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栄華を極めた国の末路1

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 とりあえずヴィオレッタの機転(?) で切り抜け、城門をくぐり俺たちはその先の小道を歩く。

 城門、とはいったが実は王城はさらに先にあると知って驚いた。いくつかそびえる建物の多くは、立派に見えているが単なる門兵の詰所や見張り塔なのだとか。
 
 実際に間近で城を目にして感じたが、王都から見た壮麗なたたずまいとは裏腹にひどく要塞めいていた。

 現にここまでの小道も、馬車ならギリギリ一台通れるかってくらい細く曲がりくねっている。
 ヴィオレッタによると、この作りはやはり城塞としての『守り』による役割のひとつらしい。
 攻めいられた時のことを考えた設計なのだとか。近くで見ないとそんな事、考えたことすらなかった。

「な、なんか思ってたのと違うな」

 俺の言葉にスチルも無言でうなずく。
 いや本当に、ちかくで見てみないと分からないんだな。
 
 こんなにガチガチに固められた要塞だとは思わなかった。

 そんな中。

「おい」
「!」

 門兵の一人が睨みをきかせる。
 立ち止まり固まる俺たち。

「そいつのその顔」
「……」

 アルワンの馬面マスクに視線が釘付けになるのが分かる。
 まずい、まさかここまでかと身構えるが門兵の言葉は意外なものだった。

「だはははっ! なんだその防具っ、クソみてぇなセンスだなあ」

 アルワンの頭をぺちぺち叩きながら、典型的な中年男性の小太り兵士は笑い出したのだ。

「馬ってよぉ~。かぶるにしても、もうちっとなんかあるだろうがよ。寄りにもよって馬って、ぶはははッ!!!」

 何がツボに入ったのか腹抱えて笑い転げているオッサンに、ワナワナと拳を震わせていたのはスチルだった。

「馬……かっこいいし」
「へ?」
「通気性も悪くない、見た目だってリアルな質感だし」
「え? え?」

 おいまさかこいつ、この馬の防具をガチでカッコイイと思って俺にかぶせてたのか。
 いやそれはそれでいいけど、っていいのか? 明らかに不気味なジョークグッズレベルの見た目だぞ。
 でもこの悔しさ混じった声の感じは明らかに本気でそう思ってたやつだ。だからこそ、慌ててなだめにかかる。
 
「スチル、分かった。分かったから」
「馬かっこいいのに」

 ブツブツ文句たれるのを小声で抑えつつ、俺はいまだバカ笑いしている門兵に軽く頭を下げつつ歩く。

 ヴィオレッタは必要な手続きをしているらしい。
 なんかこういうのも面倒なんだなと思う。一般人はこんなところに足を踏み入れることなんてないからな。
 だからってキョロキョロするような変な真似はできない。

「よし、通れ」

 偉そうな門兵のオッサンの指示の元、俺たちは先に進む。
 
 巨大かつ、歴史を感じさせる重苦しさと言えばいいのか。
 しかしひとたび敷地に入れば、なにかムッとするような嫌な空気が漂うのを感じた。

「……」

 スチルもそれを感じ取ったのだろう。一瞬だけ辺りを見渡す。しかし何食わぬ顔をして歩みを止めることはなかった。

 石造りの硬さと冷たさを靴の上から踏みしめながら、黙々と歩く。

 なんかイメージ的に豪華かつ、派手な絨毯でも敷かれているのかとおもいきや割と剥き出しらしい。
 だがそんなこと口に出す空気でもない。

「……貴様らはここまでだ」

 ヴィオレッタが唐突に足を止める。

「ここから先は、私たちの仕事。なあ、兄様?」

 アルワンの両手と腰を縛った縄を手にして笑う彼女。
 これから先は別行動というわけか。

 兄妹が時間稼ぎをしてくれる間、俺たちは何としてでもあの隠し部屋に行かなければいけない。
 そこでもし、王の呪いを解き助けられれば……。

「早く行け、時間はあまりないぞ」

 急かす彼女の横でアルワンはのんびりと。

「そうだよー。っていうか、ボクも一緒に行っていいかなぁ。だってリベロのオジサンに会いたくないんだよね。あの人、怒るとめっちゃ怖いし。口うるさいし」
 
 その瞬間、なんと彼女は思いっきり兄のケツをしばいたのだ。

「っ、痛!?」
「貴様ーッ、あの方を愚弄するつもりかぁぁっ!!!」

 激昂して怒鳴りつける。
 一気に怒りのボルテージをあげた妹に、彼もタジタジだ。
 動揺しながらも弁解しようとするも、火に油を注いだらしい。

「い、いやあのね。別にバカにするつもりなんて」
「この根性なしのド貧弱めっ、私がこの場で叩き直してやるわ!」
「いやいやいやいやッ、待って!? な、縄引っ張らないで! 痛っ、いたいって! うぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 もうまさに一触即発の修羅場。
 そうこうするうちに向こうから。

