1 / 19
プロローグ・その1
しおりを挟む
ジャラリと鎖の擦れる音が辺りに響く。彼女を繋ぐ枷の音だ。両手両足の自由を奪われ天井から吊るされた挙句、喉まで潰されている。
彼女が一つ身動きすると、またジャラリと音がした。
暗く淀んだ空気のこの地下牢に、彼女が拘束されているのにはもちろん理由がある。彼女も自業自得だと思っていた。いつかはこうなるだろう、とも。それが早かったか遅かったか、だけの話だ。
「凄腕と言われていた暗殺者も、形無しだなぁ、おい」
ケタケタと笑い声を上げながら男が牢の中へ入ってきた。足音を立てることなく、気配を消して。
しかし、彼女には分かった。
わずかに残った足音。微かに感じる気配。暗い中でも夜目の利く彼女には、どのように、どんな足取りで男が近づいてきているのか、まで。手に取るように。
なぜなら男の言った通り、彼女が凄腕の暗殺者だからだ。
「言いザマだぜ、なぁ、お前ら」
男がちらりと後ろに目をやる。控えていた部下と思われる男二人が、やや緊張気味に「は、はい!」と頷く。
「フンッ。お前の仕事は完璧だったぜ。完璧すぎるくらいになぁ」
そう、彼女の仕事は完璧だった。完璧すぎた。
「死体を残すことなく対象を殺す」、それが彼女のスタイル。
証拠の一切を消し、死体ごと葬り去る。言うのは簡単だが、実際にやるのは難しい。現に、彼女以外にそんなことをできる暗殺者はどの国にもいない。だからこそ、海外からも彼女への依頼は殺到していた。
「なぜ死体を残さない? そんなんじゃ殺したのかどうか怪しまれるだけだろう? ああ、そうだった! お前は逃がし屋だったなぁ、アッハッハッハッ!」
腹を抱え、男は再び笑い声を上げる。
「暗殺者のくせに、対象を逃がし、別の人間として生かす逃がし屋。よくよく調べりゃ、お前の母親も同じことやってたな」
男の言う通り。
暗殺者兼逃がし屋は、母親から引き継いだものだ。
『殺さなくていいのなら誰も殺したくはない。でも、世の中には殺さなきゃ治らない人種もいる。そいつらを殺すのが私達暗殺者だ』
母がよく言っていた台詞だ。
そうして、殺す必要がないと判断した人間には暗殺者である自分が雇われたことを伝え、雇い主の目が届かない場所へと逃がした。もちろん、別人となれるよう手配をして、だ。
それなのに――……。
「クククッ、お前もザマァねぇな。何でお前が逃がし屋だってバレたのか、教えてやろうか?」
「そ、それはまずいのでは……っ」
男の後ろに控えていた部下が口を挟む。
「いいんだよ。……それはなぁ――お前に新しく就いた副官だよ! あいつは組織がお前の動向を探らせる為に忍ばせた諜報員だったってわけだ!」
男がペラペラと喋り始めた。奇しくもそれは、彼女が今知りたかったことだった。視線だけで続きを促した。
そのことに気をよくした男はさらに続ける。
「お前は他人に興味がない。だから副官を入れ替えても怪しまれないと判断された。実際何とも思ってなかっただろう? それが落とし穴だったってわけだよ。お前は他人に興味を持たなすぎた。少しでも怪しいと思えれば、お前の勝ちだったのによぉ。いるのが当たり前になってただろう? なぁ?」
――そういうことか。
副官が入れ替わったのが約一年前。その頃から怪しまれていたということだ。
己の迂闊さに反吐が出る。
「まぁ、貴重な一族が減るのはもったいねぇが、お前に当たりが生まれるまで産ませればいいってのが組織の判断だ。それまで保ってくれよ。なぁ、おい」
これは予想できていた。十中八九、そうなるだろうと。
しかし彼女は決めていた。最期まで組織のいいようになどなってやらないと。
これはけじめだ。自分が今までやってきたことへの。
だから――落とし前は自分でつける。
「俺もツイてるなぁ。お前、顔と体はいいからなぁ~」
舐め回すように男の視線が彼女の身体を這う。ねっとりと絡みつくようなその視線に、キッと睨みつければニタリと笑う。
「いいなぁ。反抗的な女は好きだぜ。俺好みに躾けたくなる……なぁ、おい」
吐息が触れそうなほど男の顔が近づいてきた瞬間――
「ガァ……ッ……ガ……このアマぁ……ガァァァァーーーーッ!!」
その喉笛に喰らいつき、喰い千切った。
ぶちぃと肉の千切れる音とともに、プシャァッと生温かい血が顔に飛び散る。
男はびくびくと痙攣すると白目を剥き、叫んだ口のまま絶命した。
「……こ、このッ、貴様!」
「よくも! よくもよくもよくもっ……! 殺してやるッ!」
この男が慕われた上司でよかった。そうでなければ、こんな簡単に上手くはいかなかっただろう。
ああ、長いようで短い人生だった。が、悪くはない。親に恵まれ愛され、仕事もそれなりにやりがいはあった。
最期は……まぁ、こんなことになってしまったが、一矢報いることはできた。
部下の片方が袖口に忍ばせていたナイフを彼女に向かって振り上げた。
――ああ、悪くない人生だった……。
彼女が一つ身動きすると、またジャラリと音がした。
暗く淀んだ空気のこの地下牢に、彼女が拘束されているのにはもちろん理由がある。彼女も自業自得だと思っていた。いつかはこうなるだろう、とも。それが早かったか遅かったか、だけの話だ。
