Desire ―好きだと言えなくて、誰とも結ばれない物語―

雷仙キリト

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24.Call

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 小可さんを連れて廊下に出る。ユキさんを背負っていた時よりも大きい歩幅で、小可さんはオレの前を歩く。

「小可さん。ごめん、あんたをこんなことに巻き込んでしまって」

「心配すんなって。俺がいたくてここにいるんだ」

「でも……」

「良いんだよ。お前が余計な気を回す必要はない」

 階段を上り、地上に出る。

 小可さんは本気のようで、オレの頬をがっしり掴み、真っ直ぐ見つめてくる。

「お前の親父さんが来るまでここで待ってる。それなら良いだろ」




 耳元で、スマホにつけられたストラップがゆらゆらと揺れる。

 数年前の誕生日にユキさんからプレゼントされたものだ。経年劣化により塗装がかなり剥がれている。

 一度、二度、三度。呼び出し音が鳴る。

『……なんだ』

「遅くにごめん。今仕事中?」

『ああ』

「いつもこんな時間まで仕事してんの?」

『ああ』

 違う。こういうことが聞きたいんじゃない。

 深呼吸。意を決して、本題に入る。

「あのさ、父さん。……さっきユキさんが倒れたんだ」

『ユキが?』

「契約者の同意がないと処置はできないって、刹那さんが。だから、すぐ来てほしい」

 長い無言とため息。

『それは今でなければ駄目なのか?』

「え?」

『仕事が終わったらそっちに向かう。お金は持ってるだろう? お前はもう家に帰りなさい』

 頭をガツンと殴られたような衝撃に襲われる。

『私は忙しいんだ。こういうのは電話じゃなくメールをしなさい』

「……それだけ?」

『それだけ、とは?』

「ユキさんが倒れたんだよ? 心配じゃないの?」

 再び無言。何を言われるかなんて、考えなくても分かる。

『直らないわけではないんだろ。何をそう取り乱す必要がある』

 ほら。またため息だ。

 この人は、目の当たりにしたわけじゃないから、こんなことを言ってられるんだ。

 あんたにとって、母さんは一体何だったんだよ。

「……はは」

 思わず笑っていた。間違いない。これは心からの笑み。

 ああ、もう。気分は最悪だ。

『希?』

 ひとしきり笑って、呼吸を整える。

「……そうだね。父さんの言う通りだよ。あんたはいつだって正しい」

 声が震えて上手く出せない。

 もういい。この人にこれ以上期待したって無駄だ。
 オレのことなんて、金のかかる面倒なガキ程度にしか思ってないに違いない。

「明日、ここに来るの忘れないでよ。修理自体は数時間で終わるから、すぐに仕事に戻れるってさ」

『……』

「忙しいのに電話して悪かったよ。もう二度と電話もかけない。それで良いだろ」

 勝手に元気でやってろ。馬鹿親父。
 返事を待たずに通話を切ろうとした。その時だった。

 スマホが突然、オレの手の中から消えた。
 驚いて横を見ると、小可さんがオレのスマホを握りしめていた。

 唇をへの字にして、眉を吊り上げて。馬鹿みたいにブサイクな顔で。

 スマホを耳元に当て、口を大きく開く。

「あんた、何なんだよその言い方は!」

 肌を通り抜け、直接心臓に刺さるような鋭い声。
 思わず肩が跳ねると、小可さんはオレを一瞥して、再び喋り出す。

「誰だって? 俺は、高嶺くんの親友の小可一縷ですけど? なんか文句でもありますか?」

 いつもなら、勝手に親友呼ばわりすんなって文句のひとつは言っていただろう。でも、オレは何も言えなかった。

「ああ。聞いてたよ。聞いてたとも全部。赤の他人だけど。聞こえたんだから仕方ないだろ。

 ……なあ、あんた、仕事仕事って言うけどさあ、実の息子が助けてくれって言ってんのに、それよりも優先しなきゃいけない仕事ってのは何なんだよ。言ってみろよ……ほら、すぐ。なあ」

 小可さんは捲し立てる。

「どうせ、どうせあんたは仕事を言い訳にして、全てから逃げてるだけなんだよ。逃げてたらそりゃその時は楽かもしんないけどよ、でも、このままだと取り返しのつかないことになるかもしんねぇんだぞ……!

……クソッ。何言おうとしてたんだっけ……まあ、でも、俺が言いたいのはそれだけだ。とにかく早くこいよ。じゃあな」

 小可さんはスマホを持つ腕をゆっくりと下ろす。肩で息をしていた。真っ赤になった顔がオレを見て、困ったように眉を下げる。

「……怒ってる?」

「怒ってるよ」

「オレに?」

「バカ言うな」

 ふん。と荒く鼻息を吐き、小可さんはスマホを突き返してくる。

 怒った顔は馬鹿みたいにブサイクで、やかましくて、親友気取りだけど。

 でも、さっきのあんたは本当に……良かった。



 何も言えなくなって、オレは小可さんから目を逸らした。




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