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冤罪の次は替え玉逮捕のススメ

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 拘束され、軍人達に引き立てられていくのは馬のマスクを被った奇妙な男。

「うおー、お、お、おれは無実だあああぁぁ!」
「チッ、やかましいわ。神妙にしろ、このクソロリコン犯罪者が、社会不適合者はブタ箱行きだからな」

 馬フェイスの男はぎこちなく叫び、それをピシャリと叱りつけたのは女軍人。

「い、いや、ひどっ……違った。ボク、じゃなくて。お、おれは王女誘拐なんてしてないぞー!」
「ふふん、ネタはあがってるのだ。だいたい毎日毎日、妹の職場に顔だして恥ずかしいったらないわ。このシスコン兄貴め」
「ちょっ、設定設定!! っていうか、恥ずかしがってる妹もまた可愛――ふぐぅッ!?」

 一人の兵士、これがまた子供みたく小柄な者が無言で拳を突き出しす。
 馬マスク男の脇腹を強かに打ったらしい、くぐもったうめき声と共に悶える。

「黙って行け」
「ひどいよ……なんでボクが……」

 ブツブツ文句垂れながらも歩く彼の肩を、俺はこっそり労うように叩いた。

「ま、がんばれよ」
「うぅ」

 もう分かるかもしれないが。俺の計画は非常に単純で、かつ危険を伴うものだった。

 王女誘拐の犯人を、この女軍人が逮捕して連行するという筋書き。ただそれだけなのだが、肝心なのは配役と目的だ。

 俺の身代わりを買って出てくれたのはアルワン。馬マスクをかぶっていればなんとかなるくらいの体格差だしな。
 最初はかなり渋っていたが、妹であるヴィオレッタの。

『お・に・い・さ・ま・♡』

 という上目遣い (というよりガンつけてた?)に釣られて了承してくれた。
 そして俺たちはそれぞれ、ヴィオレッタに頼んで調達した兵士の装備で歩く。
 だが。

「少しサイズが合わなかったみたいですね」

 ぽそりとつぶやいたのはラヴィッツだ。彼女だけじゃない、スチルもベルも俺以外の全員が部ブカブカで不格好な格好してるんだから仕方ない。

「申し訳ない。大変恐縮ですが、兵士の装備にお子様用はないもので」

 ヴィオレッタの言葉遣いこそ礼儀正しいがその口調のドゲトゲしいこと。こっちかハラハラしちまうくらいだ。
 でも実際は彼女というより、視線はベルの方に向いているから単純にあれは敵対心だな。

 まあ、うん。自分でいうのもめちゃくちゃ恥ずかしいが、どうやら俺はこの二人から好意を抱かれているらしい。 
 それこそ悪いが俺自身はそういった感情はないんだが。だって前の恋人に手酷く裏切られてきたんだぞ? 
 そんなの気になる方が、って。そこで大事なことに気づいた。

「ルティアス……」
「え?」
「は?」

 思わずその名をつぶやけば、同時に視線が刺さる。
 
 俺を捨ててあの男に心変わりした彼女だが、果たして幸せに暮らしているのだろうか。むしろこうなったら不幸な未来しかみえないんだが。
 だってそうだろう、カツパ達だってあの状態だ。己を信望していた者たちに

 現にラヴィッツだって呪いの餌食になっている。
 いくら元カノだといっても、かつて愛した人が絶望と悲哀に泣く姿なんて想像すらしたくねえよ。
 
「ふむ、それが過去の女の名か」
「メイト。元カノが忘れられないんだね」

 好戦的、または悲しげで健気や瞳にさらされて俺は慌てて首を横に振る。

「ち、違うって! 別に未練とかあるわけじゃ――」

 でもこれじゃまるで浮気男の下手な言い訳みたいだ。たまらずスチルを振り返る。

「あのな、困ったら僕を頼るのをやめろよな。バカ兄貴」
「ンなこと言ってもよぉ」

 非モテ人生をひた走ってきたせいか、こうやっていざ女性に目を向けられるとびびっちまうのは仕方ねえだろ。
 むしろシレッとハーレム生活満喫出来るのは、ある種でヤバい奴じゃねえのかって思うのだが。

「はいはい。どうでもいいけど、この後の計画はちゃんとしてるんだろうな?」
「そりゃもう当たり前よ」

 まずは王女誘拐の犯人を、俺たち扮する兵士とヴィオレッタ下士官が城に連行する。
 まずは内部に入り込めないと話にならないからな。

 そしていよいよタロ・メージとの対面という訳だ。

「そう上手くいくものか?」
「細かい事を考えても仕方ねえだろ。臨機応変だよ、臨機応変」
「まったく計画になってないじゃん」
「まあまあ」

 呆れ顔のスチルを宥めながら、俺はラヴィッツの方を気にかけていた。
 
『私も連れて行ってください!』

 暗殺の危険もあると止めたのに、彼女は頑なに主張した。
 
『私も仲間でしょう? それにあの隠し部屋の存在を知っているのは私と陛下自身だけです』

 確かにそうなんだ、ここで彼女は重要な情報源なんだけれども。

「あの箱入り娘なら大丈夫だろ」
「おい、言うに事欠いて王女を箱入り娘って」
「ちゃんと覚悟した上で僕たちについてきたんだろうよ」
「スチル」
「死ぬのが怖いからって、自らの運命を嘆いて逃げるタイプの娘には見えないってこと。だからあんたも仲間にしたんだろう」

