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31.最悪。どこにいても
しおりを挟むまた、変わらない朝がやってくる。
「美味しいですか?」
「ええ、とても」
「そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです!」
ユキさんに見つめられながら朝食を摂り、
「行ってらっしゃい。今日は気をつけてくださいね」
「今日も、な」
床に一度落ちてしまった弁当袋を受け取り、
「行ってくるな、母さん」
母さんの写真に挨拶をして家を出る。
しかし、学校までの道を思い浮かべて、ため息を吐く。
とてもじゃないが、学校に行く気分にはならない。
何より最悪なのは、朝になると送られてくる親父からのメールだ。
『午後は雨が降るそうだから、学校には忘れずに傘を持っていきなさい』
……ああ、最悪。
ごちゃごちゃと学校に行かない理由を捏ねる脳内とは裏腹に、足は勝手に学校とは別の方へと向かっていた。
××××
朝一さんの経営しているカフェは住宅街にひっそりと隠れるような場所にある。
店を訪れると、耳をつんざくような騒音が聞こえてきて、思わず耳を塞ぎたくなった。
オレにしてみれば、数百万の価値があるエレキギターの音色も、黒板を爪で引っ掻く音も、総じて「騒音」だ。
「朝一さん」
返事はない。
「おい、聞いてんのか」
「……」
カウンターの向こう、客からも見える位置に置かれたキッチンで呑気に皿を洗っている背中を睨みつける。
とりあえずこのうるさい曲を止めよう。
店内の位置どり、何処に何があるか、なんてのは既に把握している。
キッチンから少し離れた場所に置かれたチューナーのスイッチをオレは押した。部屋を支配していた音が止み、静まり返った室内には、男の呑気な鼻歌が響いた。
「朝一さん、オレここに来る度思うんですけど、喫茶店にあのロックな音楽は合わないと思います。あと、その格好も」
ワンテンポ遅れ、朝一さんは不思議そうな顔をして振り返った。
「やあ、誰かと思えば、高嶺さんとこの息子くんじゃないか。おはよう。今日はとてもいい天気だね。こんなにいい天気だと、思わずロックな曲をかけたくなってしまうね」
「そう言って晴れの日も雨の日も、いっつもロックばっかりかけてるじゃないですか」
「はは。そうだったかな?」
「そうだったかな、じゃありませんよ」
こんなんだから、開業から数年が経っても常連客ができないんだ。
「まあいいじゃないか。それより、今新発売のコーヒーの開発をしてるんだけど、一杯どうだい?」
「タダなら飲んでやってもいいですよ」
「もちろんサービスしよう。さあ座って座って。あ、荷物は隣の席に置いてくれていいからね」
促されるままにカウンターへ座らされる。朝一さんは、さっきまでかけていた曲の鼻唄を歌いながら、嬉しそうにコーヒーを入れている。
朝一瞬。年齢は恐らく三十代半ば。
赤毛の髪を肩まで伸ばし、室内にも関わらずレザージャケットとデニムのジーンズを着用したこの人は、80年代のロック音楽をこよなく愛する変人である。
喫茶店を経営しているが売れ行きは好調とは言えなかった。
オレとしては非常に都合が良い。いきなりやってきてもこうして、対応してもらえるのだから。
「お待たせ、私特製スペシャルコーヒーだ」
す、とテーブルにコーヒーが置かれる。
「作品名は?」
「私のコーヒーを作品と言ってくれるなんて、君もなかなかお目が高い」
朝一さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「そうだな……闇夜を切り裂く太陽の雷! アルティメットサンダーレッド!なんてどうだろうか」
匂いを嗅いでみて、問題がないことを確認すると、一口飲んでみる。
「どうだい?」
「前よりは美味くなってる。ただちょっと後味の苦味が強すぎる」
「苦いか……」
「あと名前が長いし恥ずかしい。目は引くかもしれないですが、メニュー表に載ってても頼む人はいないと思いますよ」
「……じゃあ、どうしたらもっとお客様を呼べるメニューになると思う?」
「オレに聞くのか」
「うん。なんたって君は私の店のお客第二号。そして今現在唯一のお客様だからね」
朝一さんと言い小可さんと言い、オレの周りにはぼっちの大人が多いようだ。
残念ながら、オレは二人を馬鹿にできるほど交友関係は広くないのだが。
「私はお客様を大切にしたいと思っている。だから君の意見はもっとお店の経営に反映させたいんだ。この店のために、少し協力してくれないかい?」
「協力するのは構いませんが、もちろん俺に利はあるんですよね」
「それは勿論。私がセレクトした80’sベストロックアルバムを進呈しよう」
「いらねぇ」
「まあまあ遠慮しないで。あ、コーヒーもう一杯いる?」
「いらない。自分で作るんで厨房貸してください」
「あ、じゃあ私の分も一杯作ってくれるかな。君の作るコーヒーは私のより断然美味しいからね。好きなんだ」
……あんたはもう少し自分の立場にプライドを持てよ。
××××
朝一さんはカップに残った最後の一滴を飲み込み、上品な仕草でソーサーにカップを置く。
「さて。コーヒーも飲み終わったことだし。ここに来たということは、話があるんじゃないのかい?
オレが敢えて避けていた話題を言い当てられ、喉が詰まった。
「それもかなり深刻なようだ」
こっちを見透かしてくるような目は、レイのことを思い出させる。あいつと違うのは、この人は他人の感情が分かるから、尚更厄介ってことだ。
「……まあ、ちょっと。人がいるところでは、話しづらいことです」
オレがそう言うと、朝一さんは一度店の外に行き、掛け看板を「open」から「closed」へ変え戻って来た。
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