サンタクロースなんていらない

田中 乃那加

文字の大きさ
2 / 3

2.性者の行進~前夜祭百鬼夜行~

しおりを挟む
 ―――まず昨日は12月24日。クリスマスイブ。世の中は、少なくても街は浮かれまくっていた。

「くっそダルぃ……」
「あはははっ、先輩。目が、いや顔が死んでますよぉ」

 顔を顰めた俺を笑い飛ばしやがったのは、バイトの後輩の三田 十子みた とおこ。チビで生意気で、珍名で。まぁ顔は悪くない。大きて猫みたいに少しつり目の瞳。不敵に笑う口元。
 あ、ちなみにオッパイがデカい。

「うるせぇ。クリスマスイブにバイトなんざ、顔の一つや二つ死んでも仕方ねーだろ」

 しかもクリスマスケーキの店頭販売ってなァ。このクソ寒い中、安っぽいサンタのコスプレして……罰ゲームかよ。

「先輩にクリスマスの予定なんて無いでしょ」
「ぐっ……お前なぁ」

 あっさりと核心突くんじゃねーよ。
 傷つき易い硝子ハートなんだぞ、今日の俺は!
 
 世の中は聖夜で性夜。特に夕方を過ぎて日が暮れた今の時間は、家族連れより多くのカップル達が腕組み手を繋ぎイチャイチャと繁華街を通り過ぎる。
 それを見せつけられながら、俺たちバイトはひたすら声を張り上げてケーキを売る。
 馬鹿みてぇなサンタコスして。

「あーっ、やってらんねぇっつーの!」

 帽子を取って愚痴れば。

「ほら。まだ残ってますよ。もっと気合い入れて売らないと……店長にドヤされるってば」

 と案外真面目な三田。
 茶髪の頭とカラコン入りのガッツリメイクの、まんまギャル系なのに。その性格は妙に真面目なんだよなぁ。
 
「ンなもん、適当に流しときゃ良いんだよ。別にどれだけ売ったって、俺たちの時給が上がるわけじゃねーし」
 
 安時給な訳じゃなし、かと言って高い訳でもない。まぁ平均的なバイト代を貰う俺達のモチベーションはそんなに高くないのは仕方ないと思う。

「あ、ほら先輩。お客さん」
「え? あ、ああ」

 こちらに向かって真っ直ぐ歩いて来たのは、俺とそう変わらない年頃の男、だった気がする。
 ……実はあんまり顔、覚えてねぇんだよな。

『あといくつ残ってるの』

 確かそんなことを聞かれて。

「ええっと、こちらの大きさが……」

 なんて答えようとしたら。

『違う違う。君だよ』

 なんて指を指しやがる。
 ……チッ、こいつナンパ野郎か。しかもタチの悪い奴だ。
 どうせこの後輩目当てで『この後どう?』なんて絡み出すヤツだろう。
 日が暮れるにつれてそういう輩が増えて、俺はウンザリと苛立ちを隠せなかった。

「悪いけどねぇっ、ウチはそういう……」
「……先輩、ちょっと」
「ンだよ! お前もお前だぞ。ナンパされて平気な顔してんじゃねーよ。もっと自分をだな……」
「違いますって。ほらあの人」
「え?」

 そこで初めて気がついた。
 男の指さす方を。

『君、この後どう?』

 ……そうだ、俺がナンパされた。しかも男に。顔も覚えてねぇ男に。
 だが声だけは覚えてる。なんかスカしたムカつく声だったぜ。

「冷やかしなら他所でやれ」

 そう言って俺はそっぽ向いた。

「……そっかぁ」

 そう呟いて、あっさりと男はどこか行った。
 やっぱり揶揄われたんだろう、と安心して再び別に大して美味くもないケーキを売る作業に戻ったのは覚えている。

 ―――んで俺と三田の健闘によって、店長の機嫌を損ねない程度の成果を上げて仕事を終えたわけだ。

「あー……疲れた」
「先輩、この後予定あります?」

 着替えて店を出る頃に、後輩が突然言い出した。

「え……無いけど。まさかのお誘い?」

 大した期待もせずに半笑いで答えると、予想に反して小生意気なこの後輩はコクンと小さな頭を頷かせる。

「マジで!?」
「マジですけど? たまには付き合って下さいよ。……私、この前20歳になったんで」

 珍しいこともあるもんだ。こりゃ明日は雪降るぞ、と思ったもんだ。
 俺はなんだか、この妹みたいに思ってた後輩が急に大人の女になったような。妙に気恥しい気分になった。

「じゃぁ……行く?」
「行きましょ」

 薄く微笑んだその唇は、鮮やかなピンクだった。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 そこからまた少し曖昧になる。
 確か最初は居酒屋で食事がてら少し飲んで、店長や他の先輩の愚痴とか俺への三田のディスりを聞いたり。
 まぁ早い話、色気の無い時間だったわけだ。別に三田こいつになったことはないから良いけどさ。むしろホッとしてたのを覚えている。

