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14.聖女というより妖精
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十数分後、彼らが訪れたのは駅前通りを抜けてすぐの路地を裏に入った所。こそに建っている見た目廃ビル、中身が新築の騙し絵のような探偵事務所であった。
「なかなか面白い所知ってるじゃん」
感心したように呟く舞子に、無言だが興味深そうに通された部屋をキョロキョロと眺める桃香。
六兎達はなんだかんだ言って中学生の少女なのだなぁ、と微笑ましく思っていた。
―――素人探偵の『事務所の一室を貸してくれ』という不躾で突然の申し出に、所長である比丘尼 大五郎は快く頷いたのだ。
一般常識的には些か逸脱した行動ではあったが、それは彼自身の面白がりの性質と六兎に対する一種の信頼なのだろう。
しかし大五郎が『ボクは仕事があるから』と飛び出して行った後、所長室には彼らと茶を運びにきた比丘尼 摩耶だけになった。
その摩耶も、四人を所長室の隣にある『応接室』と銘打った部屋に案内するとさっさと出て行ってしまう。
「あの子。ちょいと陰気な感じするけど、なかなか可愛いよねぇ」
「……舞子」
彼女の軽薄極まりない言葉に、窘めるにしては強い眼力で桃香は睨みつけた。
「あはっ、また桃ちゃんはヤキモチ妬いちゃって~。アタシって愛されてるぅ」
「そ、そういうことではない」
「でも桃ちゃんのそういうとこ、好きだよ?」
「む……」
(このバカップルめ)
そもそもカップルなのかどうかも怪しいのは、一見強面な雰囲気の桃香を舞子が実に上手く手玉に取っているからだろう。
そんな様子を見て、譲治はほんの少しだけ桃香に同情していた。
(恋をする相手が悪かったよなぁ……ま、俺は後悔してねぇけど)
「……貴様、何を見ている」
「へ?」
鋭い視線を彼に向けた桃香に、譲治は間抜けな声を上げる。「」
「この際言っとくが、舞子に手を出したら貴様を殺す」
「はぁぁ!? 出さねぇよ! ンなガキに」
「ガキだと? 舞子を愚弄するなッ」
(なんだそりゃ)
突然イチャモンつけられて怒鳴りつけられた男子高校生は、青筋立てたがそれに歯止めをかけたのが六兎である。
「そういう青春ごっこは他所でやれ。……で。舞子さん。君の話を聞かせてもらおうか」
「そうだね。じゃ、なるべく手短に話すね」
頬杖をついて言葉を選ぶ素振りを見せてから、舞子は口を開いた―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
兎美 舞子の父親の年の離れた妹、つまり彼女にとっては叔母に当たる。
その名は兎美 真里亜。
白い肌に黒い髪をおさげにしたその彼女は大きな瞳に小さく、少しばかり低い鼻が愛嬌の可憐な少女。
真面目で少し夢見がちな性質も相まって、小さな頃から知っている者達から彼女は妖精ちゃんと呼ばれていた。
――― そんな真里亜が学校から忽然と姿を消したのは、今から10年ほど前。14歳になる歳であった。
最初は警察によって事件の可能性を視野に捜査が行われた。
しかし寮生だった彼女の部屋にある書置きが見つかる事で、事件に対する人々の心象がまるきり変わってしまう。
それはまるで走り書きか、書き損じのような便箋に二行だけの短いものである。
『悔い改めて福音を信じよ』と『さようなら』と。
そして死体も上がらなければ、生きてる彼女すら見つからない。
さらにある証言も浮上したことにより、ついに周りは『単なる家出』として結論付け捜査は事実上終了したのである。
「……その証言ってやつは」
六兎の質問に、舞子が肩を竦めて言う。
「いわゆる不純異性交友。『深夜に寮を抜け出して、どこぞの男と逢い引きしていた』って噂がチラホラとね。確かに彼女が夜中にどこかへ行ってたのは確からしいんだけどねぇ。それも気になってアタシはずっと調べ回っていたってわけ」
桃香は相変わらずしかめっ面をしていたし、六兎は何かを考え込むようにぼんやり視線を宙にさ迷わせる。
譲治はというと、少しばかり彼女に対する認識を改めていた。
(そりゃ、叔母さんが中学生で男と駆け落ちなんて信じたくないよなぁ……ってか案外人情味のある動機だったか)
しかしながら、彼が自身の大きな勘違いに気が付くことはなかった。
……事実、彼女はそんな殊勝な人間ではない。
何故なら舞子の瞳に宿る好奇の煌めきと、既にそれを充分承知している桃香の渋面が証明しているからだ。
「なんせかなり昔のことだしね。しかもこちとら中学生。調べるのも限界がある……そんな時、キミが礼拝堂に入っていくのを見かけてさ。だってあそこは、真里亜がよく逢い引きに使っていた場所だって話を聞いたからね」
