追放冒険者、才能開花のススメ

田中 乃那加

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栄華を極めた国の末路3

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「――あんたッ、肝心な時に無能になんのやめろよなっ!」
「!?」

 スチルの怒号とともに、俺の視界は宙を舞う。
 途端、叩きつけられた激しい衝撃。呼吸のできないほどの苦しさと痛みに喉奥でうめく。

「ぐぁ゙……っ」
「あらあら、

 ジャリ、と響く足音。
 上がる塵煙じんえん、視界が揺れたのかクラクラして吐き気がする。
 頭を打ったのかもしれない。
 
「うふふ。でも一人は駆除したわねえ」

 耳に飛び込んできた言葉に慌てて目をこじ開ければ、凄惨ともいえる光景が広がっていた。
 
「!」

 目の前には倒れ込む黒い塊。それがいつものローブを着た少年魔法使いだと気付くまで時間はかからなかった。

「す、スチ……ル?」
「スチル君!?」

 駆け寄る俺とベル。覚束おぼつかぬ足取りで慌てて抱き起こすも、その身体は濡れたようにズッシリと重い。

「なんで……なんで、だよ……」

 いつもに増して真っ白な顔色。唇すら色を失った様子に言葉を失う。

「さすがに人間二人を守るには魔法力が足りなかったのかしらね」

 カリアの声は耳を素通りする。ただ、人形のようにぐにゃりとこちらに体重をあずけた彼を呆然と見つめる。

「なあっ、なんでなんにも言わねえんだよ!」

 あのクソ可愛げのない毒舌吐いてくれよ。軽蔑の眼差しや殺意覚えるレベルの無茶ぶりでもいい。

 こんな人形みたいこいつは要らない。俺は認めないぞ。
 
「目ぇ開けろッ、開けろよ! なぁっ!!」

 ガクガクと揺すぶるけど、されるがままの様子に焦燥感と苛立ちがつのる。

 なんでお前がこんなことなってんだよ。俺じゃなくて、お前が。傍若無人で毒舌で可愛げのないクソガキのお前が!

「スチル……」

 抱きしめた、その鼓動を感じたくて。体温を、心臓の音を数えたくて。でもどんどん冷えていくようで怖い。
 あたためれば目覚めてくれるのか? それを問おうにも、震える唇は上手く動いてくれない。

「あらあら、悲しいのね。でもその絶望しきった表情かおって、ものすごく」

 カリアが近づいてくる。瓦礫が散乱した地を踏みしめて。

「ゾクゾクしちゃう・か・も♡」

 その瞬間、俺は剣を手にして地を蹴った。

「っ、くそぉぉぉッ!!!」

 明確な殺意。そう、殺意だ。殺したい、この女が憎い。
 今までに感じたことの無い、憎悪。俺の大切な存在を壊された、意趣返し。

 ――思いっきり、叩きつける切っ先。

「うがぁぁぁっ!」

 死ねっ、死ねっ、今すぐこの目の前で朽ち果てろ。
 無惨な死を刻みたい。

「くそっ、くそっ、クソクソクソクソォォォッ!!!」

 ひたすら切りつけた剣を、カリアはことごとく避ける。

 壁や絵画、床の絨毯をいたずらに傷つけていく。俺はほぞを噛む。

「危ない!」
「がはッ!?」

 ベルの声が飛んだ瞬間、俺のみぞおちに重い衝撃が。
 思わず血反吐が噴出する。

「っ、ゔごほッ、がはっ、ぁっ」
「動きが隙だらけなのよ。ド素人」

 軽蔑しきった冷たい言葉が降る。

「メイト君って、本当に解呪されたのぉ? なんか思っていたのと違うのだけど」
「う……ぐ……」
「解呪された

 動きなんて見えなかった。ただ、今度は俺の左腕を激しい痛みが襲っただけ。

「うがァアッ!?」

 目にも止まらぬ速度で攻撃されている。 
 カリアは相変わらず薄い笑みを浮かべてその場に立っているのに。

「それともまだ熟していないだけかしら」

 口の中に広がるぬるい血の味と、朦朧もうろうとする意識。
 
「メイト君!」

 ベルが声を上げ、駆け出した気配がした。来るなと叫びたかったが。

「うるさいわねえ、ったくこれだから小娘は。あなたは蚊帳の外なの」
「このおばさんッ、いい加減にしてよね」
「んなっ……!?」

 薄く目をあければ、彼女がナイフを手にカリアに飛びかかっている。面倒くさそうに顔をしかめかけたが、おばさん発言に一気に般若の形相に。

「こん゙のッ、くそガキがッ!!」

 怒り狂った表情で彼女が手を振ると。

「!」

 疾風のごとく吹き乱れる風が、空を裂き無数の拳となってベルに襲いかかるのが確かに見えた。

「ベル、よけろっ!!」
「無駄よ」

 カリアが片方の口角をあげる。


「悪魔……」

 まさかこの女も悪魔憑きなのか。ごくり、と喉が鳴る。
 そして左目と腕が、突然痛む。しかし途端色彩の加わった視界。

「う、腕……?」

 見える。いや半分だけだ、左目だけが捉えた景色。
 赤黒い腐肉の化け物。正しくいうとカリアの肩から、長くのびた無数の腕。グロテスクに指を蠢かせていた。

「あらあら見えるの? メイト君も悪魔憑きなのね。悪魔が見えるのは悪魔憑きだけだもの」

 まるで昔見た異国の本にあった、邪神のようだった。
 肩から無数の腕を羽のように生やした姿。禍々しい嗚咽に似た呻き声も聞こえるようで、俺はごくりと唾を飲む。

「でも妙ね。契約者なのに、あなたは悪魔を自由に使役できない」
「……」

 確かにその通りだった。
 俺自身、普段悪魔と契約をした自覚がない。なぜなら、あれからあの悪魔は姿を表さないから。
 左手と左目を取られたはずなのに、さっきまでなんの不自由もない。

