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出会いの場にいますが
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※※※
誰しも夢はみる。あ、夢っていうのは寝てる時にみるアレのこと。
そして今、僕は夢をみている。
『暁歩、ほら保育園行くよ』
夢の中で夢ってわかるのをなんて言うんだっけ。
差し出された手が母さんのそれで。
『うん』
握り返した手は、幼い頃の僕の小さな手。
つまり小さい時の夢だ、これは。
『――おはよう、暁歩ちゃん』
通ってた保育園の景色の中、たくさんの見覚えある人達。
意識だけが流れてく感覚に僕は委ねる事にした。
『おい』
突然、後ろから肩を掴まれる。振り返ると。
『お前、なんで俺に一番最初に挨拶しねーんだよ』
新聞紙で作った剣をもった男児が、やぶにらみでこっちを見ていた。
そういえばこんな子がいたな。いつも僕に絡んで来て、何かと怒ってくるんだ。
僕だって別にすごく大人しいタイプって訳でもないから、しょっちゅう喧嘩してたっけ。
『早くこっち来いよ』
それに僕は何か答える。何故か、僕自身の声は聞こえない。
夢あるあるなのかな。
『来いってば!』
腕を力まかせに引っ張ってくる。多分、痛いとかやめろとか言って抵抗したんだろう。
相手はもう抱きついてくる勢い。嫌とかじゃなくて、単純に乱暴にされるのに腹が立って意地になってしまう。
『暁歩は、なんで俺の言うこと聞いてくれねーんだよ!』
地団駄踏んで怒ってる。また僕がなんか言ったらしい。今度はボロボロ涙流して泣き出してしまった。
『暁歩ちゃんが――君泣かした!』
誰かが声を上げる。ざわめく周囲に困ったな、と呆然としてしまう。
『ダメなんだよー』
『謝りなよー』
『可哀想』
『ひどい』
周りの、僕が悪いと口々にいう言葉。
なんでだろう。僕はただ、乱暴しないで怒らないでって言っただけなのに。
あまりにも責められて、今度はこっちが泣きそうになってきた。
『暁歩ちゃん、――君。どうしたの?』
そこに割って入ってきてくれたのは、若い男の人。
『先生ぇ。暁歩ちゃんが……』
そうだ、先生。保育園の時にいた先生。
先生は僕と彼の目線にまでしゃがむと。
『どうしたの?』
と優しく訊ねた。
だから事情を話そうとすると。
『暁歩ちゃんがね!』
『――君を泣かしたの!』
『ほら。まだ泣いてる!』
『謝りなよ!』
とまた周りにやられた。今度こそ鼻の奥がツンとなって、涙があふれそうになる。
突然引っ張られて抱きつかれて、すごく嫌だったのに。なんで僕が怒られないといけないんだ。
理不尽だし、そんな理不尽なことにちゃんと立ち向かえない自分が一番もどかしいし嫌になる。
『暁歩ちゃん、――君』
先生の白くて柔らかい手が僕の頭をそっと撫でた。
『ゆっくりでいいから、二人の気持ち聞かせてくれないかな』
先生の瞳は光が入ると少しだけ緑色に見えたっけ。
『先生、あのね……』
僕たちはしゃくりあげながら、それぞれ自分の気持ちを先生にぶちまける。
その間もずっと男の子は僕に抱きついて離さなかったけど、でも不思議と嫌な感じはしなかった。
ただただ、聞いてくれる。大人が僕の話をゆっくりと急かすことなく聞いてくれたことがとても嬉しかった。
『二人ともちゃんと教えてくれて、ありがとう』
そう言ってまた頭をなでてくれる先生が、今覚えば僕の初恋だったのかもしれない。
……そして後に、彼がΩだったことを知る。
※※※
「一人、ちょっと遅れてくるみたいだ。ごめんね」
そう申し訳なさそうに言ったのは、合コン相手側の男性の一人。
メガネをかけていて、雰囲気はほんと真面目そうで穏やかそうな人だ。
みんなお互いにまだ顔を合わせたばかりだかけど、すでに和やかな空気が流れてるのにはホッとした。
男女比は三対三。遅刻してくるのは男一人みたい。
「ううん、気にしないで。ええっと、とりあえず先に自己紹介でもしよっか!」
「そうね。じゃ、あたしからいい?」
香乃の言葉に口を開いたのは一番端に座った女性で、そこから自己紹介タイムに入ることに。
まずこの人はエリカさん、僕らよりひとつ上。近くの女子大に通ってて、さっきのメガネの人とは友達みたい。
んで、メガネの人はタツヤさん。エリカさんよりさらにひとつ上の、つまり僕らよりふたつ年上の大学生。
こう見えてスポーツ好きらしくて、なんか聞けば聞くほど陽キャっぽい。
僕らも自己紹介をし終わった頃。
「あ、もう遅いよ!」
エリカさんの声で顔を向ける。すると、思いもかけない人が立っていた。
「!!!!」
「おぅ」
く、久遠 凪由斗ぉぉぉッ!?!?!?
