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毒舌専属使用人の独白
しおりを挟む「本日は大変不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げると、旦那様は優しく頭をあげるように言ってくださった。
「何度も言うようだけど君は悪くないんだから、謝る必要はないんだよ。それに君も不快な思いをしただろう。久しぶりに会ったが相変わらずのようだね……」
先ほどの出来事を思い出しているのだろう、旦那様の顔は不快そうに歪められていく。私の家族のせいで本当に申し訳ないと改めて謝ると、やはり優しい旦那様は気にするなと優しく笑ってくださった――。
※※※※
旦那様の部屋を後にして業務に戻るため坊ちゃまの部屋に戻ると、何やら今度は坊ちゃまが難しそうな顔をしてソファに座っていた。普段は悩むなどという事はまずありえないのに。
「坊っちゃまいかがなさいましたか?」
「……あいつはいつもああなのか」
「あいつ……?」
一体誰のことを言っているんだ?
「だから、お前の……父親だ」
「は……?」
なぜ坊っちゃまが私の父の事を聞いてくるのか?もしかして、何か気に触ることをしてしまったのだろうかあの男は。だから、坊ちゃまには会わせたくなかったのに。
「申し訳ありません……父が、何かしてしまったのでしょうか」
「何かって……っ、もういい!」
心配になって聞き返すと、何故かぷんすかと怒り出してしまった。今のどこに怒る要素があったのか全く分からない。
「良くありません、父に何か言われましたか?何かあったのなら仰って下さい」
そう言っても坊っちゃまは「なんでもない」の一点張り。しかし、部屋に入った時の様子が気になり何度も問い詰めると「うるさいっ!」と言って突き飛ばされてしまった。
「っ……」
押された勢いのまま後ろに倒れると、坊っちゃまが顔を青くして固まっていた。ふと、あの家庭教師を突き飛ばした時もこんな顔をしていたな、と考える。
「っお、俺は!!っ……その、気持ち悪いと、思った。でも、今は、思ってない!!」
固まったと思ったら今度はソワソワとしているなと思っていると、急に訳のわからない事を言ったまま下を向いてしまった。
一体何なんだ今日の坊っちゃまは。少しは分かるようになってきたと思ったらこれだ。単純な子供だと思っていたのに、難し過ぎるこの子供は。
「……申し訳ありません、よく、分からないのですが」
そう言うと、勢いよく顔を上げて顔を真っ赤にして
「だからっ、あ、あんな男と一緒にするな!!」
そう叫ぶと、真っ赤な顔をまた下げてしまった。
さっきまでの事、父、そして気持ち悪い。もしかして、もしかしてだが、私の勘違いかもしれないが……
「……坊っちゃま……私を、慰めて下さっているのですか……?」
「なっ、ち、ちがっ、~~~~っうるさい!!」
図星です、という様な反応で顔を背ける坊ちゃま。本当に単純で素直な分かりやすいお方だ。
「公爵家長男ともあろう方がそんなに分かりやすい反応をされては、将来が不安ですね」
「っお前、本当に失礼な奴だな!父様に言いつけるぞ!!」
真っ赤な顔でプンプンと怒っている坊ちゃまは全くと言っていいほど怖くない。
「あんなものは慣れているので、大丈夫ですよ」
あの男の言う事にいちいち反応していたら、キリが無い。言いながら立ち上がると、坊ちゃまがじっとこちらを見ていた。
「……ふんっ。お前の事は多少は気に入っているからな。今日みたいな事があったら僕に言え、父様に言ってやる。この俺の専属使用人だからな、特別にシンシア家の力を貸してやろう」
そう言ってソファでふんぞり返る坊っちゃま。偉そうに言ってはいるが、あの坊ちゃまが専属とはいえ只の使用人の私にこんな事を言ってくれる事に驚く。
(心配してくれているのだろうか……)
このお方にも同情する気持ちがあったのか、それとも本当にあの男と一緒にされたくなかったのか。
正直どちらでも良かった。
あの我儘で横暴で、直ぐに怒っては周りに当たり散らかす坊っちゃまが、言外に気持ち悪くないと伝えようとしてくれた。心配を、してくれた。
その事実だけで、もうどうでも良くなった。
別に、本当に気にしていなかった。あの家にいた時はあんなもの日常茶飯事。そんな事に心を痛める様な年齢はとうに過ぎた。
…………はずだった。それなのに、こんな我儘坊ちゃまの言葉に無いはずの痛みが軽くなった気がした。
「……今日のお菓子は、坊っちゃまの好きなチョコレート菓子にしましょうか」
「っ!」
先程までの真っ赤な顔はどこへやら、嬉しそうにソファに座り直している。お菓子だけで機嫌が直る、本当に単純だ。
……まあ、坊ちゃまの一言で簡単に好きな物を出そうとする私も、相当に単純か。
「何をぼーっとしてる、早く持ってこい!」
