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どうしてこうなった
どうしてこうなったのでしょう?
誰か教えてください。
「あちらがこの話を進めて欲しいとのことだ」
キリム様と顔を合わせた翌日の晩餐の席で、一番目のお兄様がおっしゃいました。
「ど……どうして? ……」
私は途方にくれました。
「どうしてって……あれだけいい雰囲気だったんだ。当たり前だと思うな」
私とキリム様の顔合わせは成功してしまったようです。
キリム様のお見合いは実は私とのものだけではありませんでした。
キリム様の伴侶候補と何日かかけてお会いになられたのだとか。
候補は何人かいらっしゃったようなのですが、その中でも私をということでした。
「で、でも、私より綺麗な方も、賢い方もいくらでもいらっしゃいますわ! それなのに、なぜ私なのでしょう?」
ええ、なぜよりにもよって後ろ暗いことのある我が家に。
二番目の兄が溜息をつきました。
「ローナは妙に人に好かれることがあるからなぁ。ラフドーラの祖母様なんか、お前を諦めなきゃならないと本気で悔しがっていたぞ」
「キリム殿は下級騎士の生まれであらせられる。妙に格式ばった家より少々落ち目な方が親近感が持てるのかもしれんな」
三番目のお兄様が唸りました。
お父様とお母様、お姉様はいません。
お父様とお母様は改めて知るお姉様の所業に打ちのめされて寝込んでしまいました。懐妊発覚の時は堪えた母も、レンドル様とのことを知り倒れられました。
お二人して伏せっておられます。
元凶であるお姉様は謹慎中です。
自室に押し込められ、厳しく見張られているとか。
それというのも、お姉様が妊娠なさったこととラフドーラでのことを知った交際相手が続々と家に詰めかけお姉様と絶縁なさったからです。
「酷いよ! リリス! 嘘だろう! 嘘と言ってくれよ!」
お姉様に詰め寄っていたのは同年代の子女のお茶会で知り合った可愛い感じのする方です。
朝一番に我が家に駆け付けました。
「ラフドーラ侯爵のニグルスって、妹の婚約者だって言っていたじゃないか! 家族になる人だから親しくしているけど、そういう仲じゃないし、愛しているのは僕だって言ったじゃないか! それなのに、身籠ったって、誰の子供なんだよ!」
私は微妙な気持ちでエントランスに続く廊下に立ち尽くしておりました。
お姉様が何か言おうとしたところで、他の方が乱入しました。
「リリス! 今のはどういうことだ! お前は俺だけだと言ったじゃないか!」
乱入してきた方は確か軍に所属している方です。
お勤めがあるのでそうそう出歩けないはずなのですが、どういう口実で我が家に来たのでしょう。
「どういうことだい、リリス! 君はラフドーラ家のニグルスやレンドルだけじゃなく、彼とまでつき合っていたのかい?」
修羅場です。お二人が姉に詰め寄り、姉はおろおろしております。
片方に何か言えば、もう片方に矛盾をつかれることはわかっておりますから、何も言えないのでしょう。
この場をおさめるべきでしょうか?
でも、どうやって?
