マグダレナの姉妹達

田中 乃那加

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6.ゴリラVS九官鳥 (横道話)

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 聖女女子中学校せいじょじょしちゅうがっこう。この町で、いや県内で唯一の私立の女子中学校だ。
 その名の通りキリスト教系の学校で、同名の高校の附属中学校に当たる。
 厳格なる校則で有名で、一昔前はお嬢様学校と言われていたらしい。

「どうしてこれが……」

 生徒手帳を握りしめて華が呟いた。
 聖女女子中学校、一年、華村 百合。彼女の姉である。
 
「確かに姉はここに通ってたわ……でも半年だけよ。二年に上がる前に転校したの」
「それは。何か事情でも?」

 遠慮することなく六兎が質問を投げかける。
 華は首を振って答えた。

「いじめよ。あそこ昔はお嬢様学校、なんて言われていてね。お姉ちゃんも受験したら合格したもんでうっかり行ったら……学費もバカにならないって事もあって途中で近くの公立に転校したのよ」

 その吐き捨てるような口調に、譲治は一瞬たじろいだ。
 果たしてその感情が姉をいじめた連中に対するものなのか、いじめられてすごすごと学校を辞めた姉に対するものなのか。測りかねたからである。

「なるほど。……それにしても、あの男は何故お姉さんの生徒手帳を持っていたんでしょう。華さん、ご存知ですか」
「……悪いけど知らないわ。あんな男、見た事もない」

 彼女の答えに、六兎は少しだけ考え込む顔をすると『今日はもう帰りましょうか』と呟き譲治に目配せをした。

「?」
「おい、譲治」
「ん?」
「鈍い奴だなァ。彼女を送って行けよ」
「え!? なんで俺が……」

(彼氏はお前だろ!)

『フリだけど』と頭に付けつつ、譲治は一瞬単なる思考に心を痛めた自分の貧弱さに辟易した。
 本来割と楽観的で、細かいことを気にしない男である。しかし事、六兎に対してだけは不必要にうじうじと悩むのは恋する男としては当然なのかもしれない。
 
(さっきもキス、しようとしてたじゃねぇか)

 本当ならあの時に飛び込んで行きたかった。
 しかし、公園を木々の間から覗き込む彼に六兎は『合図するまでは待てだ』と犬の躾よろしく言いつけたのだ。

「僕は少し調べることがあるんでね。……じゃあ華さん、次に連絡する時は解決した時ですよ」

 そう言い残すと、唖然とする二人を残して彼はその場から去ってしまった。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫

 ―――次の日。六兎は学校を休むと言った。

「なんでだよ」

 朝の冷え込む道を一人歩きながら、譲治は不貞腐れた顔で呟く。
 
 先程いつものように迎えに行くと『あ、今日は休むから』と部屋着姿のままの彼が言って、すげなくドアを閉められたのだ。

「ったくあいつ、何考えてんのかわかんねぇ」

 ……六兎は肝心な事を言わない、彼は苦々しく思っている。
 どんな推理や推測を脳内で組み立ていても、それを一切幼馴染である自分に言わない事が不満なのだ。
 そしてうかうかしていたら、あっという間に危ない事に首を突っ込んで死にかけるのだから彼の寿命が縮む気持ちである。

(ん。待てよ?)

 彼はふと足を止める。

(今朝のあいつ、まだ部屋着だった。俺がこの前プレゼントしたモコモコパーカー着てたな。女物だったが華奢なあいつにぴったりですごく可愛くて鼻血モノ……じゃなくて。靴だ! 靴が一つ多かったぞ)

 ドアがしまる直前、女物の靴が彼の視界の端に映っていたのを思い出す。

(ん? あの家に今、女の家族っていたっけな……)

 ……六道家は三人家族である。
 両親と息子、つまり六兎である。それにお手伝いさんが通いで来る、そんな家庭であった。
 さらに母親が単身赴任というこのご時世でも些か珍しい家。で父親も仕事で多忙な日々である。その為、数年前から世話になっている家政婦が家のことをしていた。

(カヨコさんのか? いや。あんなサイズのローファー、履かねぇだろ)

『カヨコさん』とは件の家政婦のことである。
 60代のパワフルな女性で、恰幅の良い体に甲高く声がでかい。その姿はさながら昔の肝っ玉かーちゃんのようだ。

彼女は母親と普段共にいることが無い六兎を、まるで子か孫かのように可愛がっている。しかし同時に彼の突拍子もない行動に口煩く注意し、時に心配で心を痛めているのだ。
 
(くそっ、戻るか……)

 大きくため息をつき、譲治は回れ右をして元来た道を歩き始めた。
 その背中が心做しかしょぼくれているのは、彼がカヨコの事が苦手だからである。

(あのババア、なーんか俺の事目の敵にするんだよなぁ)

 それでも道行く人々が振り返るほどのスピードで全速力なのは、想い人の暴走を食い止めんとする男心なのであった。

■□▪▫■□▫▪■□


―――六道家はそれなりに大きな家である。
 いつもならこの時間に門を掃除しているカヨコが胡散臭そうな睨みを効かせていただろう。しかし幸いながら、誰もいなかった。

(よし、第一関門突破!)

