名探偵は手を汚さない

のどか

文字の大きさ
1 / 1

名探偵は手を汚さない

しおりを挟む
 もくろんだ完全犯罪のトリックを暴かれた犯人は膝をついた。
「妻が悪いんだ! わたしは愛していたのに! あれはわたしを裏切っていたんだ!」
「いいえ。それそこあなたの最初の間違いです」
 そこで探偵役はひとつの包みを取り出した。
 丁寧に包装された細長い包み。リボンがかけられ一枚のカードがはさんであった。
〝最愛のあなたへ。あなたの妻より〟
 短いメッセージが書かれていた。
「それは……」
「お忘れですか? 犯行日の三日後、それはあなた方の結婚記念日でした。あなたは忘れていたようですが、奥様は覚えていた。これは奥様があなたのために用意したもの」
 犯人は雷に撃たれたように震えた。
「奥様はこれを選ぶため、あなたの部下に付き合ってもらって買い物に出かけていたんですよ。奥様はあなたを裏切ってなどいなかった」
「わたしは……わたしはなんてことを……」
「あなたが思いとどまっていれば……せめて三日、決行日をずらしていれば……この犯罪は無かった。あの日、あのときを選んで犯行に及んでしまったこと。それがあなたの最大の間違いです」
 そして犯人の慟哭が響いた。

「お疲れ~」
「いい演技でしたよ。いい画が撮れました」
「いや、高崎さんの演技がよかったから」
 微笑む探偵役にマネージャーが声をかけた。
「あの、刑事さんがお話があるそうなんですけど」
 目配せされて探偵役が目をやると、ここ数ヶ月で顔見知りになった刑事がいた。
「なんだろうね?」
「その……奥様の事件のことでお話があるとか。でも、あれってもう犯人が……」
「捕まったはずだね。もっとも、裁判が終るまで容疑者っていうらしいけど。時間ある?」
「少しなら」
「じゃあ、楽屋の方で。コーヒーでも頼むよ」

 数々の名探偵役をはまり役にしている俳優中浜結城は二十九歳。長身で整った知的な顔立ちをしている。いまドラマで使っている伊達めがねがよく似合う。
 彼は数ヶ月前妻を喪った。
 妻も女優で華やかな美女だったが、貞節とは言いがたい噂をなんども流している。彼女が殺害されたとき、彼も容疑者に上げられたが、その数日前から地方ロケに行っておりアリバイがあった。すぐに容疑者からはずされた。
 捕まった犯人は妻の不倫相手。動機は『夫と別れると約束したのに、いっこうに離婚せず、自分を裏切って夫とよりを戻そうとしていたと思った』というものだった。
「すみませんが、あまり時間がないので早めにお願いします」
 中浜は最初にあまり時間が無いことを断っておいた。
「まだなにかありましたか? あ、彼が犯人ではなかったとか?」
 マネージャーが届けたコーヒーに二杯半の砂糖とたっぷりのミルクをいれてかき混ぜながら中浜が尋ねた。
「いえいえ、自供もしてますし、証拠もそろいました。ホンボシでしょうね」
 中年の刑事はあっさりと認めてブラックのままのコーヒーを啜った。
「ただ──なんていうか、引っかかるものはありますね」
「といいますと?」
「ああ、いや、あんな事件の後でよくこんなドラマを引き受けたものだと」
「しかたありません。事件前からこういう仕事ばかりで──まあ、中には話題にのっかろうというオファーもありますけどね」
 中浜はコーヒーを啜った。
「ここからはあたしの想像だと思って聞いてください。殺害された妻の夫は、本当は何もかも知っていたのではないかと」
「────」
「夫は妻の不倫を知っていた。妻が自分と別れるつもりだということ、そして妻の不倫相手が歳若く嫉妬深く思い込みが激しいこと。すべて知っていて、掌で転がしたんですよ」
 中浜は何も言わず視線だけで先を促した。
「なに、簡単なことです。妻が離婚を言い出す隙を与えず、マスコミの前で円満なふりをしていちゃついてみせる。後は勝手にマスコミが復縁だの煽り立てれば、不倫相手は勝手に裏切られたと思い込む。最後に長期に家を空けて隙を見せればいい。あなたは手を汚さず──」
「──自らは手を汚さず人を犯罪に走らせる、面白い犯人像ですね。ドラマとしては面白い。でも、もしそういう台本を書いても採用はされないと思いますよ。大きな欠点がありますから」
「そう──もしそうだったとしても、立証はできませんし、現在の法ではなんの罪にもなりません」
「中浜さん、時間です。入ってください」
 唐突にドアがひらいた。
「すみませんが、撮影がありますので」
「いえいえ、あたしもこれで失礼しますよ。では」
 刑事が出て行き、マネージャーが心配そうに尋ねた。
「なんだったんですか? まさか、容疑がまだはれてないなんてことは……」
「いや、ちょっと興味深いドラマの台本を聞かせられたよ」
「ドラマ書くつもりなんですか? あの刑事さん」
 中浜が笑った。
「採用は無理だろうね」
「どうしてですか?」
「正義が勝てない作品を、民衆は望んでないからさ」
しおりを挟む
感想 7

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

月宮 火波
2020.09.25 月宮 火波

先生が旅立ってからもう3年です。時の流れの速さを知り、命の儚さを知りました。今でもニュースを思い出すときがあります。悔しいような、それでいて悲しいような気持ちは今でも心の中に澱のように積もったままです。未だに信じられてない部分も心のどこかにあります。それでも我々は前に進むしかないのでしょう。ご冥福をお祈りしています

解除
明里
2017.09.21 明里

今訃報を知りました

初期の作品から楽しく読ませてもらっていたのでとても悲しいです
ご冥福をお祈りします

解除
みらのふうどりあ

別作品のコミカライズで、ご訃報をお聞き致しました。

その作品が一覧にございませんでしたので
こちらに書かせて頂きます事
誠に失礼致します。

私がアルファポリスに登録したきっかけが牧原さんの作品でした。

ずっと大好きな作者様でしたので
とても今驚きと、悲しみで溢れております。

これまでたくさんの素敵な作品をありがとうございました。

心より御悔やみ申しあげます。

解除

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私の優しいお父さん

有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。 少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。 昔、私に何があったんだろう。 お母さんは、どうしちゃったんだろう。 お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。 いつか、思い出す日が来るのかな。 思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

真実の愛の祝福

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。 だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。 それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。 カクヨム、小説家になろうにも掲載。 筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。