「先輩って恋人、いるんですかぁ?」
「……なんだよ急に」
 
 突然テーブルに頬杖ついた彼女がそう言って。
 頬を赤らめていたように見えたのが、店内の照明のせいだったのか。すごくドキドキしたのは酒のせいだったのか。
 思わず咳き込んで、隣の席の人に『大丈夫ですか』なんて心配されたっけ。
 でもそんな俺の動揺に反して、彼女は肩を竦めただけで。
 
「別にぃ? ただ気になっただけです。だって先輩って……童貞っぽいし」
「ど、どど、童貞ちゃうわッ!」
「あはははっ! めっちゃどもってるぅ~」

 ……そうそう。やっぱりこいつはこいつだった。

 ―――んで。それでテンション上がって、二件目行って……カラオケだっけ?
 そこでも盛り上がって、部屋間違って入って来ちまったらしい人と数曲歌ったっけ……?
 あとは少し疲れたってんで、あいつのっていうのに行ったんだ。
 ええっとそこが。

「……ゲイバーじゃん!」
「ゲイバーですけど?」

 そう。オネエ様達の園であるオカマバー、又はゲイバーである。
 しかも皆さん際どい……いや、麗しい女装姿。俺は未知の世界に汗かきまくりだった。

「あらお帰り、十子」
「ただいま。つーか、そこは客として出迎えなよ……父さん」
「!?」

 最初に出迎えた青髭濃く、恰幅のよいマ●コ・デ●ックス似のオネェ様。
 それが後輩のお父様だったのが、今年一番の驚きだった。
 職業オカマってヤツ? それは何となく聞いた事ある。でも寄りにもよって、知り合いのがそれだと誰が想像できようか……いや、無理だな。

 そのお父様、相手してたお客さんとの会話をわざわざ中断してまでこっち来た。

「ま、いい男じゃないの~!」
「ダメよ、父さん。先輩、童貞だから」
「……どっ、どどどどど童貞ちゃうわッ!」
「ちょっと、先輩ってば。さっきより動揺してるじゃないですか」

 まぁそんな感じで、始終いじられながら酒飲まされて。さらに深酔いっつーか、悪酔いした気がする。
 んで気が付いたら、何故か後輩は居なくなっていた。
 そしてその場の客だっただろう、50代と見られるオッサンと肩組んで店を出た所だった。

 ……オッサンは何故かグズグズ泣いていて、俺はめっちゃ笑っていて。馬鹿みたいに酔っ払ってたのだけは薄ら覚えている。
 抱きつくように肩を掴んでいるオッサンのハゲ散らかした頭が、またすごく笑えて仕方なくて。ゲラゲラ笑う俺に仕事や奥さんの愚痴を泣きながら言いつのるオッサン。

 もうカオスだっただろう。
 時間も時間でさすがの夜の店も閉まってきたらしく、俺はフラフラとオッサンを自宅に送ることになった……と思う。
 とにかくオッサンの言う通りに、そのままタクシーに乗って……ええっと。

「ちょっとここで休憩しようか」
「ぅ……? ん……オッサンの家、ついたの?」
「ンッンー、まぁ、ね。……ほら、ここだよォ」

 なんて会話しながらやたら煌びやかで、桃色の照明が印象的な建物に……。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■

「って、あれッ!? まさか……ら、ラブ、ホ?」
 
 やたら見た目豪華で、でもどこかチープで安っぽくて。インパクトだけが凄い外観。
 ガキの頃、親と車で通った時に『ねぇあのお城何?』って聞いたら『知らない』って言われて、馬鹿みたいに食い下がったら最後には怒鳴りつけられた理不尽な思い出が蘇る。

「待て待て待て。俺ってまさか」

 ……オッサンにラブホに連れ込まれたって事じゃねーかァァァッ!!

「それじゃあここって……」
 
 でも何だか違う。
 ここは多分ラブホじゃない。こんなに広くて、部屋も沢山あるなんて所は聞いたこともないぞ。
 それにホテルどころか、一般的より大きな住居建築だと思う。さっき通った廊下も、その前にいた部屋も。アパートやマンションのそれとはかなり広さも雰囲気も違うような気がするんだ。

「……ここはね。僕の家で、さらにこの部屋は趣味の部屋だよ」
「!?」

 ピッ、という高い音がした瞬間。
 壁の蛍光灯が光り、柔らかくほんわかとした灯りが点った。
 ―――独特な間接照明が複数、部屋をぼんやりとそれでいて鮮やかに照らす。

「あ、あ、あんた、は……」

 閉めたはずのドアが開け放たれ、俺の目の前に一人の男が立っていた。
 
「ようこそ、我が家へ」

 ニコリ、と笑ったその顔には爽やかな笑みが輝いていた。


 

 
 
 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

処理中です...