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25.Blue
しおりを挟む小可さんは怒ってくれたけど、あの堅物親父が他人の言うことに従うとは思えない。でも、一時間だけ待とうと小可さんが提案した。
「もし来なかったら家まで送ってやるよ」
「でも、ユキさんが……」
言いかけて、口を閉ざす。
オレがここにいたところで、何かが変わるわけじゃない。
「……よろしく、お願いします」
その優しさに抗う気力はなかった。
オレは、子供なのだから。
ユキさんが寝かせられている部屋に戻る。
耳が痛くなる程の静寂をオレは嫌ってほど経験している。黙っていると胸が押しつぶされそうで、オレは小可さんに話しかけた。
話すのにちょうど良い言い訳は、そこにあった。
「_____端的に言えば、ユキさんは……アンドロイド、みたいなものなんだ。厳密には、少し違うらしいけど」
「アンドロイド? ……はは、何を言って。そんなSF映画みたいな……」
オレを一瞥して、小可さんは笑みを引っ込める。
「今のこの時代に? どこからどう見ても普通の人間にしか見えないけど」
「でも、一緒に過ごしてて違和感はあったんじゃないの?」
小可さんの表情が、数拍置いて、困惑に変わっていく。納得してるというよりは、納得できないけど、何が言いたいのかは分かるって感じに。
「えっと……一応聞いておくけど、海に行ったから動かなくなったってわけじゃないんだよな?」
「それは大丈夫だ。駄目だったら、そもそも誘ってなんかない。それに、ちょっと体内に水が入ったくらいじゃ壊れたりなんかしない」
「おお。なら……まあ、安心だな」
「安心してる場合かよ」
こっちはそれどころじゃないのに、変なところで安心している小可さんに、イラッとくる。
いつもだったら、これくらいの冗談は軽く流せるけど、今日は無理だ。
オレは、痺れたように冷たい自分の手を、何度も開閉させる。どうやって切り出すのが、一番オレにとって無傷でいられるか、悩みながら。
「あと数年すれば、ユキさんは元々機能しなくなるはずだった」
分かってたんだ。いつかは別れなければならないってこと。
でも、こんなに早く来るなんて思ってなかった。少なくともオレが高校を卒業するまでは、ユキさんにたくさんの思い出を与えてやれるはずだった。
ベッドに寝かせられたユキさんの頬を撫でる。柔らかくて、冷たい。眠っているだけにも見え、精巧な人形のように、そもそも生きていないようにも見える。
親父は来ない。小可さんはオレの隣にまだいる。地下は電波を遮断しているから、着信があったとしても気がつかないだろう。
小可さんの腕時計で時間を確認した。親父に連絡をして一時間が経とうとしている。
話を続けるオレの近くを、刹那さんやレイが忙しなく動いている。正しくは、刹那さんがレイをこき使っている。
部外者が近くにいるのが癪に触るのか、刹那さんはオレ達を睨みつけ、無言で扉を指さした。仕方なく、廊下に並んでしゃがみ込む。
「来訪者に向かって何だよ、あの態度」
小可さんはぶつくさ言って、不貞腐れている。夏も近いとは言え夜はアロハシャツでは心許ないのか、剥き出しの二の腕をさすりながら。
「……さっきから聞きたかったんだけど、何でここ、こんなに青いんだ?」
ふと思い出したように、小可さんが尋ねてくる。
地下に一歩足を踏み入れると、そこには異様な世界が広がっている。
天井、壁、地面。至るところが青く塗りつぶされているのだ。
「見てると頭がおかしくなりそうだ」
小可さんはこめかみを指で押さえる。
壁と地面を分ける境目が分からなくなるほどに隙間なく塗りつぶされ、体は平衡感覚を失う。オレもここに来たばかりの時はそうだった。
「目、瞑ってたら良いですよ」
「おお……そうさせてもらうわ」
小可さんは軽くため息を吐き、目を閉じる。こてりと首を傾げ、オレの肩に頭を預けてきた。
触れた肌から小可さんの体温が伝わってきて、オレをあやふやにする。
冷たい壁に背中をつけ、耳を澄ませた。防音対策はバッチリなようで、壁の向こうからは何の音も聞こえてこない。恐らくオレの声も向こうには届かないだろう。
今この場には、オレと小可さんの二人しかいない。
「小可さん」
「んー?」
「あんたって、優しいよな」
「……は? 何だよ、いきなり」
ガバッと目を開き、警戒するみたいに、わずかに後ずさる小可さん。手を床につこうとして爪先が当たり、かん、と音を立てる。
「別に大したことじゃないんだ。ただ、言っておきたかっただけ」
「お前が改まって何か言い出すの、怖いんだけど」
そんな、悪霊に乗っ取られた人を見たみたいな顔すんなよ。そりゃ確かに、オレらしくもなく素直かもしれないけどさ。
「あんたはずっと、オレのそばにいてくれたよな。最初ばかりは何だこの人って思ったけどさ、でもオレ、本当は嫌じゃなかったんだ」
まるで古くからの知り合いみたいに、あんたは気安い態度で居座って。そんな出会いだったのに、気がつけば今ではそれが当たり前になっている。
「でもさ、あんたの優しさって何のためにあんの? 子供が幼稚園から帰ってくるまでの暇つぶし? ちょっとした人助け? オレはあんたに返せるもんなんて何もないんだ。
あんた、何で今オレの隣にいんの?」
小可さんは露骨に眉を顰め、それでいて困惑の表情を浮かべる。
「何が言いたいのか、正直分からない。お前を放っておけないから、隣にいたいからじゃダメなのか?」
「そんな理由だけで、あんたは家族を放って、血の繋がりもない男子高校生の世話を焼くのかよ。……だとしたらそれ、かなり気持ち悪いよ」
気持ち悪い。そう言って、胸の中に苦いものが広がる。本当は分かっている。気持ち悪いのは小可さんじゃなくて、オレの方だ。
無私の優しさほど、怖いもんはない。
オレの言葉に、小可さんは更に表情を歪める。
「お前は、どんな理由だったら納得するんだ」
「どんなものでも。話してくれたら納得するよ。でも、さっきのはダメだ。オレはあんたに恩返しがしたいんだ」
小可さんが、苛立ち混じりに髪を掻きむしる。
「オレは、見返りだとか恩返しだとか、そんなもののためにここにいるわけじゃ_____」
カツン、と。物音が言葉を遮った。
カツン、カツン。硬いものを叩く音は、等間隔に、次第に大きくなっていく。
小可さんがさっと立ち上がり、オレの前に立ち塞がった。
足音に続いて、廊下の奥から人影が近づいてくる。
そして。オレ達の目の前でそれは止まった。
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