「はい早く座って。そこの……」
「俺はここに座る、いいよな」
「え? あー。んじゃあ席替えしちゃうか。えっと、香乃ちゃんたちはいい?」
なんであの男がここにいるの!? っていうか、なに普通に隣に座ってるんだよ!!
「奇遇だな」
「は、ハジメマシテ」
逃げようにもガッツリ距離詰められてどうしようもない。助けを求めて香乃と奈々を見るも。
「香乃ちゃんってβなのね」
「エリカさんαなんですよね。なんかキラキラしてて、すぐ分かりました」
「ふふ、香乃ちゃんみたいな可愛い子にそう言ってもらえるなんて嬉しい。オシャレしたかいがあったわね」
「もうっ、エリカさんってば」
だ、ダメだ。一番頼りにしてた友達が全然頼りにならない。
じゃあ奈々は。
「奈々さんは保育士目指してるんですよね」
「あ、はい。子どもが好きで……」
「素敵だなぁ。ボクなんては実家に甥っ子と姪っ子がよく遊びにくるんですけど、それだけでもうクタクタになるくらいなんですよ」
「子どもの体力ってすごいですもんね」
「ほんとに。あ、この前なんて――」
うん、こっちもダメだ。なんか軽く目眩がしてきた。ってか二人ともフォローは!?!?
奈々なんて普通にタツヤって人といい感じになってるじゃん!
うぅ、逃げ場がない。
「おい朝ドラ」
「だから変なあだ名で呼ばないでってば」
僕には暁歩って名前があるんだぞ。
「じゃあまず、俺の名前は」
「は?」
「まさか忘れてないだろうな」
「当たり前でしょ。ボケ老人じゃないんだから」
いきなりなんなんだ。てかこの人、普通に遅刻して自己紹介してない。だけど。
「別に俺は良いだろ。人数合わせだ」
ヒェェ、こんな奴を人数合わせにするなんてだれが命知らずなことを。
するとこっちが言う前に察したのか。
「あの女がな。それに俺のことはみんな知ってる」
とエリカさんの方を見る。
……なるほど。α同士だとこういう事もアリなのか。
「なによ凪由斗。香乃ちゃんにちょっかいかけたら殺すわよ」
「チッ」
あの自己中オレ様男にこんな口叩けるなんて、さすがα。大学ではこんな奴に、男女ともたくさんの人が羨望の目を向けてるんだもん。
「はは、相変わらずだね。二人とも」
そこにタツヤさんが加わる。
「この子が凪由斗が言ってた子だね。暁歩ちゃん、だっけ。ほんと、こいつ面倒臭いでしょ」
「え?」
「ボクとエリカはこいつとは幼なじみでね」
え、なんか意外。
「こいつ、好きな子にはとくに意地悪するガキっぽいところあるから」
「おいやめろ」
うん、確かに。そんな感じするもんな。
すごく嫌な顔でタツヤさんを横目で睨む凪由斗を見て納得する。
「小学一年の時に引っ越してきたけど、隣の席の女の子怒鳴りつけて転校早々泣かせたりしてね」
「覚えてねぇよ。ンなこと」
「クラスのカースト上位の女の子に告白されて、手酷くフッて言って泣かせたり」
「知らん、覚えてない」
「中一の頃はこいつと付き合ってるってウワサになってた子と、その取り巻きを一喝して泣かせたり」
「いい加減にしろよ」
「極めつけは――ってここまでにしとこう。つまり、こいつはとてつもないツンデレだから覚悟しときなよ」
