『魔王（自分）が居ない世界って、案外悪くない。～転生先は、私を討った勇者夫婦の次男として～』

第十四話：父の決断。動き出す英雄と、兄の無力感。

１．英雄の苦渋と、旅立ち
父カイは、ルークへの愛を心に誓いながらも、英雄としての使命を優先するという、苦渋の決断を下した。彼の英雄の直感は、ルークの秘密が単なる「神童の知識」で済まされないことを確信していたからだ。
ルークと真実の対話が不可能だと悟ったカイは、ルークに危害を加えることなく、彼の力の根源を知るため、そして万が一の暴走に備えるための対抗手段を探るべく、秘密裏に王都の外へと旅立つことを決めた。
「ルークの持つ特異な知識は、かつて魔王アスタロトが隠したとされる**『古代の魔力源』や『封印された魔族の知識』**と関係があるに違いない。それを先に特定し、確保するしかない」
カイは、家族には「ギルドの極秘任務」として旅立ちを告げた。英雄としての彼の言葉に、ライオスは疑いを持たなかったが、エリスは、それがルークの秘密に関わるものであることを、夫の目の奥にある苦悩と決意の光から察知した。
旅立ちの朝、カイはルークを力強く抱きしめた。
「ルーク。父さんの留守の間、母さんと兄さんを頼むぞ。君の知恵と強さで、この家を守ってくれ」
その言葉は、ルークへの信頼であると同時に、**「お前の力で守るのならば、私は英雄としてその力を利用させてもらう」**という、悲痛なメッセージでもあった。
２．ルークの予知と、闇の干渉
父が旅立った瞬間、ルークの心の中で、孤独な戦いが始まった。
ルークは、父の魔力の軌跡と、王都のギルドのネットワークの動きを、闇の結界の外側で密かに観測していた。父が自分を探るための旅に出たことを瞬時に予知したルークは、父の旅を無駄にしなければならない、と決意した。
ルークの内省：「父さんは、僕を愛している。だからこそ、僕の秘密を知れば、自分自身を危険に晒す。僕を守る最善の策は、父さんの調査を遅延させ、方向性を逸らすことだ」
ルークは、闇の結界を使い、父の調査を邪魔する巧妙な干渉を開始した。
学術院のネットワークに極秘で侵入し、カイが追っている「古代の魔力源」に関する情報の断片（古文書の場所、魔力源の座標など）を、わずかに、しかし決定的に誤った方向へ誘導した。魔王の知性による情報の改竄は、誰にも気づかれることなく、正確に行われた。
さらに、ルークは、父の旅先で、ルークとは関係のない小さな魔族の活動を故意に発生させ、カイの注意をそらした。ルークの目的は、父の旅を危険に晒すことではなく、時間稼ぎと父の調査の方向性を逸らすこと。闇の力は、愛する父を欺き、遠ざけるという、最も悲しい役割を担っていた。
３．兄ライオスの無力感と混乱
父の旅立ちと、それに続く母エリスと弟ルークの異常な振る舞いは、兄ライオスに初めて明確な**「家庭内の異常」**を感じさせた。
母エリスは、ルークと二人きりの時、時折顔を曇らせ、憔悴した様子を見せる。弟ルークは、以前にも増して完璧で、感情のない「神童」の仮面を維持しており、父の旅立ちにも、兄の心配にも、一切感情を見せなかった。
ライオスは、自分だけが、この家庭を襲う巨大な秘密や、父と弟の間で交わされている言葉なき戦いを理解できないことに、耐えがたい無力感に苛まれた。
ライオスの内省：「父さんは何を探している？ ルークは何を隠している？ 俺は、この家で一番弱い。剣の訓練で強くなっても、この家庭の秘密の前では、何の役にも立たない。俺だけが、この温かい場所を守れない」
ある日の夕食時、耐えきれなくなったライオスは、ルークに問いかけた。
「ルーク。父さんは、本当にただの仕事で旅立ったのか？ 母さんは、なぜそんなに辛そうな顔をしているんだ？ お前は、何も感じていないのか？」
ルークは、スプーンを置き、ライオスに真実を話すことで、彼を危険に晒すまいと決意し、完璧な嘘で答えた。
「兄さん。父さんは忙しいんだ。母さんは疲れているだけ。僕は……兄さんと母さんを守るために、勉強を頑張っているんだよ」
ルークの冷たい**「嘘」と、「神童」の仮面の完璧さ。ライオスは、ルークが自分から遠い存在になってしまったという決定的な孤独感**を味わった。自分とルークの間には、もはや埋めることのできない深い溝ができてしまったのだと。
４．母の献身と、孤独な闘い
その日の深夜。エリスは、一人静かにルークの部屋を訪れた。
エリスは、ルークの闇の力が自己制御されていることを知っている。しかし、夫と息子、両方の行動が互いに干渉し合っている現状は、彼女を精神的に限界へと追いやっていた。
エリスは、ルークを強く抱きしめた。その抱擁は、鎮静のためではなく、ただただ母としての愛を伝えるものだった。
「ルーク。あなたが父さんを遠ざけようとしていることは知っているわ。そして、あなたが私を守ろうとしていることも。でも……父さんはあなたを愛しているのよ。父さんの旅を無駄にしないで。ただ、危険に晒さないで」
エリスは、「光の聖女」としてではなく、「母」として、両者の対立が最悪の事態にならないよう、献身的に立ち回ろうと決意する。彼女の使命は、世界の平和だけでなく、夫と息子の戦いの調停へと変化した。
ルークは、母の献身と、その深い疲弊を感じながら、静かに目を閉じた。
「わかっているよ、母さん。僕は、父さんを傷つけない。ただ、この家を、ルークが望む平和な場所であり続けさせるだけだ」
家族内の秘密は、父と子の対立という形で、家庭外へと飛び出した。そして、ライオスという第三者に、深刻な無力感と混乱を与え始めた。ルークは、最も愛する父を欺き、母を苦しめながら、孤独な戦いを続ける。