ブラック企業社畜は転生したら残虐非道な領主様

田中 乃那加

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社畜、突然死

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 それは、働き方改革が叫ばれるほんの少し前の時代である。

「ぁ゙ぁぁ……」

 自宅にさえ帰れずのデスマーチを超えて、ようやくドアを開けた男の目の下には不健康そのもののがくっきり描かれていて。

 だだいま、だなんて声を出すことすら億劫で単身者用アパートの玄関に倒れ込む。

 ――死ぬ、もう本当に死ぬ。
 
 いやいっそ殺してくれと願うくらいには疲労困憊していた。

 そんな男の名前は蔵谷くらたに 恭蔵きょうぞう、どこにいでもいる平凡で普通の社畜だ。
 しかもとびきりブラックな企業でデスマーチ、つまり過酷すぎる労働状況からようやく解放されて帰宅となった身の上であるが。

「仕事辞めてぇ……」

 明日にでも辞表を、あの陰険で嫌味っぽく性格も悪い上司のハゲ頭にでも叩きつけてやれたらさぞやスッキリするだろう。

 ――でも。

 彼は氷河期と言われた世代で、文字通り血反吐を吐きながらやっとの思いで就職した会社。
 
 そうおいそれと辞めて次が見つかるのか。
 
「無理だよな」

 また両親に心配をかけたくない。そして。

に貢げなくなるの無理……」

 そうつぶやきながら重くてたまらない身体を引きずってやっと靴を脱ぐ。

 あの子たち――それは妹の子どもたち、つまり甥っ子と姪っ子のことである。

 こんな荒んだ生活にの中で唯一の癒しであった彼らの存在。
 月に一度、貴重な休みの中で実家に行けば会うことのできる、妹とその子供たちだ。

 妹は死別によるシングルマザーで実家暮らしなのだが、こんなくたびれたアラフォーの独身兄貴に対して特に嫌な顔ひとつするのことなく子ども達を近づけてくれる。

 ただ日々の不摂生や、ブラック企業務めということは心配されているのだが。

『休みが月一って。お兄ちゃん、このままじゃ過労死しちゃうんじゃないの』

 だなんて真剣な顔で言われた時は、誤魔化して苦笑いするしかなかった。

 ――俺なんて……辞めても次があるワケじゃなし。

 それどころか常にあの昭和脳のクソ上司には。

『お前の代わりなんていくらでもいるんだらな』

 なんて底意地の悪い顔でいわれる始末。
 実際そうなんだろうな、と思うのだから大人しくこうべを垂れるしかない。

「さて、と」
 
 いつまでも玄関でへたりこんでいる訳にはいかないので、入らない力を全身に込めた――その瞬間。

「…………え?」

 ドクン、と一際大きく鼓動が跳ね上がる。
 そして激しい痛みと衝撃を伴って、心臓が血液を全身に送る機能を緊急停止したのだ。

「がっ、ぁ゙!?」

 目の前が赤く光った。
 その後じわじわとそこに黒が混じり、苦しさに胸を掻きむしりながら芋虫のように玄関を這う。

「や゙っ……ぁ」

 ――あ、これダメなやつ。

 目眩動悸不整脈、これら全部経験したって比べ物にならない事態に混乱しつつもどこか受け入れている自分がいた。

「っ、ぐ」
 
 ――海來みらい海愛みあ

 酸欠になる脳みそで思い出すのは大切な甥っ子と姪っ子の顔。
 小さな手をのばして、おじさんではなくなぜか『キョウちゃん』と呼ぶ満面の笑みの五歳と三歳の愛しい子供たち。

 来週末は甥っ子、海來の誕生日だからプレゼントもちゃんと用意していたのだ。

 就業中に上司から浴びせられる嫌味も罵倒も、役員の前で詰められる会議も必死にこなしてきたのもこの有給をもぎ取るため。

 ――死んでっ、たまるか。

 うっかりすれば遠のいてしまうであろう意識を懸命に保とうと、頭を床に叩きつける。

「はっ……ぁ、はっ、はっ……」

 己の犬のような荒い息が耳障りすぎた。しかし彼は生きたかった。

 死にたくないし、死ぬ訳にはいかない。それだけを自身に言い聞かせフローリングを爪で傷つけながら這う。

「きゅ……きゅ、しゃ……」

 スマホは倒れ込んだ瞬間にポケットから落ちてそのまま向こうに転がってしまっている。
 とりあえず誰かに連絡しなければ。この一人暮らしの狭いアパートで孤独死なんて事になったら目も当てられない。

 ――嫌だ、死にたくない!

 心の中で必死に叫んだ時だった。

『はぁい、ご愁傷さま♡ ご臨終からの転生コースにようこそ♡』

 とその場にそぐわぬ明るく可愛らしいロリ声が脳内に響き、それと共に後頭部に鈍い音と衝撃。
 
「あ゙がッ!?」

 ゴトンと転がる見覚えもないを目の端で追うことも出来ず、かくして蔵谷 恭蔵(享年3×歳)は過労に起因する心不全と偶然にもその時落ちてきた花瓶が後頭部に直撃からの脳挫傷での死亡――つまり一人の社畜が孤独死したのであった。











 


 

 
 
 
 

 
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