Desire ―好きだと言えなくて、誰とも結ばれない物語―

雷仙キリト

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34.家。帰るべき場所

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 深夜二時。草木も眠るこの時間に、オレは真っ暗な部屋の中でスマホを弄っていた。

 階下では現在、親父とユキさんが二人きりで話している。物音は聞こえないが、オレはすっかり目が冴えきって、眠気の兆しが訪れる気配すらなかった。





 時間をチラチラと確認しながら、ネットサーフィンを続ける……ことができるはずもない。

 親父に頼んだのはオレなんだ。当事者であるオレが、おちおち眠ってられるはずもなかった。

 二人の様子を確認するだけ。それだけだ。

 オレはベッドから起き上がり、こっそりと部屋を抜け出す。
 そして、リビングに続くドアをゆっくりと、少しだけ開けた。

 リビングの中は薄暗かった。キッチンの電話は消され、ダイニングの真上に取り付けられた小さな電気のみが、舞台のスポットライトのように親父とユキさんを照らしている。

 オレがこっそり覗き見をしていることに気がついた親父は、微かに唇の端を上げて黙ってオレに微笑みかける。

 オレに背を向けているユキさんは気が付かず、親父の手元に置かれたグラスに酒を注いだ。

「歩望さん。そろそろ、本当のことを話してくださいませんか? 私に大切な話があって家に戻ってきたのですよね?」

 親父は曖昧に頷く。

「私の体のこと、ですよね」

「……知っていたのか」

「レイから話は聞いていましたから」

「そうか……」

 親父が頭を下げる。ユキさんはそれに対して何か声をかけ、頭を上げさせようとするが、親父は頑として動かなかった。

「私は……君達に、謝ることしかできない」

 しばらくして、親父は頭を上げた。複雑な感情に揺れる瞳が、オレを見つめる。

 目が合った瞬間、息が詰まった。

 どうして今更、そんなことを言うんだよ。何で。

「正直、何が正解だったのか今でも分からない。情けない姿を見せてでも、希のそばにいてやるべきだったのか。あるいは他人の助けを借りて私は傷が癒えるのを待つべきだったのか。

 そんな折に、ちょうど良く君が現れてしまったものだから……」

 親父は自嘲するように笑い、酒を一口飲み込む。

「すまない。これは言い訳だな」 

「いえ、そんな……でも、私……」

 親父は一息つくと、重々しく口を開く。

「君は、希に初めて会った時のことを覚えているかい?」

「ええ。覚えています」

「希から聞いた話の又聞きでしかないのだが、君は迷子になっていたようだな」

 ユキさんと出会った時のことは、曖昧にしか覚えていない。
 だが、舞い散る桜の下に立つユキさんが綺麗だと思ったことは、記憶に残っている。

 感情のない瞳がオレを見つめ返していた。オレはその無機質で冷たい雰囲気が、不器用でどこか人を寄せ付けない母の雰囲気に似ていると感じた。

「君はあの時、どこに行こうとしていたんだ」

「……海を探していたんです」

「海を?」

「レイがこの国に来た時に、とても綺麗な海を見たのだと教えてくれたのが、とても印象的で。

 外に出られない私のためにレイが建物の中を青く塗ってくれたんですけど、それだけでは物足りなくて、本物の海が見たくなったんです。それで、こっそり外に抜け出して……」

「そうだったのか」

「でも、今は満足してるんですよ? 海には行けなかったけど、外に出ることができたし、朝一さんに会うこともできましたから。私、希くんに拾っていただけて、とっても嬉しいんです」

 親父はユキさんの話に何度も相槌を挟む。

「君は、君だけの海を見つけることができたんだな」

「ふふ。素敵な表現ですね」

 ユキさんは、クスクスと肩を震わせて笑う。

「私は真面目に言っている」

「ええ。分かってます。あなたは冗談を言うような性格ではないですもんね」

 そう言いながらもユキさんは笑うのをやめないので、親父は不服そうに目を細める。

「……君は、ここにいるべき存在じゃない」

「え?」

「私は、有希が亡くなる時にそばにいてやれなかった。たとえ未来が変わらなかったとしても、そばにいることさえできていたら、私はこんなにも後悔することはなかったかもしれない」

 ユキさんが笑うのをやめる。

「幸か不幸か、君には猶予が残されている。行きたい場所があるなら、行くべきだ。君はずっと悩んでいるのだろう?」

「……希くんですか? 希くんが私に、朝一さんのところへ行くように言ったんですか?」

「違う。これは私の判断だ」

「本当のことを言ってください」

 ユキさんは親父の服の袖を掴んでせがむ。

「希くんが、そう言ったんですよね?」

 二人は目を見つめ合わせ、無言の会話を交わした。
 ユキさんはゆっくりと手を下ろし、ため息を吐く。

 そして、頭を下げた。

「今まで私をここに置いてくださりありがとうございました。この家で暮らすことができて、私は幸せでした」

「……礼を言うのは私の方だ。今まで本当にありがとう。そして、すまなかった」

 ユキさんは空いたグラスに酒を注ごうとする。それを止め、親父は自分で酒を注いだ。そして、それなりに度数の高いであろうそれを一息に呷った。

「歩望さん」

「何だ」

「ひとつだけ、私もワガママを言っても良いでしょうか」

「私にできることならば」

 ユキさんの横顔が、微笑みを浮かべる。常夜灯のオレンジ色がユキさんに降り注ぎ、どこか冷たさを覚える白い肌に温かみを添える。




「これからはちゃんと、自分でお誕生日プレゼントを渡してくださいね?」


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