迎えに行くね

たま

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病院

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私が次に目覚めた時、見知らぬ場所で寝かされていた。
ベッドや匂い雰囲気から病院だと気付く。

「彩乃……。」

目を閉じれば最後に聞こえた叫び声を思い出す。
陸橋からも落ちたぞ!確かにそう聞こえた。
どこかで彩乃は死んだのだと思う自分がいるが、死んでいないとそう強く信じれば神様が彩乃を助けてくれる、そんな期待があった。

ふと人の気配がして私は寝たまま辺りを見渡した。
ベッドの横に置いてある小さな丸椅子にいつの間にか人が座っている。
その人は下を向いているが私にはすぐ分かる。

「彩乃……生きてたの?……良かった。」

私の瞳には涙が溜まっていた。身体が痛かったはずなのにそれも忘れるほどの喜びに包まれた。
彩乃は赤いTシャツにデニムを履いている。
私の呼び掛けには答えず下を向いたままだ。

「彩乃?」

私はそこで思い出した。彩乃は白いTシャツにデニムを履いていたはずだ。
よく見ればその赤いTシャツはまだらに色が染まっている。私の背中に冷たい汗が伝うのがわかった。私の唾を飲む音が病室に響き渡った。
その瞬間下を向いていた彩乃の顔がこちらを向いた。

「ヒィッ。」

彩乃の顔は血にまみれ、目には瞳は無く真っ黒な闇がポッカリと空いていた。
口を開くと聞き取りにくい音の様な声が漏れた。

「サナモ……コッチ二オイデ……サナダケイキテルノハユルセナイ。」

そう言うと、彩乃の首が90度に折れ曲り、腕がボキボキに折れ、身体が2つに分かれた。
これが彩乃が陸橋から飛び降りた後の姿なのだろうと私はボンヤリその光景を眺めた。現実とは思えない光景を目の当たりにし、心が凍ってしまったかの様だった。

コンコンコン

突如ノック音が響き渡った。私が答える前にドアを開けて看護師さんが入ってくる。

「中本さん目を覚ましたのね。良かったわ。頭を打ってるから起き上がらないで、先生呼んでくるからチョット待っててね。」

40代ぐらいの優しい顔立ちをした看護師さんが私に微笑む。
凍っていた心が溶かされる様な気がした。

「待って下さい。兼近、兼近彩乃は!兼近彩乃はどうなったんですか!?私の友達なんです…大切な……。」

そこまで言って私は泣き出した。先程の光景が思い出される。きっと彩乃は生きていない、死んでしまったのだそう思ってはいたが聞かずにはいられなかった。

「残念だけど……彼女は即死だったわ。」

「ウゥッ……私が…あの時トイレに……彩乃を1人で行かさなければ……アァァー……アァーァァ。」

私は泣き叫んだ。看護師さんが戻って来て私の背中を優しく撫でてくれた。沢山、沢山泣いて私は空っぽになった。

「中本さん、ツライだろうけど、刑事さんが話しを聞きたいらしいの。先生から許可が出て、あなたが落ち着いていたらここへ呼んでも良いかしら?」

しばらくして背中をさするのをやめた看護師さんが私の顔色を伺いながらそう聞た。

「……はい。役に立てる事があるなら、私は何でも協力します。」

「そう。偉いわね。」

私は首を振った。

しばらくして先生が来て診察を受けた。詳しい検査は明日という事で、とりあえず今のところ異常は見当たらないとの事だった。
母と兄は一度私の荷物を取りに帰ったとの事で、私が目覚めたのを連絡したのですぐ来ると言っていたそうだ。

コンコンコン

私の病室の扉がまた鳴った。

「はい。」

私が返事をすると扉が開いた。顔を出したのは50代ぐらいの疲れた顔をしたおじさんと、20代ぐらいだろか?やたら身体を鍛えているラグビーでもしていそうな男の人だった。