「なんか不思議なのよね、メイト君って。でもまあ、いっか」

 そして口の中で呪文を唱える。

「――心臓に刻め、明ければ我こそ契約者コル・クリプ・ルーキス・パクトゥム

 その瞬間、悪魔の腕が一斉にベルに向かってのびていくのが見えた。
 俺は痛む身体に奥歯を噛みながら必死に立ち上がろうとするが。

「うがッ!!」
「メイト君はあとでね♡」

 崩れかけた床にすざましい圧力で押し付けられる。気を抜けば気を失いそうだ。

「うぅ゙ぐぐっ……ベルに゙っ、彼女になにをするつもりだ……!」
「悪魔たちが遊んであげてるの。ふふ、少しだけ待っていてあげてね」

 目をこらすとベルが走りながら、次々と与えられる攻撃を必死で避けている。
 しかし距離をジリジリとつめながらも、鋭利なナイフの刃先はカリアに向けている。

「悪魔が見えないクセに、よくもまあ頑張るわね」

 彼女の言葉にベルは。

「あたし、鼻だけはいいのっ。プンプン臭うよ、腐った屍人アンデッドみたいな匂いがさあ!」
「……」
「お風呂、ちゃあんと入った方がいいんじゃないの。お・ば・ちゃん?」
「……」
 
 ニッと笑いながら完全に煽りはじめるベルに、カリアの顔から笑みが消える。
 ここからでも彼女のこめかみに青白い血管が浮いたのが見えた。

「クソガキャぁぁぁっ、一度ならず二度までもこの私をおばちゃん呼ばわりしやがってぇぇぇぇッ!! 死ねっ、内臓脳みそぶちまけて、血反吐吐き散らかしてじね゙ぇ゙ぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 叫んだと同時に、うおおんと巨大な音の反響が辺りを襲う。
 カリアを中心に壁が床が崩壊し崩れ落ちていく。

「っ!」

 怒りに我を忘れたのだろう、俺を押さえつける力が弱まった一瞬に地面を転がり脱出。
 ベルの手を引き、スチルの身体を抱き抱えて走り出す。

「逃げるぞっ」
「でもどこに!?」

 確かにどこに逃げりゃいいんだ、というかこんな壊滅状態の城の中で誰も出てこない。それどころか、悲鳴ひとつ聞こえないなんて。

「いや今はそんなことより、だな」

 俺は迫ってくるカリアを見据えながら、覚悟を決めた。
 
「なあ……次はどこを差し出せばいいんだ。左足か? 右目か?」
「どうしたの、メイト!」
「おい聞こえてんだろ、悪魔」
「メイト!?」

 ベルの声は少し無視させてもらう。俺が問いかけたのは、あいつに対して。
 
「おい、こたえろよ」

 それとも彼女みたく、使役できるのか? だとしたらまたどんな代償を払えばいいのか。
 そもそも悪魔と契約したなんてジジイに知られたら、ぶん殴られるどころじゃねえな。

 ふと故郷に残してきた家族同然の存在を思い出したら、もう溢れてくる涙が抑えられない。
 バカみたいに泣きながら、鼻水と涙をダダ漏れにして俺は悪魔を呼ぶ。

「俺たちを助けろっ、この女を殺せ!」

 ヤケになって叫んだ。

 すべて壊れてしまえばいい、信じていたもの何もかも。正義感なんて生存本能に比べれば覆すのも容易い。 
 ただひたすら呪えばいい。目の前の惨劇も絶望も、全部ぶち壊してしまえば――。

『……もうやめなさい』

 反響するように聞こえた声。
 脳を直接震わせるそれに、顔を上げる。

『やめなさい、メイト・モリナーガ』

 または言った。
 われにかえり辺りを見渡すと、また時が止まっている。

『眠りなさい』

 聞き覚えのあるそれに後ろをふりむこうとするも、次に感じたのは体温。
 弱々しくだが抱きしめられているような、感覚に驚きで息を乱す。

「なっ……」
『今は眠りなさい。悪夢は去る、悪魔の名のもとに』

 哀しみに満ちた言葉だった。
 俺は必死にその声の主に話しかけようとする。しかし、口が開かない。まるで泥酔しきっが回らなくなった時みたいな。

 吐き気をもよおす酩酊感。
 どんどん意識と共に遠ざかって希薄になる現実感に、思わず顔を両手でおおった。

明ければ我こそ契約者ルーキス・パクトゥム

 優しく囁く声は、聞いた事のない母の声のようだった。
 低く、男の声そのものだったのに。何故かそう思った――。

 


 

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