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白百合の女
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僕はある貴族に仕える執事の1人だ。大勢の執事やメイドが役割を分担し、己の命を全うする。僕は庭の手入れやダイニングの掃除を経て、1人の貴婦人の世話を任されることとなった。
貴婦人には子供がいない。なのでこの屋敷には貴婦人とその夫、そして夫の両親と弟が住んでおられることになる。
これは噂好きのメイドが教えてくれたのだが、どうやら貴婦人は病気らしかった。それもただの病気ではなく、子を産めぬ呪いに罹っているのだという。
なんでも貴婦人は以前魔女に無謀なお願いをし、そのせいで呪いをかけられてしまったのだとメイドは言った。その顔は気の毒だというよりかは、好奇の目を貴婦人に向けているように思えた。
僕は貴婦人の呪いに対して、正直興味がなかったという思いが大きい。恐らく目に見えるような突出した異常が彼女に見当たらないからで、こういった判断基準が自分にあることはすごく恥ずかしい事だと自覚しているため、他人に言うことはないだろう。
僕はいつもの通り、朝食を用意して貴婦人の部屋に入る。白いレースや絹で統一された部屋は、未だカーテンを開けていないにも関わらずひどく眩しい。その白に包まれるようにして、貴婦人は穏やかな寝息を立てている。
彼女はいつも、僕が紅茶を淹れる音で目覚める。フランス人形のような色白い肌に嵌め込まれた鮮やかなエメラルドを見ると、朝が来たと感じるのだ。
「おはようございます。朝食と、いつもの紅茶をご用意いたしました。本日はツェーレンにて13時からお仕事があると伺っております。時間はありますから、ゆっくりご支度なさってください」
婦人はまだ夢の中にいるかのようにとろりとした目を宙に向けて、「そう......」とだけ言った。長いまつ毛がゆっくりと上下し、自然なカールのかかったショコラブラウンが艶めく。
彼女は白百合のような女だ。真っ白なネグリジェから咲いた花。白く透き通るような花弁で魅了し、近づく者は赤いルージュの毒で殺してしまうような、危険な美しさを持っている。
だから、彼女のそばにいるのは苦手だった。いつその蔦を伸ばされ、絡め取られるかわからない。僕は足早に立ち去ろうと一礼し、背を向けた。
しかし、遅かった。ぐいと後ろから引っ張られ、体制を崩しそうになる。スーツの袖を、白く細長い指がしっかりと掴んでいるのだ。
「おいていかないでちょうだい」
貴婦人に囁かれ、僕はそこから動けなくなった。
スーツとシルクが擦れ合う軽い音がして、心臓が跳ね上がる。
耳元に、あの赤いルージュが寄せられているのは振り返らずとも分かってしまう。彼女は危険だ。強かな策士!きっと噂の呪いが本当だとしても、貴婦人はそれさえ武器にするのだろう。
「私といっしょに、ずっと此処にいて。だってあなたは、私の執事なのでしょう?」
「しかし......」
「お願いよ、ライナス」
貴婦人は僕の名前を呼び、穏やかに首を傾げた。
「お前は私を1人にしないでしょう?」
強い花の香りがつんと鼻の奥を刺激して、僕は涙が出そうになった。その切なく甘い声は僕の耳に媚薬を垂らすようで、僕はどうしようもなく怖くなった。
貴婦人には子供がいない。なのでこの屋敷には貴婦人とその夫、そして夫の両親と弟が住んでおられることになる。
これは噂好きのメイドが教えてくれたのだが、どうやら貴婦人は病気らしかった。それもただの病気ではなく、子を産めぬ呪いに罹っているのだという。
なんでも貴婦人は以前魔女に無謀なお願いをし、そのせいで呪いをかけられてしまったのだとメイドは言った。その顔は気の毒だというよりかは、好奇の目を貴婦人に向けているように思えた。
僕は貴婦人の呪いに対して、正直興味がなかったという思いが大きい。恐らく目に見えるような突出した異常が彼女に見当たらないからで、こういった判断基準が自分にあることはすごく恥ずかしい事だと自覚しているため、他人に言うことはないだろう。
僕はいつもの通り、朝食を用意して貴婦人の部屋に入る。白いレースや絹で統一された部屋は、未だカーテンを開けていないにも関わらずひどく眩しい。その白に包まれるようにして、貴婦人は穏やかな寝息を立てている。
彼女はいつも、僕が紅茶を淹れる音で目覚める。フランス人形のような色白い肌に嵌め込まれた鮮やかなエメラルドを見ると、朝が来たと感じるのだ。
「おはようございます。朝食と、いつもの紅茶をご用意いたしました。本日はツェーレンにて13時からお仕事があると伺っております。時間はありますから、ゆっくりご支度なさってください」
婦人はまだ夢の中にいるかのようにとろりとした目を宙に向けて、「そう......」とだけ言った。長いまつ毛がゆっくりと上下し、自然なカールのかかったショコラブラウンが艶めく。
彼女は白百合のような女だ。真っ白なネグリジェから咲いた花。白く透き通るような花弁で魅了し、近づく者は赤いルージュの毒で殺してしまうような、危険な美しさを持っている。
だから、彼女のそばにいるのは苦手だった。いつその蔦を伸ばされ、絡め取られるかわからない。僕は足早に立ち去ろうと一礼し、背を向けた。
しかし、遅かった。ぐいと後ろから引っ張られ、体制を崩しそうになる。スーツの袖を、白く細長い指がしっかりと掴んでいるのだ。
「おいていかないでちょうだい」
貴婦人に囁かれ、僕はそこから動けなくなった。
スーツとシルクが擦れ合う軽い音がして、心臓が跳ね上がる。
耳元に、あの赤いルージュが寄せられているのは振り返らずとも分かってしまう。彼女は危険だ。強かな策士!きっと噂の呪いが本当だとしても、貴婦人はそれさえ武器にするのだろう。
「私といっしょに、ずっと此処にいて。だってあなたは、私の執事なのでしょう?」
「しかし......」
「お願いよ、ライナス」
貴婦人は僕の名前を呼び、穏やかに首を傾げた。
「お前は私を1人にしないでしょう?」
強い花の香りがつんと鼻の奥を刺激して、僕は涙が出そうになった。その切なく甘い声は僕の耳に媚薬を垂らすようで、僕はどうしようもなく怖くなった。
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