「おやおや、君たち彼女がつき合っているのは自分だけだと思っていた口かい? 可哀想に」
新たな訪問者がおられました。
隙なく身なりを整えた二十代後半の方です。
「可哀想だけどね、彼女の恋人は十や二十じゃきかないよ? かくいう私もそうだけどね」
にこにこと爆弾発言をなさりました。
ええ、前期のお二方は私の言葉を信じずはねのけましたけど、この方は私を疑いもせず『そうだろうね』と返されました。
お二人はお姉様の相手が自分だけだと思っていた方ですが、こちらは最初から他にも交際している方がいると知っていた方です。
その上で知らないふりして姉と火遊びを楽しんでいたのです。
どちらが悪いのかは申し上げられません。
「リリス。悪いけど今日は君とお別れを言いに来たよ。妊娠したんだって? それも父親が誰だかわからない? それじゃあ私の子とは認められないね。なにせ候補者は山ほどいるんだから」
「あ、あなた知って……」
お姉様が青ざめております。
お姉様はご自分がうまく騙していると思っておられたようですが、お付き合いのある方の半分はお姉様の所業に気が付いておられました。
年若い方は気づいておられないようでしたが。
「大人を甘く見ちゃ駄目だよ。利用されて弄ばれるから」
弄んだ本人が何をおっしゃいますか。
「リリス! お前は!」
軍人の方が手をあげられました。
それが降り降ろされる前に二番目のお兄様が掴みます。
「やめろ! 相手は妊婦だぞ! 孕んだ女を殴るつもりか!」
うっと軍人の方が呻きました。
「君には彼女の妹君が忠告に来なかったのかな? あの子はとてもいい子でね、リリスの毒牙にかかりそうな人には姉には他にも交際相手がいると言いに行くんだけどね?」
お二人が気まずそうに目をそらしました。
ええ、私お二人にもそう言いに行きましたもの。
「その場では信じなくとも少し調べればリリスの乱行はすぐにわかるはずなんだけどね。リリスを盲信して何も調べなかったのかい? それはあまりにも迂闊じゃないか? ここは勉強させてもらったと思ってリリスと縁を斬っておしまいにするべきじゃないか?」
そもそも相手の家族の了承なしに女性と交際するのは悪いことだよ、と彼の遊び人はおっしゃいました。説得力があるのかないのかわかりません。少なくともあなた様が口にしてよいことではないような気がいたします。
少しあってから可愛い方が姉に顔を向けました。
「さようなら、リリス。僕は君がそんな嘘つきだったなんて、知らなかったよ」
「お前とはもうこれっきりだ! 腹の子なんか俺が知ったことか!」
軍人の方が吠えるようにおっしゃいました。
ふと、その目が私の方を向きました。
「……すまなかった」
なにに対する謝罪なのかはわかりませんが、軍人の方は踵を返して帰っていかれました。
可愛い方も続いて帰られます。
「では、もう会うこともないけれど、お元気で」
最後に残っておられた青年の方が帰られました。
やっと我が家の者は息を吹き返しました。
二番目のお兄様が苦虫をかみ殺したような顔でおっしゃいました。
「リリス、お前はいったい何人とつき合っていたんだい? これじゃあ人に会わせられないよ。いつ刺されるかわかったものじゃない。いいかい? 君は部屋にこもっていなさい。これから誰が来ても会うんじゃない。外出も禁止だ!」
お姉様は謹慎が言い渡されました。
外出、面会は一切禁止です。
安全のためなのでおとなしくしていてほしいものです。
この後も何人もの方がお見えになりました。皆さん姉を押し付けられてはたまったものではないと、お姉様を捨てました。
お母様は半狂乱になられました。
最初はこれはなにかの間違いだと喚き散らし、紛れもない事実だとつきつけられると気を失い、目覚めた後はあの子が可哀想だと泣いているそうです。
我が家のことはお兄様たちが協力して回しております。
いっそこのままお父様に隠居してもらおうと話し合っているそうですが、まずはお父様がやらかしたことの後始末をしなければなりません。
そもそも陛下がそろそろキリム様にも嫁をと言いだした時、自薦他薦が殺到したそうです。
なんといっても陛下のお子様で唯一の王級“加護持ち”でございます。間違ってもその身をどこにもやらぬよう、国内の貴族と娶せるのが最適。
ゆくゆくは大事な地位につけるに違いない方です。
容姿自慢の娘を持つ高位貴族が飛びつきました。お父様もです。
その中から偉い方々が吟味して候補を絞り、キリム様本人に会わせて選ばせたそうです。
……その中からなぜ私が選ばれたのでしょう?
お父様はもちろんお姉様のつもりで名乗りをあげたのでしょうが、実際にお会いしたのは私です。
きっとがっかりなさったと思います。
そもそも家のような落ち目の家が候補に残れたこと自体不思議なのです。
審査をなさった方がお姉様を知っているのならわかります。
でもそれならば我が家は大きな偽りを──
「ど、どうしましょう! 私はいったいどうすれば!」
「落ち着け! キリム様がお前を気にいったんだ、どうしようもないだろう。こちらから断るなんて、できるはずがない!」
そうでした。立候補したからには辞退など許されません。
このままでは私はキリム様を偽ったまま──あら?