「凄腕と言われていた暗殺者も、形無しだなぁ、おい」
ケタケタと笑い声を上げながら男が牢の中へ入ってきた。足音を立てることなく、気配を消して。
しかし、彼女には分かった。
わずかに残った足音。微かに感じる気配。暗い中でも夜目の利く彼女には、どのように、どんな足取りで男が近づいてきているのか、まで。手に取るように。
なぜなら男の言った通り、彼女が凄腕の暗殺者だからだ。
「言いザマだぜ、なぁ、お前ら」
男がちらりと後ろに目をやる。控えていた部下と思われる男二人が、やや緊張気味に「は、はい!」と頷く。
「フンッ。お前の仕事は完璧だったぜ。完璧すぎるくらいになぁ」
そう、彼女の仕事は完璧だった。完璧すぎた。
「死体を残すことなく対象を殺す」、それが彼女のスタイル。
証拠の一切を消し、死体ごと葬り去る。言うのは簡単だが、実際にやるのは難しい。現に、彼女以外にそんなことをできる暗殺者はどの国にもいない。だからこそ、海外からも彼女への依頼は殺到していた。
「なぜ死体を残さない? そんなんじゃ殺したのかどうか怪しまれるだけだろう? ああ、そうだった! お前は逃がし屋だったなぁ、アッハッハッハッ!」
腹を抱え、男は再び笑い声を上げる。
「暗殺者のくせに、対象を逃がし、別の人間として生かす逃がし屋。よくよく調べりゃ、お前の母親も同じことやってたな」
男の言う通り。
暗殺者兼逃がし屋は、母親から引き継いだものだ。
『殺さなくていいのなら誰も殺したくはない。でも、世の中には殺さなきゃ治らない人種もいる。そいつらを殺すのが私達暗殺者だ』
母がよく言っていた台詞だ。
そうして、殺す必要がないと判断した人間には暗殺者である自分が雇われたことを伝え、雇い主の目が届かない場所へと逃がした。もちろん、別人となれるよう手配をして、だ。
それなのに――……。
「クククッ、お前もザマァねぇな。何でお前が逃がし屋だってバレたのか、教えてやろうか?」
「そ、それはまずいのでは……っ」
男の後ろに控えていた部下が口を挟む。
「いいんだよ。……それはなぁ――お前に新しく就いた副官だよ! あいつは組織がお前の動向を探らせる為に忍ばせた諜報員だったってわけだ!」
男がペラペラと喋り始めた。奇しくもそれは、彼女が今知りたかったことだった。視線だけで続きを促した。
そのことに気をよくした男はさらに続ける。
「お前は他人に興味がない。だから副官を入れ替えても怪しまれないと判断された。実際何とも思ってなかっただろう? それが落とし穴だったってわけだよ。お前は他人に興味を持たなすぎた。少しでも怪しいと思えれば、お前の勝ちだったのによぉ。いるのが当たり前になってただろう? なぁ?」
――そういうことか。
副官が入れ替わったのが約一年前。その頃から怪しまれていたということだ。
己の迂闊さに反吐が出る。
「まぁ、貴重な一族が減るのはもったいねぇが、お前に当たりが生まれるまで産ませればいいってのが組織の判断だ。それまで保ってくれよ。なぁ、おい」
これは予想できていた。十中八九、そうなるだろうと。
しかし彼女は決めていた。最期まで組織のいいようになどなってやらないと。
これはけじめだ。自分が今までやってきたことへの。
だから――落とし前は自分でつける。
「俺もツイてるなぁ。お前、顔と体はいいからなぁ~」
舐め回すように男の視線が彼女の身体を這う。ねっとりと絡みつくようなその視線に、キッと睨みつければニタリと笑う。
「いいなぁ。反抗的な女は好きだぜ。俺好みに躾けたくなる……なぁ、おい」
吐息が触れそうなほど男の顔が近づいてきた瞬間――
「ガァ……ッ……ガ……このアマぁ……ガァァァァーーーーッ!!」
その喉笛に喰らいつき、喰い千切った。
ぶちぃと肉の千切れる音とともに、プシャァッと生温かい血が顔に飛び散る。
男はびくびくと痙攣すると白目を剥き、叫んだ口のまま絶命した。
「……こ、このッ、貴様!」
「よくも! よくもよくもよくもっ……! 殺してやるッ!」
この男が慕われた上司でよかった。そうでなければ、こんな簡単に上手くはいかなかっただろう。
ああ、長いようで短い人生だった。が、悪くはない。親に恵まれ愛され、仕事もそれなりにやりがいはあった。
最期は……まぁ、こんなことになってしまったが、一矢報いることはできた。
部下の片方が袖口に忍ばせていたナイフを彼女に向かって振り上げた。
――ああ、悪くない人生だった……。
0
あなたにおすすめの小説
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!
山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」
────何言ってんのコイツ?
あれ? 私に言ってるんじゃないの?
ていうか、ここはどこ?
ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ!
推しに会いに行かねばならんのだよ!!
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる