迎えに行くね

たま

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出会い

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バイトが始まり2週間が経った。
明日が入学式で、大学生活がようやく始まる。
学校に慣れるまでは平日のバイトはお休みになり、土日祝日のみになる。
坂本店長は土日祝日の方が手が足りていないのでありがたいと喜んでくれた。
ちなみにパン屋のお休みは火曜と水曜である。

あれから結局隣の人には会えないずくだった。バイトの帰りに電気が付いているのは見かけるのだが、姿は一度も見た事が無い。
そしてその人はおっちょこちょいなのか、お湯を流しっぱなしにしているということが良くあった。
最初は気になっていたが、だんだんそれも気にならなくなっていた。

「明日から大学生活かぁ。」

今日の夕方、兄だが様子を見に来ると言っていたので、バイトを3時に上がらせて貰い、家でゴロゴロとしていた。

すると202号室と繋がっている壁の方から、ゴンッゴンッという音がしてくる。
最初は掃除機をかけているのかと思っていたのだが、肝心の掃除機の吸う音がしてこない。ただ壁に何かが当たる音だけが響いてくるのだ。

「ボールでも投げてるのかな?」

大学生しか入居出来ないはずだが、弟や妹でも遊びに来ているのかもしれないと納得し気にしないようにしていると、次は女の人の泣き声が聞こえた。
シクシクとすすり泣くような声が聞こえる。

「泣き声?」

ボールを投げた後に泣き声、、私は全く意味が分からなくなり固まった。
その時だ。

ピンポーン

私の部屋のベルが鳴った。肩をビクッとさせ私は恐る恐る玄関へと向かう。
ドアに付いた覗き穴を覗くと兄が立っていた。

「何だ。」

ホッと胸を撫で下ろし鍵を開ける。鍵を開けた音が聞こえたのか、私がドアを開ける前に兄がドアを先に開けた。

「久しぶりだな。ん?顔色が悪いけどどうかしたのか?」

「顔色悪い?何も無いよ大丈夫。」

私は今あった事を兄には話さなかった。どう説明して良いか分からなかったからだ。

「そう言えば隣人が入ったらしいよ。」

「隣?管理人さんが入る予定は無いって言ってたのに急だな。会ったのか?」

「まだ。でも夜明かりが付いてるから間違いないよ。」

「そうか。それで一人暮らしはどうなんだ?」

兄は靴を脱ぎ部屋へ入って来た。私は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップを2個持ってから付いて行く。

「ようやく慣れてきたかな。最初は夜寝るのが怖かったけどね。」

「お前でもそんな可愛い一面があるんだな。もう怖くないのか?」

「バイトの帰りがチョット。今からは6時過ぎても明るくなるだろうけど、冬はその時間真っ暗でしょ?それが怖いかな。」

「それなら暗くなる前に帰らして貰え。危ないだろう。」

大学生にもなって暗くなる前に帰る子などいないだろう。兄はこういう所が過保護である。

「でもサークル始まったら暗い時間に帰るだろうし。そうも言ってられないよ。」

「サークル入るのか?」

「まだ決めてないけど、せっかくだから何か入りたいなと思って。あっ…ごめん。」

私は兄が勉強とバイトに明け暮れている事を思い出した。申し訳無くて素直に頭を下げる。

「ハハッ、今日はどうしたんだ?気持ち悪いな。気にすんな。お前が大学生活を楽しめるように兄ちゃん頑張ってるんだから。お前が楽しいなら俺は嬉しいさ。」

「お兄ちゃん…。」

私は大きくなってから初めて兄とちゃんと向き合えた気がした。今まで母を介して兄と話しをしていたのがいけなかったのかもしれない。

「さて元気な顔見れたし帰るわ。」

「えっ!?もう帰るの?」

「何だ寂しいのか?今からバイトだよ。そんなに寂しいならたまには家に帰って来いよ。」

兄は私の頭を撫でてから立ち上がり帰って行った。
見送りをしようと玄関を出て手を振る。兄が歩いて行く姿を見えなくなるまで見送り部屋に戻ろうとした時、202号室のドアが開いた。
中から出て来たのはアイドルの様に可愛い女の子だった。
私の顔1つ分ぐらい小柄なその人は、顔も小さく色白で、目は二重でパッチリ、そして長い睫毛に縁取られている。
サラサラの黒髪は肩より少し長いくらいで、淡い黄色の小花が散りばめられたワンピースがとても似合っていた。

「「あっ…。」」

目が合い驚いた声が重なった。
あまりの可愛さに私はボーッとその子を見てしまう。居心地悪そうな顔をされ、私は慌てて挨拶をした。

「私怪しい者じゃないの!201号室の中本紗凪って言います!」

その可愛らしい子は少し戸惑った顔をした後口を開いた。

「私は雪村花音かのんです。」

見た目も可愛らしければ声も可憐で可愛いらしい。

「えーっと、雪村さんも大学生なんですよね?私明日から冬月学園に入るんですけど…雪村さんは?」

「私はノートルダム女学院に…。」

ノートルダム女学院と言えば、偏差値で言えば兄の通う大学の方が高いのだが、倍率がノートルダム女学院の方がかなり高いので県内では一番の難関校であろう。

「凄い!雪村さん頭良いんですね!雪村さんも今年からですか?」

私の問いに彼女はコクリと頷いた。

「じゃぁ、タメだ!良かった。隣の人がどんな人か気になってたんです。」

私がニコニコと言うと、雪村さんも少し警戒心を解いたのかニコリと笑った。
ただでさえ可愛らしい彼女が笑うと、もう悶絶する程の可愛らしさである。

「あの…これから4年間よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

この挨拶をキッカケに私達は良く顔を合わせるようになった。
今まで顔を合わせなかったのが嘘のように毎日バッタリと会うので、仲良くなるのに時間はかからなかった。
仲良くなってからは、私の部屋に花音ちゃんが遊びに来るようにもなった。
たわいもない話しをし、休みの日に一緒に過ごす事もあった。

しかし、私は一度も花音ちゃんの部屋には入った事は無い。
花音ちゃんのお父さんはかなり厳しい人らしく、夜になるとちゃんとアパートに戻っているか偵察に来るらしい。
その父に見つかっては紗凪ちゃんが嫌な思いをするからと言って、6時になる前に花音ちゃんはいつも自分の部屋に戻っていた。

前に花音ちゃんが泣いていたのを聞いてしまった事があったが、お父さんに何か言われたのかもしれないと思えば納得出来た。

大学生活は順調で、サークルは悩んだ結果ソフトテニスサークルに入った。
中高と続けてきたので、ここで辞めてしまうのが何だか寂しくなったからだった。
サークルでも友達が沢山出来た。
中でも兼近彩乃かねちかあやのとは一番の仲良しで、選択教科もだいたい同じだったので良く一緒にいた。

今日もお昼ご飯を一緒に食べようと約束していたので、ランチルームへ一緒に向かっていた。

「ねぇ紗凪、迎えに行くねって知ってる?」

彩乃が突然そんな事を言い出した。

「迎えに行くね?何それ、ドラマか何か?」

「違う違う。マジにあった話しらしんだけど、何か自殺した子の携帯番号が広まってるらしくて、その番号にかけたら、迎えに行くねってその子が言うんだって!」

「何それ…怖っ。怖い話しはやめてよ、寝られなくなるんだから。それで…本当に迎えに来るとか?」

「それがその電話を受けた人は必ず自殺しちゃうんだって!何か陸橋から飛び降りてとか言ってたっけ?」

「陸橋…」

私はサラリーマン風の男の人が言っていた話しを思い出した。

「ん?紗凪何か知ってるの?」

「えっ?あぁ…うん。私、パン屋でバイトしてるって言ったじゃん?」

「あぁ、あの小さいパン屋ね?」

「あそこからしばらく歩いたら大通りに出るでしょ?」

「うん。」

「その大通りの交差点に陸橋があるじゃん?」

「えっ?まさか?」

「何かサラリーマンっぽい人がそこで自殺があったって話してたの前に聞いたんだよね…。」

「「………。」」

私達は黙ったまま見つめ合った。

「偶然でしょ?」

「偶然だよね。」

「「ハハッ。」」

お互い一人暮らしである。この話しはやめようとたわいも無い話しを始めたのであった。
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