スキルクリエイトは灰色の空の下で

空風鈴

文字の大きさ
1 / 7

【1】ノイエ・ランページュ

しおりを挟む
■序

アストリア大陸の長い歴史の中で、唯一『ふたつの暦』が刻まれた時期があった。
それは『アストリア歴』923年から933年。
そして、この10年間の間に存在したもうひとつの暦が『帝国歴』である。
これは、アストリア大陸の南西部に誕生した『ドルーガ帝国』の建国にまつわる物語。

■□■□■□

アストリア大陸の南から北東にかけて連なるシギル山脈。
その南東側の裾野に点在する集落のひとつにルーリという村がある。
平野部には麦畑、山の傾斜部には果樹園が広がる農村であり、村の東には澄んだ川が走っていた。
元々、生活に欠かせない水と肥沃な大地を求めた先人たちがこの地に根を下ろし、開拓されたのがこのルーリ村だ。

ルーリは周辺の集落を繋ぐ中継地として栄え、五百人を超える村人が生活する、それなりに活気に満ちた村だった。
山の斜面で栽培される柑橘類は、山向こうに位置するアストリア王国の首都アストベルグにも出荷され、村の貴重な財源となっていた。
気候も穏やかであり、誰もが少しばかり退屈ながらも平穏な毎日を享受していた。

しかし、今ルーリ村から聞こえるのは子供たちの笑い声ではなく、怒号と悲鳴、そしてあちこちで響き渡る金属が打ち鳴らされる音…剣戟であった。

「相談役!もう中央が破られそうだ!早く次の…いや、もう間に合わねぇ…な。」

粗末な革鎧に身を包んだ村人から「相談役」と呼ばれた青年、いや、少年は村の南端に立つ物見櫓から村全体の様子を俯瞰していた。
村人は、呼び掛けた少年がなんの反応も示さないことに、この村の行く末を感じ取り、それでもその未来に抗うため、物見櫓を素早く降りて、いよいよ戦線が維持できなくなった村の中央へと走って行った。

「僕は…どうすればいい?どうすればよかった…?」

少年は、自問自答しながら、火の手が上がる村の北側を見つめ続ける。
村の北端にある出入口からは揃いの甲冑を身に纏った兵士が大挙して村の内側へなだれ込んできている。
兵士たちが身につけているのは、重歩兵、軽歩兵で違いはあるものの、いずれも白色地に水色の縁取りが施されている。
この大陸に生きる人間であれば誰もが知っている。
それは、大陸の面積の6割以上を占める大陸一の強国、アストリア王国の国旗と同じデザインであり、すなわち王国正規軍が纏う甲冑である。
つまり、今ルーリ村はアストリア王国の正規軍からの攻勢を受けており、村人で結成している自警団が何とか踏みとどまっているものの、自警団の防衛戦も瓦解しつつある。

しかし、少年は戦場の観察をやめない。

その少年は、年の頃およそ16歳。
やや小柄で細身の体躯であるものの、しなやかな肉体には無駄がない。
わずかに癖のついた髪の毛は月を思わせる銀色だが、今は村のあちこちから上がる黒煙によって煤だらけだ。
瞳は、髪の毛の色と同じ銀色に淡いブルーが溶け込んでいる。

【ノイエ】

尚も戦場を見渡す少年の耳に、いや、直接頭の中に、囁くような、無機質で中性的なささやきが届いた。

ただ、このとき少年の周囲には人影はなく、ましてささやき声が聞こえるような範囲には誰も存在しなかった。
その声は、抑揚に乏しく感情が極力抑えられたものだったが、今に限っては少年を案じているようにも感じられた。
突然聞こえてきた声に、少年は驚くことも不審に思うこともなく、知り合って2年になる相棒に対して、頭の中で言葉をイメージする要領で返事をした。

『フィー。どうしたんだ?また僕のことを心配しているのかい?』

少年は、自分に呼び掛けてきた声の主を安心させるため、努めて柔らかいトーンで応じた。

【戦況は絶望的です。勝敗は決したと言っていいでしょう。いえ、勝敗など最初から決まっていたようなものです。】

『確かに、そうかもしれない。でも、それは僕の責任だ。』

少年は続ける。

『野盗や魔獣の襲撃から村を守るために、村のみんなに協力してもらって、近隣の集落を巡回して…。
自警団を組織してからは、何とか被害を最小限に食い止めることができたと思う。しかし…。』

少年は、一度イメージの言葉を止め、戦端が開かれてから初めて戦場から視線を切り、俯いて目を伏せた。

『僕がもっとしっかりしていれば、この戦闘を回避したり、せめて村のみんなを逃したりすることができたかもしれないのに!』

【ノイエ。あなたは精一杯のことをやってきました。そのことは、傍で貴方を見てきた私が一番よく知っています。
そして、この状況はいくら貴方でも予測して避けることなどできなかったし、今からこの戦況を覆すこともできません。】

少年は、 次にフィーが自分に何を言おうとしているかわかっていたし、フィーも今から自分が言う内容を少年が予想していることは承知していた。
それでもフィーは言う。
静かに、しかし、今までの少年との会話の中で、一番強い感情を込めて。

【撤退してください。】

予想していたとはいえ、その言葉を聞いて、少年は歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。

【貴方だけでも。まだ村全体が完全に包囲されたわけではありません。貴方の身体能力なら、兵の薄い場所を突破できます。いえ、むしろ貴方単身でなければ突破は叶わないでしょう。】

『それは…できない。』

【何故ですか?この村に恩を感じているからですか?それとも、彼のことが気がかりですか?】

『…そうだよ。この村のみんなは、他所から流れてきた僕を排除しなかった。迎え入れてくれた。そして…』

【…そうかもしれません。しかし、それは貴方が力を示して、それが村にとって有用であると認められたからでは?】

『それは…』

【はっきりと申し上げます。貴方は村に住む対価以上の働きをしてきました。十分すぎるほど。そして、村人たちも困難で危険な役目を貴方に任せきりにした。
彼のことが気がかりなのは理解できますが、これ以上、この村に固執することもないでしょう。
貴方はこのようなところで命を落として良い存在ではありません。】

『…違う!こうなった以上、僕が逃げることなんて…責任を放棄することなんてできない。』

【本当にそう思いますか?貴方に責任があると?
もう一度申し上げますが、貴方はこの村のためにできる限りのことをしてきました。よく思い出してください…。】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...