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捜査
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品川男性射殺事件は初動から暗礁に乗り上げていた。
弾丸から得られた情報はNATO弾という一般には入手できない特別なものだということと、同一銃器による犯行が過去に三回あったことだろうか。
いずれも被疑者を特定できず「お宮入り」となっている。
ただ、ガイシャの特徴として、しつこいストーカー行為を行う男やDVで配偶者を瀕死の目にあわせた男など、一定の特徴があった。
世間でも「義賊の仕業」だと、好意的に見る向きも多い。
マスコミもそういう現代の「必殺仕事人」だと書き立てたりするものだから、警察としても穏やかではない。
「警察がしっかりしないから、義賊に頼らざるをえないのだ」とまで言われてしまうのだった。
日本では珍しい「スナイパー(狙撃手)」の犯行であることが捜査を難しくさせていた。
こういった特殊な技能を持つ人間は、警察もすべて把握しているからだ。
SAT経験者や、現役警察官、自衛隊員などあまねく調べ上げられたが、まったく手がかりがなかった。
民間人にそのような腕の持ち主がいないわけではない。
猟師やスポーツ射手などがいることはいるけれど、これも銃を追っていけば把握することができるが、誰もレミントンM40A3やNATO弾を所持できる環境にはなかった。
警察でも把握できない「スナイパー」が横山尚子、その人だった。
彼女は、ギターケースにレミントンM40A3(M700の米海兵隊仕様) を忍ばせ、指定暴力団「琴平会」会頭の蒲生譲二が緻密に立てた計画に基いて殺害に及ぶ。
約300メートルの静止ターゲットなら外さない。
彼女はアメリカで狙撃の技術を磨いてきた。
蒲生の旧友で、元アメリカ海兵隊スナイパー、ジョセフ・フォン・コー(Joseph von Coe)を師として仰ぎ、誰にも知られずに日本で私服のスナイパーとして生活している。
尚子は浅草の演芸場でギター漫談師として売れないながらも、舞台に上がっていた。
この冴えないおばさんがよもや「スナイパー」だとは誰も思わないだろう。
楽屋でギターケースに入れられないで、ギターが裸で立てかけてあるときは、彼女が「仕事」をする時だ。
なぜなら、ギターケースにはレミントンが忍ばされているからだ。
ケースにはおどけた文字で「DON'T TOUCH」というステッカーが貼られているのがご愛嬌だった。
今日も青木ヶ原樹海の中で、迷彩服の女が一人、銃の練習に余念がない。
月に一度はこの私設のシューティングサイトで狙撃の腕を磨く。
部品をばらして分割し、幾度かに分けてアメリカから持ち込み、日本で慎重に組み立てられたレミントンM40A3カスタム。
世界に二つと無い改造がなされている。
すべてCoe師の教えだった。
「ナオコの体に合わせて、銃床を削った。トリガーもベルベットのように滑らかだ」と。
銃弾は蒲生が手配してくれる。
暴力団という組織は、そういうことにかけては「お茶の子」なのだった。
警視庁の捜査関係者は目標を、ガイシャからストーカー行為や暴力の被害を受けた女性に絞った。
彼女らが、「殺人」を、ある人物に金銭を支払って「依頼」したと見ているのだ。
しかし、彼女らの口は硬かった。
バレたら自分も殺人犯である。
ネット上の悪質なサイトなどを専門分野の捜査官が綿密に調べ上げたが、すべて別の案件につながる成果しか得られず、品川事件など一連の「狙撃事件」に繋がる情報は得られなかった。
事件当日の品川駅付近の防犯カメラも詳しく調べられたけれど、どうもはっきりしない。
横山尚子は、蒲生の指示で、品川駅を使わず、次の田町駅からJRに乗って帰宅している。
捜査員の一人、大越直也は早くから「ギターケース」などのカムフラージュを指摘しており、そういった人物の目撃証言を取ろうと努力はしていた。