ツンデレ? んー、というか単純に性格の悪いオレ様男なのでは。
「へー、凪由斗って好きな人いるんだ」
「えっ!?」
僕が何気なく発した言葉に、タツヤさんはすごく驚いた顔をした。
でもこの際だ。ちゃんと思ったこと言ってやろうと凪由斗の目を見る。
「僕も忠告しとくけど。その偏見まみれでオレ様気質なんとかした方がいいと思う」
「……」
「恋に性別もバースも関係ないんだから」
「……お前な」
「え?」
なんか変なこと言ったかな、僕。
タツヤさんの方を見ても。
「あー」
なんて微妙な顔。すごく変な空気になったけどすぐに。
「そ、そういえば。暁歩ちゃんお酒は強い方?」
「僕は……」
あんまり強くない。それどころかほとんど飲んだことない、なんて言ったら合コンではノリが悪いとか思われたりするんだろうか。
でも。
「どうせ飲めないくせに」
凪由斗のその一言で、またムカッときた。
「はぁぁぁっ!? 飲めるし! 凪由斗こそ、そんなこと言って大して飲めないんだろ!!」
そう言って目の前のビールジョッキに手をかける。
「おい、待て」
「こんなものっ、一気だ!!!!」
ぐいぃっと勢いよくあおる。
「っ、う」
に……苦い。ビールなんてほとんど美味しいと思ったことなかった。そういえば今も確か甘そうな中ハイ頼んだはずなんだけど。
でも口つけちゃったから仕方ない。
「んぐっ……ぅ、ん゙っ、んん」
もうヤケだ。
喉を鳴らして流し込んでいく。ものの数秒 (多分)でジョッキの中を空にして、ダンッとテーブルに叩きつける。
「っ、どーだ!」
「ちょっと、なにやってんのよ。暁歩ったら」
香乃が心配そうに背中をさすってくれるけど、思ったより大丈夫そう。
「僕、もしや結構飲めるかも?」
「いやいや、顔赤いから! 酔ってるから!」
うーん。確かに少しフワフワしてるけど吐きそうとか頭痛いとかないし、むしろなんか楽しい気分になってきたぞ。
「だいじょーぶだいじょーぶ。あ、これ僕のー、飲んじゃおっとぉ」
隣にあったグラスの中ハイにも手を伸ばす。
そして。
「いただきまーす」
とこれも一気飲みした。
甘くてさっきのビールよりずっと飲みやすい、ジュースみたいだ。
「なんら、すっごく美味しいじゃん」
また目の前がぽやぽやしてきたけど。でもやっぱり気持ちよくていい感じ。
なんだかお酒って楽しい、かも。
「おっ、いい飲みっぷりね。よし、これもいってみよ!」
エリカさんがニコニコしながら僕の肩に腕を回した。
「ほぇ? これってぇ」
「甘くて美味しいわよ~? ほら飲んでごらん」
「甘いんれすかぁ。じゃ、のみまぁす!」
たしかにピンクで可愛い色してる。これならゴクゴクいけちゃうかも。
彼女と僕の目の前。透明感のあるピンク色のグラスを手にした。
ひんやりと結露したそれが僕の手を濡らす。
……うん、飲める。飲めそう。つーか、飲む。
「ちょっ!?」
飲んだ瞬間。鼻に抜ける甘い味と香りと、あとは反対に苦味を伴うアルコール臭。
なんか香乃と奈々の声が聞こえた気がしたけど、それどころじゃない。
フルーティーで甘くて甘くて、あと、ええっと、うーん。うん、甘い!
