5 / 17
交渉材料を持たぬ交渉
「毎回言ってるけどさ。ここは飯屋じゃないの」
そんな小言をいいながらも狭いカウンターには湯気の立った皿が二つずつ置かれた。
「おおっ、美味そう!」
「だから美味いんだってば。これも毎回言ってるけどさ」
盛り付けられた肉料理に目をキラキラさせているルークスに、アンナはまた少し目元をなごませながらこたえる。
やはり向ける眼差しは恋をする乙女のそれである、とメルトは思う。
――他人の恋愛事情なんてクソどうでもいいが。
それにしても彼は、鈍感なのかワザとなのか。あまりにもこの空気をスルーしすぎている。
さっきも。
『ん? そのエプロン珍しいな』
料理を運んできた彼女が格好 (少しフリルのついたピンク色のエプロン)に気づいたかと思いきや。
『アンナもそんなの着るんだな!』
とほとんどディスりに近いことを平気で口走ったのだ。
『あ、でも可愛いぞ』
とフォローした瞬間には。
『なんだかお母さんのお手伝いしてる五歳児って感じでさ』
と続けた後の気まずい空気といったら。本気でぶん殴ろうかと思った。
この青年、あまりにも女性の扱いが悪すぎる。
見た限りだと悪気はないらしい。むしろ妹的な好意は持っているようだが、それまでのこと。
――コイツ本当に男かよ。
女たらしで送ってきた人生としては、つくづくこういう無骨で無粋な者の事が理解できない。
女にモテたい抱きたいというのが男であり、そのために甘い言葉も雰囲気も作るのが本能であると信じて疑わなかったのだ。
とはいえ冒険者というのはこういうモノなのかもしれない。
無粋で粗野、魔獣狩りのためなら泥まみれになってもかまわない。そんなイメージ。
「あはは、本当に美味いや。ほら、メルトも食ってみろよ。アンナは裁縫もだけど料理も上手いんだぜ」
「ああ」
メルトは天真爛漫な笑顔にうながされるようにして、料理を口に運ぶ。
「う、美味い……!」
確かにそこらの料理屋に引けを取らないレベルだ。
空腹もあいまって、そこから二人は黙々と食べ始めた。
――なんか懐かしい味というか。
ふとそんなことが頭をよぎる。
おふくろの味、というわけでもない。なんせ彼の生まれ育った家はそんな庶民ではないのだから。
メルト・セルウスは貴族であるセルウス家の三男として産まれた。
幼い頃より何不自由なく育てられた彼だが、とある理由により屋敷を出てスラム街に入り浸るようになる。
いつしかそこで奴隷商人の手伝い、というか使い走りをするようになり。ついにはその才覚を買われ、自ら雇われ商人となって早数年。
「アンナ。君には料理人としての才能まであるんだな」
素直にそう褒めれば。
「おだてても何も出ないよ」
と彼女はぶっきらぼうに、しかしわずかな笑みを浮かべて言った。
「それにしてもここはなんの店なんだ?」
腹が満たされた頃、ふと店内をみわたして問う。
料理屋にしては雑多すぎる。なんせよく分からない書物や金属類に埋もれるようなカウンターがひとつ、なんて。よくよく目をこらせば、なにやら薬品や杖のようなものまである。
「――いわゆる修理屋だよ、ここは」
そう答えたのはしゃがれ声。
入口を振り返ると。
「おう、エル婆さん」
「また来たのかい、クソガキ」
ずいぶんな挨拶を交わしながら店に入ってきたのは小さな老女だった。
白髪に鋭い眼光で、ちらりとメルトのほうを見て。
「ここは飯屋じゃあないよ、ルークス」
アンナと同じことを言う。
「飯屋でもやればいいじゃねえか、こんなに美味いんだから」
悪びれない言葉にふふんと鼻を鳴らし、肩をすくめた。
「そりゃあね、だれの孫だと思ってるんだい」
この老女、いやエルはアンナの祖母らしい。
店内に並ぶ商品をいくつか手に取り、カウンターに置いた。
「アンナ。これとこれ、アトリエに置いておいておくれ。後で少し加工するからね」
「……ん」
それらは一見すれば単なる好物や金属の塊である。
「婆さんはな、ここいらではなかなか腕の立つ職人なんだぜ」
ルークスがなぜか得意げに言った。
「やめとくれ。褒めたって小遣いはやらないよ」
褒められると憎まれ口を叩くわりに、目元をゆるませるのは孫娘と同じらしい。
「ったく素直じゃねぇなあ」
なんて苦笑いしながら、また料理を口に運ぶ。
「ここは修理屋さ。武器や装備品、魔力を持つ物も含めて扱うのさ。もちろんジャンク品の買取もするがね」
エルは再びメルトの顔を覗き込む。
「おやおや。誰かと思えばメルト・セルウスじゃあないか」
「っ、なんでオレの名前を!?」
弾かれるように椅子から立ち上がる。
「あの酔狂かつ放蕩貴族のグリス卿の醜聞なんて、すでに街中を駆け巡っているだろうよ」
「う、嘘だろ……」
もう外すらマトモに歩けない。頭を抱えたくなった。
「それにしてもあんたも災難だったねえ。あんな輩に目をつけられちまって」
