マグダレナの姉妹達

田中 乃那加

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5.小さな森

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 その公園は、比較的新しい住宅地の真ん中にあった。
 その様子は小さな森を思い浮かべてもらえば良いだろう。
 鬱蒼と茂る木々や雑草は伸び放題である。それは外から公園内が見えにくいばかりでなく、公園内に陽の光が差し込みにくく常に薄暗い。

「新興住宅地の中にある公園なのになァ……」

 六兎が誰に言うともなしに呟いた。 
 隣を歩く華も、小さく頷く。

 ―――公園とは公衆が憩いや遊びを楽しむための区域である。
 しかしここは、そういった目的とは無縁の場所となってしまっていた。なぜなら大人は子供たちがここへ立ち入ることを禁止し、町の恥部として認識しているからだ。

「きっと大人の事情なんでしょうね」

 華の言葉に今度は彼が頷く。
 ……荒れ放題のこの場所には、子供の立ち入りを禁止する一方。若いカップル達のイケナイ事をする場所として有名であった。

 だとすれば尚更この木々や雑草を何とかするべきなのだろうが、何故かいくら住民が要望を出しても通らない。その理由もふわふわとしたものであり、不可解なこの現状。
 地元住民は『大人の事情』と表現する他ないのである。

 ……そんな小さな公園に、彼らは寄り添い入っていく。
 その姿は、まだ日の高いのに住宅地で人目を避けて件のいかがわしい場所で逢瀬を楽しむ年の差の恋人、に見えなくもない。
 そしてそれをギリギリと歯を食いしばる想いで、後方数メートルから見守る男の心情なぞ、好奇心に支配された少年は知る由もないのだろう。

「お姉さん……百合さんはどこで倒れてました?」
「あの……そう、あの場所です」
「ふむ。ここ。あ、血痕が。そう言えば警察はなんて?」
「通り魔か変質者じゃないかって」
「ははぁ、なるほど」

(あの噂通りに事件があったということか)

「百合さんには恋人はいたんでしょうか?」

(彼女の見た『逃げた男』っていうのがその恋人?)

 六兎の問いに、華は首を傾げる。

「それが……あたしも母さんも知らないの。お姉ちゃん、この春から理学療法士として病院に勤め始めて『そんな余裕ない』って笑ってたわ。だからてっきり」

 悲しげに表情を曇らせるその面持ちは、姉を想う妹の悲哀に満ちていた。
 六兎はジッとその様子を見ていたが、おもむろに。

「大丈夫、ですから」
「えっ」

 繋いだ彼女の手を少しだけ強く引き寄せた。……柔らかくぶつかる肩と肩。
 そのままぎこちなく、回された腕に華の頬にサッと朱が交じる。

「僕達を信頼して相談してくれたんですよね? ……犯人は必ず見つけ出しますよ」
「六兎、君」

 小柄な彼女は、穏やかな瞳を涙に潤ませて彼を見上げる。

「華」

 大きく華奢な指がするり、華の顎を形の良い輪郭をなぞった。
 鼻から抜けた吐息の色っぽさにわずか微笑みながら、六兎はゆっくりと顔と顔の距離を詰めていく。
 互いの瞳越しに映る光は何を映しているのだろう。優しく弧を描いた唇が、微かに戦慄く柔らかな彼女のそれに……。

「きゃッ!?」

 ―――その瞬間、彼女の身体がぐらりと揺れる。
 彼が殊更手を引いて、引き倒したのだ。

 ドサリ、と長い雑草の生い茂る地面に転がった華奢な身体。痛みに悲鳴を上げなかったのは、その突然の出来事に声も出なかったからだろう。

「り、六兎く……あっ!」

 唖然とする彼女の目に写ったのは、少し離れた草の上を転げ取っ組み合いをする2人の男の姿。
 一人は高校の制服を土埃草まみれにした六兎である。

 ……もう一人もどうやらがっちりとした壮年の男性のようだ。しかもこちらはヨレヨレの作業着にぼさぼさと纏まらぬ白髪混じりの頭髪。
 その腕には服が捲れ上がり、真っ直ぐその肌を切り裂いたような古い傷跡が、引き攣れたケロイド状となっている。

「!!」

 目を見開き、声にならぬ悲鳴を上げた華は腰が抜けたのかその場をずりずりと這いずった。
 形勢はやはり体格の劣る彼が不利なのだろう。遂にはマウントを取られ、男が振り上げた拳に握られた鈍いモノ……刃物には陰惨な光が華の目にもハッキリと見て取れたのだ。
 
「ッ……は、華、早くっ……逃げ……ッ」

 喉を切り裂こうと迫る刃を、男の腕ごと必死で突っ張り食い止める六兎の絞り出すような言葉で、彼女はようやく我に返る。

「そ、そんなっ……六兎君……っ……うそ……」
「良いからッ、はや、く……ッ……!!」

 掠れた怒鳴り声に弾かれるように。萎えた足と手をばたつかせ、荒々しい息で彼女は公園の出口に向かってまろび出た。

「ハァ……ッ……ァァ……ッ……ハァ……っ!?」

 ―――公園から逃げ出す華は、猛スピードで公園に飛び込んで来る人影とすれ違った。

「うわぁぁぁァァッ!!」

 はけたたましい叫び声をあげながら真っ直ぐ、取っ組み合いの最中である男達にぶつかるように走り去って行く。

「じょ、譲治、君?」

 彼女は公園を振り向く事も出来ず、へたり込んで呟いた。



「このやろおぉぉぉぉッッ!!」

 譲治はなんの躊躇なく、の上に乗り上げた男に向かってかの有名なアメフト部さながらの悪質タックルをかまし、男と一緒に地面に叩きつけられる。

「っぐ……ッ!」

 いくら雑草がそこらじゅうに生えていようが到底クッションにはなりはしない。
 それでも彼は衝撃こそあれど、擦り傷や打撲の痛みなんぞ感じることはなかった。
 ただ無我夢中であったのだ。

「六兎っ、大丈夫か!」

 だから『男を取り押さえる』という思考も湧かなかった。
 よろけながら逃げ出す男を横目に、幼馴染に駆け寄るのは無理もない。
 この男はややなのだ。

「お、おい……っ、男は!?」
「え?」
「え、じゃない! さっさと追え……って遅いか……」

 首を締め上げられていたのだろう。
 喉を抑え、掠れた声で呟いた言葉にはあからさまに呆れの色が滲んでいた。

「す、すまん」

 申し訳なさそうに逞しい肩を小さく竦ませて、譲治が差し出した手を六兎が小さな溜息をついて握る。

「いや、構わない。それなりに収穫はあったさ。あと手掛かりも残して行ったぜ」
「手掛かり?」
「そ。……ほら見ろよ」

 いつの間にくすねたのだろうか。六兎がドヤ顔で掲げたのは小さな手帳。紺色に何やら模様が印刷されている。

「これは」
「学生手帳ってやつ、これは校章だな。さらに中身は……おぉ!」

 ニヤリと笑い、ページを広げてみせる。そこには持ち主であろう、生徒の名前と顔写真―――。

「おい。この名前って……!」
「な? 驚くだろ」

 目を剥く譲治を面白そうに眺める六兎。その色素の薄い瞳は、期待と興奮で煌めいていた。

 
 

 
 
 
 
 
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