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30. Choice
しおりを挟むメンテナンス室を出て、隣の部屋に案内される。
その部屋もまた、壁、天井、床の全てが青で塗りつぶされていた。
二人分のベッド。二人分の椅子。片方のベッドの上に置かれた、レイには似つかわしくないティディベア。青にまみれた部屋の中でそのティディベアのみが、不自然なほどに真っ白だ。
レイは一度部屋から出ていくと、一人分のティーカップを手にして戻ってきた。ティーカップを机の上に置く。白い陶器の中に注がれた液体は、想像通り絵の具を混ぜたような鮮やかな青色をしていた。
「で、オレに何の用なんだ。刹那さんに聞かれると不味い話でもあるから、オレをここに呼び出したんだろ」
レイは満足そうに頷く。
「話が早くて助かります。実は、あなたにひとつご提案がありまして」
「提案?」
「モモの寿命を引き延ばす方法について心当たりがあると言ったら、あなたはどうしますか?」
一瞬、言われた言葉がすぐに頭に入ってこなかった。
思わず、椅子から立ち上がってしまう。
「寿命を引き延ばす方法……? それって、ユキさんとまだ一緒にいられるってことか?」
「ですが、それにはひとつ条件があります。その条件というのが_____」
レイの両肩を掴む。
「そんなの、聞かなくたって答えは同じだ。ユキさんを助けてくれ、頼む」
ユキさんの寿命を少しでも伸ばせるなら、オレは何だってする。それこそ、オレの命を引き換えにしても、悪魔に魂を売ってやっても良い。
レイは、オレの手に自分のものを重ね、軽くつねる。
「高嶺さんは、恋、をしたことがありますか」
囁き声でそう問いかけられ、背筋をくすぐられたような微弱な悪寒が走る。
「その人に出会った瞬間、世界がまるきり変わったように、キラキラと輝いて見えるそうです。その人のことを考えると胸が苦しくなって、だけど嬉しくもあって。会えたら嬉しくて、会えなかったら切なくて……そして、イーサが痛む」
レイは胸元を押さえる。
「モモはそう言っていました。アサカズさんのことを考えるとここが痛むのだと。それが恋なのだと、ボクに教えてくれました。ボクはこれまで、イーサを劣化させる様々な方法について考えてきましたが、感情がイーサに影響を及ぼすなど、思いもしませんでした」
「まさか……ユキさんが倒れた原因は」
レイは小さく頷く。いつも無表情のこいつにしては、妙に生き生きとしているように見えた。
「恋愛感情、なのでしょうね」
体から力が抜け、オレはその場に崩れ落ちた。
乾いた笑いが、オレの喉からこぼれ落ちる。
嘘だ。そう言ってしまいたかったが、整合性を求める頭が、必死になって過去の記憶を掘り起こす。
ユキさんが朝一さんと出会ったのは、いつだった?
ユキさんは、いつから失敗ばかり繰り返すようになった?
元々あのような人ではなかったのだ。オレの知る限り、出会ったばかりの頃のユキさんはもっと冷たくて、無表情で……そうだ。レイにそっくりだった。
「どうして、そんなにショックを受けているのですか? イーサの劣化の原因を見つけたということは、それを食い止める方法が見つかったも同然なんですよ。もっと喜ぶべきじゃないのですか?」
こいつには、オレの気持ちなんて一生分からないだろう。レイの言動はどこまでもオレをイラつかせるが、そこに他意はない。
オレのぐちゃぐちゃとした、自分本位で醜い感情なんて、理解できるはずもない。
「……条件を教えてくれ。どうすれば、ユキさんの寿命は伸ばせるんだ」
レイはオレの手をやんわりと引き離し、再び、ティーカップを手に取る。そして、わざとらしくゆっくりと中身を飲み込んだ。
唇の端に僅かに残った雫を近くにあったハンカチで拭い、レイはオレに向き直る。
「アサカズさんに関する記憶を消しましょう」
レイは、予想通りのことを言った。
「そして、二度と誰のことも好きにならないように、家の中に閉じ込めてしまえば良いんです。そうすれば、モモはしばらくの間は生きながらえることができるでしょう」
「……それだけで良いのか」
それだけ。自分で放った言葉が、頭に引っかかる。
言うのは簡単だ。だけど、やるのが簡単じゃないことくらい、オレにも分かる。
でも、それで、ユキさんが助かるなら。
レイの指先がティーカップの表面を行ったりきたりする。
「おそらくは。……ああ、それと。実を言うと、ここ一か月のモモの記憶はボクが今保有しているんです。アサカズさんに関する記憶を消した暁には、モモの元に、お返ししますよ」
朝一さんの記憶を消し、ユキさんの寿命を延ばすか。
あるいは朝一さんの記憶は消さないが、ここ一か月の記憶を消すか。
「……高嶺さんなら、どちらを選ばれますか?」
オレがレイを見ると、一瞬だけ目が合って、レイの方からすぐに目を逸らした。
××××
「それにしても、びっくりしちゃいました。転んだ拍子に一か月分の記憶を消しちゃうなんて、私もお馬鹿ですね」
「びっくりしたのはオレの方ですよ」
帰りのバスを待つ。
地平線に向かって真っ直ぐ長く伸びていくふたつの影が重なってひとつになると、オレの脳裏に、日傘を差したユキさんの姿が浮かび上がった。
昨日の出来事なのに、遠い過去を振り返るような懐かしい気持ちになる。
「心配させないでくださいよ」
「ごめんなさい。これからは、ちゃんと足元にも気をつけますね……でも私、流石に何もないところで転ぶほどドジじゃなかったと思うんですけど……」
「朝、転んで盛大に弁当をひっくり返したのはどこの誰ですか」
「え? 何の話ですか?」
ユキさんはこてりと首を傾げる。
「……いや、何でもありません」
しばらく他愛もない話をしていると、バスがやってきた。先に乗り込み、ユキさんに手を差し出す。
「お手をどうぞ、ユキさん。このバスが最終便ですからね、こんなところで転んで、また記憶がなくなったたら困ります」
「希くんの意地悪」
頬を膨らませながら、ユキさんがオレの手をしっかりと握りしめる。
「ありがとう、希くん」
ユキさんの手は温かくて、柔らかくて。オレは無性に、子供のように泣いてしまいたくなった。
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