「起きたばかりなのにすみません、こういう者です。」

2人の男の人は警察手帳を見せて来た。ドラマのワンシーンを思い出し、本当にこういった挨拶があるんだなと妙に感心する。

「私は真鍋、コイツは佐藤。お話し聞かせて貰って良いかな?」

「はい。」

私がそう答えると真鍋さんというベテラン刑事さんの方が椅子に座り私に質問してきた。

「亡くなった兼近彩乃さんとは友人だったんだよね?」

「はい。大学に入ってから友達になったので、まだ出会って間もないんですが、とても仲が良い友達でした。」

「彼女何かに悩んでなかった?死にたいとか言ってなかった?」

私は思いっきり首を振った。

「彩乃は明るい子で、友達も多いし毎日楽しそうにしていました。悩んでいた事も無かったです。でも……」

「どんな些細な事でも良いから教えてくれるかい?」

私は少し逡巡した後頷いた。そして今周りで流行っている噂、彩乃が行ったコンパで手に入れた携帯番号、そして迎えに行くと言われた事を話した。

「お昼ご飯をランチルームで食べている時に、見た事ないおじさんに射殺すような目で見られました。」

「おじさん?どんな人?」

「浅黒い顔をした50代ぐらいの人だと思います。遠くから見ていたんでハッキリとは分かりせんが。」

「兼近さんは何か言ってた?」

「彩乃はその時既にスゴく怯えていたので、これ以上怯えさせてはいけないと思って話せませんでした。」

「そっか、それはそうだね。それで?」

「そこから2人で図書館に行き、そしてパソコンで過去の自殺の事を調べました。しばらくして気分が悪くなった彩乃が1人でトイレに行って……。戻って来ない事に気付いてトイレに行った時には彩乃の姿が見えませんでした。噂の事を思い出して必死で陸橋まで走って行きました。陸橋に着いてからの記憶はありません。」

「あぁ、そうだろうね。申し訳なかった。君の命を危険にさらしてしまった。」

刑事さん2人は深々と頭を下げた。わたしはまた首を振り答える。

「私がお願いしたんです。警察官の人がいたのが見えて…これで彩乃が助かる、、そう思って私が助けて下さいってお願いしたんです。私が気を付けていれば彩乃を救えたのに、人任せにしたからきっと天罰が下ったんです。」

私の言葉に刑事さんは顔を見合わせ複雑な顔をしていた。

「私達は刑事だからね、呪いや罰や信じる訳にはいかなくてね。しかし……その場にいた警察官2人というのは、どちらも柔道をしているんだが、小学生の頃から続けてきたような優秀な2人でね。女子大生に階段から吹っ飛ばされるなんて有り得ないんだよ。兼近さん、特に格闘技などしていなかったようだし。」

私はその言葉に頷く。

「彩乃は運動はからっきしと言っていました。身体も細いし、吹っ飛ばしたなんてあり得ません。」

「そうだろ?しかもそんな巨体の男が階段からほとんどノーバウンドで君に降ってきたんだ。君は致命傷を受けていてもおかしくないのに、打撲等はあるものの明日の検査で退院できるぐらいの傷だと聞いた……。今回不可思議な事が多過ぎてね。私達も参ってるんだよ。」

私は何と言って良いの分からずに、ただただ刑事さんの顔を見た。眠っていないのかクマがしっかりと有り、疲れの色が滲んでいる。

「君の事を少し調べさせて貰ったんだけどね。ここのアパートに住んでるらしいね。」

刑事さんが懐に手をやると写真をいくつか取り出した。
私の住んでいるアパートが写った写真が一番上に置かれている。

「……はい。どうしてアパートの写真が?」

「あぁ、ちょっとね。この子知らないかな?」

アパートの写真をのけ、次に現れた写真には花音ちゃんがニコニコと笑っている姿が写っていた。

「はい。友達です。」

私がそう言うと、刑事さんは明らかに驚いた顔をして、その後若い刑事さんと目配せした。

「あの…花音ちゃんがどうしたんですか?」

「いつから友達だったのかな?どうやって知り合ったの?」

「花音ちゃんとはアパートに住んでからです。お隣同士なんで、何となく仲良くなりました。」

「アパートに住み出してからだって!?山本さんアパートに住み出したの今年の3月からじゃなかったっけ?」

「はい、そうですけど?」

私がそう言うと、刑事さん達はまた驚いた顔をした後に目配せをした。
花音ちゃんの写真の下にまだ写真が一枚あるようだ。私は気になって花音ちゃんの写真を持ち上げ、その下の写真を見た。

「あっ!!!!」

そしてその写真を見た私は真っ青になり花音ちゃんの写真を取り落す。そこにはあの時ランチルームの窓から見た男が写っていたのだった。

「どうしたんだ!?」

「この人です!彩乃が飛び降りる前にランチルームの窓から見えたこっちを射殺すような目で見ていた男!!」

私の言葉に刑事さんはガタリと立ち上がった。

「そんなはずは、そんなはずは無い!雪村花音も、この男も5年前に死んでいるのだから!」

刑事さんの言葉に今度は私が驚愕で固まるのだった。

「死んでる……?花音ちゃんが?そんな……。」
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