ただ、大東京においてギターケースを携えている男女は無数にいた。
弓道具、釣具、ゴルフバッグ、アジャストケースにいたるまで調べ上げたが徒労に終わっている。
そうして無為に年月が過ぎていったのである。
その間にも、尚子の犯行は散発的に実行されたが足はつかなかった。
先入観とは恐ろしいもので、それにとらわれた捜査官は、まったく芸人風情の女が犯人だとは思いもしなかったのである。
平成28年の文化の日、浅草演芸ホールで、今日も受けないギター漫談をやらかしている横山尚子がいた。
三年前、「パロル」の相方、小川節生は心不全で帰らぬ人となり、尚子はピン芸人で舞台に立つことになったのである。
その客席に警視庁捜査一課課長の大越直也が座っていた。
彼はこの春に昇進したばかりだった。
落語好きの彼は、オフの時、たびたび、浅草演芸ホールに足を運んでいた。
銃器ネタの彼女の漫談が微に入り細に入っていたので頭に引っかかった。
それに彼女のギター…
なにかが彼の頭の中でつながった瞬間だった。
「まさか」
そっと大越は立ち上がり、ホールを出て、楽屋方面に向かった。
狭い演芸場であるから、楽屋はすぐに見つかり、「横山様」と書かれた紙の貼ってあるドアをノックする。
返事はない。
彼女は舞台に立っているのだから。
大越はそっとドアを押し開け忍び込んだ。
件(くだん)のギターケースを認めた。
「DON'T TOUCH」とステッカーが貼られていた。
彼はそのケースを手に取ったが、また戻した。
軽かったのである。
何もなかったかのように、大越は楽屋を後にし、また客席に戻った。
「思いすごしだったかもしれない」
それにしても受けない尚子の芸である。
だれもクスリともしない。
「あのステッカー、どこかで…そうだ、たしか防犯カメラに写ってたギターケース」
古い記憶を大越はたどっていたが、もはや、その証拠も霧消してしまっていた。
「彼女が防犯カメラに写っていたからとて、それが決定打になるわけでもないしな」
大越はそれ以上、考えるのを止めてしまった。
尚子の漫談は終わってしまい、手品師の芸が始まっていた。
弾丸から得られた情報はNATO弾という一般には入手できない特別なものだということと、同一銃器による犯行が過去に三回あったことだろうか。
いずれも被疑者を特定できず「お宮入り」となっている。
ただ、ガイシャの特徴として、しつこいストーカー行為を行う男やDVで配偶者を瀕死の目にあわせた男など、一定の特徴があった。
世間でも「義賊の仕業」だと、好意的に見る向きも多い。
マスコミもそういう現代の「必殺仕事人」だと書き立てたりするものだから、警察としても穏やかではない。
「警察がしっかりしないから、義賊に頼らざるをえないのだ」とまで言われてしまうのだった。
日本では珍しい「スナイパー(狙撃手)」の犯行であることが捜査を難しくさせていた。
こういった特殊な技能を持つ人間は、警察もすべて把握しているからだ。
SAT経験者や、現役警察官、自衛隊員などあまねく調べ上げられたが、まったく手がかりがなかった。
民間人にそのような腕の持ち主がいないわけではない。
猟師やスポーツ射手などがいることはいるけれど、これも銃を追っていけば把握することができるが、誰もレミントンM40A3やNATO弾を所持できる環境にはなかった。
警察でも把握できない「スナイパー」が横山尚子、その人だった。
彼女は、ギターケースにレミントンM40A3(M700の米海兵隊仕様) を忍ばせ、指定暴力団「琴平会」会頭の蒲生譲二が緻密に立てた計画に基いて殺害に及ぶ。
約300メートルの静止ターゲットなら外さない。
彼女はアメリカで狙撃の技術を磨いてきた。
蒲生の旧友で、元アメリカ海兵隊スナイパー、ジョセフ・フォン・コー(Joseph von Coe)を師として仰ぎ、誰にも知られずに日本で私服のスナイパーとして生活している。
尚子は浅草の演芸場でギター漫談師として売れないながらも、舞台に上がっていた。
この冴えないおばさんがよもや「スナイパー」だとは誰も思わないだろう。