「わ、私……キリム様と結婚? キリム様の妻に──きゃああああああ!」
私ははしたなくも悲鳴をあげてしまいました。
「恐れ多い! 恐れ多いですわ! あ、あんな素敵な方の、は、花嫁になんて!」
気が遠くなりました。誰か助けて。
「しっかりしろ、ローナ!」
「大丈夫だ、相手に望まれたんだぞ。何を恐れることがある」
「もうこのまま結婚してしまえばいいんじゃないか? よい方だったんだろう」
お兄様、他人事だと思って!
「そ、そうだとも。婿がねとして最高じゃないか! 将来性もばっちりだ」
「見目もよいし、性格だって素直でよさそうだったぞ」
「そうだとも、ラフドーラとは比べ物にならん。素晴らしい縁だ」
お兄様方が口々に言います。
でも、お兄様方、目が虚ろです。
「この話、まとめてしまおう。あちらからも望まれているんだ、問題ない」
あははははは、と一番目のお兄様が笑います。
「ラフドーラとは見合いの前に破談になったんだ。その後お前が誰とつき合おうと、問題ない」
二番目のお兄様、納得させたいのは自分ですか?
「うん。我が家の出来事など、あちらにとっては些事だろう。御耳を汚すこともあるまい」
ごまかす決心しましたね、三番目のお兄様。
「いや、めでたいねえ。うちのローナも幸せになっていいはずだ」
「お相手の候補は沢山いたらしいから、羨まれるかもしれないが、キリム様のご決断だし」
「人も羨む良縁だ。うん、めでたい」
お父様とかお姉様のことは隠し通すおつもりのようです。
「それでいいんですか!」
私は思わず叫びました。
ぎっとお兄様方がこちらを振り返りました。
その眼には光る物が──
「いいんだよ! これ以外にどうしようがあるというんだい? ローナ」
「正直に言えば我が家は破滅だ! なんとしても隠し通して結婚まで持ち込むんだ!」
「君ならできる! いいかい? キリム様を放すんじゃないよ? がっちり捕まえておくんだ! 本人がよければ何も問題はない!」
いい年して泣かないでくださいお兄様方。
こうして私はキリム様をだましたまま結婚を前提にお付き合いすることになりました。
どうしてこうなった……
「お父様のご意見は?」
二番目の兄が顔をしかめました。
「父上の意向などどうでもいいが、リリスがアレじゃあどうしようもないだろう? この件は兄上に一任されている。間違ってもお前を押しのけて、いまさらリリスを候補にすることはないよ」
二番目のお兄様は不機嫌になってしまわれました。
「なんだい? 改めて口にするってことは、そんな世迷言をほざいているのかい?」
一番目のお兄様が訊き返しました。
「そうじゃないが……リリスの行き場がなくなった。父上はともかく、母上が何と言いだすやら……頭が痛いよ。ニグルスはあの場では家を出てでもリリスと添い遂げると言っていたけど、時間が経って頭が冷えたのか前言を撤回してきた」
二番目のお兄様は頭を抱えられました。
「ああ、レンドルのことがあったからな。レンドルは妻子持ちだろう? それなのに腹の子が自分の子かもしれないと言いだすとは、勇気があるなあ」
三番目のお兄様が皮肉のように言います。
「レンドルは妾としてなら腹の子ごとリリスを引き取るといったんだが、リリス自身が拒否した。ニグルスの申し出も断っていたから、本当に行き場がない──あいつは自分を何様だと思っているんだ? 男爵の暮らしも嫌、妾も嫌? 腹の子抱えてどこに行くつもりなんだ? 誰も相手になんかしないぞ! レンドルの申し出はむしろ温情だろうが」
憤懣やるかたない様子で二番目のお兄様が言い捨てます。
三番目のお兄様は深い溜息をつかれました。
「ああ、どこの男の子かもわからない子を宿した女なんて、引き取り手がいるわけがないか。うちで一生飼い殺しか、身二つになってからどこかの妾か後妻にするしか……あんなに身持ちの悪い女じゃそれも無理か……」
お姉様の暗い未来像が次々と出てきます。
正妻にしろ妾にしろ、女は子を成すことが求められますが、それも夫との子供でなければなりません。不義を繰り返し、他の男の子を押し付けられるのは困るのです。
そういう意味では貞操観念のないお姉様は忌避されるでしょう。
「子供が生まれたら一族の子として育ててもいいが、リリスはなぁ……」
お兄様方がそろって溜息をつかれました。
数日前ならばお姉様は一族の自慢でしたが、今ではお荷物になり下がっております。
「……この状況で私だけが幸せになってよいのでしょうか?」
思わず呟くと、お兄様たちが真顔でおっしゃいました。
「いや、むしろなってもらわなければ困るのだが」
「なんとかこの危機をやり過ごしてくれ」