「えへへ、飲んじゃったぁ」
「暁歩ったら。こんなに飲んだことないでしょ」
「んぇ? おいしーよ? 香乃も奈々も、飲も」
「ダメだこりゃ」
んー。なにがダメがわかんない。だって、こんなにフワフワ楽しいのに。
エリカさんだってめっちゃ笑ってる。今度は自分も飲んで、僕の分も注文してくれてるみたい。
「ほらぁ、凪由斗。僕、飲めるでしょぉ?」
「……」
「こわい顔してぇ。顔だけはいいんだからぁ、ね? 笑ってよぉ」
仏頂面で僕の隣にいる彼に話しかける。でも、ちょっとバランス崩してフラついてしまった。
「おっとぉ……」
「もうやめとけ」
肩を掴んで支えられる。
「飲みすぎだ、バカ」
「バカとはなんらっ、バカとはー!」
「お、おい!!」
ムッとして胸ぐらを掴む。僕だってやる時はやるんだぞ。なにをやるのか知らないけど。
「だいたいっ、君はっ、もったいなさすぎる!」
「あ?」
「こんなにカッコよくて。イケメンで、あとカッコよく……あれ? とにかく! なのに性格最悪だもん!!」
そう。初対面であんなことを言うくらいに性格悪いんだ。でも。
「なーんか嫌いになりきれないんだよなぁ」
やっぱりαだから? 僕がΩだから?
あ、そういえば。
「いい匂いする……気がする」
「っ、やめろバカ!」
「あーもう。バカバカ言うな。僕は暁歩って名前だぞ!」
「支離滅裂になってきてんぞ、お前」
「だーかーらー」
お前じゃないってば。
せっかく名前教えたんだから。
「ちゃんと呼べよぉ……凪由斗」
あ、あれれ? なんか頭がフワフワ通り越してフラフラ、グルグルしてきたぞ?
なんかええっと、目が回るような。それでいて眠たい。眠たくて、目がとじちゃ……閉じ……うぅ……。
「だ、大丈夫!?」
「おい水!」
「暁歩!?」
「あははっ、もっと酒持ってこーい!!!!」
「エリカさん!?」
なんだかいっぱいの声がする。
慌てた声、楽しそうな声、あと…………。
『――暁歩』
低くて優しい声が耳元で聞こえた瞬間、僕の意識は限界を迎えた。
誰しも夢はみる。あ、夢っていうのは寝てる時にみるアレのこと。
そして今、僕は夢をみている。
『暁歩、ほら保育園行くよ』
夢の中で夢ってわかるのをなんて言うんだっけ。
差し出された手が母さんのそれで。
『うん』
握り返した手は、幼い頃の僕の小さな手。
つまり小さい時の夢だ、これは。
『――おはよう、暁歩ちゃん』
通ってた保育園の景色の中、たくさんの見覚えある人達。
意識だけが流れてく感覚に僕は委ねる事にした。
『おい』
突然、後ろから肩を掴まれる。振り返ると。
『お前、なんで俺に一番最初に挨拶しねーんだよ』
新聞紙で作った剣をもった男児が、やぶにらみでこっちを見ていた。
そういえばこんな子がいたな。いつも僕に絡んで来て、何かと怒ってくるんだ。
僕だって別にすごく大人しいタイプって訳でもないから、しょっちゅう喧嘩してたっけ。
『早くこっち来いよ』
それに僕は何か答える。何故か、僕自身の声は聞こえない。
夢あるあるなのかな。
『来いってば!』
腕を力まかせに引っ張ってくる。多分、痛いとかやめろとか言って抵抗したんだろう。
相手はもう抱きついてくる勢い。嫌とかじゃなくて、単純に乱暴にされるのに腹が立って意地になってしまう。
『暁歩は、なんで俺の言うこと聞いてくれねーんだよ!』
地団駄踏んで怒ってる。また僕がなんか言ったらしい。今度はボロボロ涙流して泣き出してしまった。
『暁歩ちゃんが――君泣かした!』
誰かが声を上げる。ざわめく周囲に困ったな、と呆然としてしまう。
『ダメなんだよー』
『謝りなよー』
『可哀想』
『ひどい』
周りの、僕が悪いと口々にいう言葉。
なんでだろう。僕はただ、乱暴しないで怒らないでって言っただけなのに。
あまりにも責められて、今度はこっちが泣きそうになってきた。