 内心小さなガッツポーズをキメて、門をくぐった譲治が玄関のドアに向かって走っていく。スピードを緩め、様子を伺いながらである。

(ん。ここにも居ねぇな)

 もしかして休みか? と彼は密かに期待してチャイムを鳴らす。
 
『……はい?』

 不機嫌そうな。そして聞き覚えのある甲高い、特徴的な声。

(あー。居るじゃん)

「あのぉ。俺ですけど」
『特殊詐欺はお断りしておりますが!』

 開口一番に怒鳴りつけられる。
 
「十都ですっ、十都 譲治っス」
『……また貴方』

(いやいや知ってるだろ! 見えるんだからよ)

 当然、インターフォン押せばカメラが訪問者の顔を映し出すのはどこも変わらない。
 だから単なるの一環であるのは彼も分かっていた。
 
『なんの御用?』
「あの、六兎は?」
『質問を質問で返すんじゃありませんッ!』

 彼女はまた怒鳴りつける。
 毎度の事ながら、譲治は今朝ばかりはうんざりしていた。
 
「六兎君を迎えに来たんですけど……いらっしゃいませんか?」
『六兎さんは今日学校をお休みされる、と先程お伝えしたはずですが!』

(キレるなキレるな、我慢しろ、俺)

 奥歯をギリギリと噛み締めながらも、引き攣れた笑みで開けられる気配のないドアを睨みつける。

「いやぁ。ちょっと伝え忘れたことがありましてねぇ! あの開けてもらって良いっスかぁ!?」
『駄目です!』
「ハァァッ!? 会わせろって言ってんですよ」
『駄目だって言ってるでしょうがッ』
「なんでですか! 俺、彼の親友だっつーの!」
 『六兎さんに悪い虫がついたら旦那様や奥様に申し訳がたちませんッ』
「わ、悪い虫って……」

 家政婦カヨコが六兎の幼馴染に冷たくするには理由があり、それを彼自身もよく知っていた。

『とにかく、あたくしの目の黒いうちは六兎さんをキズモノにする輩は排除します!』
「俺がいつあいつをキズモノにしようとしたんだよ!?」
『ご自分の胸に手を当ててご覧なさい』
「うっ。あ、あれは……痛ぇッ!」

 言葉に詰まった瞬間、近くにいた譲治をぶっ叩く勢いでドアが開く。

「他人の家の玄関先でうるさいなァ」

 心底迷惑そうな声と共に、しかめっ面を覗かせたのは。

「……六兎!」
「君は拡声器かなんかか? 図体だけでなく、声までデカ過ぎ。っていうかインターフォン越しと二重で耳と窓とドアが壊れそうだったぜ」
「それはお前、カヨコさんが……」
「……んまァ! 六兎さんっ、勝手にドアを開けちゃあ困りますっ」

 後ろからドスドスとのような足音と共に、九官鳥よろしくけたたましい怒鳴り声が聞こえてくる。

「あー。はいはい、彼は大丈夫ですってば……おい。何いつまでも突っ立ってるんだよ」
「……え?」

 うんざりとした表情で六兎が囁く。
 
「アホ面晒してないで、サッサと上がれよな。……君、その為に戻って来たんだろ」

 語尾でニヤリと笑った六兎を見て、譲治はようやく彼の思惑に気が付いた。

(こいつ俺を試してやがったな!)

 どうせ彼が問い詰めても『君の観察眼に感服したよ』などと嘯くのだろう、と一瞬で悟る。
 
(でもまぁ逆に考えれば、だ。俺が来るのを可愛く健気に待ちわびてた、っていう事か! そういう事だよなぁ!?)

「……な、なんだよ。ニヤニヤして、気持ち悪ぃ」
「えっ? ……あ、ああ。待て! 閉めんなっ……いだだだだッ、挟まっとるっつーの! カヨコさんも箒振り上げ……っ、痛ッ、ちょ……待てって……ゥギァァァアアッ!!」

 六道家には恋するゴリラ……失礼、男子高校生の悲鳴が響き渡った。

 

 


 
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