「我が家の進退はお前にかかっている」
私の見合いは義務でした。
我が家のごたごたを隠し通して、何食わぬ顔でキリム様と結婚するのが私の使命なのです。
「烏滸がましいことを口にしてしまいましたわ。そうですわね、なってよいのではなく、ならなくてはいけないのでしたわ」
そもそも陛下がキリム様の嫁探しに着手なさったのは、キリム様の領地経営の手助けと、その血筋を後世に残すためです。
私にはキリム様を支えることと、子を産むことを期待されているのです。
「せ、精一杯頑張りますわ」
私にどこまでできるかわかりませんが、やるしかありません。
「そういえば、ニグルスがローナに復縁を迫るようなことはないだろうな?」
一番目のお兄様がラフドーラ家との交渉係である二番目の兄に訊ねました。
「それはない。さすがにそこまで恥知らずじゃないだろうし、ニースがいう『自由』だというのはそれも含んでいる。馬鹿なことをしようとすれば、ラフドーラで止めるはずだ」
思えばニグルス様も可哀想な方です。
ラフドーラの後継者から外され、私も姉もどちらも失いました。
自業自得ですけど。
「ニグルスよりリリスの方が心配だね、僕は。自分のしでかしたことを棚に上げて、ローナを妬みそうだよ。本当なら自分がそこにいたのにってね」
ありえそうで怖いですわ。
「ニグルスを選んだのも、他でも火遊びをしていたのもリリス自身。二人の申し出を断ったのもね。なのに、ローナに逆恨みしそうで怖いよ。なんだろう、リリスってあんな子だったっけ? 僕らはリリスの何を見てきたんだろうね?」
三番目のお兄様が黄昏ておりました。
ええ、皆さん今まで盲目的にお姉様を信じてきましたから、事実は非情でした。
お姉様が残した傷跡は深いようです。
誰か教えてください。
「あちらがこの話を進めて欲しいとのことだ」
キリム様と顔を合わせた翌日の晩餐の席で、一番目のお兄様がおっしゃいました。
「ど……どうして? ……」
私は途方にくれました。
「どうしてって……あれだけいい雰囲気だったんだ。当たり前だと思うな」
私とキリム様の顔合わせは成功してしまったようです。
キリム様のお見合いは実は私とのものだけではありませんでした。
キリム様の伴侶候補と何日かかけてお会いになられたのだとか。
候補は何人かいらっしゃったようなのですが、その中でも私をということでした。
「で、でも、私より綺麗な方も、賢い方もいくらでもいらっしゃいますわ! それなのに、なぜ私なのでしょう?」
ええ、なぜよりにもよって後ろ暗いことのある我が家に。
二番目の兄が溜息をつきました。
「ローナは妙に人に好かれることがあるからなぁ。ラフドーラの祖母様なんか、お前を諦めなきゃならないと本気で悔しがっていたぞ」
「キリム殿は下級騎士の生まれであらせられる。妙に格式ばった家より少々落ち目な方が親近感が持てるのかもしれんな」
三番目のお兄様が唸りました。
お父様とお母様、お姉様はいません。
お父様とお母様は改めて知るお姉様の所業に打ちのめされて寝込んでしまいました。懐妊発覚の時は堪えた母も、レンドル様とのことを知り倒れられました。
お二人して伏せっておられます。
元凶であるお姉様は謹慎中です。
自室に押し込められ、厳しく見張られているとか。
それというのも、お姉様が妊娠なさったこととラフドーラでのことを知った交際相手が続々と家に詰めかけお姉様と絶縁なさったからです。
「酷いよ! リリス! 嘘だろう! 嘘と言ってくれよ!」
お姉様に詰め寄っていたのは同年代の子女のお茶会で知り合った可愛い感じのする方です。
朝一番に我が家に駆け付けました。
「ラフドーラ侯爵のニグルスって、妹の婚約者だって言っていたじゃないか! 家族になる人だから親しくしているけど、そういう仲じゃないし、愛しているのは僕だって言ったじゃないか! それなのに、身籠ったって、誰の子供なんだよ!」
私は微妙な気持ちでエントランスに続く廊下に立ち尽くしておりました。
お姉様が何か言おうとしたところで、他の方が乱入しました。
「リリス! 今のはどういうことだ! お前は俺だけだと言ったじゃないか!」
乱入してきた方は確か軍に所属している方です。
お勤めがあるのでそうそう出歩けないはずなのですが、どういう口実で我が家に来たのでしょう。
「どういうことだい、リリス! 君はラフドーラ家のニグルスやレンドルだけじゃなく、彼とまでつき合っていたのかい?」
修羅場です。お二人が姉に詰め寄り、姉はおろおろしております。
片方に何か言えば、もう片方に矛盾をつかれることはわかっておりますから、何も言えないのでしょう。
この場をおさめるべきでしょうか?