同情的な言葉とは裏腹に、皮肉げに彼女は笑う。
「女を売り買いする奴隷商人が今度は自分が商品になるだなんてね」
「ぐ……」
なにも言い返せない。
「コイツが奴隷商人? どういう事だよ」
横からルークスが割って入るがシカトを決め込んだ。
そして彼女は言葉を続ける。
「しかしあんたもまあ、まだ悪運は残ってるようだ。こんなお人好しに拾われるなんざ」
お人好し、確かにそうなのだろう。街で大暴れしていた魔獣から助けるのみならず、自ら名も名乗らない女装したワケあり男をわざわざここまで連れて歩くのだから。
「でもね。この男を騙したりしようと思わないことだよ。あんたみたいな若造でも知っているだろう? 商人同士ってのは案外と裏でのネットワークが強い」
「……」
剣呑な視線を向けられメルトは舌打ちをした。
――このババア。
見くびられては困る。産まれが貴族であろうが、それなりにスラム街でもまれてきたのだ。
甘ちゃんだと言われぬよう、非道なこともしてきた。敵も多いだろう。
「勘違いしてもらっちゃ困る、オレには別にやましいことはない。それに売りつけられた恩を返す義理もないもんでね」
「ふん、良い根性してるねえ」
二人は互いに睨みあった。
向こうはこちらのことを知っている。いつでも情報を売り渡すことも出来ると脅すつもりなのだろうか。
しかし交渉材料を持たぬ方は不利でしかない。
メルトは奥歯をギリ、と噛み締めた。
「そんな怯えた野良猫みたいな顔するんじゃあないよ」
「……」
「安心しな、若者イジメは趣味じゃあないのさ」
彼女はヒラヒラと手を振って。
「でもタダというわけにはいかないね」
「金ならないぞ」
「ふん、ガキにせびるほど落ちぶれちゃあいないよ」
にやりと口の端をつりあげた老女の言葉を、メルトは唇を噛みながら待つ。
やはりこの世は食うか食われるかだ。ここを乗り越えれば、国でも出てまた一から始めればいい。
家柄も金も、それどころか築き上げてきたモノもすべて失うだろうがもう今更なのだ。
貴族家の子息という地位から逃げてきた自分が必死で生きてきた街。今度はそれらを捨てて、生き抜かねばならない。
心が折れてしまいそうだ。
――クソッタレめ。
しかしこう見えてこの青年、案外とたくましくふてぶてしいのである。
「わかった。条件言えよ」
わざと音を立てて椅子に座り好戦的に睨めつけた。
そんな小言をいいながらも狭いカウンターには湯気の立った皿が二つずつ置かれた。
「おおっ、美味そう!」
「だから美味いんだってば。これも毎回言ってるけどさ」
盛り付けられた肉料理に目をキラキラさせているルークスに、アンナはまた少し目元をなごませながらこたえる。
やはり向ける眼差しは恋をする乙女のそれである、とメルトは思う。
――他人の恋愛事情なんてクソどうでもいいが。
それにしても彼は、鈍感なのかワザとなのか。あまりにもこの空気をスルーしすぎている。
さっきも。
『ん? そのエプロン珍しいな』
料理を運んできた彼女が格好 (少しフリルのついたピンク色のエプロン)に気づいたかと思いきや。
『アンナもそんなの着るんだな!』
とほとんどディスりに近いことを平気で口走ったのだ。
『あ、でも可愛いぞ』
とフォローした瞬間には。
『なんだかお母さんのお手伝いしてる五歳児って感じでさ』
と続けた後の気まずい空気といったら。本気でぶん殴ろうかと思った。
この青年、あまりにも女性の扱いが悪すぎる。
見た限りだと悪気はないらしい。むしろ妹的な好意は持っているようだが、それまでのこと。
――コイツ本当に男かよ。
女たらしで送ってきた人生としては、つくづくこういう無骨で無粋な者の事が理解できない。
女にモテたい抱きたいというのが男であり、そのために甘い言葉も雰囲気も作るのが本能であると信じて疑わなかったのだ。
とはいえ冒険者というのはこういうモノなのかもしれない。
無粋で粗野、魔獣狩りのためなら泥まみれになってもかまわない。そんなイメージ。
「あはは、本当に美味いや。ほら、メルトも食ってみろよ。アンナは裁縫もだけど料理も上手いんだぜ」
「ああ」
メルトは天真爛漫な笑顔にうながされるようにして、料理を口に運ぶ。
「う、美味い……!」
確かにそこらの料理屋に引けを取らないレベルだ。
空腹もあいまって、そこから二人は黙々と食べ始めた。
――なんか懐かしい味というか。
ふとそんなことが頭をよぎる。
おふくろの味、というわけでもない。なんせ彼の生まれ育った家はそんな庶民ではないのだから。
メルト・セルウスは貴族であるセルウス家の三男として産まれた。
幼い頃より何不自由なく育てられた彼だが、とある理由により屋敷を出てスラム街に入り浸るようになる。
いつしかそこで奴隷商人の手伝い、というか使い走りをするようになり。ついにはその才覚を買われ、自ら雇われ商人となって早数年。
