元奴隷商人は逃げ出したい

田中 乃那加

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帰還と混乱の幕開け

 その男の姿に道行く者たちは反射的に振り返る。
 中にはあからさまにギョッとした顔で目を剥く者から、ヒソヒソと同行者と何やら会話を交わしたりするあからさまな反応まで。

「ふんふーん♪」

 しかし当の本人は、ご機嫌に鼻歌なんぞうたっている始末である。
 メルトは彼の少し後ろを歩きながら、そっとため息をついた。

 ――こいつ、実はすごくヤバい奴なんじゃないのか。

 あの森での濃厚な接吻のあとから、ルークスの様子がおかしいのだ。
 具合が悪いとか怪我をしているとかでなく、むしろ

 あれからまるで勢いに乗ったかのように、次々と目的の魔獣を狩りまくったのだ。
 武器も使わず、手刀ひとつで仕留めていく手際は恐怖を覚えるくらい鮮やかで。

『なんかめちゃくちゃ調子いいんだ』

 と明るく笑いながら仕留めた大量の獲物を軽々と運ぶ様は、周りから見れば驚かれるだろう。
 先程の巨大魔獣の返り血も相まって、なかなか凄惨な感じになっている。

「腹減ったよな、早いとこ飯食いに行こうぜ!」
「……」

 朗らかに言うとこちらを振り返ってくる。
 満面の笑みに、思わず視線を逸らしてしまう。

「メルト?」
「話しかけんな、変態野郎」

 三度も唇を奪われたことによる警戒心と、なぜかそこからの異常な強さ。あとメルト自身も気付いていないであろう、心境の変化によるこの態度である。

「もしかして怒ってんの? あ、やっぱり腹減ったよな。俺もペコペコなんだよ」
「アンタと一緒にすんな、脳筋ド変態バカ」
「なんかディスりがめちゃくちゃ増えてるな」

 苦笑いしながらも気分を害した感じでは無い。
 そこもかなり腹立たしかった。

 ――くそっ。このオレが男にキスされてあまつさえ息も絶え絶えにされるなんて。

 実際のところそれがかなり悔しかったのだ。
 女たらしで性に苦労した事もなく、むしろそこを利用して商売もしてきた。我ながらクズだとはわかっているが、備わった容姿と貴族出身というスラム街にはない洗練された身のこなしと口説き文句で女を良いようにするのは快感でもあった。

 それが一変してしまった。

「そんなに男好きなら、そこらで買ってろよ」
「え?」

 腐れ外道の好色貴族やこの男といい、どいつもこいつも目玉がついているのか。そんな怒りがふつふつ湧いてくる。

「こんな身の上じゃなきゃ、オレがしてやってもよかったんだけどな」
「おい、何言って……」
「オレなんかよりずっと若くて見てくれの丁度いい男娼なら吐いて捨てるほどいるぞ? テクだってきっとそれなりだろ、まぁアッチの方はケツ穴だからそこらの使い込まれた女よりは締りがいいんじゃあねぇの。オレは真っ平御免だけどな!」

 止まらなかった。
 自分が見てきたのはこんな世界だ。

『奴隷商人っていうのも、お前はちゃんとプライド持ってやってたんだろ』

 その言葉だって今では腹立たしくなる。
 プライドだなんだで腹は膨れないし金も稼げるわけがない。そんなものは屋敷を出る前に覚悟して捨てた。

 というより、このままあの屋敷にいたら文字通り飼い殺されていたのかもしれない。
 
 ――なのに結局同じだ。
 
 決死の選択もすべて無駄だと嘲笑されたような、惨めな気分になる。

「オレはアンタなんか大っ嫌いだ。ちょっとばかし腕が立って顔がいいからって、調子乗ってんじゃないぞ」
「メルト……」
「おいおいおいおい」

 てっきりショックを受けた顔をするかと思いきや、まさかの顔を赤らめていたのだ。
 
「赤面すんな気色悪ぃ」
「だってお前。俺の事、イケメンって」
「ンなこと言ってないだろーが!」
「強くてイケメンで素敵だって。もう告白じゃん、それ」
「ひどい歪曲すんなッ、脳みそまで筋肉に侵食されてバカになってんのかよ!!」

