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第十七話 語らされる正義
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最初に見たのは、公告だった。
王都の正門前。
人の集まる場所に、大きく掲げられている。
【王国声明】
勇者レイン殿は、
現行の交易政策および
勇者管理局の方針を支持する。
俺は、その前で立ち尽くした。
文字は丁寧で、
言い回しも柔らかい。
だが、
一言も言っていないことが、
堂々と書かれている。
「……支持していない」
独り言のように呟く。
だが、
言葉は空に消える。
周囲の人々は、
それを事実として受け取っている。
「勇者さまが認めたなら、安心だ」
「これで、無駄な混乱も減る」
沈黙は、
賛成に変換された。
管理局に入ると、
空気が重い。
責任者の内政官が、
硬い表情で待っていた。
「事前に、
お伝えできず申し訳ありません」
謝罪は、形式的だ。
「これは、
王国として必要な声明です」
「俺の名を使う必要はない」
「あります」
即答だった。
「あなたが否定しない限り、
これは“事実”として機能します」
つまり、
今この瞬間も。
「否定すれば?」
「混乱が起きます」
冷静な声だ。
「商会、貴族、反対派。
全てが、
あなたの言葉を利用する」
正しい。
正しいから、
逃げ場がない。
俺は、椅子に腰を下ろす。
「……王女は、知っているのか」
「はい」
短い返答。
「了承済みです」
胸の奥が、
少しだけ冷える。
王女の限界が、
また一段、近づいた。
その日の午後、
非公式の呼び出しがあった。
場所は、城の小会議室。
セレーナ王女が、一人で待っている。
「ごめんなさい」
入室するなり、
彼女はそう言った。
言い訳は、続かない。
「止められなかった」
「……分かっている」
責める気はない。
「沈黙は、
もう使えない」
王女は、そう言った。
「否定しない限り、
あなたは“賛同者”になります」
「否定すれば?」
「あなたは、
対立の中心になります」
どちらも、地獄だ。
「……俺は、
何を言えばいい」
問いが、
初めて弱くなる。
王女は、少し考え、
ゆっくりと答えた。
「正義を、
語らないでください」
意外な言葉だった。
「事実だけを」
「できることと、
できないこと」
「あなたが、
選ばなかった理由」
それなら、
まだ話せる。
夜、
魔王の声がした。
「とうとう、
言葉を奪われたね」
「……違う」
「違わない」
淡々とした声。
「君は今、
語らされる」
否定できない。
「だが」
魔王は続ける。
「語る内容までは、
奪われていない」
小さな救いだ。
翌日、
王都の広場。
再び、壇が用意された。
人々が集まる。
期待と、警戒。
俺は、一歩前に出る。
深呼吸する。
「俺は、
王国の政策を支持していない」
ざわめき。
「だが、
反対運動を煽るつもりもない」
混乱が、
少しだけ収まる。
「俺が言えるのは、
これだけだ」
静かに、続ける。
「俺は、
すべてを救えない」
「だから、
何も言わない選択をした」
「それを、
支持だと解釈するなら、
それは間違いだ」
人々は、
考え込む。
分かりやすい正義は、
ここにはない。
「俺は、
誰の代弁者でもない」
「ただ、
見えたことを、
見えたまま言うだけだ」
拍手は、起きない。
だが、
怒号もない。
終わった後、
王女が小さく頷いた。
管理局の人間たちは、
頭を抱えている。
扱いづらい。
それが、正解だ。
夜、
静かな部屋で、
魔王が言った。
「悪くない」
「……褒め言葉か」
「予定を、
また少しずらした」
そうかもしれない。
世界は救えない。
だが、
語らされる正義に、
完全に飲み込まれなかった。
それだけで、
今日は十分だ。
明日、
また別の形で、
俺の沈黙や言葉は使われるだろう。
それでも、
語る内容だけは、
手放さない。
それが、
俺が選んだ立ち位置だった。
王都の正門前。
人の集まる場所に、大きく掲げられている。
【王国声明】
勇者レイン殿は、
現行の交易政策および
勇者管理局の方針を支持する。
俺は、その前で立ち尽くした。
文字は丁寧で、
言い回しも柔らかい。
だが、
一言も言っていないことが、
堂々と書かれている。
「……支持していない」
独り言のように呟く。
だが、
言葉は空に消える。
周囲の人々は、
それを事実として受け取っている。
「勇者さまが認めたなら、安心だ」
「これで、無駄な混乱も減る」
沈黙は、
賛成に変換された。
管理局に入ると、
空気が重い。
責任者の内政官が、
硬い表情で待っていた。
「事前に、
お伝えできず申し訳ありません」
謝罪は、形式的だ。
「これは、
王国として必要な声明です」
「俺の名を使う必要はない」
「あります」
即答だった。
「あなたが否定しない限り、
これは“事実”として機能します」
つまり、
今この瞬間も。
「否定すれば?」
「混乱が起きます」
冷静な声だ。
「商会、貴族、反対派。
全てが、
あなたの言葉を利用する」
正しい。
正しいから、
逃げ場がない。
俺は、椅子に腰を下ろす。
「……王女は、知っているのか」
「はい」
短い返答。
「了承済みです」
胸の奥が、
少しだけ冷える。
王女の限界が、
また一段、近づいた。
その日の午後、
非公式の呼び出しがあった。
場所は、城の小会議室。
セレーナ王女が、一人で待っている。
「ごめんなさい」
入室するなり、
彼女はそう言った。
言い訳は、続かない。
「止められなかった」
「……分かっている」
責める気はない。
「沈黙は、
もう使えない」
王女は、そう言った。
「否定しない限り、
あなたは“賛同者”になります」
「否定すれば?」
「あなたは、
対立の中心になります」
どちらも、地獄だ。
「……俺は、
何を言えばいい」
問いが、
初めて弱くなる。
王女は、少し考え、
ゆっくりと答えた。
「正義を、
語らないでください」
意外な言葉だった。
「事実だけを」
「できることと、
できないこと」
「あなたが、
選ばなかった理由」
それなら、
まだ話せる。
夜、
魔王の声がした。
「とうとう、
言葉を奪われたね」
「……違う」
「違わない」
淡々とした声。
「君は今、
語らされる」
否定できない。
「だが」
魔王は続ける。
「語る内容までは、
奪われていない」
小さな救いだ。
翌日、
王都の広場。
再び、壇が用意された。
人々が集まる。
期待と、警戒。
俺は、一歩前に出る。
深呼吸する。
「俺は、
王国の政策を支持していない」
ざわめき。
「だが、
反対運動を煽るつもりもない」
混乱が、
少しだけ収まる。
「俺が言えるのは、
これだけだ」
静かに、続ける。
「俺は、
すべてを救えない」
「だから、
何も言わない選択をした」
「それを、
支持だと解釈するなら、
それは間違いだ」
人々は、
考え込む。
分かりやすい正義は、
ここにはない。
「俺は、
誰の代弁者でもない」
「ただ、
見えたことを、
見えたまま言うだけだ」
拍手は、起きない。
だが、
怒号もない。
終わった後、
王女が小さく頷いた。
管理局の人間たちは、
頭を抱えている。
扱いづらい。
それが、正解だ。
夜、
静かな部屋で、
魔王が言った。
「悪くない」
「……褒め言葉か」
「予定を、
また少しずらした」
そうかもしれない。
世界は救えない。
だが、
語らされる正義に、
完全に飲み込まれなかった。
それだけで、
今日は十分だ。
明日、
また別の形で、
俺の沈黙や言葉は使われるだろう。
それでも、
語る内容だけは、
手放さない。
それが、
俺が選んだ立ち位置だった。
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