楽屋でギターケースに入れられないで、ギターが裸で立てかけてあるときは、彼女が「仕事」をする時だ。
なぜなら、ギターケースにはレミントンが忍ばされているからだ。
ケースにはおどけた文字で「DON'T TOUCH」というステッカーが貼られているのがご愛嬌だった。
今日も青木ヶ原樹海の中で、迷彩服の女が一人、銃の練習に余念がない。
月に一度はこの私設のシューティングサイトで狙撃の腕を磨く。
部品をばらして分割し、幾度かに分けてアメリカから持ち込み、日本で慎重に組み立てられたレミントンM40A3カスタム。
世界に二つと無い改造がなされている。
すべてCoe師の教えだった。
「ナオコの体に合わせて、銃床を削った。トリガーもベルベットのように滑らかだ」と。
銃弾は蒲生が手配してくれる。
暴力団という組織は、そういうことにかけては「お茶の子」なのだった。
警視庁の捜査関係者は目標を、ガイシャからストーカー行為や暴力の被害を受けた女性に絞った。
彼女らが、「殺人」を、ある人物に金銭を支払って「依頼」したと見ているのだ。
しかし、彼女らの口は硬かった。
バレたら自分も殺人犯である。
ネット上の悪質なサイトなどを専門分野の捜査官が綿密に調べ上げたが、すべて別の案件につながる成果しか得られず、品川事件など一連の「狙撃事件」に繋がる情報は得られなかった。
事件当日の品川駅付近の防犯カメラも詳しく調べられたけれど、どうもはっきりしない。
横山尚子は、蒲生の指示で、品川駅を使わず、次の田町駅からJRに乗って帰宅している。
捜査員の一人、大越直也は早くから「ギターケース」などのカムフラージュを指摘しており、そういった人物の目撃証言を取ろうと努力はしていた。
ただ、大東京においてギターケースを携えている男女は無数にいた。
弓道具、釣具、ゴルフバッグ、アジャストケースにいたるまで調べ上げたが徒労に終わっている。
そうして無為に年月が過ぎていったのである。
その間にも、尚子の犯行は散発的に実行されたが足はつかなかった。
先入観とは恐ろしいもので、それにとらわれた捜査官は、まったく芸人風情の女が犯人だとは思いもしなかったのである。
平成28年の文化の日、浅草演芸ホールで、今日も受けないギター漫談をやらかしている横山尚子がいた。
三年前、「パロル」の相方、小川節生は心不全で帰らぬ人となり、尚子はピン芸人で舞台に立つことになったのである。
その客席に警視庁捜査一課課長の大越直也が座っていた。
彼はこの春に昇進したばかりだった。
落語好きの彼は、オフの時、たびたび、浅草演芸ホールに足を運んでいた。
銃器ネタの彼女の漫談が微に入り細に入っていたので頭に引っかかった。
それに彼女のギター…
なにかが彼の頭の中でつながった瞬間だった。
「まさか」
そっと大越は立ち上がり、ホールを出て、楽屋方面に向かった。
狭い演芸場であるから、楽屋はすぐに見つかり、「横山様」と書かれた紙の貼ってあるドアをノックする。
返事はない。
彼女は舞台に立っているのだから。
大越はそっとドアを押し開け忍び込んだ。
件(くだん)のギターケースを認めた。
「DON'T TOUCH」とステッカーが貼られていた。
彼はそのケースを手に取ったが、また戻した。
軽かったのである。
何もなかったかのように、大越は楽屋を後にし、また客席に戻った。
「思いすごしだったかもしれない」
それにしても受けない尚子の芸である。
だれもクスリともしない。
「あのステッカー、どこかで…そうだ、たしか防犯カメラに写ってたギターケース」
古い記憶を大越はたどっていたが、もはや、その証拠も霧消してしまっていた。
「彼女が防犯カメラに写っていたからとて、それが決定打になるわけでもないしな」
大越はそれ以上、考えるのを止めてしまった。
尚子の漫談は終わってしまい、手品師の芸が始まっていた。
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