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第七話 静かな夜
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チャルチウィトリクエ号は突風と鯨の衝突という事故を乗り越え、沈む太陽に向けて船首を向けていた。
シルク少年にとって、海賊と過ごす初めての夜がやってきた。シルクは何があってもおかしくない、と覚悟をしていた。シルクは昔、あることを父に言われたことがある。「静かな夜は、絶対に船室から出てはならない。幽霊が子供を攫《さら》うから」と。昔は幽霊を信じていたが、今では信じていない。それでも父が言っていたことは守っていた。
夕食の鐘が鳴らされ、焼きイカとスープを受け取る。食堂は、やかましいぐらいにおしゃべりで賑わっていた。シルク少年はアクバルの隣に座り、焼きイカをナイフで刺す。海賊と共に生きる今、海の悪魔を食べるのにためらいは無かった。
「どうだ?なかなか美味いだろ」
アクバルはイカのゲソを頬張りながら言った。輪切りにされたイカを何度も噛み続けるが、噛みきれる気がしない。仕方なく、すり潰すようにして飲み込んだ。味は、ほんのりと甘い。焼かれたからだろうか、塩のおかげだろうか、よく分からなかったが意外と美味しいと思った。
「うん、美味しい。一昨日の晩ごはんよりずっと美味しいや」
後ろで話を聞いていた主計長マニクは「かわいそうに」と声を漏らした。
「俺よりケチな野郎がいるとはねぇ。しかも昨晩はひと口も食わせてもらえなかったのか」
マニクは飲み水代わりのラム酒をちびちびと飲みながらシルクの肩を叩いて、「元気出しなよ」とでも言いたげに微笑んだ。
「マニクはケチじゃけど、しっかりお金の管理をしとる男なんよ。万一のことをよく考えて余裕をもたせとるのが分かるけえ、みんな不満を言わんのよ」
マニクの隣に座っていた水夫チュエンがシルクに耳打ちをした。
食事を終えたシルクは、甲板でアクバルにある質問をした。
「皆何故こんなに仲が良いんでしょう。海軍にいた時は居心地が悪かったので、とても気になります」
水夫アクバルは月夜の水平線を指差し、答える。
「シルク。俺たちチャルチウィトリクエ号の船員は皆ある島を目指している。その目標、いや憧れはどんなことがあろうと忘れやしないんだ。時には喧嘩もする。けれど、その憧れを思い出せばすぐに仲直りだ」
シルク少年は団結力の秘密を知り、納得した。しかし、分からないところがある。
「アクバルさん、その『ある島』って何?どこにあるんですか?」
「『理想郷』さ。だから、どこにあるかも分からない。それでも、俺たちは骨を埋めるために理想郷を探し続けている……」
意外な答えだった。海賊なら、宝の島だとか黄金の国を探しているのかと思っていたからだ。
「それで、理想郷を見つけたらどうするんですか?僕はどうなるんでしょう」
アクバルは腕を組み、少し考え込んだ。
「そうだな……。シルクは島民になってもらうも良し、新たなチャルチウィトリクエ号の船長になってもらうも良しだな」
「イミシュ船長の前では言えませんね」
シルクとアクバルはクスクスと笑った。
夜風が髪をなびかせる。少し肌寒くなってきたので二人は寝室のハンモックに体を埋めることにした。
「チュウ」
縫帆手カンのネズミ、キビがシルクの腹の上に登り顔を覗きこんだ。
「キビも一緒に寝る?」
「ぷい」
キビはシルクのシーツに潜り込み、体を丸めるとすぐに眠りについた。シルク少年はそんなキビを見て大きな欠伸をすると、目を閉じた。
「そうだ、シルク。この船には一つだけ規則があってな、深夜に船長室へ行ってはならないんだ。……俺としたことが、言い忘れてたぜ」
既に寝息をたてているシルクの横顔を見つめると、小さく欠伸をして水夫アクバルも眠りについた。
静かでおそろしい夜が目を覚まし、シルクを探す。「さあ、父親のもとにおいで、おいで」と真っ暗闇に手招きした。しかし、海賊たちの愉快な歌に阻まれた。
