Ωですがなにか

田中 乃那加

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友情とも呼べませんが

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 朝はいつもやってくるけど、その日が晴れるかどうかなんて分からない。
 爺ちゃんがよく言ってた言葉。意味はまあ――大したモノはないらしいけど。

 なぜか今、それを思い出した。

「痛っ!」
「なんだいたのか。小さくて見えなかった」

 大学構内のコンビニで悩んでたら頭を小突かれ、振り向いたら凪由斗がいる。

「身長マウントやめてよ」
「マウントじゃなく、真実だ」
「余計ムカつくなぁ」

 あれからこうやって、姿を見れば構ってくるようになった。とはいっても、こうやって軽口叩き合うだけ。
 友達とも呼べない関係だと思う。

「暁歩ちゃん」
「あ、響介さん」

 軽く会釈した僕に、また凪由斗が絡んでくる。

「おい俺に挨拶は無しか、先輩だぞ」
「いきなり煽ってくる人に挨拶なんてしないからね」
「生意気言いやがって、この野郎」
「痛っ、だからやめてってば!」

 こんなところで騒いだらまた変な注目浴びちゃうし、なんなら迷惑だ。
 さっさと買うもの選んでしまおうと、商品棚に視線を戻す。

「暁歩ちゃんって甘いもの好きなんだ?」
「あ、はい。実は」

 結構甘党なんだよね。コンビニのスイーツとかもSNSで見るとつい買いたくなっちゃうし。
 
「実はオレもなんだよね。あ、そうだ。カフェ巡りとかも趣味でさ、今度一緒に行かない?」
「カフェですか」
「そう、デートしようよ」
「でっ……デート!?!?」

 驚いたのは僕だけじゃなくて、周りもだった。
 そりゃそうだよね。こんなイケメン‪α‬が僕なんかに、冗談でもどよめくハズだ。

「そんなとこ連れてく必要ねーだろ。おい、早く選べ」

 横から凪由斗が頭をガシガシ掻き乱してくる。

「ちょっ、やめてよ」
「早くしないとお前の頭、鳥の巣みたいになるぞ」
「だからやめてってば。分かった、分かったって!!」

 追い立てられるようにレジに並ばされた。
 並んでる間も、なんかやたら小突いたりつついたりされるし。こっちが怒れば怒るほど、面白がってる気がする。

「お待たせいたしました」

 やり取りみてただろう店員さんが、チラリと僕と彼らを見る。無表情な女性だけど、なんかうるさくしてたの怒られるんじゃないかってハラハラした。

「あ、お金――」
「どけ」

 払おうとしたら押しのけられた。そして。

「えっ、凪由斗?」
「いいから待ってろ」

 なにそれ。
 唖然とする僕をそのままに、さっさと払ってしまった。
 もちろん自分で払おうとしたけど。

「ムダな抵抗はよせ。大人しく待ってろ」

 と押しのけられる。
 フィジカルでは全く勝てない僕は、結局すべて払わせてしまった。あの久遠 凪由斗に。

「なんで」
「後輩なんだから黙って奢られてろよ」
「そういうわけにはいかないって。僕だってお金くらいあるんだから」
「別にいいだろ」
「よくない! そんなのダメだからね」
「なにが?」
「?」
「なにがダメなんだと聞いてる」

 なにがダメって。だって奢ってもらう理由がないし。それに、ええっと、僕が。

「なんか勘違いしちゃいそう、だから?」
「お前……」
「だぁぁぁっ! ち、違う!! なしっ、今の無しだから!!! とにかく、僕は君に借りは作らないからっ」
「そうか」

 今、すごく恥ずかしいこと口にした気がする。だから慌てて訂正したんだけど。

「じゃあ、今から自販機でジュース買ってこい。それで貸し借り無しだ」

 と、指定されたジュースはなんと構内で一箇所だけ。しかもそこそこ遠いところの自販機にしか売ってないやつで。

「な……な……」
「行けるか? お前、足遅そうだもんなぁ」
「おい、凪由斗。いくらなんでもそれは意地悪しすぎだろ」

 ニヤついてる凪由斗に、止めてくれようとする響介さんを見る。
 フツフツと悔しさと負けん気が湧き出てくるのが分かった。
 だからギッと音がしそうなほどに睨みつけて。

