Ωですがなにか

田中 乃那加

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後悔先に立たずですが

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 ぐるぐる、ふわふわ、ふらふらして……うえっ……ぎ、ぎも゙ぢわ゙る゙い……。

「ゔぅ」

 目を覚ますとそこは地獄。

「な゙、な゙に゙、ごれぇ……」
「起きたか、バカ」

 猛烈な吐き気と、割れるような頭痛と。

 あとは素肌越しに感じるシーツの柔らさ――って。

「うぎゃぁぁっ!?!?!?」
「うるさい、バカ」
「痛っ!? な、なんで」

 僕、裸だ! 全裸!! めちゃくちゃ全裸すぎる!!!!
 あまりのことに声を上げたら、普通にどつかれた。

「だって。僕、僕、裸で、寝て……」
「少しは静かに出来んのか。ていうか落ち着け」

 落ち着けるか! だって起きたら知らない部屋のベッドの上で、しかも全裸で寝てるんだぞ!?
 しかも。

「なんで君が一緒にいるんだよ!」
「随分な言い草だな。この酔っ払い」

 苦虫を噛み潰したようなって表現がピッタリの彼、凪由斗が大きなため息をつく。

「まさか昨晩のこと覚えてないのか?」
「さ、昨晩……」

 ええっと、合コン行って。そこですごく楽しくて。
 タツヤさんとエリカさんと、香乃と奈々と――あ、そうだ。こいつもいた。んで、エリカさんがたくさんお酒勧めてくれて。
 綺麗で甘くて美味しくて。あとは。あとは。

「ハッ!?」
「記憶は飛んでなかったか、どアホめ」
「うぅ……僕、アホですぅぅ……」

 やらかした。めちゃくちゃやらかした。
 たくさん飲んで、すごく楽しくて。でも、途中で酔いつぶれて寝ちゃったんだ。

「最悪だ……」

 痛い頭を抱えて半泣きになる。
 みんなにすごく迷惑かけちゃった。ダメすぎる、僕、最低すぎる。

「情緒ぐちゃぐちゃ過ぎ、お前」
「だって」

 こんなん絶対に呆れられた。香乃にも奈々にも。あ、あとタツヤさんとエリカにも。

「まあエリカのやつは、タツヤに怒られてたな。自業自得だな。酒豪が酒飲めないヤツに飲ませたんだから」
「え、エリカさんのせいじゃ……」

 僕が勝手に飲んだだけだし。

「いいや。飲み方わかんねぇと、こうなる。あんま気にすんな」

 そして凪由斗は眠そうに欠伸を一つ。

「眠い、寝る」
 
 と一言。僕の頭を何度か軽く撫でて。

「吐きたきゃトイレか、その洗面器にしろ。水はそこな」

 そこ、とはベッドのサイドテーブルのことらしい。数本、ペットボトルの水やらスポーツドリンクが置いてある。

「あとお前の服は吐き散らかしたから洗濯中。寒けりゃ、ここにいろ。以上」
「ちょ、ちょっと待って!」

 そして僕に背を向ける形で眠りに入ろうとする彼を止めた。

「あのっ。まず、その。あ、ありがと」

 多分これ、酔い潰れた僕を看病してくれたんだよね? で、この見慣れない場所は凪由斗の家で。
 服も吐いて汚して。でも身体はすごくサッパリしてるから、もしかしたら洗ってくれたのかも――って。

「でもなんで裸なの!? ま、まさか僕と君って……」
「勘違いすんな、アホ」

 また深いため息。そして彼の顔がこっち向いた。

「なんもしてねぇよ。言ったろ、男のΩに興味はないって」
「あ……そ、そっか」

 なんだろうこの気持ち。ホッとしたような、悲しいような。いやなんで悲しいのさ。
 酔ってお持ち帰りされてセックスしちゃうより、よっぽど良かったでしょ。
 そもそもお互いにそういう感情なんてなかったんだから。

