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名探偵は手を汚さない
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もくろんだ完全犯罪のトリックを暴かれた犯人は膝をついた。
「妻が悪いんだ! わたしは愛していたのに! あれはわたしを裏切っていたんだ!」
「いいえ。それそこあなたの最初の間違いです」
そこで探偵役はひとつの包みを取り出した。
丁寧に包装された細長い包み。リボンがかけられ一枚のカードがはさんであった。
〝最愛のあなたへ。あなたの妻より〟
短いメッセージが書かれていた。
「それは……」
「お忘れですか? 犯行日の三日後、それはあなた方の結婚記念日でした。あなたは忘れていたようですが、奥様は覚えていた。これは奥様があなたのために用意したもの」
犯人は雷に撃たれたように震えた。
「奥様はこれを選ぶため、あなたの部下に付き合ってもらって買い物に出かけていたんですよ。奥様はあなたを裏切ってなどいなかった」
「わたしは……わたしはなんてことを……」
「あなたが思いとどまっていれば……せめて三日、決行日をずらしていれば……この犯罪は無かった。あの日、あのときを選んで犯行に及んでしまったこと。それがあなたの最大の間違いです」
そして犯人の慟哭が響いた。
「お疲れ~」
「いい演技でしたよ。いい画が撮れました」
「いや、高崎さんの演技がよかったから」
微笑む探偵役にマネージャーが声をかけた。
「あの、刑事さんがお話があるそうなんですけど」
目配せされて探偵役が目をやると、ここ数ヶ月で顔見知りになった刑事がいた。
「なんだろうね?」
「その……奥様の事件のことでお話があるとか。でも、あれってもう犯人が……」
「捕まったはずだね。もっとも、裁判が終るまで容疑者っていうらしいけど。時間ある?」
「少しなら」
「じゃあ、楽屋の方で。コーヒーでも頼むよ」
数々の名探偵役をはまり役にしている俳優中浜結城は二十九歳。長身で整った知的な顔立ちをしている。いまドラマで使っている伊達めがねがよく似合う。
彼は数ヶ月前妻を喪った。
妻も女優で華やかな美女だったが、貞節とは言いがたい噂をなんども流している。彼女が殺害されたとき、彼も容疑者に上げられたが、その数日前から地方ロケに行っておりアリバイがあった。すぐに容疑者からはずされた。
捕まった犯人は妻の不倫相手。動機は『夫と別れると約束したのに、いっこうに離婚せず、自分を裏切って夫とよりを戻そうとしていたと思った』というものだった。
「すみませんが、あまり時間がないので早めにお願いします」
中浜は最初にあまり時間が無いことを断っておいた。
「まだなにかありましたか? あ、彼が犯人ではなかったとか?」
マネージャーが届けたコーヒーに二杯半の砂糖とたっぷりのミルクをいれてかき混ぜながら中浜が尋ねた。
「いえいえ、自供もしてますし、証拠もそろいました。ホンボシでしょうね」
中年の刑事はあっさりと認めてブラックのままのコーヒーを啜った。
「ただ──なんていうか、引っかかるものはありますね」
「といいますと?」
「ああ、いや、あんな事件の後でよくこんなドラマを引き受けたものだと」
「しかたありません。事件前からこういう仕事ばかりで──まあ、中には話題にのっかろうというオファーもありますけどね」
中浜はコーヒーを啜った。
「ここからはあたしの想像だと思って聞いてください。殺害された妻の夫は、本当は何もかも知っていたのではないかと」
「────」
「夫は妻の不倫を知っていた。妻が自分と別れるつもりだということ、そして妻の不倫相手が歳若く嫉妬深く思い込みが激しいこと。すべて知っていて、掌で転がしたんですよ」
中浜は何も言わず視線だけで先を促した。
「なに、簡単なことです。妻が離婚を言い出す隙を与えず、マスコミの前で円満なふりをしていちゃついてみせる。後は勝手にマスコミが復縁だの煽り立てれば、不倫相手は勝手に裏切られたと思い込む。最後に長期に家を空けて隙を見せればいい。あなたは手を汚さず──」
「──自らは手を汚さず人を犯罪に走らせる、面白い犯人像ですね。ドラマとしては面白い。でも、もしそういう台本を書いても採用はされないと思いますよ。大きな欠点がありますから」
「そう──もしそうだったとしても、立証はできませんし、現在の法ではなんの罪にもなりません」
「中浜さん、時間です。入ってください」
唐突にドアがひらいた。
「すみませんが、撮影がありますので」
「いえいえ、あたしもこれで失礼しますよ。では」
刑事が出て行き、マネージャーが心配そうに尋ねた。
「なんだったんですか? まさか、容疑がまだはれてないなんてことは……」
「いや、ちょっと興味深いドラマの台本を聞かせられたよ」
「ドラマ書くつもりなんですか? あの刑事さん」
中浜が笑った。