「行ったるわいッ、この性格クソ野郎がぁぁっ!!!!」

 と叫び、僕は猛然と走りだした。
 でも……その十数秒後には死にそうになりながらの小走りになるんだけど。



 ※※※

 
「それ完全にいじられてるね」
「言わないで、マジで」

 改めて言われると悔しくて仕方ないから。
 香乃と図書館に行ったあと、相談があるって誘われたファミレス。
 あの最低野郎の愚痴が止まらない。

「自分の体力の無さにも絶望した」
「そこは違くない?」
「違くないよ……」

 汗だくで戻ってきたらそれもせせら笑われて、タオルで頭ぐしゃぐしゃになるくらい拭かれたし。

「ほんっとにムカつく!」
「なんだかんだで仲良いじゃん」
「よくない!!」

 あんなのと仲良くてたまるか。それに最近じゃ、一人でいてもすれ違いざまに。

『あ、あの人』
『いつも久遠君達といる』
『もしかして、あの子ってΩじゃない?』

 ってヒソヒソされることもあるんだぞ。ただでさえ忙しい学生生活、穏やかに過ごしたいのに。

 それにΩだってバレてるのがしんどい。たしかに共学になったとはいえ、短大に通ってるβ男子なんてほとんどいないんだけどね。
 
「まあ、皆が羨む‪‪α‬様に構われてるのも嫉妬対象になっちゃうかもね」
「嫉妬……なのかなぁ」

 風当たりはかなりキツくなったと思う。
 特に今までそれなりに感じよく接してくれていた女の子達がよそよそしかったり、これみよがしに陰口言われてたりするのは増えた気がする。

「そりゃそうよ」

 香乃は眉間にシワを寄せる。

「ったく、くだらないわよね。いくら暁歩を口撃したって、憧れの人はアンタのもんにはならないっつーの」
「そんなにモテるんだ、凪由斗って」
「何言ってんのよ」

 今度は呆れられた。

「あの‪α‬よ? しかも家柄も最強だし、多少性格がアレで女癖が悪くても寄ってくるでしょ」
「家柄? ええっと久遠、だっけ」
「そう、超有名大企業の経営者一族。知ってるでしょ」

 そういえば聞いた事あるかも? でもまさかあんな派手な見た目のヤツがって思わないよ。
 
「まさか知らなかったの?」
「うん」

 まあ、知っててもどうでもいいけどね。あいつがムカつくのは変わらないし。
 そう答えると。

「暁歩らしいわ」

 と笑われた。

「Ωだの‪α‬だのどうでもよくない?」
「それも暁歩らしい。好きだし、尊敬するわ。そういう価値観」

 でもね、と香乃は肩をすくめる。

「あの男はやめときなよね」
「やめとけって。だから変な関係とかじゃないから」

 あくまで見かけたら話をする、みたいな感じ。むしろ向こうがちょっかいかけてこなかったら、僕だって平和な日常過ごせるんだってば。

「それにあいつには好きな子がいるし」

 どんな子か知らないけど、凪由斗のことだ。泣かしちゃわないか少し心配。あ、彼のことじゃなくて相手の子のことだよ?

「そういえば相談ってなに」

 話題を変えたくて言うと、香乃は少しだけ視線を宙にさまよわせた。

「あ、あー。うん、あのね。ちょっと恋愛相談をしたいなって」
「恋愛!? 香乃って恋人いたんだ」
「ち、違うよ。まだ! まだだから!!」

 まだってことは、これからそうなるってことか。
 こう見えて香乃って真面目なところあるからな。なんか自分のことみたいに嬉しい。

「へー、どんな人かな。僕も知ってる人?」
「うん」

 だれだろ。まあ、いいや。それより。

「相談ってことはなんかあったの?」
「なんかっていうか……その人、‪α‬なんだよね」
「えっ」

 なんか少し意外だった、かも。そんな感情を読み取られたのか。

「βと‪α‬って釣り合わないよね」

 と少し悲しそうに目を伏せた。

「それはないよ!」
「暁歩」
「さっき言ったじゃないか、バースなんてどうでもいいって」

 それはβでも同じことだろ。
 人間には性差があるのは仕方ないし現実だけど、そこで思考停止してたら単なる動物と変わらない。

「香乃はその人のこと好きなんだろ。じゃあ、恋したらいいじゃん」
「いい、のかな……」
「当たり前だろ」
 
 人を好きになる気持ちって素敵な事だと思う。
 それを‪α‬だとかβだとかでとやかく言う方がおかしいんだ。

「やっぱり暁歩らしいね」

 香乃は笑顔だったけど、少し思い詰めてるような表情なのが気になった。


 



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