でも、どうやって?
「おやおや、君たち彼女がつき合っているのは自分だけだと思っていた口かい? 可哀想に」
新たな訪問者がおられました。
隙なく身なりを整えた二十代後半の方です。
「可哀想だけどね、彼女の恋人は十や二十じゃきかないよ? かくいう私もそうだけどね」
にこにこと爆弾発言をなさりました。
ええ、前期のお二方は私の言葉を信じずはねのけましたけど、この方は私を疑いもせず『そうだろうね』と返されました。
お二人はお姉様の相手が自分だけだと思っていた方ですが、こちらは最初から他にも交際している方がいると知っていた方です。
その上で知らないふりして姉と火遊びを楽しんでいたのです。
どちらが悪いのかは申し上げられません。
「リリス。悪いけど今日は君とお別れを言いに来たよ。妊娠したんだって? それも父親が誰だかわからない? それじゃあ私の子とは認められないね。なにせ候補者は山ほどいるんだから」
「あ、あなた知って……」
お姉様が青ざめております。
お姉様はご自分がうまく騙していると思っておられたようですが、お付き合いのある方の半分はお姉様の所業に気が付いておられました。
年若い方は気づいておられないようでしたが。
「大人を甘く見ちゃ駄目だよ。利用されて弄ばれるから」
弄んだ本人が何をおっしゃいますか。
「リリス! お前は!」
軍人の方が手をあげられました。
それが降り降ろされる前に二番目のお兄様が掴みます。
「やめろ! 相手は妊婦だぞ! 孕んだ女を殴るつもりか!」
うっと軍人の方が呻きました。
「君には彼女の妹君が忠告に来なかったのかな? あの子はとてもいい子でね、リリスの毒牙にかかりそうな人には姉には他にも交際相手がいると言いに行くんだけどね?」
お二人が気まずそうに目をそらしました。
ええ、私お二人にもそう言いに行きましたもの。
「その場では信じなくとも少し調べればリリスの乱行はすぐにわかるはずなんだけどね。リリスを盲信して何も調べなかったのかい? それはあまりにも迂闊じゃないか? ここは勉強させてもらったと思ってリリスと縁を斬っておしまいにするべきじゃないか?」
そもそも相手の家族の了承なしに女性と交際するのは悪いことだよ、と彼の遊び人はおっしゃいました。説得力があるのかないのかわかりません。少なくともあなた様が口にしてよいことではないような気がいたします。
少しあってから可愛い方が姉に顔を向けました。
「さようなら、リリス。僕は君がそんな嘘つきだったなんて、知らなかったよ」
「お前とはもうこれっきりだ! 腹の子なんか俺が知ったことか!」
軍人の方が吠えるようにおっしゃいました。
ふと、その目が私の方を向きました。
「……すまなかった」
なにに対する謝罪なのかはわかりませんが、軍人の方は踵を返して帰っていかれました。
可愛い方も続いて帰られます。
「では、もう会うこともないけれど、お元気で」
最後に残っておられた青年の方が帰られました。
やっと我が家の者は息を吹き返しました。
二番目のお兄様が苦虫をかみ殺したような顔でおっしゃいました。
「リリス、お前はいったい何人とつき合っていたんだい? これじゃあ人に会わせられないよ。いつ刺されるかわかったものじゃない。いいかい? 君は部屋にこもっていなさい。これから誰が来ても会うんじゃない。外出も禁止だ!」
お姉様は謹慎が言い渡されました。
外出、面会は一切禁止です。
安全のためなのでおとなしくしていてほしいものです。
この後も何人もの方がお見えになりました。皆さん姉を押し付けられてはたまったものではないと、お姉様を捨てました。
お母様は半狂乱になられました。
最初はこれはなにかの間違いだと喚き散らし、紛れもない事実だとつきつけられると気を失い、目覚めた後はあの子が可哀想だと泣いているそうです。
我が家のことはお兄様たちが協力して回しております。
いっそこのままお父様に隠居してもらおうと話し合っているそうですが、まずはお父様がやらかしたことの後始末をしなければなりません。
そもそも陛下がそろそろキリム様にも嫁をと言いだした時、自薦他薦が殺到したそうです。
なんといっても陛下のお子様で唯一の王級“加護持ち”でございます。間違ってもその身をどこにもやらぬよう、国内の貴族と娶せるのが最適。
ゆくゆくは大事な地位につけるに違いない方です。
容姿自慢の娘を持つ高位貴族が飛びつきました。お父様もです。
その中から偉い方々が吟味して候補を絞り、キリム様本人に会わせて選ばせたそうです。
……その中からなぜ私が選ばれたのでしょう?