舞子にとって、真里亜という女生徒は叔母ではあるが彼女は敢えて名前で呼んでいた。
それは彼女自身、自分と同じ歳で失踪した叔母への複雑な心境の表れであろう。
「そこで六兎君、キミに聞きたい。……あの女はキミに何を話した?」
「あの女?」
譲治の問いかけに、軽く鼻を鳴らした彼女が一言。
「子門 響子。当時、教頭でなかったあの女は彼女のクラスの担任をしていたんだよね。だだから色々と探りを入れていたんだけど、これがなかなか手強い。……ほんと、ああいう強情な女は好きになれないなぁ」
「ああ、なるほど」
口を尖らせボヤいた舞子に六兎は軽く何度か頷いて、呟いた。
「……だから彼女はあんな事を」
そして彼は昨日の経緯を、滔々と語り始める―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
……時を一日ほど遡ろう。
『貴方、一体なんの目的があってこんな事をしているのです?』
子門 響子がそう詰め寄った時、六兎はただ肩を竦めて見せただけであった。
しばらく無言で睨み合うこと数十秒。先に息を吐いたのは、この堅物の女教師である。
「全く、この学校には#秘密を探りに来る子供達が多過ぎますね。いいわ。二つだけ教えてあげましょう。貴方がもし、ここに聖女を探しに来たのなら……」
カツン、と子門の靴先が聖堂の床を踏みしめた。
「ここにはもう居ません。既に埋葬は終わっているからです。そして、その墓は誰にも暴く事は許されない。もちろん、貴方もね……これは忠告です。これ以上、この事件の事を嗅ぎ回るのはおやめなさい」
「……」
六兎は何も答えなかった。
正直なところ、この女教師の言葉は彼にとって想定内であったからだ。
彼の頭の中には、この礼拝堂に入ってきた彼女を見た瞬間にある推理が組み上がっていたのである。
「あの女子生徒もだわ。貴方達はそろそろ学ぶべきなのです。『好奇心は猫を殺す』と」
「……その好奇心が満たせなければ、僕は死んでしまうのですよ。子門先生」
笑みを含んだ彼の物言いに、小さく舌打ちを漏らした彼女はやや深爪気味の指先を、彼のセーラー服に包まれた胸に突き付けて言った。
「もう一つ。……女装するなら、ブラジャーくらいちゃんとしたモノを付けてきなさい。今どき、我が校の生徒でもそんな色気の無いモノ付けてないわ」
「!?」
かぁっ、とうっすら赤面した彼を見て子門は初めて微笑んだ。
それは普段のお堅い女学校の女教頭らしからぬ表情であった。
「なかなか面白い所知ってるじゃん」
感心したように呟く舞子に、無言だが興味深そうに通された部屋をキョロキョロと眺める桃香。
六兎達はなんだかんだ言って中学生の少女なのだなぁ、と微笑ましく思っていた。
―――素人探偵の『事務所の一室を貸してくれ』という不躾で突然の申し出に、所長である比丘尼 大五郎は快く頷いたのだ。
一般常識的には些か逸脱した行動ではあったが、それは彼自身の面白がりの性質と六兎に対する一種の信頼なのだろう。
しかし大五郎が『ボクは仕事があるから』と飛び出して行った後、所長室には彼らと茶を運びにきた比丘尼 摩耶だけになった。
その摩耶も、四人を所長室の隣にある『応接室』と銘打った部屋に案内するとさっさと出て行ってしまう。
「あの子。ちょいと陰気な感じするけど、なかなか可愛いよねぇ」
「……舞子」
彼女の軽薄極まりない言葉に、窘めるにしては強い眼力で桃香は睨みつけた。
「あはっ、また桃ちゃんはヤキモチ妬いちゃって~。アタシって愛されてるぅ」
「そ、そういうことではない」
「でも桃ちゃんのそういうとこ、好きだよ?」
「む……」
(このバカップルめ)
そもそもカップルなのかどうかも怪しいのは、一見強面な雰囲気の桃香を舞子が実に上手く手玉に取っているからだろう。
そんな様子を見て、譲治はほんの少しだけ桃香に同情していた。
(恋をする相手が悪かったよなぁ……ま、俺は後悔してねぇけど)
「……貴様、何を見ている」
「へ?」
鋭い視線を彼に向けた桃香に、譲治は間抜けな声を上げる。「」
「この際言っとくが、舞子に手を出したら貴様を殺す」
「はぁぁ!? 出さねぇよ! ンなガキに」
「ガキだと? 舞子を愚弄するなッ」
(なんだそりゃ)
突然イチャモンつけられて怒鳴りつけられた男子高校生は、青筋立てたがそれに歯止めをかけたのが六兎である。
「そういう青春ごっこは他所でやれ。……で。舞子さん。君の話を聞かせてもらおうか」
「そうだね。じゃ、なるべく手短に話すね」
頬杖をついて言葉を選ぶ素振りを見せてから、舞子は口を開いた―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
