白百合の女

赤朝顔

文字の大きさ
1 / 1

白百合の女

しおりを挟む
僕はある貴族に仕える執事の1人だ。大勢の執事やメイドが役割を分担し、己の命を全うする。僕は庭の手入れやダイニングの掃除を経て、1人の貴婦人の世話を任されることとなった。

貴婦人には子供がいない。なのでこの屋敷には貴婦人とその夫、そして夫の両親と弟が住んでおられることになる。
これは噂好きのメイドが教えてくれたのだが、どうやら貴婦人は病気らしかった。それもただの病気ではなく、子を産めぬ呪いに罹っているのだという。

なんでも貴婦人は以前魔女に無謀なお願いをし、そのせいで呪いをかけられてしまったのだとメイドは言った。その顔は気の毒だというよりかは、好奇の目を貴婦人に向けているように思えた。

僕は貴婦人の呪いに対して、正直興味がなかったという思いが大きい。恐らく目に見えるような突出した異常が彼女に見当たらないからで、こういった判断基準が自分にあることはすごく恥ずかしい事だと自覚しているため、他人に言うことはないだろう。



僕はいつもの通り、朝食を用意して貴婦人の部屋に入る。白いレースや絹で統一された部屋は、未だカーテンを開けていないにも関わらずひどく眩しい。その白に包まれるようにして、貴婦人は穏やかな寝息を立てている。
彼女はいつも、僕が紅茶を淹れる音で目覚める。フランス人形のような色白い肌に嵌め込まれた鮮やかなエメラルドを見ると、朝が来たと感じるのだ。

「おはようございます。朝食と、いつもの紅茶をご用意いたしました。本日はツェーレンにて13時からお仕事があると伺っております。時間はありますから、ゆっくりご支度なさってください」

婦人はまだ夢の中にいるかのようにとろりとした目を宙に向けて、「そう......」とだけ言った。長いまつ毛がゆっくりと上下し、自然なカールのかかったショコラブラウンが艶めく。

彼女は白百合のような女だ。真っ白なネグリジェから咲いた花。白く透き通るような花弁で魅了し、近づく者は赤いルージュの毒で殺してしまうような、危険な美しさを持っている。
だから、彼女のそばにいるのは苦手だった。いつその蔦を伸ばされ、絡め取られるかわからない。僕は足早に立ち去ろうと一礼し、背を向けた。

しかし、遅かった。ぐいと後ろから引っ張られ、体制を崩しそうになる。スーツの袖を、白く細長い指がしっかりと掴んでいるのだ。

「おいていかないでちょうだい」
貴婦人に囁かれ、僕はそこから動けなくなった。
スーツとシルクが擦れ合う軽い音がして、心臓が跳ね上がる。
耳元に、あの赤いルージュが寄せられているのは振り返らずとも分かってしまう。彼女は危険だ。強かな策士!きっと噂の呪いが本当だとしても、貴婦人はそれさえ武器にするのだろう。


「私といっしょに、ずっと此処にいて。だってあなたは、私の執事なのでしょう?」
「しかし......」
「お願いよ、ライナス」
貴婦人は僕の名前を呼び、穏やかに首を傾げた。

「お前は私を1人にしないでしょう?」
強い花の香りがつんと鼻の奥を刺激して、僕は涙が出そうになった。その切なく甘い声は僕の耳に媚薬を垂らすようで、僕はどうしようもなく怖くなった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら

藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...