「採用は無理だろうね」
「どうしてですか?」
「正義が勝てない作品を、民衆は望んでないからさ」
「妻が悪いんだ! わたしは愛していたのに! あれはわたしを裏切っていたんだ!」
「いいえ。それそこあなたの最初の間違いです」
そこで探偵役はひとつの包みを取り出した。
丁寧に包装された細長い包み。リボンがかけられ一枚のカードがはさんであった。
〝最愛のあなたへ。あなたの妻より〟
短いメッセージが書かれていた。
「それは……」
「お忘れですか? 犯行日の三日後、それはあなた方の結婚記念日でした。あなたは忘れていたようですが、奥様は覚えていた。これは奥様があなたのために用意したもの」
犯人は雷に撃たれたように震えた。
「奥様はこれを選ぶため、あなたの部下に付き合ってもらって買い物に出かけていたんですよ。奥様はあなたを裏切ってなどいなかった」
「わたしは……わたしはなんてことを……」
「あなたが思いとどまっていれば……せめて三日、決行日をずらしていれば……この犯罪は無かった。あの日、あのときを選んで犯行に及んでしまったこと。それがあなたの最大の間違いです」
そして犯人の慟哭が響いた。
「お疲れ~」
「いい演技でしたよ。いい画が撮れました」
「いや、高崎さんの演技がよかったから」
微笑む探偵役にマネージャーが声をかけた。
「あの、刑事さんがお話があるそうなんですけど」
目配せされて探偵役が目をやると、ここ数ヶ月で顔見知りになった刑事がいた。
「なんだろうね?」
「その……奥様の事件のことでお話があるとか。でも、あれってもう犯人が……」
「捕まったはずだね。もっとも、裁判が終るまで容疑者っていうらしいけど。時間ある?」
「少しなら」
「じゃあ、楽屋の方で。コーヒーでも頼むよ」
数々の名探偵役をはまり役にしている俳優中浜結城は二十九歳。長身で整った知的な顔立ちをしている。いまドラマで使っている伊達めがねがよく似合う。
彼は数ヶ月前妻を喪った。
妻も女優で華やかな美女だったが、貞節とは言いがたい噂をなんども流している。彼女が殺害されたとき、彼も容疑者に上げられたが、その数日前から地方ロケに行っておりアリバイがあった。すぐに容疑者からはずされた。
捕まった犯人は妻の不倫相手。動機は『夫と別れると約束したのに、いっこうに離婚せず、自分を裏切って夫とよりを戻そうとしていたと思った』というものだった。
「すみませんが、あまり時間がないので早めにお願いします」
中浜は最初にあまり時間が無いことを断っておいた。
「まだなにかありましたか? あ、彼が犯人ではなかったとか?」
マネージャーが届けたコーヒーに二杯半の砂糖とたっぷりのミルクをいれてかき混ぜながら中浜が尋ねた。
「いえいえ、自供もしてますし、証拠もそろいました。ホンボシでしょうね」
中年の刑事はあっさりと認めてブラックのままのコーヒーを啜った。
「ただ──なんていうか、引っかかるものはありますね」
「といいますと?」
「ああ、いや、あんな事件の後でよくこんなドラマを引き受けたものだと」
「しかたありません。事件前からこういう仕事ばかりで──まあ、中には話題にのっかろうというオファーもありますけどね」
中浜はコーヒーを啜った。
「ここからはあたしの想像だと思って聞いてください。殺害された妻の夫は、本当は何もかも知っていたのではないかと」
「────」
「夫は妻の不倫を知っていた。妻が自分と別れるつもりだということ、そして妻の不倫相手が歳若く嫉妬深く思い込みが激しいこと。すべて知っていて、掌で転がしたんですよ」
中浜は何も言わず視線だけで先を促した。
「なに、簡単なことです。妻が離婚を言い出す隙を与えず、マスコミの前で円満なふりをしていちゃついてみせる。後は勝手にマスコミが復縁だの煽り立てれば、不倫相手は勝手に裏切られたと思い込む。最後に長期に家を空けて隙を見せればいい。あなたは手を汚さず──」
「──自らは手を汚さず人を犯罪に走らせる、面白い犯人像ですね。ドラマとしては面白い。でも、もしそういう台本を書いても採用はされないと思いますよ。大きな欠点がありますから」
「そう──もしそうだったとしても、立証はできませんし、現在の法ではなんの罪にもなりません」
「中浜さん、時間です。入ってください」
唐突にドアがひらいた。
「すみませんが、撮影がありますので」
「いえいえ、あたしもこれで失礼しますよ。では」
刑事が出て行き、マネージャーが心配そうに尋ねた。
「なんだったんですか? まさか、容疑がまだはれてないなんてことは……」
「いや、ちょっと興味深いドラマの台本を聞かせられたよ」
「ドラマ書くつもりなんですか? あの刑事さん」
中浜が笑った。
「採用は無理だろうね」
「どうしてですか?」
「正義が勝てない作品を、民衆は望んでないからさ」
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