 自分の思考にツッコミを入れてる間に、凪由斗は眠りに落ちようとしてた。

「な、凪由斗?」
「……ん。なんだ、暁歩」
「!」

 微笑んだ!? 凪由斗が!?!?!?
 しかもすごく優しく、嬉しそうに。そして。

「……」

 そのまま腕がこっちに伸びてきて、抱きしめられる格好で眠ってしまったみたいだ。

「どうしよ」

 なんか吐き気も頭痛も一気に吹き飛んだ気がする。
 だってそんなことよりこの状況。

「顔、良すぎでしょ」

 すぅすぅと寝息を立てる男の隣。しかも‪α‬の寝顔を至近距離で眺めることになるなんて。

「っ……!」

 あ、あれ? なんかおかしい。
 身体が少し熱い、気がする。いや、我慢出来ない程じゃないけど。
 二日酔いって熱もでるのかな。あとすごく。

「いい匂い……?」

 甘いような。洗剤なのだろうか、なんのメーカー使ってるか後で教えてもらおう。
 凪由斗の部屋着、胸の辺りに顔を埋めているとすごく落ち着く。

「凪由斗」

 こんなん本人に知られたら怒られるかな。気持ち悪いって殴られるか罵詈雑言浴びせられるかも。
 でも止められない。
 昨日のお酒よりよっぽど

 こっそりと形のいい唇に人差し指で触れてみる。
 薄いように見えて、ふにっと柔らかくてあたたかくて。すごくドキドキした。

 ――あとちょっとだけ。あと、ほんのちょっと。

 なぞるように撫でる。 

 きっとキスもしなかったんだろな。だって凪由斗は、男のΩには興味ない。だから。

「ん……」
「!?」

 彼が小さく身動ぎする。
 その瞬間、ハッとなって慌ててベッドから飛び出した。

「なにしてんだ、僕」

 いやいやいやいやっ、なに変な感じになってんの。
 こんな性格最悪なヤツのことなんて。何も無いのがほんのちょっぴりだけ残念だった……なんて。

「~~~っ!」

 また二日酔いが悪化した気がする。



 ※※※


 香乃にしこたま怒られた。

「お母さんは貴方をそんな子に育てた覚えはありません!」

 うん、僕も君から産まれた覚えもないしね。

「でも暁歩ちゃん、急性アルコール中毒とかにならなくてよかったよ」

 奈々がのんびりと言う。

「それに香乃だってお持ち帰りされてたよね」
「えっ、なにそれ初耳なんだけど!?」

 香乃をお持ち帰りするなんて、どこの命知らず……じゃなくて不届き者なんだ。

「ちょっと、勘違いしないでよね! むしろアタシがお持ち帰りしたっていうか。酔ったエリカさんを送っていっただけだからね」
「へー?」
「な、なによ」

 ニコニコしてる奈々とは対照的に、顔を赤らめる香乃がなんかすごく可愛らしかった。

「そんなことより暁歩よ! 大丈夫だった? 変なことされなかった!?」
「変なことって……」

 むしろ僕がしちゃったんだけど。
 なんて言えるわけもなく。

「べ、別に何にも」
「あやしいなぁ? ちゃんと避妊したんでしょうね」
「避妊!?!?!?」
「当たり前でしょ。アタシら学生なんだから」
「それはそうだけど」

 なんかヤった前提で話されてる気がする。
 だからなおのこと気まずい。それに。

 ――凪由斗、好きな人いるっぽいし。

 タツヤさんが言ってた。好きな子に意地悪しちゃうヤツだって。
 確かに僕にこんな態度だもん、好きな人相手にはどんなツンデレかますかわかんないよな。
 
 どんな女の子だろう。
 華奢で小さくて可愛くて。大人しい清楚なタイプかな? 奈々みたいな……って、なに友達で想像してんだ。
 なんか自分で考えて、何故かすごく悲しくなった。

「僕とあいつはそんな感じじゃないよ」

 好きでもない人間を部屋に上げて介抱してくれる、意外に優しくて良い奴だってのが分かったけど。
 うん、あれならきっと大丈夫だ。

「そんなことより」
 
 僕は胸の奥の違和感を意識下に押しやりながら、カバンをあける。

「来週提出の課題、どう?」

 そう学生の本分。僕は保育士になるためにここにいるんだ。
 恋愛なんて――無縁の世界なんだから。

 


 

 
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