 脳筋バカと罵倒し続けてきたがここまでとは、と頭痛がしてきた。
 しかしそこでルークスはスッと真顔になる。

「強引にキスしたのは悪かった。でも俺は誰でもいいってワケじゃない」
「あ?」
「あと別に男が好きっていうんじゃねえし」
「……」
「初恋は女の子だし」
「……あっそ」
「ちなみにその娘には『逞しい人って素敵ね』って言われたから、次の日に彼女のために筋トレとダイエットメニュー持ってったらフラレたけどな」
「なんだそりゃ」

 鈍感男な彼らしいと言えなくもないエピソードに、メルトはそっと苦笑いした。

「俺、お前に惚れてんだと思う、多分」
「ハァ?」

 意を決した口調での告白のわりにとは何事かと呆れるが、これもこの男ならではなのかもしれない。

「まさかまだ、あの女装姿引きずってんのか。あれは無理矢理させられて……」
「違う。確かにめちゃくちゃ綺麗だったけど」
「やっぱり目ん玉腐ってんじゃないの」

 綺麗にメイクしているわけでもなく、体格だって細身ではあれど普通に男のそれのはずだが。
 普通に見ればドレスを着た男というだけの姿を言うに事欠いて綺麗などと。

「言うだろ、恋は盲目って」
「いや。そういう意味で言ってないけどな」

 いちいち返しがズレているのも、なんか拍子抜けしてしまう。
 
「ていうかアンタがオレに惚れた腫れたしんのはどうでもいいけどさ」

 この話題はもう切り上げた方が良さそうだ。
 でないとこんな街中で跪いてプロポーズでもしかねない顔をしている。ただでさえ目立ちたくないのにも関わらず、だ。

「オレは追われてんの、この国からさっさとズラかってまた生活立て直さにゃならんわけだ。だから童貞野郎の恋愛ごっこなんかに付き合ってられん」
「恋愛ごっこ……俺は本気だぞ!」
「あーもう騒ぐなよ」

 メルトは彼に、これ以上まっすぐ見つめられたくなくて足早に歩き出した。

「待ってくれよ!!」
「置いてくぞ、脳筋童貞」
「おい!」

 グリス・ルードスあのボンクラ貴族に向けられた好意や好色はお世辞にも気分の良いものではなかった。
 むしろおぞましく、嫌悪感でどうにかなりそうだったのだが。

 ――若くてそれなりの顔だから良いってワケじゃないだろ、オレ! 相手は男だぞ!?