『暁歩ちゃん、――君。どうしたの?』
そこに割って入ってきてくれたのは、若い男の人。
『先生ぇ。暁歩ちゃんが……』
そうだ、先生。保育園の時にいた先生。
先生は僕と彼の目線にまでしゃがむと。
『どうしたの?』
と優しく訊ねた。
だから事情を話そうとすると。
『暁歩ちゃんがね!』
『――君を泣かしたの!』
『ほら。まだ泣いてる!』
『謝りなよ!』
とまた周りにやられた。今度こそ鼻の奥がツンとなって、涙があふれそうになる。
突然引っ張られて抱きつかれて、すごく嫌だったのに。なんで僕が怒られないといけないんだ。
理不尽だし、そんな理不尽なことにちゃんと立ち向かえない自分が一番もどかしいし嫌になる。
『暁歩ちゃん、――君』
先生の白くて柔らかい手が僕の頭をそっと撫でた。
『ゆっくりでいいから、二人の気持ち聞かせてくれないかな』
先生の瞳は光が入ると少しだけ緑色に見えたっけ。
『先生、あのね……』
僕たちはしゃくりあげながら、それぞれ自分の気持ちを先生にぶちまける。
その間もずっと男の子は僕に抱きついて離さなかったけど、でも不思議と嫌な感じはしなかった。
ただただ、聞いてくれる。大人が僕の話をゆっくりと急かすことなく聞いてくれたことがとても嬉しかった。
『二人ともちゃんと教えてくれて、ありがとう』
そう言ってまた頭をなでてくれる先生が、今覚えば僕の初恋だったのかもしれない。
……そして後に、彼がΩだったことを知る。
※※※
「一人、ちょっと遅れてくるみたいだ。ごめんね」
そう申し訳なさそうに言ったのは、合コン相手側の男性の一人。
メガネをかけていて、雰囲気はほんと真面目そうで穏やかそうな人だ。
みんなお互いにまだ顔を合わせたばかりだかけど、すでに和やかな空気が流れてるのにはホッとした。
男女比は三対三。遅刻してくるのは男一人みたい。
「ううん、気にしないで。ええっと、とりあえず先に自己紹介でもしよっか!」
「そうね。じゃ、あたしからいい?」
香乃の言葉に口を開いたのは一番端に座った女性で、そこから自己紹介タイムに入ることに。
まずこの人はエリカさん、僕らよりひとつ上。近くの女子大に通ってて、さっきのメガネの人とは友達みたい。
んで、メガネの人はタツヤさん。エリカさんよりさらにひとつ上の、つまり僕らよりふたつ年上の大学生。
こう見えてスポーツ好きらしくて、なんか聞けば聞くほど陽キャっぽい。
僕らも自己紹介をし終わった頃。
「あ、もう遅いよ!」
エリカさんの声で顔を向ける。すると、思いもかけない人が立っていた。
「!!!!」
「おぅ」
く、久遠 凪由斗ぉぉぉッ!?!?!?
「はい早く座って。そこの……」
「俺はここに座る、いいよな」
「え? あー。んじゃあ席替えしちゃうか。えっと、香乃ちゃんたちはいい?」
なんであの男がここにいるの!? っていうか、なに普通に隣に座ってるんだよ!!
「奇遇だな」
「は、ハジメマシテ」
逃げようにもガッツリ距離詰められてどうしようもない。助けを求めて香乃と奈々を見るも。
「香乃ちゃんってβなのね」
「エリカさんαなんですよね。なんかキラキラしてて、すぐ分かりました」
「ふふ、香乃ちゃんみたいな可愛い子にそう言ってもらえるなんて嬉しい。オシャレしたかいがあったわね」
「もうっ、エリカさんってば」
だ、ダメだ。一番頼りにしてた友達が全然頼りにならない。
じゃあ奈々は。
「奈々さんは保育士目指してるんですよね」
「あ、はい。子どもが好きで……」
「素敵だなぁ。ボクなんては実家に甥っ子と姪っ子がよく遊びにくるんですけど、それだけでもうクタクタになるくらいなんですよ」
「子どもの体力ってすごいですもんね」
「ほんとに。あ、この前なんて――」
うん、こっちもダメだ。なんか軽く目眩がしてきた。ってか二人ともフォローは!?!?
