしませんよ?構いませんか?」

彼は優しく微笑んでいるはずなのに皆を凍えさせる何かを全身から漏れ出していた。
室内の温度も気のせいではなく、物理的に下がった気がする。
ゴルディックも手を剣に伸ばしかけたまま固まっていた。

「さて、ではフローラ嬢、ガラスの靴を履いてみて貰えますか?」

「え?あっ、はい…。」

マグリッド様と一緒に来ていた男が冷や汗をかきながら私の元へと小走りでやって来た。

「大公様!?」

その男は陛下の側近も側近、シンデレラの世界にも何度も登場した大公様本人だった。
確かに映画でシンデレラの元へガラスの靴を持って行ったのは彼だったが、自分の所へこんな大物がやって来るなど夢にも思っていなかった。

「フローラ嬢、申し訳ありませんな。こんな所まで顔を出すような野暮な真似をしてしまいまして。」

大公様は気まずそうに視線をうろつかせていた。
それもそうだろう。
マグリッド様に上着をかけて貰ったとは言え、膝から下は隠れていない。
露出の高いドレスは肩や胸元、そして背中が大きく開いたものもあるが、足を出している女性を見かける事は無い。
この世界で貴族の女性が足を出すことはタブーなのだ。

しかも私の足元にガラスの靴を置かなければいけないのだから余計に気まずいだろう。

「では、読み上げます。」

大公様は陛下からの手紙を読み上げた後、私の足元にガラスの靴を置いた。

「それでは履いてみて貰えますかな?」

「…はい。」

入るはずないと分かっているのに、胸がドキドキした。
シンデレラで無ければ脇役でも描かれなかった私が一瞬だけヒロインになった。
そんな気持ちだった。

冷たい靴に足を入れた瞬間、靴に拒絶されたのが分かった。
ガラスの靴はただの靴じゃない。
魔法がかかった特別な靴なのだ。
持ち主以外には履かせないとばかりにサイズを変えているのだとその時気が付いた。

「大公様、申し訳ございません。私には小さ過ぎるようです。」

「…そうですか。ハァー。」

よほど疲れているのだろう、大公様は落胆を隠そうともしなかった。
居た堪れなくなってマグリッド様の方を見れば、なぜかご機嫌なマグリッド様と、当然ご機嫌なゴルディック様の姿が見えた。

「さて、これで終わりだな!!ほら、帰ってくれ!!連絡もなしに来た事を咎めもせんかったのだからな、さっさと早急に!!」

ニヤつくゴルディック様の顔を見ながら吐き気が込み上がって来た。
散々怒り散らしたせいか、顔の脂も酷く浮き出ているし、薄い髪も乱れてしまっている。
お腹をユサユサと揺らしながらやって来る彼の姿を死刑囚のような面持ちで見つめていた。

しかしその時奇跡が起きた。
私とゴルディック様の間にマグリッド様が立ちはだかったのだ。
長身な上に鍛え上げられた彼の身体でゴルディック様の姿は見えなくなった。
私はドキドキと煩く鳴り響き始めた胸を抑えながら彼の背中をただただ見つめていた。

「まだ帰れません。」

マグリッド様はそう言いながら、見た事もない量のお金を机の上にばら撒いた。

「アァ!?何のつもりだ!?」

「これはあなたがメルヴィス家にあなたが支払った分です。」

「な、な、何でこんな金!?」

驚くゴルディック様に見えないようにマグリッド様は一瞬こちらを振り返るとウィンクして来た。
私に大丈夫と言ってくれているようだった。

「フローラ嬢の結婚を取りやめて貰いたく来ました。」

「なっ!?何だと!?結婚はもう決まった事だ!!もう2週間後に結婚するんだぞ!!金などいらん!!早く去れ!!」

「それは無理です。」

「何!?」

「もう陛下の許可を頂いて来ましたからねぇ。」

マグリッド様は芝居がかった態度でゴルディック様を煽った。
後ろで控えている私はただただオロオロとするばかりだ。

「お前ぇぇえ!!フローラをどうするつもりだ!!??もしやお前の嫁に!?」

「…いえ。彼女は…。」

ゴルディック様の問いにマグリッド様は一瞬考え込んだ様子を見せた。
今や私の心臓は飛び出しそうな程強く胸を打ち鳴らしている。

「彼女は何だ!!??」

「……私の秘書に。」

「はぁ?あぁん?はっ、はぁ!!??」

マグリッドの発言に驚いて固まったゴルディックはスキだらけだった。
今のうちにとマグリッドは私を抱き上げた。

「キャッ!」

「フローラ嬢失礼。素肌に触れる事を許して欲しい。」

真摯に謝られ私はコクリとだけ頷いた。お姫様抱っこのこの体勢ではとてもじゃないけども彼の方は見れない。
彼の身体に顔を埋め、ことの成り行きを見守る事にした。

「ロンドバース伯爵、フローラ嬢との結婚で支払った金は今返金したので、結婚は無効だ!」

「なっ!?」

「不服申し立ては陛下が承るのでそのように!では失礼!」

「ちょっ、貴様、待て!!!待たんか!!!フローラ!!!コラァー!!!」

背後でゴルディック様が叫んでいたが、マグリッド様の足の速さに付いて来られていないようだ。
ゴルディック様の家臣達も陛下の指示とあっては手が出せないらしく、その後2人を捕まえろと言ったゴルディック様の言葉に従う者はいなかった。

(それにしても秘書って??)

疑問は残るが、熱い彼の身体に触れているうちにウトウトと眠たくなっていた私はいつの間にか意識を手放していた。
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