「アンナ。君には料理人としての才能まであるんだな」
素直にそう褒めれば。
「おだてても何も出ないよ」
と彼女はぶっきらぼうに、しかしわずかな笑みを浮かべて言った。
「それにしてもここはなんの店なんだ?」
腹が満たされた頃、ふと店内をみわたして問う。
料理屋にしては雑多すぎる。なんせよく分からない書物や金属類に埋もれるようなカウンターがひとつ、なんて。よくよく目をこらせば、なにやら薬品や杖のようなものまである。
「――いわゆる修理屋だよ、ここは」
そう答えたのはしゃがれ声。
入口を振り返ると。
「おう、エル婆さん」
「また来たのかい、クソガキ」
ずいぶんな挨拶を交わしながら店に入ってきたのは小さな老女だった。
白髪に鋭い眼光で、ちらりとメルトのほうを見て。
「ここは飯屋じゃあないよ、ルークス」
アンナと同じことを言う。
「飯屋でもやればいいじゃねえか、こんなに美味いんだから」
悪びれない言葉にふふんと鼻を鳴らし、肩をすくめた。
「そりゃあね、だれの孫だと思ってるんだい」
この老女、いやエルはアンナの祖母らしい。
店内に並ぶ商品をいくつか手に取り、カウンターに置いた。
「アンナ。これとこれ、アトリエに置いておいておくれ。後で少し加工するからね」
「……ん」
それらは一見すれば単なる好物や金属の塊である。
「婆さんはな、ここいらではなかなか腕の立つ職人なんだぜ」
ルークスがなぜか得意げに言った。
「やめとくれ。褒めたって小遣いはやらないよ」
褒められると憎まれ口を叩くわりに、目元をゆるませるのは孫娘と同じらしい。
「ったく素直じゃねぇなあ」
なんて苦笑いしながら、また料理を口に運ぶ。
「ここは修理屋さ。武器や装備品、魔力を持つ物も含めて扱うのさ。もちろんジャンク品の買取もするがね」
エルは再びメルトの顔を覗き込む。
「おやおや。誰かと思えばメルト・セルウスじゃあないか」
「っ、なんでオレの名前を!?」
弾かれるように椅子から立ち上がる。
「あの酔狂かつ放蕩貴族のグリス卿の醜聞なんて、すでに街中を駆け巡っているだろうよ」
「う、嘘だろ……」
もう外すらマトモに歩けない。頭を抱えたくなった。
「それにしてもあんたも災難だったねえ。あんな輩に目をつけられちまって」
同情的な言葉とは裏腹に、皮肉げに彼女は笑う。
「女を売り買いする奴隷商人が今度は自分が商品になるだなんてね」
「ぐ……」
なにも言い返せない。
「コイツが奴隷商人? どういう事だよ」
横からルークスが割って入るがシカトを決め込んだ。
そして彼女は言葉を続ける。
「しかしあんたもまあ、まだ悪運は残ってるようだ。こんなお人好しに拾われるなんざ」
お人好し、確かにそうなのだろう。街で大暴れしていた魔獣から助けるのみならず、自ら名も名乗らない女装したワケあり男をわざわざここまで連れて歩くのだから。
「でもね。この男を騙したりしようと思わないことだよ。あんたみたいな若造でも知っているだろう? 商人同士ってのは案外と裏でのネットワークが強い」
「……」
剣呑な視線を向けられメルトは舌打ちをした。
――このババア。
見くびられては困る。産まれが貴族であろうが、それなりにスラム街でもまれてきたのだ。
甘ちゃんだと言われぬよう、非道なこともしてきた。敵も多いだろう。
「勘違いしてもらっちゃ困る、オレには別にやましいことはない。それに売りつけられた恩を返す義理もないもんでね」
「ふん、良い根性してるねえ」
二人は互いに睨みあった。
向こうはこちらのことを知っている。いつでも情報を売り渡すことも出来ると脅すつもりなのだろうか。
しかし交渉材料を持たぬ方は不利でしかない。
メルトは奥歯をギリ、と噛み締めた。
「そんな怯えた野良猫みたいな顔するんじゃあないよ」
「……」
「安心しな、若者イジメは趣味じゃあないのさ」
彼女はヒラヒラと手を振って。
「でもタダというわけにはいかないね」
「金ならないぞ」
「ふん、ガキにせびるほど落ちぶれちゃあいないよ」
にやりと口の端をつりあげた老女の言葉を、メルトは唇を噛みながら待つ。
やはりこの世は食うか食われるかだ。ここを乗り越えれば、国でも出てまた一から始めればいい。
家柄も金も、それどころか築き上げてきたモノもすべて失うだろうがもう今更なのだ。
貴族家の子息という地位から逃げてきた自分が必死で生きてきた街。今度はそれらを捨てて、生き抜かねばならない。
心が折れてしまいそうだ。
――クソッタレめ。
しかしこう見えてこの青年、案外とたくましくふてぶてしいのである。
「わかった。条件言えよ」
わざと音を立てて椅子に座り好戦的に睨めつけた。
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!