お父様はもちろんお姉様のつもりで名乗りをあげたのでしょうが、実際にお会いしたのは私です。
きっとがっかりなさったと思います。
そもそも家のような落ち目の家が候補に残れたこと自体不思議なのです。
審査をなさった方がお姉様を知っているのならわかります。
でもそれならば我が家は大きな偽りを──
「ど、どうしましょう! 私はいったいどうすれば!」
「落ち着け! キリム様がお前を気にいったんだ、どうしようもないだろう。こちらから断るなんて、できるはずがない!」
そうでした。立候補したからには辞退など許されません。
このままでは私はキリム様を偽ったまま──あら?
「わ、私……キリム様と結婚? キリム様の妻に──きゃああああああ!」
私ははしたなくも悲鳴をあげてしまいました。
「恐れ多い! 恐れ多いですわ! あ、あんな素敵な方の、は、花嫁になんて!」
気が遠くなりました。誰か助けて。
「しっかりしろ、ローナ!」
「大丈夫だ、相手に望まれたんだぞ。何を恐れることがある」
「もうこのまま結婚してしまえばいいんじゃないか? よい方だったんだろう」
お兄様、他人事だと思って!
「そ、そうだとも。婿がねとして最高じゃないか! 将来性もばっちりだ」
「見目もよいし、性格だって素直でよさそうだったぞ」
「そうだとも、ラフドーラとは比べ物にならん。素晴らしい縁だ」
お兄様方が口々に言います。
でも、お兄様方、目が虚ろです。
「この話、まとめてしまおう。あちらからも望まれているんだ、問題ない」
あははははは、と一番目のお兄様が笑います。
「ラフドーラとは見合いの前に破談になったんだ。その後お前が誰とつき合おうと、問題ない」
二番目のお兄様、納得させたいのは自分ですか?
「うん。我が家の出来事など、あちらにとっては些事だろう。御耳を汚すこともあるまい」
ごまかす決心しましたね、三番目のお兄様。
「いや、めでたいねえ。うちのローナも幸せになっていいはずだ」
「お相手の候補は沢山いたらしいから、羨まれるかもしれないが、キリム様のご決断だし」
「人も羨む良縁だ。うん、めでたい」
お父様とかお姉様のことは隠し通すおつもりのようです。
「それでいいんですか!」
私は思わず叫びました。
ぎっとお兄様方がこちらを振り返りました。
その眼には光る物が──
「いいんだよ! これ以外にどうしようがあるというんだい? ローナ」
「正直に言えば我が家は破滅だ! なんとしても隠し通して結婚まで持ち込むんだ!」
「君ならできる! いいかい? キリム様を放すんじゃないよ? がっちり捕まえておくんだ! 本人がよければ何も問題はない!」
いい年して泣かないでくださいお兄様方。
こうして私はキリム様をだましたまま結婚を前提にお付き合いすることになりました。
どうしてこうなった……
「お父様のご意見は?」
二番目の兄が顔をしかめました。
「父上の意向などどうでもいいが、リリスがアレじゃあどうしようもないだろう? この件は兄上に一任されている。間違ってもお前を押しのけて、いまさらリリスを候補にすることはないよ」
二番目のお兄様は不機嫌になってしまわれました。
「なんだい? 改めて口にするってことは、そんな世迷言をほざいているのかい?」
一番目のお兄様が訊き返しました。
「そうじゃないが……リリスの行き場がなくなった。父上はともかく、母上が何と言いだすやら……頭が痛いよ。ニグルスはあの場では家を出てでもリリスと添い遂げると言っていたけど、時間が経って頭が冷えたのか前言を撤回してきた」
二番目のお兄様は頭を抱えられました。
「ああ、レンドルのことがあったからな。レンドルは妻子持ちだろう? それなのに腹の子が自分の子かもしれないと言いだすとは、勇気があるなあ」