「おい。なに騒いでんだ!」
「や、やべっ。逃げろ!!!」

 と人の声、そして複数人の足音。俺たちは慌ててその場から駆け出した。
 
「っ、時間稼ぎって……こういうことか!?」
「だとしたら大した演技力だよっ、あのバカ兄妹!」

 俺の言葉に息を弾ませてスチルが返す。

 ひたすら姿を見られないよう、足音を忍ばせ必死で走る。
 途中でさっきの声を聞き付けてか大勢の兵士とすれ違ったが、不思議と俺たちに目を向ける者はいなかった。

「はあっ、はぁ……ここまでくれば……って」

 はたと気づく。ここはどこだ? 
 すっかり様相の変わった辺りを見渡した。
 素っ気もない剥き出しの床は、重厚感がありつつ柔らかな深紅の絨毯じゅうたんが‪敷かれている。
 明らかに入ってきた時と景色が違う。

「ここから先は私がご案内します」

 いつの間にか兵士服を脱ぎ捨てたラヴィッツが微笑んだ。

「ここは居館パラス、いわゆる城の本体」

 王はもちろん王妃やその血族、あとは家臣だけでなく従者や召使いたちの住居や台所もあるらしい。
 なるほど、だから雰囲気も装飾も違うのか。
 同じ城内といっても広い分、色々な場所があるんだな。
 
「さあ。こちらです」

 何故か人の気配はまるでなかった。それだけじゃない、不自然なほどに静かすぎるんだ。
 
 シン、と張り詰めた空気は美しい絵画が飾られた廊下には不釣り合いで。

「ここも……

 スチルがつぶやくと、意外にもベルもうなずいた。

「うん、なんかこの辺りが一番ひどいね」

 クンクンと鼻を鳴らして辺りを見渡す。
 俺にはどうもよく分からない。ただ、城に足を踏み入れてからずっと嫌な空気が付きまとってくるのは感じていた。

「かなり胸の悪くなる魔法を使った痕跡だな」
「魔法ってのは、そんなに痕跡が残るのか?」

 俺の質問にスチルが口を開く。

「モノによるね。単なる回復魔法であっても痕跡自体は残る。でも、ここまで嫌な臭いとなると……」

 彼はふと、数メートル先を見つめて眉をひそめた。

「さっそく第一関門といった所か」

 そこには人影。そう、言葉通りに人型の影のようなモノがひっそりとたたずんでいたのだ。

「なんだあれ、魔物か?」

 俺たちは身構える。
 見るからにほんの腰くらいの背丈で、痩せた少年のような形のそれはごくわずか身動ぎしているらしい。

 まるで、揺らめく蝋燭ろうそくの炎のように。
 不気味な姿に唾を飲む。

「おいでってしてる」

 ベルがつぶやいた。たしかに左手 (らしき)をあげて、ヒラヒラさせている。手招いていると言えば、そうかもしれない。

「どうする」
「どうするってそりゃあ……」

 剣を抜き、握りしめる。ここで戦闘が始まるとか正直考えたくは無い。

 だってそうだろう、住居部分であるここで騒ぎは起こしたくは無いからな。でも、向こうが仕掛けてきたなら話は別だ。

「みんな、油断するなよ」

 いまだ手を振ってるだけの影に、少しずつ近づいていく。張り詰めた緊張感に、濃くなる重々しい空気。肌で感じるんだ、ベッタリと張り付くような。それでいてじんわりと痛みを感じる。
 とにかく、普通であれば一刻も早く逃げだしたくなるような。

 だがいつまでもそうやっていたって仕方ない。
 俺は深紅の絨毯を蹴った。一気に距離を詰めてやろうと思ったからだ。しかし。

「に、逃げた!?」

 なんとその影は、大きく揺らめいたと思った瞬間には驚くほどのスピードで走り出したのだ。
 驚きはしたが反射的に追いかける。
 人の気配のしない城の中での、奇妙な影との追い掛けごっこが始まった。
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