 バカらしいとばかりに鼻を鳴らしつつも、そんな言葉をかけてくれる事に少し泣けた。
 なんだかんだで付き合いが長いせいだろうか、なんかもう考えていることも悟られちまうのかもしれない。
 言葉が継げずにいると。

「汚らしい顔してんじゃないよ。あ、それ元からか」
「おい!」

 前言撤回。やっぱりこいつは失礼なクソガキだ。
 頭でも小突いてやろうと思った矢先。

「貴様ら、少し静かにしろ。まずいな……」

 少し焦った様子のヴィオレッタの声に前を向く。向こうから、数人の兵士が歩いて来た。

「ヴィオレッタ下士官!」
「うむ。貴様達は、警ら活動パトロール中だったか」

 俺より幾分も若そうな男たちはどうやら軍の中でも下っ端で、主に街の巡回をしている兵士たちらしい。
 その中で一番先頭の青年が話しかけてきた。
 
「下士官、もしやこの馬面マスク男は……!」
「ああ。ラヴィッツ王女誘拐の被疑者だ」
「さすがヴィオレッタ下士官、すごいじゃないですか!!」

 キラキラとした賞賛に満ち溢れた目で、彼女を見つめている。

「私は職務を全うしたまでだがな」
「マジですごいッスよ、だって国賊であり卑劣なロリコン犯罪者を逮捕なんて。さすがです! オレ、めちゃくちゃ尊敬ッス」

 青年は短髪黒髪の爽やかなイケメンって感じ。どうやら普段から、上司を尊敬してやまないらしい。
 満更でもない顔の彼女。

「私みずから引渡しに行くところだ。貴様らは引き続き、職務である王都の平和を守ってくれたまえ」
「はいっ!オレたちもこの仕事に誇りをもって頑張ッス……って、あれ?」

 青年の視線がふと俺たちに向く。

「コイツら、誰ッスか。見かけない顔だし、子供?」

 や、やばい。
 当たり前だが確実に怪しんでいる。特に三人も小柄な、うち二人はまんま子供サイズの兵士なんて相当目立つもんな。

 幸い顔はヘルメットを深くかぶっているせいか、王女本人であることは指摘されなかったが。明らかに怪しまれてる。

 慌てふためく俺に対して、ヴィオレッタは静かに。

「ああ、そうだ。子供だな」
「!」
 
 そんな普通に認めちまうから絶句して仰天した。
 
「へっ? なんで子供がいるんスか!?」

 素っ頓狂な声をあげる青年と背後の兵士たち。
 しかし彼女はあくまで落ち着いていた。

「それはあれだ、うむ。そう…………就業体験インターンシップだ」
「い、いんたー???」

 目を白黒させる青年。そりゃそうだ。インターシップってなんだ、そんなもん聞いたことすらないぞ。

「貴様らのような立場ではまた知りえぬ情報かもしれんがな。こうやって優秀な人材を日々探しスカウトして、軍の仕事を体験させるという職務だ」
「え……」
 
 おいおい、下手なウソつくんじゃねえよ。さすがの部下もなんか首傾げてるし、周りも変な雰囲気になってるじゃねえか。
 
 いっその事ここで俺が暴れてこの場を有耶無耶にしてやろうか、なんて無謀な考えが頭をもたげた時だった。

「そうなんスねっ、オレ知らなかった!」

 より一層のキラキラな眼差しの青年と、大きく盛り上がる若い兵士たちに唖然。
 やれ国家機密情報スゲー、だの。むしろそれを知れた自分たちは選ばれた者たちなのかも!? だのとポジティブ・シンキング嵐だ。

 それには俺も呆れを通り越して、少し笑えてきた。

「いやぁ。すげェなっ、ガキども!」

 バンバンと俺たちの肩を叩いて豪快に笑う奴ら。

 うん、まあコイツら悪い人達じゃなさそうだ。むしろ底抜けにいいヤツらかも。でもこの飼い主が大好きでたまらないって感じの犬ころみたいな目つきも相まって、バカっぽく見えるのも確かで。

「……」

 アルワンの方をこっそりうかがうと、無言で小さく震えていた。
 こりゃあ、兄貴が気の毒だ。

「ヴィオレッタ下士官っ、お疲れ様です!」
「うむ、ご苦労」

 しまいには万歳三唱で見送られる始末に、もう俺たちは顔すらあげられない。

「よし行くぞ。兄さ……いや、ロリコン誘拐犯」
「うぅ」

 その馬マスクの下は泣いてる気がした。

 ――かくして俺たちは敵の元いっても過言ではない、王城に向かう。
 

 
 


 
 

 
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