『二十の若人が、血を流し辿り着くのは理想郷。酒と涙は枯れ果てた。ようそろ、ようそろ。錨を上げろよ、帆を張れよ』
シルク少年にとって、海賊と過ごす初めての夜がやってきた。シルクは何があってもおかしくない、と覚悟をしていた。シルクは昔、あることを父に言われたことがある。「静かな夜は、絶対に船室から出てはならない。幽霊が子供を攫《さら》うから」と。昔は幽霊を信じていたが、今では信じていない。それでも父が言っていたことは守っていた。
夕食の鐘が鳴らされ、焼きイカとスープを受け取る。食堂は、やかましいぐらいにおしゃべりで賑わっていた。シルク少年はアクバルの隣に座り、焼きイカをナイフで刺す。海賊と共に生きる今、海の悪魔を食べるのにためらいは無かった。
「どうだ?なかなか美味いだろ」
アクバルはイカのゲソを頬張りながら言った。輪切りにされたイカを何度も噛み続けるが、噛みきれる気がしない。仕方なく、すり潰すようにして飲み込んだ。味は、ほんのりと甘い。焼かれたからだろうか、塩のおかげだろうか、よく分からなかったが意外と美味しいと思った。
「うん、美味しい。一昨日の晩ごはんよりずっと美味しいや」
後ろで話を聞いていた主計長マニクは「かわいそうに」と声を漏らした。
「俺よりケチな野郎がいるとはねぇ。しかも昨晩はひと口も食わせてもらえなかったのか」
マニクは飲み水代わりのラム酒をちびちびと飲みながらシルクの肩を叩いて、「元気出しなよ」とでも言いたげに微笑んだ。
「マニクはケチじゃけど、しっかりお金の管理をしとる男なんよ。万一のことをよく考えて余裕をもたせとるのが分かるけえ、みんな不満を言わんのよ」
マニクの隣に座っていた水夫チュエンがシルクに耳打ちをした。
食事を終えたシルクは、甲板でアクバルにある質問をした。
「皆何故こんなに仲が良いんでしょう。海軍にいた時は居心地が悪かったので、とても気になります」
水夫アクバルは月夜の水平線を指差し、答える。
「シルク。俺たちチャルチウィトリクエ号の船員は皆ある島を目指している。その目標、いや憧れはどんなことがあろうと忘れやしないんだ。時には喧嘩もする。けれど、その憧れを思い出せばすぐに仲直りだ」
シルク少年は団結力の秘密を知り、納得した。しかし、分からないところがある。
「アクバルさん、その『ある島』って何?どこにあるんですか?」
「『理想郷』さ。だから、どこにあるかも分からない。それでも、俺たちは骨を埋めるために理想郷を探し続けている……」
意外な答えだった。海賊なら、宝の島だとか黄金の国を探しているのかと思っていたからだ。
「それで、理想郷を見つけたらどうするんですか?僕はどうなるんでしょう」
アクバルは腕を組み、少し考え込んだ。
「そうだな……。シルクは島民になってもらうも良し、新たなチャルチウィトリクエ号の船長になってもらうも良しだな」
「イミシュ船長の前では言えませんね」
シルクとアクバルはクスクスと笑った。
夜風が髪をなびかせる。少し肌寒くなってきたので二人は寝室のハンモックに体を埋めることにした。
「チュウ」
縫帆手カンのネズミ、キビがシルクの腹の上に登り顔を覗きこんだ。
「キビも一緒に寝る?」
「ぷい」
キビはシルクのシーツに潜り込み、体を丸めるとすぐに眠りについた。シルク少年はそんなキビを見て大きな欠伸をすると、目を閉じた。
「そうだ、シルク。この船には一つだけ規則があってな、深夜に船長室へ行ってはならないんだ。……俺としたことが、言い忘れてたぜ」
既に寝息をたてているシルクの横顔を見つめると、小さく欠伸をして水夫アクバルも眠りについた。
静かでおそろしい夜が目を覚まし、シルクを探す。「さあ、父親のもとにおいで、おいで」と真っ暗闇に手招きした。しかし、海賊たちの愉快な歌に阻まれた。
『二十の若人が、血を流し辿り着くのは理想郷。酒と涙は枯れ果てた。ようそろ、ようそろ。錨を上げろよ、帆を張れよ』
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