『魔王(自分)が居ない世界って、案外悪くない。~転生先は、私を討った勇者夫婦の次男として~』

夜澄 文

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第十六話:衝突前夜。英雄の対抗策と、ルークの最後の賭け。

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1.英雄の帰還と、聖なる枷
カイは、王国の辺境での調査を終え、自宅に戻った。旅の疲れは隠せても、その瞳に宿る深い苦悩と決意は隠しきれなかった。
彼は家族に「任務完了」を告げ、笑顔で抱きしめたが、その抱擁の強さには、もはや以前のような無邪気な温かさはなかった。ルークとエリスは、彼の言葉が欺瞞であり、彼がルークの秘密と向き合う準備を整えたことを知っていた。
夕食後、ルークは闇の知性で、父の持ち帰った「対抗策」の正体を解析した。
カイが古代の遺跡で発見したのは、「闇の力を一時的に無力化する」ための、聖なる魔力を増幅する特殊なアーティファクトだった。それは、聖女の血を触媒とし、極めて強力な光の波動を発生させる**『光の封印石』**と呼ばれる遺物である。
(父さんは、僕を傷つけるつもりはない。これは、僕を**「世界の脅威」から「家族の息子」**へと引き戻すための、『愛の枷』として捉えている)
ルークは、父が自分を封印する力を持つことを理解したが、父の行動が**「愛」に基づいていることも知っていた。しかし、ルークにとって、その封印石は、自らの存在を否定されるに等しい。彼は、父に「息子を封印する」**という選択をさせることに、深い悲しみと諦念を感じた。
2.ルークの最後の賭け
その夜、家族が寝静まった後。ルークは、自室で静かに、**自らの運命と家族の愛を賭けた「最後の策」**を練った。
父との対決は避けられない。そして、父が封印石を使うことは確実だ。
ルークは、闇の結界を意図的に一時的に「弛緩」させることを決意した。結界を維持していた闇の残滓の力を意図的に外部に漏出させ、父カイが持つアーティファクトの力を最大限に引き出すように仕向ける。
ルークの内省:「闇の力が強くなればなるほど、父さんの使命感は高まる。封印石を使わざるを得なくなる。そして、その極限の状況で、父さんは英雄として、それとも父として、どちらを選ぶのか?」
ルークの真の目的は、父に**「息子を封印する」という選択をさせることだった。そして、その行為を通じて、「父がそれでも息子への愛を選ぶか、それとも使命を全うするか」**という、究極の試練を父に課すことだった。
もし父が使命を全うすれば、ルークは永遠に闇の檻に閉じ込められる。しかし、もし父が愛を選べば、ルークは**「ルーク・アーデント」**として、この世界に存在し続ける確固たる根拠を得る。
ルークの最後の賭けは、彼の未来を決定づける、悲壮な行為だった。
3.母エリスの献身的な光の緩衝材
ルークの行動とカイの決意を敏感に感じ取っていた母エリスは、二人の衝突が迫っていることを悟り、回避するための最後の献身的な行動に出た。
カイが封印石の準備を整える深夜。エリスは、ルークにもカイにも悟られないよう、自らの聖女の光の力を極限まで高め、**自宅全体に微細な「光の波動」**を張り巡らせ始めた。
それは、ルークの闇の力を直接鎮静化するものではない。ルークの闇の力が増幅し、父の封印石の力が発動する際、その衝撃を和らげ、封印石の出力を意図的に弱めるための、光の緩衝材だった。
エリスの内省:「ごめんなさい、カイ。ごめんなさい、ルーク。私は、どちらの愛も失いたくない。あなたたちの選択が、どちらも傷つかないように、この家を、光の緩衝材で包むわ。これが、母としての、聖女としての、私の最後の仕事よ」
エリスは、光の波動を張り巡らせることで、心身ともに極度の疲弊状態に陥る。彼女の献身的な行為は、明日の衝突の結末を、「破滅」から「和解」の可能性へと傾ける、最後の希望だった。
4.対決前夜の誓い
緊張感が最高潮に高まる中、家族はまるで何事もないかのように、最後の**「偽りの団欒」**を演じた。夕食のテーブルでは、カイはルークに優しく学術院でのことを尋ね、エリスは笑顔で料理を運び、ルークは完璧な子供の演技を続ける。
その間、カイはアーティファクトの最終調整を、ルークは結界の弛緩を、エリスは光の緩衝材の維持を、それぞれ静かに行っていた。
食後、兄ライオスは、その異常な静けさ、張り詰めた空気を、無意識に感じ取っていた。彼は、ルークの「冷たさ」の奥にある、強い孤独を直感的に理解していた。
ライオスは、ルークにそっと囁いた。
「ルーク。お前、何か隠しているだろ。父さんも母さんも、何か違う。でもな、俺は、お前がどんなことをしても、俺が理解できない秘密を抱えていても、俺は明日も、明後日も、ずっとお前の兄さんだからな」
ライオスの純粋で、無条件の愛の誓いは、ルークの硬質な闇の制御を、一瞬、温かく揺るがした。
夜が明ける。ルークの**「最後の賭け」、父カイの「愛の封印石」、そして母エリスの「光の緩衝材」**が、静かな家庭内で準備完了。
英雄と元魔王の、愛と使命をかけた避けられない最終的な衝突が、迫っている。
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