三番目のお兄様が皮肉のように言います。
「レンドルは妾としてなら腹の子ごとリリスを引き取るといったんだが、リリス自身が拒否した。ニグルスの申し出も断っていたから、本当に行き場がない──あいつは自分を何様だと思っているんだ? 男爵の暮らしも嫌、妾も嫌? 腹の子抱えてどこに行くつもりなんだ? 誰も相手になんかしないぞ! レンドルの申し出はむしろ温情だろうが」
憤懣やるかたない様子で二番目のお兄様が言い捨てます。
三番目のお兄様は深い溜息をつかれました。
「ああ、どこの男の子かもわからない子を宿した女なんて、引き取り手がいるわけがないか。うちで一生飼い殺しか、身二つになってからどこかの妾か後妻にするしか……あんなに身持ちの悪い女じゃそれも無理か……」
お姉様の暗い未来像が次々と出てきます。
正妻にしろ妾にしろ、女は子を成すことが求められますが、それも夫との子供でなければなりません。不義を繰り返し、他の男の子を押し付けられるのは困るのです。
そういう意味では貞操観念のないお姉様は忌避されるでしょう。
「子供が生まれたら一族の子として育ててもいいが、リリスはなぁ……」
お兄様方がそろって溜息をつかれました。
数日前ならばお姉様は一族の自慢でしたが、今ではお荷物になり下がっております。
「……この状況で私だけが幸せになってよいのでしょうか?」
思わず呟くと、お兄様たちが真顔でおっしゃいました。
「いや、むしろなってもらわなければ困るのだが」
「なんとかこの危機をやり過ごしてくれ」
「我が家の進退はお前にかかっている」
私の見合いは義務でした。
我が家のごたごたを隠し通して、何食わぬ顔でキリム様と結婚するのが私の使命なのです。
「烏滸がましいことを口にしてしまいましたわ。そうですわね、なってよいのではなく、ならなくてはいけないのでしたわ」
そもそも陛下がキリム様の嫁探しに着手なさったのは、キリム様の領地経営の手助けと、その血筋を後世に残すためです。
私にはキリム様を支えることと、子を産むことを期待されているのです。
「せ、精一杯頑張りますわ」
私にどこまでできるかわかりませんが、やるしかありません。
「そういえば、ニグルスがローナに復縁を迫るようなことはないだろうな?」
一番目のお兄様がラフドーラ家との交渉係である二番目の兄に訊ねました。
「それはない。さすがにそこまで恥知らずじゃないだろうし、ニースがいう『自由』だというのはそれも含んでいる。馬鹿なことをしようとすれば、ラフドーラで止めるはずだ」
思えばニグルス様も可哀想な方です。
ラフドーラの後継者から外され、私も姉もどちらも失いました。
自業自得ですけど。
「ニグルスよりリリスの方が心配だね、僕は。自分のしでかしたことを棚に上げて、ローナを妬みそうだよ。本当なら自分がそこにいたのにってね」
ありえそうで怖いですわ。
「ニグルスを選んだのも、他でも火遊びをしていたのもリリス自身。二人の申し出を断ったのもね。なのに、ローナに逆恨みしそうで怖いよ。なんだろう、リリスってあんな子だったっけ? 僕らはリリスの何を見てきたんだろうね?」
三番目のお兄様が黄昏ておりました。
ええ、皆さん今まで盲目的にお姉様を信じてきましたから、事実は非情でした。
お姉様が残した傷跡は深いようです。
感想 34
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国と国の繋がりを作る為に、前王の私の父が結んだ婚約、その父が2年前に崩御して今では私が国王になっている
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*作者ご都合主義の世界観でのフィクションです