4 / 11
初日
第四話 ようこそ、夜間技術部へ
しおりを挟む
今日から本格的に仕事が始まる。私は、不安と期待で体を震わせていた。まずは従業員証を従業員出入り口で交通系ICカードと同じようにピッとゲートにかざす。ゲートが開かれ、警備員さんに「いってらっしゃい」と声をかけられた。第一関門はクリアだ。
(ええと、ロッカー室に行かなきゃ)
入社式の後に渡された茶封筒をクリアファイルから出し、ロッカー室へと向かう。学校の渡り廊下のような道を進むと、濃い緑色の豆腐のような建築物が現れた。窓が煌々と光り、おそらく目的の場所であろうことを示していた。
私は、建物内に恐る恐る入る。すると、右手に多くの従業員制服がかけられた大きなウォークインクローゼットのような場所が現れた。これが美装部の制服貸し出し所なんだろう。その脇に小部屋があり、窓から一人の女性が顔を覗かせている。彼女に封筒を渡せば良いのだろうか。
「すみません、今日からお世話になります。封筒をお渡しするように夜間運営課の八幡さんから預かったのですが……」
女性はにっこりと微笑むと、「お話は伺ってますよ」と、小部屋から出て来てくれた。
「では、お預かりしますね」
彼女は封筒を預かると、封を開けることなく胸ポケットにしまい、私を制服貸し出し所へと案内した。
「あなたには、夜間技術部の制服ではなく、ケインローズの冒険の制服を貸し出します」
「えっ⁉︎ケインローズの冒険は、今閉まっていますよね?私がそこの特別技師になる訳ですか……?」
美装部の女性は、「そうですよ。そう伝えられていませんでしたか?」と不思議がる。私は、八幡さんからそんな話聞いてないなぁ!と半ば不信感を抱きながらも、仕方なくただ頷いたのだ。
とにかく、私はケインローズの冒険の制服に袖を通すことになった。
落ち着いた水色の長袖シャツに、紺と緑のベスト。黄色いラインの入った茶色のズボンを身につけると、自然とやる気が湧いてくる。足元の靴は黒の安全靴だ。その中には鉄板が入っているので早く動くと疲れそうだと最初は思っていたのだが、履いてみると意外と疲れない代物。私は、新たな装備で未知のケインローズの冒険での仕事へと臨む。
「とても似合っていますね!では、こちらの暁さんの指示で現地まで向かってください」
美装部の女性の隣に、短い黒髪で垂れ目の男性がツナギを着て立っていた。若干猫背だが、しゃんとした構えをしており、腕にはヘルメットが抱かれている。もしかしなくても技術部の人間だ。
「樹論 信です。よろしくお願いします」
「あ、どうも。暁 万雷です。珍しい名前だからすぐ覚えてもらえるのが自慢です。さあ、行きましょうか」
私が返事をすると、彼はゆっくりと歩き始めた。建物を抜け、生垣の壁を避けて進むと、普段のドリーミングランドが。つまり表側を堂々と歩いている。人一人いない真っ暗な空を照らしているオレンジの街灯が幻想的だ。広い園内を見渡すと、なんだか笑みが溢れて走りたくなる。そんな衝動を抑えながら歩き続けると、暁さんが口を開いた。
「私たち夜間技術部は、さまざまなアトラクションの整備、点検を行うのが仕事なんですがね、それ以上に手がかかる仕事があるんです」
「へえ、そうなんですか。それはどんな仕事なんですか?」
「まあ、"彼"に会えば分かりますよ」
答えが噛み合っていない気がする。私は、八幡さんと同じく暁さんも不思議な人だと思った。
(真面目な笹木さんが直属の上司ならなぁ……)
そうこうしているうちに、ケインローズの冒険の裏口にたどり着いた。
「明日からは一人で来てもらいますが、場所は覚えられましたか?」
私は小さく頷く。暁さんは「記憶力が良いのは素晴らしいことです」と微笑んだ。
裏口の扉を開くと、機械室に数人の技術部の方が夜礼を行っていた。男たちの声に混じるアトラクションの音楽。劇団の歌声だろうか。オーケストラと劇団員の合唱が胸に響いた。そうだ、私はこの音楽に聴き覚えがある。
(いつ聴いたんだろう……)
懐かしさに抱かれ、心を落ち着かせていると不意に声がかけられた。
「『幽霊』退治、頑張ってくれよ!」
夜礼が終わった男たちのうちの一人が私に現実を突きつける。そうだ、このアトラクションには幽霊が出るんだった!ゆっくりと私の血の気が引いていく。私の様子を見ていた暁さんがヘルメットを被る。
「大丈夫ですよ。もしもの時は何とかしますからね」
(幽霊については否定しないんだ)と、ツッコミを心の中で入れながら、やるしかないんだと自分を鼓舞させる。
(よし、アトラクションの表舞台に行って確かめなきゃ)
私が暁さんに連れられ表へと出ようとした瞬間、耳を疑うような音を聞いた。
「カツ、カツ、カツ」
その音を聞いた技術部の男たちは、機械の裏側や机の下に瞬時に隠れた!暁さんはなんとか立ったまま音のする方向を見ている。
カツカツという足音らしきものは徐々に近づいてきて、そして……!