 むしろそこまで不快でない自分を殴りつけたいくらい混乱していたのである。

「うるさいっ、オレだって腹減ってんだよ」
「やっぱりそうだったのか。よしっ、メシ食いに行こうぜ!」

 耐えきれず走り出したメルトをルークスはなぜか嬉々として追いかける。
 そんな変な追いかけごっこは、街をほんの少しだけざわつかせたのだった。


 ※※※


「ここは飯屋じゃないって何度言ったらわかるのかしらね」

 声こそ低く不機嫌だが、やはり表情がどこか穏やかな彼女に迎え入れられる。

「あはは。悪ぃな、アンナのつくる飯が食いたくてさ」
「……あっそ」
 
 言葉だけ聞いていたらとんだ甘い口説き文句なのだが、ルークスはやはり深く考えていないのだろう。

「ちょっと待ってて、有り合わせしかないけど」
「おう、楽しみにしてるぜ」

 エプロンをつけていそいそと奥へいく背中を眺めながら、メルトはなんだか少し気まずく思う。

「ほんとバカだよな、アンタって」
「え?」
 
 隣を見ればやはり上機嫌な男。そんなに腹が満たせることが嬉しいのか。

「なんでもない」
「?」

 つっけんどんに言うと、そっぽを向いた。自分がとてつもなくみっともない言動をしでかしそうな気がしたからだ。

「そういえばメルトは奴隷商人してたって言ってたけど、あれってやっぱり儲かるのか」
「は?」

 いきなり何をと振り向くと、本人はいたって真面目な顔である。

「いや。メルトももし国外逃亡が果たせたら、また奴隷商人やるのかなって」
「どうだろうな」

 正直分からない。というか問題は出来るかどうか、だ。
 この界隈は誰でも手を出せるようでいて、実はかなりハードルが高い。

「オレはたまたま知り合い……師匠的な人がいたからな」

 扱うのが人であろうが物資であろうが、街でモノを売るというのは利権や面子が絡むのである。
 
「『用心棒代』もいるし、先立つものがないとかなり難しい」
「用心棒?」

 いわゆるショバ代、みかじめ料やあいさつ料とも言い換えられる。
 その一帯を縄張りとする暴力団が徴収する金のことだ。

「しかもそこにはヤツらなりの信頼っつーのがあってな」

 ま、そんなもん向こうのお気持ち一つというあってないようなくだらないものだけど。と自嘲的に笑う。

「だからこっちも命がけな部分あるぜ。ただでさえ、商品も人間なんだしな」

 もっと危ない道をいく奴隷商人達はごまんといる。
 性奴隷や家事奴隷ならまだホワイトなもので、中には。

「使い物にならなくなったヤツらを家畜みたいに解体ばらして、マニアックな変態やヤバいタイプの自称魔導師に売りつけるんだとさ。どうだ、背筋が凍る話だろ」

 さすがの内容に眉間に深いシワをよせるルークスをニヤつきながら見る。

「そういう世界でオレは生きてきたわけ。アンタみたいな真っ当な冒険者様とは違うんだよ、お分かり?」
「……」
「ふん、なんとか言えよ」

 面白くないとばかりにあくびを噛み殺す。
 この仕事で端金はしたがねを受け取ったらとりあえず今後の身の振り方を考えなければならない。
 
 ――今更戻る、わけにもいかないしな。

 そんなことをしたら元の木阿弥。今度こそ監禁でもされて目も当てられない状況になりそうだ。

 ――

 ふと自分が生まれ育った屋敷を、ほぼ身一つで逃げ出す原因となった者のことを考える。

『……たとえ、子を孕むことが出来なくても利用価値なら十分にあるのだから』

 少しざらついた声。最後にかけられた言葉は、きっと聞かれていたと思ってないだろう。
 薬を盛られ眠っている間に監禁部屋に入れておく計画を、こともあろうに家族に練られていたのだから。 
 ちょっとしたことを不審に思い、咄嗟に薬入りの紅茶をすり替えた。そして従者が眠りこけている間に窓から逃走。

 その後のことは無我夢中だったし幸運だったのだろう。

 捕まることも餓死することも、拐われて売り飛ばされることもなくこれまで来れた。

「…………いか」
「ん?」
 
 思考に耽りボーッとしていたが、どうやら話しかけられていたらしい。
 視線を隣に移すと。

「だから俺と一緒に組まないかって言ってんだよ」
「あ?」

 組むってなにを、と聞くまでもない。

「魔獣狩りなんてオレは出来ないって言ってんだろ、アホ」

 一笑に付すのも当たり前。まったくの異業種だし転職にしてはスキル不足だ。
 剣おろか武器すらにぎったことがない。そんな者に勤まる仕事のわけないだろう。
 
 しかしルークスは引き下がらない。

「別にいいんだ。とにかく俺もこの国を出る、一緒にならやっていけるだろ」
「あのなあ」

 心底呆れ返った。
 一人より二人、なんていうのはこの世界通用しない。むしろ二人だと道連れになる可能性があるのだ。
 それならそれぞれの道で自滅なり成功なりしていく方がリスクは分散されるだろうに。

「それにオレは他人とつるむのは苦手なんだよ」

 数年のスラム街生活で人を信用するということの危うさと恐ろしさを知った。
 唯一多少信用していた師匠も、やはり同業者に背後から撃たれるようにして死んだ。

 メルトと同じように面倒を見てもらっていた不良少年の一人が、金に目がくらみやらかしたのだ。
 やはりここは掃き溜めでクズの集まりだ、とその時静かに悟ったものである。

「アンタこそ、それだけ強いなら一人で充分やっていけるじゃないか。もっと仕事選べば、な」
「でもそれは……」

 反論しようとルークスが口を開けた時だった。

「それはメルト、あんたの能力だよ」

 入口からのそりと顔を出して言ったのはエル。その顔は不適切な笑みを浮かべていた。

「あんたに持たせたには色んな機能があってねぇ」

 服の下にしていたネックレスを、爪ののびた指でさす。

「そのひとつが魔力感知器さ」
「魔力?」

 思いもよらぬ単語に首を傾げた。しかし彼女はしゃがれ声で笑って。

「あたしの目論見通りさ。あんたには封印されていた魔力がある。しかも」

 窓から差し込んだ光が部屋を照らしているのを目の端で眺めながら、メルトは呆然と聞く。

「とびきりのやつさ『聖女』だけが持ち得る能力だね」

 ――は………………?

 、という言葉で今度は混乱した。
 

 
 

 
 



 




 
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