楽しみだと言う顔を隠しきれずに言って来る坊ちゃま。すこぶる偉そうな言い方に「はいはい」と返すと、また怒り出す坊ちゃま。
ふと、そんな姿も可愛らしいなと思った自分に少し驚く。その時、旦那様に言われた事を思い出した。
── ファストの事を弟のように思って接してやってくれ────
その時はよく分からなかったが、今なら少しは分かるような気がした。
「坊ちゃま」
「何だ」
早くチョコレート菓子を食べたくて仕方ないのか、早くいけと言う目で見られる。
「ありがとうございます」
色々と、と付け加えてお礼を言うと、坊ちゃまは細めていた目を見開いて、信じられないものを見る様に私を見てきた。
「お、お前が、素直にお礼を──っ!?」
「…………失礼ですね」
そんなに私は素直じゃなかっただろうか。確かに人より多少は捻くれている自覚はあるが、この我儘坊ちゃまに言われると少し腹が立つ。
心外だと眉を寄せると、夜は嵐が来るのか……と呟く坊ちゃま。
「…………チョコレート菓子は、いらないみたいですね」
あまりの言い様に、仕返しとばかりにそう伝えると、勢いよく顔をこちらに向けて来た。
「い、いらないなんて言ってないだろ!!」
「そうですか?」
わざとらしく言うと、一気に真っ赤になる顔。
「お前、おやつを取り上げる使用人がどこにいるんだ!もっと俺を敬え!俺はお前の仕える主人だぞ!!」
「勿論、大切なご主人様です。こんなに敬っているのに伝わっていないのですか?」
そう言うと、更に顔を赤くして怒る坊ちゃま。ここで落ち着いて下さいと言っても無駄な事は分かっている。
「それでは、大切なご主人様にチョコレート菓子を持ってきますね」
ほら、一気に機嫌が直った。待ち遠しそうに「早くしろ」と言う声を背に部屋を出る。
早く持って行かないとうるさいなと思い早足で歩きながら、先程の坊っちゃまの顔を思い出す。普段は怒ってばかりだが、ああやって嬉しそうにしている時は子供らしいな……。
そんな事を考えながら廊下にある鏡の前を通った時、映ったものに驚く。
「……私はまだ、こんな顔で笑えたのか───」
一瞬映った嬉しそうな、幸せそうな顔。直ぐに驚いた顔に変わったそれは、本当に自分なのか疑いたくなるものだった。
初めて会った時、坊ちゃまに気持ち悪いと言われたこの顔は、その坊ちゃまの言葉でこんな風に変わっているのかと不思議な気持ちになる。
「あら、そんな所でどうしたの?」
じっと鏡を見ていると、通りかかった使用人に声をかけられる。
「いえ、何でも」
「……もしかして、坊ちゃまに何か言われたの?」
心配そうに、聞いてくる。1人で鏡を見ていたから変に思われたのだろうか。
「いえ、特には」
「そう?なら良かった、あの坊っちゃまの世話は大変でしょう」
そう言われて、先程までの事を思い出す。お菓子を楽しみにする姿。顔を真っ赤にして怒る姿。チラチラと私を見ながら、慰めてくる姿。
「ええ、そうですね……確かに大変です」
「…………貴方、そんな顔するのね」
そう言われて首を傾げるも、何でもないと言われてしまう。
「まあ、楽しそうで良かったわ」
頑張って、と言って忙しそうに去っていく背中を眺める。私も早く坊ちゃまのお茶の準備をしなくては。
厨房へと向かう足取りは朝とは比べ物にならないくらいに、軽かった。
なるほど、私は坊ちゃまが大好きなのか────
────────
「何笑ってるんだ?」
ここに来た当初の事を思い出していると、坊ちゃまの声が聞こえた。
「……私、笑っていました?」
「うん、楽しそうに」
何考えてたんだ?と聞いて来る坊っちゃまに何もない事を伝えると、不服そうにしている。
「……坊ちゃまの事を」
「俺?」
「ここに来てすぐの頃、盛大にお漏らしをされていた事を思い出していました」
適当に誤魔化すと、恥ずかしそうに一気に顔を赤くする坊ちゃま。
「な、何で急にそんな事思い出してるんだよ!!」
「何を考えようと私の自由ですから」
そう言うと、赤い顔のまま怒り出した。変わりたいと言っていたが、こうやって怒り出すところは変わっていない。
「まあまあ落ち着いて下さい、今日のお菓子はチョコレート菓子ですよ」
「えっ、本当!?」
一気に機嫌が直る。お菓子一つで嬉しそうにする所も、変わらない。
「でもその前に食事が先ですから、早く支度を始めますよ」
「わかった、早くしよう!」
そう言って嬉しそうに準備を始める所は、変わったな。前までなら直ぐにお菓子を食べると言って聞かなかった。
(本当に変わろうとしているのか……)
坊ちゃまの成長を寂しく思いながらも、以前の坊ちゃまらしさもある事にどこか安堵する。一体何があったのか分からないが、坊ちゃまが何をしようと私はついていくだけだ。
坊ちゃまの呼ぶ声に、私は1人そっと微笑んだ。
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