兎美 舞子の父親の年の離れた妹、つまり彼女にとっては叔母に当たる。
その名は兎美 真里亜。
白い肌に黒い髪をおさげにしたその彼女は大きな瞳に小さく、少しばかり低い鼻が愛嬌の可憐な少女。
真面目で少し夢見がちな性質も相まって、小さな頃から知っている者達から彼女は妖精ちゃんと呼ばれていた。
――― そんな真里亜が学校から忽然と姿を消したのは、今から10年ほど前。14歳になる歳であった。
最初は警察によって事件の可能性を視野に捜査が行われた。
しかし寮生だった彼女の部屋にある書置きが見つかる事で、事件に対する人々の心象がまるきり変わってしまう。
それはまるで走り書きか、書き損じのような便箋に二行だけの短いものである。
『悔い改めて福音を信じよ』と『さようなら』と。
そして死体も上がらなければ、生きてる彼女すら見つからない。
さらにある証言も浮上したことにより、ついに周りは『単なる家出』として結論付け捜査は事実上終了したのである。
「……その証言ってやつは」
六兎の質問に、舞子が肩を竦めて言う。
「いわゆる不純異性交友。『深夜に寮を抜け出して、どこぞの男と逢い引きしていた』って噂がチラホラとね。確かに彼女が夜中にどこかへ行ってたのは確からしいんだけどねぇ。それも気になってアタシはずっと調べ回っていたってわけ」
桃香は相変わらずしかめっ面をしていたし、六兎は何かを考え込むようにぼんやり視線を宙にさ迷わせる。
譲治はというと、少しばかり彼女に対する認識を改めていた。
(そりゃ、叔母さんが中学生で男と駆け落ちなんて信じたくないよなぁ……ってか案外人情味のある動機だったか)
しかしながら、彼が自身の大きな勘違いに気が付くことはなかった。
……事実、彼女はそんな殊勝な人間ではない。
何故なら舞子の瞳に宿る好奇の煌めきと、既にそれを充分承知している桃香の渋面が証明しているからだ。
「なんせかなり昔のことだしね。しかもこちとら中学生。調べるのも限界がある……そんな時、キミが礼拝堂に入っていくのを見かけてさ。だってあそこは、真里亜がよく逢い引きに使っていた場所だって話を聞いたからね」
舞子にとって、真里亜という女生徒は叔母ではあるが彼女は敢えて名前で呼んでいた。
それは彼女自身、自分と同じ歳で失踪した叔母への複雑な心境の表れであろう。
「そこで六兎君、キミに聞きたい。……あの女はキミに何を話した?」
「あの女?」
譲治の問いかけに、軽く鼻を鳴らした彼女が一言。
「子門 響子。当時、教頭でなかったあの女は彼女のクラスの担任をしていたんだよね。だだから色々と探りを入れていたんだけど、これがなかなか手強い。……ほんと、ああいう強情な女は好きになれないなぁ」
「ああ、なるほど」
口を尖らせボヤいた舞子に六兎は軽く何度か頷いて、呟いた。
「……だから彼女はあんな事を」
そして彼は昨日の経緯を、滔々と語り始める―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
……時を一日ほど遡ろう。
『貴方、一体なんの目的があってこんな事をしているのです?』
子門 響子がそう詰め寄った時、六兎はただ肩を竦めて見せただけであった。
しばらく無言で睨み合うこと数十秒。先に息を吐いたのは、この堅物の女教師である。
「全く、この学校には#秘密を探りに来る子供達が多過ぎますね。いいわ。二つだけ教えてあげましょう。貴方がもし、ここに聖女を探しに来たのなら……」
カツン、と子門の靴先が聖堂の床を踏みしめた。
「ここにはもう居ません。既に埋葬は終わっているからです。そして、その墓は誰にも暴く事は許されない。もちろん、貴方もね……これは忠告です。これ以上、この事件の事を嗅ぎ回るのはおやめなさい」
「……」
六兎は何も答えなかった。
正直なところ、この女教師の言葉は彼にとって想定内であったからだ。
彼の頭の中には、この礼拝堂に入ってきた彼女を見た瞬間にある推理が組み上がっていたのである。
「あの女子生徒もだわ。貴方達はそろそろ学ぶべきなのです。『好奇心は猫を殺す』と」
「……その好奇心が満たせなければ、僕は死んでしまうのですよ。子門先生」
笑みを含んだ彼の物言いに、小さく舌打ちを漏らした彼女はやや深爪気味の指先を、彼のセーラー服に包まれた胸に突き付けて言った。
「もう一つ。……女装するなら、ブラジャーくらいちゃんとしたモノを付けてきなさい。今どき、我が校の生徒でもそんな色気の無いモノ付けてないわ」
「!?」
かぁっ、とうっすら赤面した彼を見て子門は初めて微笑んだ。
それは普段のお堅い女学校の女教頭らしからぬ表情であった。
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