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■第1楽章

1-18 記憶の断片

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 あの大切な日々が、ずっと続くように。

 それだけが、望んでいる。



「それなのに、こんな所で立ち止まるなんて私には出来ない」


 今の“私”では、“あの日々”へと戻れない。

 だから、別の“私”に繋げるんだ。


「……ごめんね、皆」

「皆には、“使うな”って散々と言われて鍛えて貰ったのに……」

「約束、破るよ」


 ラゼットは暗殺用のダガーを取り出しては、間近まで向かって来ている魔人狼に見せつけるかのように立つ。


「これが、私の“覚悟”だから」

「見とけ、でかクソ犬っ!!!」

「んで、見て死ね!!」


 ラゼットは自身の首を暗殺用のダガーで切りつけると、ネモフィラの花びらが沢山舞っては魔人狼の視覚を遮断する。


『っ!!!?』

「何処を見てんのよ、クソ犬」


 ラゼットの髪が真っ白な髪色で長くなり狼の垂れ耳のような髪型となっていて、その瞳は真っ赤へと変化して腕には黒い荊の蔦が絡まっていた。

 その姿を捕らわれた魔人狼は、瞬時に動けずにラゼットの回し蹴りを勢い良く受けて吹っ飛ばされていた。


「……」


 この姿は、今の時代の皆には見せれない。

 何を言われるのかなんて、分かりきっている事だからだ。

 “今”も、“未来”も。

 彼らは、何も変わらない。


【なんで、使ったりしたんだ!!】

【頼むから、もっと、自分をっ】

【頼って下さいっすよ、仲間なんっすから!】


 だから、言わない。


 それに、もう後戻りは出来ない。

 何を喪おうと、もう怖くない。


 あの時、もう“私”を棄てたんだ。


「ほら、かかって来なさいよ!でかクソ犬っ!!ちゃんと、殺してあげるからっ!!」

『ガァアアアアッ!!!!』


 魔人狼は強化をしてラゼットへと向かっていくが、ラゼットは軽々と避けては刀を構えては“刀の能力”を引き出していた。
 刀には光が包まれて、刃が光輝いては刀身を太くして長くなっていく。


『ガァアアアアッ!!!!』

「お前には、此処で退場してもらうからなっ!!!」


 ラゼットは素早く動いては魔人狼の攻撃をギリギリで避けてから、光の刀身で魔人狼の首を切り落として地面に着地する。

 魔人狼が地面に倒れると同時に、ラゼットの姿は元に戻るのだがラゼットの瞳には光がなく虚ろになり、手に持っていた刀が役目を終えたのか砕けて消え去ったのを見てから瞳を閉じて倒れる。
 だが、倒れそうになったラゼットを黒いフード付きのローブを着た人物が抱きかかえて支えていた。


「お疲れ様やでぇ、“リコリス”ちゃん?」

「ごめんなぁ?“今”は、見ている事しか出来へんのやぁ」

「でも……、その時が来たら……“リコリス”ちゃんを必ず迎えに来るで?」


 ラゼットを優しく抱きしめてラゼットの唇に優しくキスをしてから、地面に優しくラゼットを寝かして誰かの気配に気付いてラゼットの影の中へと消え去る。


「ラゼットっ……!!」

「ラゼットっ!!」


 倒れているラゼットを見つけたのはアレンとユーリで、二人は慌ててラゼットへと駆け寄ればインカムでジークに知らせていた。


「……」


 ラゼットは小さな声で、影に向かって“だ、れ”と呟いてから意識を手放していた。






 深い。


 深い。


 深海に、沈むような感覚。



 そして、何処か懐かしくも感じる。

 ラゼットは、“記憶”という名の“夢の中”を歩いていた。


 まだ、着任したばっかりの頃の“記憶”だ。


『おーい、新人!』

『え?あ、自分ですか?』


 ユーリに呼び止められた“リコリス”は、廊下で立ち止まっては振り向いてユーリの方を見る。

 そうすると、明らかに走ってきたのかユーリは息を切らせながら“リコリス”の目の前で立ち止まる。


『わりぃーけど、ちょっと手伝ってくれないか?』

『え?あ、はい?』

『悪いな』


 ユーリは苦笑いを浮かべながらも、“リコリス”の手を掴んでは自分の執務室へと案内する。

 ユーリの執務の机の上には、積まれた書類の山が2つほど出来上がっていた。


『……わりぃー……、どうも書類ってのは苦手でさ?後回しにしてたら、こうなっちゃって』

『……凄い、溜まってますね』

『しかも、締め切りが“明日”なんだよ……このままだと、グレンに説教されるのが確定しちゃってさー』


 普通ならば、“新人”に手伝わせたりなどはしないのだが……。
 それとも、“観光客”と疑ってわざと手伝わせるようにしたのだろうか?


『なー、頼むっ!!』

『いいんですか、私は“新人”なんですけど……』

『大丈夫!そんなに、機密な内容とは放置してないから!だから、手伝って?』

『……わかりました、手伝いますよ』


 “リコリス”はユーリを見ては苦笑いを浮かべるが、何だか見ていたら可哀想に思えてきて書類を手伝う事にした。


「あの時は、大半が警戒をしながらも接していたってのは後から話を聞いたなぁ……」

「それにしても、なんで今になって思い出したのか分からないなぁ」


 深い海の色をした空間で、ラゼットは浮きながらも周りに浮いている泡達を見つめては優しく微笑む。
 自分の周りに浮いているのは、自分の“記憶”だというのは直ぐに分かっていた。

 そして、それが高く行きすぎれば割れてしまうのを見つめていた。


「わかってますよ、これが代償の一部なのは……“あそこ”に居た頃から、それについては聞かされてたから」


 ラゼットは目の前で消えた泡を見つめては、何処か悲しそうに寂しそうにしてから瞳を閉じた。


 全て、覚悟の上だ。


 “思い出”を喪おうとも。


 “何か”を代償にしようとも。


「それで、皆を護れるなら」

「これからの未来を護れるなら」


 どんなモノが喪おうとも。

 この想いだけは、喪わせたりさせない。





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