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本当の始まり

夜会はマリア目線で語られる

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あれから数日、特に事件も起きず夜会の日を迎えた。

私マリア・クレメンティー子爵令嬢は緊張していた。今夜の夜会が初デビューという訳では無いが、こんな大規模な夜会は初めてだった。
この様な晴れやかな場でヘンリー様は私を指名して下さった。とても鼻が高かった。
私は父親に連れられ王城へと向かった。
クレメンティー家の夫婦は冴えない顔をした冴えない2人だ。彼らのおかげで貴族の仲間入りが出来たわけだから、そんな言い方はあんまりかもしれないが、仕方がない。
彼らの顔は何度見ても思い出せない。そんな顔をしている。
お父様にエスコートされながら、大広間までやって来た。
きらびやかな世界にきらびやか人達で飾られた今宵の夜間は、本当に盛大なものだった。
色取り取りのドレスが花の様に咲き誇り、彼女達が動く度に、宝石を散りばめたアクセサリーがキラキラときらめいていた。

今私が身に付けている物は、上から下まで全てヘンリー様が用意してくれたものだった。
私の髪と瞳の色に合わせた淡いピンクのドレス、スカート部分に流れる様付けられたドレープが幾重にも重なり、歩く度にふわりふわりと美しくたなびく。
アクセサリーも見るからに高級な物をいくつも贈られた。
私を見れば、ヘンリー様に寵愛されていることは一目瞭然である。
私は胸を張って堂々と大広間を通り、彼の元へと向かった。

途中、クリスティーナが見えた。彼女はシャンパンゴールドの身体のラインが露わになる大人びたドレスを着ていた。
背中が露出されたドレスだが、髪を結っていないので、髪が動く度に背中が見え隠れする。
周りの男の視線を奪っていた。

さすが私のライバル。

私が彼女から目を離し前を向いた時に、イザベルとニコラスが2人でいるのに気が付く。
私はほくそ笑んだ。2人はどうやら上手くいっているようだ。
私はわざと彼女に近付く。私のドレスを見せびらかす為に。

「御機嫌よう。ニコラス様、イザベル様。」

私は美しく淑女の礼を取ったが、イザベルは扇子で口元を隠し、眉間にシワをよせた。

「ここは学園ではないのですよ。マリアさん。上位の貴族に自分から挨拶してはいけません。習いませんでしたか?」

彼女はそう言い放った。
乙女ゲームの彼女と重なる。これは本当は嫌味ではなく、私が他で困らない為に教えてくれているのだ。ゲームを知っている私は分かっているが、ヘンリー様を手に入れる為には傷付いたふりをして、大げさに謝らなくてはならない。
彼女の事は大して嫌いではないが、ヘンリー様を手に入れる為なら私は何でも出来る。

「申し訳ございません。この様な大きな夜会は初めてだったので、緊張して、、私っ、、。」

私は大きめの声でそう言うと涙ぐんだ。ヘンリー様が走ってくる音がする。
下をうつむき私は笑った。

「イザベル、マリアに何をした!」

ヘンリー様のイザベルを咎める声が大広間に響き渡った。皆何事かと振り返る。
ニコラスがイザベルの前に立ちはだかり、今あった事を説明する。

「イザベル嬢は、マリア嬢に貴族の仕来りを教えただけだ。その様に目くじらを立てるほどの事は何もなかった。」

ニコラスの言葉を聞いて、ヘンリーは彼を睨みつけた。

「それでマリアが泣いたりするものか。私への当てつけなのか?」

イザベルは首を振る。本当に泣きたいはずの彼女は気丈に振る舞っていた。
私はしおらしくヘンリー様の腕を取り、良いのですと囁く。
ヘンリー様は私の肩を撫で、向こうへ行こうと言った。
私は2人を残し、大広間の前へと連れて行かれる。陛下へ挨拶をすませると、彼にダンスに誘われた。
ゲームの彼より黒いオーラが出ているのが気になったが、今はこの幸せを満喫しようと思った。

ゲームではダンスパーティーなど何度もこなしてきていたが、実際のダンスはゲームとは全然違う。重いドレスを翻し、高いヒールを履き、それでも優雅に舞わなくてはいけない。
ヘンリー様はダンスのリードが得意だと有名なので、少々の失敗はカバーしてくれるだろう。
しかし、婚約者のイザベルはそれは優雅にダンスを舞う。彼女と比べられる事は必至だ。
私は肩に力が入る。

「マリア、落ち着いて。私がリードするから、楽しんで。」

彼の顔を見上げると、彼はいつもの優しい笑顔を向けてくれていた。自然と肩の力が抜ける。
音楽が始まり、私達は最初の一歩を踏み出した。
周りを見れば、イザベル、クリスティーナも同じフロアで踊っていた。
出会い方が違えば友達になれたのだろうか、、しかし私は、、目の前を見るとヘンリー様が微笑んで下さる。

その時だった。

「、、ふざけないで、、。」

女の声が聞こえた。
私の後ろ側で踊っていた女が急に振り返り私に抱き付いた。突然の事で私は分からなかった。自分の背中にナイフが刺さった事を。
そしてスローモーションの様に動く世界の中で、驚き固まるヘンリー様、遠くで見ているだけのサーキス、周りの人も同じように固まる中、1人私に駆けてくる人影が見えた。

「クリスティーナ・バレンティア。」

彼女だけはぼやける世界の中で鮮やかに見えた。ドレスのスカート部分を持ち上げ、太ももを露わにし、必死な形相で走ってくる。

「フフッ、、あなたは誰にでもそうなのね。」

ヘンリー様に抱き止めて貰えず、私は床に転がった。しかし、すぐに抱き上げられ、治療魔法が施されるのが分かった。
朦朧とする意識の中で私は考えていた。
ヒロインとは幸せになるまでは不幸のどん底なのだと。
昔読んだ、家族にイジメられていた女の子が魔法で綺麗にしてもらい、舞踏会で王子様と出会い結ばれる話しも、王子様と結婚するまでの何年もの間、地獄のような日々だっただろう。
私は不幸を味わって味わってきっとヘンリー様と結ばれるのだと、、。
私は思っていた。
ヒロインになれば私は皆に愛されて、そしてヘンリー様に選ばれ、生涯幸せに暮せると。
しかし今は知らない女に刺され死にかかっている。
何のために生まれ変わったのか、、。
笑いが漏れる。

私の耳にはクリスティーナの私を呼ぶ声が聞こえていた。

うるさい女ね、、本当に馬鹿でお人好しで、、どうしようもない、、、

私はそこで意識を手放した。
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