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栄華を極めた国の末路2

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 ――走る、走る、息を切ってひたすら走った。

「っ、てめぇ待ちやがれ!!」

 その影はまるで地面を滑るように、そして時折大きく揺らめきながら遠ざかっていく。
 
 だからこっちも必死だ。豪華な装飾も絵画も横目にすることすらなく、懸命に目の前の不気味な存在を追う。

「やたら速ぇな、おいっ!」

 叫ぶがそいつは構うことなく左右にフラフラと蛇行しつつ、それでも壁にぶつからず長ったらしい廊下をひた走る背中。

「こいつはなんなんだッ、こいつは!!」
「僕に聞くなっ、バカ!」

 叫べば返ってくる小気味の良い罵声。
 とりあえず走るしかない。

 相変わらず鳥肌が立つほど静まり返った空間。本当にここは城の中なのか、生き物の気配すらしないことに違和感しかない。

 そうこうするうちに、ひときわ大きな扉の前で影が止まった。

「うおっ!?」

 でも突然止まれねえのが人間だろ、俺は前につんのめって転げそうになりながらとどまる。
 靴底が擦れる音が不快だった。

「!」

 するりと滑り吸い込まれる影。
 扉と床の間を吸い込まれるように消えたんだ。音もなく、呆気なく。俺たちはその素っ気なさに立ち尽くす。

「こ、ここは?」
「……陛下の部屋です」

 ラヴィッツの上ずった声。
 少しだけ予想していた。だってこんなに豪奢なドアだから。

 いきなり本丸に切り込んじまうんじゃねえかっていう武者震い。でも、そんな覚悟も無駄になるかもしれない。

「どうする」

 息を飲むようなスチルの言葉に、俺は虚勢で返すことした。

「そりゃもう、突撃だろ」

 でもドアは依然として閉じたままだ。不審者対策としての魔法も掛かっているのかもしれない。
 今どき下級貴族の寝室にだって、最低限の結界魔法が張り巡らされてるもんな。
 
 触れれば指の一つ二つ、いや命すら失いかねないのはこの世の常識。
 だから眉間に力を入れて考え込む。

「こっちです、皆さん!」

 ラヴィッツの声で我に返る。なんと向かいの部屋の扉、ではなく。なぜか横の壁に飾られた絵画に手をかけた彼女に視線が集まる。

「えっ、そこ!?」

 ベルが素っ頓狂に返したが、俺も同じ心境だ。

「仕掛けがありまして。ここをこうして、ええっと、んんと、えーっと…………えいっ!」
「!?!?」

 いきなり絵画の額部分を素手で殴り始めたのだ。慌てて止めようとするが。

「力加減が難しいんです。弱いと開かないし、強すぎると――」
「うわぁぁっ!?」

 突然、俺が立っていた床がパックリ割れた。そりゃもう、見事なまでに。咄嗟に飛び退いたのと、ベルが手を差し伸べてくれたから落ちずにすんだが。
 危うくそのまま奈落の底へって感じの大穴が空いている。

「ごめんなさい、少しコツが必要で……」
「と、とんでもない仕掛けだな」

 思わず本音が漏れるほどびびったんだ。だが王の部屋だもんな、それこそいつ暗殺者がくるか分からないレベルに危険な場所だ。
 でもだからこそ、人気がまるで無いこの静寂さが凄く不自然なんだが。

「ええっとぉ、どうだっけ……?」
「おいおい大丈夫か。あんまり無茶するなよ」
「もう少しで開くと思うのです。あ、これかなあ?」
「どわっ! 」

 今度は叩く位置が悪かったのか、向かいあわせの壁の一部が開いて数発の矢が飛び出してきやがった。

「っ、あぶない!!」

 必死に俺はスチルを、ベルはラヴィッツを押し倒してその場を転がり避ける。

 ずだだだッ、と小気味の良い音をたてて床に突き刺さる矢。こんなもん刺さったらタダじゃすまねえよ。
 
「ううん? 上手くいきませんねえ」
「なあラヴィッツ……」

 肩をすくめながら立ち上がる彼女に違和感を覚えたのと、スチルが俺との前に立ちはだかったのは同時で。

「いい加減にしろよ、
「え?」

 真っ直ぐ突きつけられた指。その先では、薄い微笑みを浮かべる少女。
 さっきまで見知っていたはずのその表情は、どこか薄ら寒く不気味に見えた。

「な、何言ってんだスチル」
「そうだよスチル君。ラヴィッツはちゃんと王女様だよ?」

 俺とベルの言葉にも彼の険しい顔は変わらなかった。
 
「この脳筋バカどもなら騙せたな。入れ替わったのはいつだ。このエリアに足を踏み入れたとき? 違うな、その前にはすでに
「…………なあんだ、バレてたのね」

 彼女の口元が大きく裂けるように笑った。
 その瞬間。

「!」

 ぐにゃりと小さな顔がゆがむ、とともに身体全体がスライムのように大きく伸びて膨れ上がる。
 グロテスクな色を見せながらその形をみるみるうちに変えたのだ。

「あー、スッキリしたあ」

 ものの数秒で、あの少女からまったく違う姿に変化したをみて俺は言葉を失った。
 
「な……な……なん、で」
「メイト君、久しぶりねえ」

 タレ目気味の愛嬌たっぷりな瞳も、チャームポイントにすらなるほんの薄いそばかすも。
 おなじ歳なのに、まるで年上のような包容力と優しさを持つ女性。

「か、カリア」

 俺が最初に世話になってた宿屋近くの料理屋の娘、カリアがいた。

「感動の再会よ、メイト君」
「ふん、僕らを驚かせるには十分な演出だな」
「あらスチル君もいたのね」

 片目を細め忌々しげな表情。それだけで、俺の記憶はまた混乱をきたす。
 
 なんでここに彼女がいるんだ? 店で健気に働き、疲弊した当時の俺を癒してくれた姿が脳内に逆再生される。

「私ね、メイト君に会いに来たの。だってほら、またそのしてるんだもの。可哀想でしょ?」
「なんなのよっ、またそのおばさん!」

 ベルが怒鳴りつけ、いつかの酒場での修羅場もフラッシュバックする。
 たしか前にもこんなことがあったな、じゃなくて。

「なんてカリアがここにいるんだ」

 俺の問いに、彼女はピンクの唇をほころばせた。

「ずっと見守ってきたのよ、メイト君」

 刹那、その足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。

「この国の王様はね、とうの昔に私たちの傀儡かいらいなのよ。生命をギリギリまで奪うことによって肉体だけ生かしておく、そうして眠らせた状態を餌に。そうすれば、我々魔族は人間に復讐を果たせるのよ」
「え?」

 正直なにをいっているのかまるで分からない。
 しかし、それを問い返すヒマも与えられ無かった。

「だから邪魔させるわけにはいかない――だ・か・ら、死んで?」

 声に狂気が滲んだ。
 そして目の前がまばゆく弾けた。轟音とともに。 




 





 
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