奈々なんて普通にタツヤって人といい感じになってるじゃん!
うぅ、逃げ場がない。
「おい朝ドラ」
「だから変なあだ名で呼ばないでってば」
僕には暁歩って名前があるんだぞ。
「じゃあまず、俺の名前は」
「は?」
「まさか忘れてないだろうな」
「当たり前でしょ。ボケ老人じゃないんだから」
いきなりなんなんだ。てかこの人、普通に遅刻して自己紹介してない。だけど。
「別に俺は良いだろ。人数合わせだ」
ヒェェ、こんな奴を人数合わせにするなんてだれが命知らずなことを。
するとこっちが言う前に察したのか。
「あの女がな。それに俺のことはみんな知ってる」
とエリカさんの方を見る。
……なるほど。α同士だとこういう事もアリなのか。
「なによ凪由斗。香乃ちゃんにちょっかいかけたら殺すわよ」
「チッ」
あの自己中オレ様男にこんな口叩けるなんて、さすがα。大学ではこんな奴に、男女ともたくさんの人が羨望の目を向けてるんだもん。
「はは、相変わらずだね。二人とも」
そこにタツヤさんが加わる。
「この子が凪由斗が言ってた子だね。暁歩ちゃん、だっけ。ほんと、こいつ面倒臭いでしょ」
「え?」
「ボクとエリカはこいつとは幼なじみでね」
え、なんか意外。
「こいつ、好きな子にはとくに意地悪するガキっぽいところあるから」
「おいやめろ」
うん、確かに。そんな感じするもんな。
すごく嫌な顔でタツヤさんを横目で睨む凪由斗を見て納得する。
「小学一年の時に引っ越してきたけど、隣の席の女の子怒鳴りつけて転校早々泣かせたりしてね」
「覚えてねぇよ。ンなこと」
「クラスのカースト上位の女の子に告白されて、手酷くフッて言って泣かせたり」
「知らん、覚えてない」
「中一の頃はこいつと付き合ってるってウワサになってた子と、その取り巻きを一喝して泣かせたり」
「いい加減にしろよ」
「極めつけは――ってここまでにしとこう。つまり、こいつはとてつもないツンデレだから覚悟しときなよ」
ツンデレ? んー、というか単純に性格の悪いオレ様男なのでは。
「へー、凪由斗って好きな人いるんだ」
「えっ!?」
僕が何気なく発した言葉に、タツヤさんはすごく驚いた顔をした。
でもこの際だ。ちゃんと思ったこと言ってやろうと凪由斗の目を見る。
「僕も忠告しとくけど。その偏見まみれでオレ様気質なんとかした方がいいと思う」
「……」
「恋に性別もバースも関係ないんだから」
「……お前な」
「え?」
なんか変なこと言ったかな、僕。
タツヤさんの方を見ても。
「あー」
なんて微妙な顔。すごく変な空気になったけどすぐに。
「そ、そういえば。暁歩ちゃんお酒は強い方?」
「僕は……」
あんまり強くない。それどころかほとんど飲んだことない、なんて言ったら合コンではノリが悪いとか思われたりするんだろうか。
でも。
「どうせ飲めないくせに」
凪由斗のその一言で、またムカッときた。
「はぁぁぁっ!? 飲めるし! 凪由斗こそ、そんなこと言って大して飲めないんだろ!!」
そう言って目の前のビールジョッキに手をかける。
「おい、待て」
「こんなものっ、一気だ!!!!」
ぐいぃっと勢いよくあおる。
「っ、う」
に……苦い。ビールなんてほとんど美味しいと思ったことなかった。そういえば今も確か甘そうな中ハイ頼んだはずなんだけど。
でも口つけちゃったから仕方ない。
「んぐっ……ぅ、ん゙っ、んん」
もうヤケだ。
喉を鳴らして流し込んでいく。ものの数秒 (多分)でジョッキの中を空にして、ダンッとテーブルに叩きつける。
「っ、どーだ!」
「ちょっと、なにやってんのよ。暁歩ったら」
香乃が心配そうに背中をさすってくれるけど、思ったより大丈夫そう。
「僕、もしや結構飲めるかも?」
「いやいや、顔赤いから! 酔ってるから!」
うーん。確かに少しフワフワしてるけど吐きそうとか頭痛いとかないし、むしろなんか楽しい気分になってきたぞ。
「だいじょーぶだいじょーぶ。あ、これ僕のー、飲んじゃおっとぉ」
隣にあったグラスの中ハイにも手を伸ばす。
そして。
「いただきまーす」
とこれも一気飲みした。
甘くてさっきのビールよりずっと飲みやすい、ジュースみたいだ。
「なんら、すっごく美味しいじゃん」
また目の前がぽやぽやしてきたけど。でもやっぱり気持ちよくていい感じ。
なんだかお酒って楽しい、かも。
「おっ、いい飲みっぷりね。よし、これもいってみよ!」
エリカさんがニコニコしながら僕の肩に腕を回した。
「ほぇ? これってぇ」
「甘くて美味しいわよ~? ほら飲んでごらん」
「甘いんれすかぁ。じゃ、のみまぁす!」
たしかにピンクで可愛い色してる。これならゴクゴクいけちゃうかも。
彼女と僕の目の前。透明感のあるピンク色のグラスを手にした。
ひんやりと結露したそれが僕の手を濡らす。
……うん、飲める。飲めそう。つーか、飲む。
「ちょっ!?」
飲んだ瞬間。鼻に抜ける甘い味と香りと、あとは反対に苦味を伴うアルコール臭。
なんか香乃と奈々の声が聞こえた気がしたけど、それどころじゃない。
フルーティーで甘くて甘くて、あと、ええっと、うーん。うん、甘い!
「えへへ、飲んじゃったぁ」
「暁歩ったら。こんなに飲んだことないでしょ」
「んぇ? おいしーよ? 香乃も奈々も、飲も」
「ダメだこりゃ」
んー。なにがダメがわかんない。だって、こんなにフワフワ楽しいのに。
エリカさんだってめっちゃ笑ってる。今度は自分も飲んで、僕の分も注文してくれてるみたい。
「ほらぁ、凪由斗。僕、飲めるでしょぉ?」
「……」
「こわい顔してぇ。顔だけはいいんだからぁ、ね? 笑ってよぉ」
仏頂面で僕の隣にいる彼に話しかける。でも、ちょっとバランス崩してフラついてしまった。
「おっとぉ……」
「もうやめとけ」
肩を掴んで支えられる。
「飲みすぎだ、バカ」
「バカとはなんらっ、バカとはー!」
「お、おい!!」
ムッとして胸ぐらを掴む。僕だってやる時はやるんだぞ。なにをやるのか知らないけど。
「だいたいっ、君はっ、もったいなさすぎる!」
「あ?」
「こんなにカッコよくて。イケメンで、あとカッコよく……あれ? とにかく! なのに性格最悪だもん!!」
そう。初対面であんなことを言うくらいに性格悪いんだ。でも。
「なーんか嫌いになりきれないんだよなぁ」
やっぱりαだから? 僕がΩだから?
あ、そういえば。
「いい匂いする……気がする」
「っ、やめろバカ!」
「あーもう。バカバカ言うな。僕は暁歩って名前だぞ!」
「支離滅裂になってきてんぞ、お前」
「だーかーらー」
お前じゃないってば。
せっかく名前教えたんだから。
「ちゃんと呼べよぉ……凪由斗」
あ、あれれ? なんか頭がフワフワ通り越してフラフラ、グルグルしてきたぞ?
なんかええっと、目が回るような。それでいて眠たい。眠たくて、目がとじちゃ……閉じ……うぅ……。
「だ、大丈夫!?」
「おい水!」
「暁歩!?」
「あははっ、もっと酒持ってこーい!!!!」
「エリカさん!?」
なんだかいっぱいの声がする。
慌てた声、楽しそうな声、あと…………。
『――暁歩』
低くて優しい声が耳元で聞こえた瞬間、僕の意識は限界を迎えた。
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学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
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