アルファが僕を選ばない10の理由

田中 乃那加

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そういうのいいから

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『一ノ瀬君のことが好きです!』
『あ、無理』

 ものの数秒での玉砕。当たって砕けろという言葉があるがそこまで即答されるとは思っていなかっただろう。

 ポカンとした顔からみるみるうちに歪んだのは悲しみより先に怒りのそれで興味深い。

『なんで……』
『アンタが俺の好きな人じゃないから』
『!』

 ――ああもう。

 またしても修羅場中の修羅場に居合わせた不幸な伊織は頭を抱えた。
 なんでこうもタイミングが悪いのだろう。

 たまたま忘れ物を教室に取りに来て、入れずに立ち往生しているなんて。

 ――ていうか教室でしないでよ……。

 もっと人気の無いところならあっただろうと恨めしくなる。
 とはいえこのまま立ち去るのも負けた気がする。

 ――いやいや負けたってなんなんだ。

 自分で自分にツッコミ入れるくらいには余裕はあった。

『そっか』

 女子生徒の涙に濡れた声がなぜか切ない。

『恭弥くんってカノジョいたんだね』
『いないけど?』
『え? じゃあ……』
『絶対におとしたいやつだから無理』

 ――あ。

 今更ながら彼の言葉を脳内で拾い集めてみる。
 
【アンタは好きな人じゃない、絶対におとしたいやつがいる】
 
 ――稀美さんって相当愛されてるなぁ。

 あの可憐な美少女を思い出す。
 たしかに誰もが恋焦がれだろう容姿だけじゃなく明るくて優しい、性格だって百点満点な娘だ。
 好きにならないはずはないだろう。

 そこまで考えた瞬間。

「……っ」

 胸がまたチクリと痛んで思わず胸を押さえた。
 
 ――そうだよね。

 どちらかと言えば嫌われている、牽制されているのに何故か傷ついてしまっている自分に腹が立つ。
 そして勘違いを手痛く指摘されたような羞恥心。

 気を抜けばドア越しに告白玉砕した女子生徒のように泣きそうになるのを必死でこらえて、小さく息を吐いた時だった。

「キャッ!」
「わっ、す、すいません!!」

 飛び出してきた女子に軽くぶつかりよろけた。
 彼女の方はそのまま振り返ることなく走り去っていく。

 ――あ、泣いてる。

 目元のほくろが印象的な可愛い子だった。
 鼻の頭を赤くした泣き顔もきっと自分よりずっと素敵だとまた胸が苦しくなる。

「伊織」
「ご、ごめん。盗み聞きするつもりじゃ……」

 こちらを見つめている彼の視線から逃げたくて仕方ない。
 用事なんて放り出してさっさとこの場を離れてしまえばよかったのだ。妙な好奇心で覗き見るなんて軽蔑されても文句は言えまい。

 恥ずかしくて辛くて。でもうつむいて恭弥に謝ることしか出来なかった。

「伊織」

 もう一度呼ばれてゆっくり顔をあげる。

「さっきの聞いてたのか」
「……う、ん」

 せめて嘘はつかず正直になろうとうなずいた。

「そうか、じゃあよかった」
「え?」

 一瞬だけ首をかしげそうになったが、すぐさま。

 ――牽制の必要がなくなったからか。

 と納得。
 かろうじて笑顔をつくって彼を見上げた。

「言いふらしたりしないから。それに恭弥くんが真剣なのを、僕はちゃんとわかってるからね」
「伊織……」

 真剣に恋をしているから嫉妬もするし牽制もする。
 それに最近は女遊びもやめたらしい。こうやって告白も次々と断っているのも噂で聞いていたから。

 貞操観念の欠片もなかったクズ男が更生した、なんて面白半分の話も出回るほどに。

 それ自体、とても喜ばしいことなはずなのに心が妙に重苦しい。

「僕はわかってる、わかってるから」

 ――でも君は僕の気持ちは分からない。

 彼を好きなんかじゃない。たしかに好きな顔だって思っていたけれど、だからってまるで失恋したみたいな気分になるなんておかしすぎる。

 なんてグルグル考えていた伊織は彼に手を引かれ、後ろのドアが閉められる音で初めて現実に立ち戻った。

「じゃあ俺とのこと考えてくれるか?」
「恭弥くんとの、こと……」

 改めて友達として仲良くしてくれと言うことだろうか。

 ――それなら。

 当然拒む理由はない。どうせ脈ナシならせめて友情を築いていきたかった彼は笑顔を向けた。

「もちろんだよ」
「!」
 
 なぜか恭弥の方はひどく驚いたような表情のあと。

「……嬉しい」

 と抱きすくめてきたのだ。

「えっ!?」

 ――なななっ、なに? スキンシップ!?

 陽キャのスキンシップはこれまた過剰なもんだと思いつつも、それならとこちらもおずおずと彼の腰に手を回した。

 ――あ、いい匂い。

 鼻先をくすぐるのは洗剤だか柔軟剤だか。いやそれとも違うのかもしれない。
 妙に胸の奥をくすぐられるような、頭の芯が痺れるような香りに伊織は目をつぶってしまう。

「……」

 恭弥の方は何を考えているのだろうか。スン、と鼻を鳴らす音が静かな教室に響いた気がして伊織は恥ずかしくなる。

「あ、汗臭い、かも」
「いいや」
 
 キッパリと返された。

「すげぇいい匂いする」

 低く掠れた声に心臓が跳ね上がりかけるが。

 ――恭弥くんと身長差あってよかった。

 同じ身長ならこんな甘い声が耳元で、なんて発狂してしまいかねない。

 そんなことを考えながらの妙な抱擁が三分ほどを超えた頃。

『……でさァ……』
『え? マジで!? うわぁ……』
『そうそう。あ、教室寄っていい?』

 なんて声が廊下から聞こえてきたことで伊織は慌てて彼から飛び退く。

「ご、ごめんっ、じゃ、じゃあ!」

 慌てて駆け出した。
 振り返る事なんて出来ず、ただひたすらその場をあとにすることしか考えられなかった。

 ――友達、友達、友達、だから。

 そう心の中で唱えながらも痛んでいた胸が少し軽くなった気がして。

 しまいには息が切れてその場にへたり込むまで走ったのであった。

 
 

 
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