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第五話 小さな仲間
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シルク少年はいつの間にか眠っていた。空腹が満たされ、緊張の糸が切れたからだろう。夢の世界には、彼の父も母もいた。両親のあたたかな温もりに抱きつくと、顔をすり寄せる。ふわふわとした感覚が顔に残った。不思議に思ったシルク少年は目を開いた。
「チュウ」
顔に当たるそのふわふわは、ネズミのようだが後ろ足が長い。尻尾の先にも毛が生えていて……。
「船にネズミ?大変だ!」
シルク少年は慌てて起き上がる。しかし、シルクが横になっていたのはハンモックの上だった。思わずバランスを崩し、床へ転げ落ちた。「いてて」と、打った腰を摩り床に目をやる。小さなふわふわネズミは首を傾げてシルクを見つめていた。シルク少年は寝室を飛び出して叫んだ。
「うわーっ!大変、大変だ!ネズミがいるよ!」
船にとってネズミは害でしか無い。木を齧り、食糧を奪い、さらにばい菌を増やし、人間にうつすのだ。しかも、彼らの家族の増える早さときたら!
シルク少年は、ネズミへの恐怖で混乱していた。
「ネズミ?ああ、もしかしてこんなに小さくてふわふわして、後ろ足と尻尾が長いやつかな?」
たまたま廊下にいた、左目に眼帯をつけた船大工オクはおっとりとした口調のまま、手で小さな丸を作った。
「そうです、そんなやつ!」
肩で息をするシルクに、オクはにっこり笑って応える。
「そいつはキビってやつだね。ちょっと待ってて、飼い主連れてくるよ」
「今すぐ連れてきてください!ネズミ苦手なんです!」
シルク少年は半べそをかきながら、バタバタと地団駄を踏み、オクが飼い主を連れてくるのを待っていた。しばらく待つと、船大工オクに手を引かれて、黒髪で細い目の縫帆手カンがやってきた。
「カンさんがネズミを飼っていたんですか?」
無口のカンは頷き、寝室の扉を開けた。ただ一言だけ「おいで」とネズミのキビを呼ぶと、小さな足音がやってきてカンの肩に乗った。シルクは再び「ひい」と悲鳴をあげている。
「シルク、このキビはしつけがされていてね、船内の他のネズミを束ねてくれているんだよ。それに、毎日細かい砂で体を洗っているから、なかなか風呂に入れない俺たちよりよっぽど衛生的さ」
船大工オクはキビの頬を撫でる。すると彼は脇を徐々に上げ、心地よさそうに腹まで撫でてもらっていた。
「……キビはネズミじゃない。リスの仲間だ」
縫帆手カンは小さな口を開くとそう言った。シルク少年はネズミによく似た見た目だけで判断していたことを悪く思った。
「ごめんね、キビ。僕、君を誤解していたみたい」
小さなキビはシルクの差し出した指に頬擦りをすると、「ぷい」と鳴いた。人懐っこく、大きな潤んだ瞳にシルク少年は(かわいいかもしれない)と思い始めていた。
「小さな命が二つ、愛おしいねぇ」
通りすがりに言い放ったのは、目元に模様を描いている占い師兼船大工のエブだった。彼は何かを思い出したかのように目を開くと、「そうだ、坊主が目を覚ましたら甲板に呼べってイシュに言われてたんだわ。坊主、急いで上がれよ」と伝えて食堂へと消えた。
「カンさん、また良ければキビを触らせてください」
シルク少年の言葉に、縫帆手カンは微笑んだ。
船大工オクにも礼を言うと、シルクは急いで梯子を駆け上る。甲板では「遅い!」と腕を組む掌砲長イシュと水夫アクバル、そしてコブラのような結び方をされた黒髪の操舵手メンの姿があった。
「ごめんなさい、ついさっき起きたんです」
「嘘つけ、十数分前の悲鳴で何があったかぐらいはわかるぜ」
イシュは犬歯を見せて笑った。それは威嚇にも近かった。
「それで、イシュ。シルクと俺たちを呼んで何をしようってんだ?」
操舵手メンは欠伸をしながら訊ねる。彼は早々に眠りたいようだ。そんな彼に、イシュは苦い顔をさせた。
「テストさ。シルクが海の男として生きていけるかのな!」
(テストだって!?)
シルク少年はその単語にめまいがしそうで、大きくため息をついた。
「チュウ」
顔に当たるそのふわふわは、ネズミのようだが後ろ足が長い。尻尾の先にも毛が生えていて……。
「船にネズミ?大変だ!」
シルク少年は慌てて起き上がる。しかし、シルクが横になっていたのはハンモックの上だった。思わずバランスを崩し、床へ転げ落ちた。「いてて」と、打った腰を摩り床に目をやる。小さなふわふわネズミは首を傾げてシルクを見つめていた。シルク少年は寝室を飛び出して叫んだ。
「うわーっ!大変、大変だ!ネズミがいるよ!」
船にとってネズミは害でしか無い。木を齧り、食糧を奪い、さらにばい菌を増やし、人間にうつすのだ。しかも、彼らの家族の増える早さときたら!
シルク少年は、ネズミへの恐怖で混乱していた。
「ネズミ?ああ、もしかしてこんなに小さくてふわふわして、後ろ足と尻尾が長いやつかな?」
たまたま廊下にいた、左目に眼帯をつけた船大工オクはおっとりとした口調のまま、手で小さな丸を作った。
「そうです、そんなやつ!」
肩で息をするシルクに、オクはにっこり笑って応える。
「そいつはキビってやつだね。ちょっと待ってて、飼い主連れてくるよ」
「今すぐ連れてきてください!ネズミ苦手なんです!」
シルク少年は半べそをかきながら、バタバタと地団駄を踏み、オクが飼い主を連れてくるのを待っていた。しばらく待つと、船大工オクに手を引かれて、黒髪で細い目の縫帆手カンがやってきた。
「カンさんがネズミを飼っていたんですか?」
無口のカンは頷き、寝室の扉を開けた。ただ一言だけ「おいで」とネズミのキビを呼ぶと、小さな足音がやってきてカンの肩に乗った。シルクは再び「ひい」と悲鳴をあげている。
「シルク、このキビはしつけがされていてね、船内の他のネズミを束ねてくれているんだよ。それに、毎日細かい砂で体を洗っているから、なかなか風呂に入れない俺たちよりよっぽど衛生的さ」
船大工オクはキビの頬を撫でる。すると彼は脇を徐々に上げ、心地よさそうに腹まで撫でてもらっていた。
「……キビはネズミじゃない。リスの仲間だ」
縫帆手カンは小さな口を開くとそう言った。シルク少年はネズミによく似た見た目だけで判断していたことを悪く思った。
「ごめんね、キビ。僕、君を誤解していたみたい」
小さなキビはシルクの差し出した指に頬擦りをすると、「ぷい」と鳴いた。人懐っこく、大きな潤んだ瞳にシルク少年は(かわいいかもしれない)と思い始めていた。
「小さな命が二つ、愛おしいねぇ」
通りすがりに言い放ったのは、目元に模様を描いている占い師兼船大工のエブだった。彼は何かを思い出したかのように目を開くと、「そうだ、坊主が目を覚ましたら甲板に呼べってイシュに言われてたんだわ。坊主、急いで上がれよ」と伝えて食堂へと消えた。
「カンさん、また良ければキビを触らせてください」
シルク少年の言葉に、縫帆手カンは微笑んだ。
船大工オクにも礼を言うと、シルクは急いで梯子を駆け上る。甲板では「遅い!」と腕を組む掌砲長イシュと水夫アクバル、そしてコブラのような結び方をされた黒髪の操舵手メンの姿があった。
「ごめんなさい、ついさっき起きたんです」
「嘘つけ、十数分前の悲鳴で何があったかぐらいはわかるぜ」
イシュは犬歯を見せて笑った。それは威嚇にも近かった。
「それで、イシュ。シルクと俺たちを呼んで何をしようってんだ?」
操舵手メンは欠伸をしながら訊ねる。彼は早々に眠りたいようだ。そんな彼に、イシュは苦い顔をさせた。
「テストさ。シルクが海の男として生きていけるかのな!」
(テストだって!?)
シルク少年はその単語にめまいがしそうで、大きくため息をついた。
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