『今日の相手はどこだ』
低く唸るような声が目の前の巨体から聞こえてきたのだ!
(ええと、ロッカー室に行かなきゃ)
入社式の後に渡された茶封筒をクリアファイルから出し、ロッカー室へと向かう。学校の渡り廊下のような道を進むと、濃い緑色の豆腐のような建築物が現れた。窓が煌々と光り、おそらく目的の場所であろうことを示していた。
私は、建物内に恐る恐る入る。すると、右手に多くの従業員制服がかけられた大きなウォークインクローゼットのような場所が現れた。これが美装部の制服貸し出し所なんだろう。その脇に小部屋があり、窓から一人の女性が顔を覗かせている。彼女に封筒を渡せば良いのだろうか。
「すみません、今日からお世話になります。封筒をお渡しするように夜間運営課の八幡さんから預かったのですが……」
女性はにっこりと微笑むと、「お話は伺ってますよ」と、小部屋から出て来てくれた。
「では、お預かりしますね」
彼女は封筒を預かると、封を開けることなく胸ポケットにしまい、私を制服貸し出し所へと案内した。
「あなたには、夜間技術部の制服ではなく、ケインローズの冒険の制服を貸し出します」
「えっ⁉︎ケインローズの冒険は、今閉まっていますよね?私がそこの特別技師になる訳ですか……?」
美装部の女性は、「そうですよ。そう伝えられていませんでしたか?」と不思議がる。私は、八幡さんからそんな話聞いてないなぁ!と半ば不信感を抱きながらも、仕方なくただ頷いたのだ。
とにかく、私はケインローズの冒険の制服に袖を通すことになった。
落ち着いた水色の長袖シャツに、紺と緑のベスト。黄色いラインの入った茶色のズボンを身につけると、自然とやる気が湧いてくる。足元の靴は黒の安全靴だ。その中には鉄板が入っているので早く動くと疲れそうだと最初は思っていたのだが、履いてみると意外と疲れない代物。私は、新たな装備で未知のケインローズの冒険での仕事へと臨む。
「とても似合っていますね!では、こちらの暁さんの指示で現地まで向かってください」
美装部の女性の隣に、短い黒髪で垂れ目の男性がツナギを着て立っていた。若干猫背だが、しゃんとした構えをしており、腕にはヘルメットが抱かれている。もしかしなくても技術部の人間だ。
「樹論 信です。よろしくお願いします」
「あ、どうも。暁 万雷です。珍しい名前だからすぐ覚えてもらえるのが自慢です。さあ、行きましょうか」
私が返事をすると、彼はゆっくりと歩き始めた。建物を抜け、生垣の壁を避けて進むと、普段のドリーミングランドが。つまり表側を堂々と歩いている。人一人いない真っ暗な空を照らしているオレンジの街灯が幻想的だ。広い園内を見渡すと、なんだか笑みが溢れて走りたくなる。そんな衝動を抑えながら歩き続けると、暁さんが口を開いた。
「私たち夜間技術部は、さまざまなアトラクションの整備、点検を行うのが仕事なんですがね、それ以上に手がかかる仕事があるんです」
「へえ、そうなんですか。それはどんな仕事なんですか?」
「まあ、"彼"に会えば分かりますよ」
答えが噛み合っていない気がする。私は、八幡さんと同じく暁さんも不思議な人だと思った。
(真面目な笹木さんが直属の上司ならなぁ……)
そうこうしているうちに、ケインローズの冒険の裏口にたどり着いた。
「明日からは一人で来てもらいますが、場所は覚えられましたか?」
私は小さく頷く。暁さんは「記憶力が良いのは素晴らしいことです」と微笑んだ。
裏口の扉を開くと、機械室に数人の技術部の方が夜礼を行っていた。男たちの声に混じるアトラクションの音楽。劇団の歌声だろうか。オーケストラと劇団員の合唱が胸に響いた。そうだ、私はこの音楽に聴き覚えがある。
(いつ聴いたんだろう……)
懐かしさに抱かれ、心を落ち着かせていると不意に声がかけられた。
「『幽霊』退治、頑張ってくれよ!」
夜礼が終わった男たちのうちの一人が私に現実を突きつける。そうだ、このアトラクションには幽霊が出るんだった!ゆっくりと私の血の気が引いていく。私の様子を見ていた暁さんがヘルメットを被る。
「大丈夫ですよ。もしもの時は何とかしますからね」
(幽霊については否定しないんだ)と、ツッコミを心の中で入れながら、やるしかないんだと自分を鼓舞させる。
(よし、アトラクションの表舞台に行って確かめなきゃ)
私が暁さんに連れられ表へと出ようとした瞬間、耳を疑うような音を聞いた。
「カツ、カツ、カツ」
その音を聞いた技術部の男たちは、機械の裏側や机の下に瞬時に隠れた!暁さんはなんとか立ったまま音のする方向を見ている。
カツカツという足音らしきものは徐々に近づいてきて、そして……!
『今日の相手はどこだ』
低く唸るような声が目の前の巨体から聞こえてきたのだ!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる