ブラック企業社畜は転生したら残虐非道な領主様

田中 乃那加

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領主様は〇にました

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 部屋を満たす重々しい空気の中、不意に言葉を発したのはガルムであった。

「まあまあお二人さん」

 穏やかに彼らの中に割って入る。

「クラウスもそんなに深刻になることでもないよ」
「お前何言って……」
「だって血の繋がりはともかく、クラウスは愛しい我が子だと思ってヨハン君を育ててきたじゃないか」

 その言葉にハッとする。
 そうだ。誰になんと言われようがクラウスは子ども達を愛してきたのだ。

 それが例え、息子に暗殺される未来回避が動機だとしても単なるきっかけに過ぎない。

 ――そうだ、諦めてたまるか。

 彼は軽く歯を食いしばった。
 親が子を見放すなんて、どうしても出来なかったのだ。

「ヨハン。俺はお前がなんと言おうが……」
「おいふざけんなッ!」

 改めて息子への言葉を紡ごうと思うも当の本人に荒々しく遮られる。

「お前はそこまでして僕の邪魔がしたいのか!?」

 怒りを滲ませながらガルムを睨みつけるヨハンにもやはり彼は動じることはなかった。
 むしろ笑みを深くしているのだ。

「当たり前さ。先に彼をめちゃくちゃにしたんだから」
「はぁ? めちゃくちゃって。僕とお父様は愛し合ったんだ」
「近親相姦レイプしたってだけでしょ。こっちにいたってはクラウスを助けて、さらに恋人にまでなったんだから」
「あ゙? 恋人ぉ!?」

 どうやらヨハンは息子としてじゃなく男として自分を見ろ、と必死にアピール (になっていないが)しているのに横からガルムが『親子』をキーワードに煽ってくるのだから。

「本当ですかお父様!」
「え、まぁ……そういう約束……」
「はぁぁぁ!?」

 彼はもはや発狂寸前の声をあげる。

「僕が必死に貴方のことを探している間にっ、なんで他の男と!」
「いやそれは……」
「だいたいガルム、お前が最低じゃないか!!」

 クラウスに詰め寄っていたものの、ビシッと彼に指を突きつけた。

「金の力でモノ言わせやがって。どうせ卑劣なお前のことだ、助けてやったからとか言ってお父様を無理やり――」
「あはは、君と一緒にしないで欲しいなぁ」

 やれやれと肩をすくめ首を振る仕草はまたヨハンを苛立たせたらしい。というかここまでヒステリックな青年であったかとクラウスは思うと同時に胸が痛む。

 ――この子をここまでにしたの俺なんだ。

 どうしたら我が子の満たされぬ心が埋まり、健全な親子関係が構築できるのか。考えれば途方もないが、それでも逃げてはいけなかったのだという結論に至ったのだ。

「ねえクラウス」

 気づけば目の前に跪くのはガルムであった。
 そして何気ない仕草で手をとられ、呆気にとられる彼に告げられた言葉。

「恋人として乞うよ。君を故郷に連れて帰りたい」
「へ?」
「出来れば妻として、もちろん抵抗があるならまずはどんな形でも」

 突然何を言い出すのだろう、というのと真っ直ぐな瞳に見つめられ何も言えなくなる。
 しかし。

「こ、恋人って……」

 三日の約束ではなかったのかとようやく口にするものの。

「まだ今日はその三日目だね」

 と笑顔で返されてしまいまた言葉に詰まる。
 そうこうしている間にクラウスは自らの指にはめられた指輪リングに目を見開いた。

「僕は君を傷つけることもしないし、ただ隣にいられるだけで幸せなんだ」
「でもそんな俺は……」
「性別や年齢を言い訳にして逃げることだけはもうしたくない。

 少し寂しげに微笑んだ瞳と目が合う。するともうそれ以上、拒絶の言葉が吐けなくなった。
 しかし。
 
「そんな安っぽい指輪、お父様にふさわしいわけないだろう!」

 怒りを隠さず声をあげたのはやはりヨハンで。綺麗にセットされていたであろう髪をガシガシと掻きむしって苛立っている。

「お父様もお父様だ。愛しい息子から逃げ出したりして、これは立派な児童虐待、ネグレクトだ!」
「……君ね、いくつだと思ってんの。それに愛しいなんて自分から言うもんじゃないだろ」

 そんな彼に対して呆れた様子のガルムの言うことはもっともである。しかしまたもや噛みつきそうな顔の彼は怒鳴った。

「うるさいうるさいうるさい! 親子の間に口を挟むな部外者!!」
「残念、前世でも今世でも僕は彼と結ばれる運命でしたー」
「黙れ!! 息子の僕の方がずっと近くで見てきたんだ! ずっとずっと……」

 しまいには肩を震わせ両手で顔を覆ってしまった。
 そして一言。

「せっかく生まれ変わってもう一度貴方に会えたのに!!!」
「……え?」
 
 
 この言葉はクラウスの心に大きな衝撃を与えた。

 しかし想定はできた話なのである。
 現に目の前の男は前世で繋がりのあった者だ。そして十数年も共にいた息子さえ、前世の彼を知る人間だったなんて。

「うそ……だろ……」

 動揺で上手く喋れないクラウスにヨハンが思い詰めた様子で頷いた。

「クラウス。いいや、恭蔵。貴方が死んだ時、私はまだ子どもだった」

 どうして気づかなかったのだろう。彼は前世では妹の子ども、つまり甥っ子だったのだ。
 
「み、海來?」
「ちゃんと覚えててくれたんだ」

 嬉しそうに、しかし切なそうに顔を歪める彼の姿にいよいよこれが嘘でもなんでもないことを悟る。

「あの時からずっと好きだった。妹や私にプレゼントをくれるのも嬉しかったけど、それより貴方に会えることが何よりも」

 確かになつかれていた。妹や母曰く、普段は年齢より落ち着いた男の子であったはずが、叔父である恭蔵といる時はものすごくはしゃぎヤキモチも妬いた。

『恭蔵は僕の! 海愛 (妹)は抱きついたら駄目!!』

 そう言って癇癪を起こしたことさえある。
 そんな時、彼がおろおろとなだめると幼子は目にたっぷりと涙を浮かべて。

『僕、恭蔵と結婚する……おねがい……幸せにするから』
 
 と頬にキスをしてとせがむのだ。

「なのになんでこんな男と」
「え~? こんな男ってひどいなぁ。僕だってここまで惚れたのは前世も今世も彼だけだってば。ヨハン君だけじゃないよ」
「貴様みたいな者と一緒にするな!」

 取り乱し嘆く彼に口を挟むのはガルムで、またもや一触即発となってしまう。

 それを止めなければならないはずなのに。

 ――俺はどうすべきなんだ。

 クラウスは戸惑っていた。
 それは言うなれば双方から突きつけられた銃口のように重い。

 言い争う彼らを前に、彼はジリジリと後ずさった。

 ――もうダメだ、耐えられない。

 悪手だとは百も承知。しかしもう逃げるしか出来なかった。

 そっと部屋の外に出ようとした所で。

「クラウス!」
「お父様!?」

 と声をあげられ、そこから慌てて部屋から逃走。背中で次々と投げかけられる言葉からことごとく耳をふさいで宿屋の廊下を駆けた。

 ――もうたくさんだ。

 愛というより執着。そしてそれは己が思った以上に根深く、すべてを絡め取られそうで恐ろしかったのだ。

「っ、は、ぁ……つ、つかれ、たぁ」

 普段の運動不足がたたったアラフォーである。
 ハァハァと無様な呼吸とともにそのスピードは徐々に遅くなっていく。
 
「ちょ、無理……もうほんと……無理」

 体力的にも精神的にも限界だった。
 
 ――ああもうやっぱり逃げよう。ごめん、俺の責任感もモラルもここまでだ。

 あれはもはや健全な親子なんて言ってられない。
 だいたい甥っ子達とも別に変な関係はなかったのだ。ただ結婚さえ絶望的な自分が唯一慈しむことのできる子どもという存在。

 だから彼らの母親である妹の許可を得て、できる限りの『甘やかし』をしていたのだが。

 ――ずっと俺のこと父親だって思って見てなかったってことじゃないか!

 その事実が逃げ出したくなるほど怖かったのである。
 
「……」
 
 そうしてついに立ち止まろうとした時であった。
 すでに宿屋の外に出て、すっかり夜の更けた往来にいたクラウスの背後。

「おい」
「!」

 ふいにかけられた声に振り返ったのはほぼ反射である。
 しかしそれがとなった。

「んぇ゙?」

 最初は冷たいなにかを腹部に押し付けられた、そう思ったのだ。しかしそこから急激に熱く鋭い痛みに変化したのは声をかけられてからゆうに数秒経過した頃である。

「あ゙っ、あ、な゙に……?」
「やっとつかまえた」

 それは見上げるほどの大男。そして知った声と顔であった。

「じゃ……っく……なの、か」

 クラウスを屋敷から連れ出した男。彼もまた垣間見せる異常な執着と監禁状態に困惑してこれまた逃亡した相手。

 久方ぶりの再会。しかもそれは突然過ぎた。
 なんと声をかければいいのかと考え始めた時、クラウスの思考とは裏腹に身体が先に悲鳴をあげる。

「あ゙あ、あ、あ!?」

 ――痛い痛い痛い痛い!

 ここでようやく自分の腹部に深々と刺さったナイフの存在に気づく。

「なん゙っ、でぇ……おれ゙、刺され゙……ッ」
「こうするしかなかった」

 男は淡々とした口調で言い、そして口元を歪める笑みをみせた。



 それがなんの事か理解するより先にクラウスの身体は力なく崩れ落ちる。

「あ……ぁ」
「俺ならきっとお前を幸せにしてやれる。だから待っててくれ」

 そんなジャックの優しげな言葉も、大量出血によって虫の息である彼には届かない。

 ――俺は、死ぬのか。刺されて、このまま。

 走馬灯というのだろうか。さまざな光景が脳内に駆け巡る。

 それらは転生の記憶を取り戻してから十数年。幼かった子どもたちの姿や執事、メイドたちとの生活。
 そして何度もみた悪夢の残骸がまるで下手くそなコラージュ画のように細切れにまたたいていく。

 ――ああもういいや。

 これで解放される、心を壊すような愛情や執着から。
 
 薄れゆく意識の中で一抹の安堵とともにクラウスはゆっくり目を閉じた。

 ――次はどんな人生に転生できるんだろう……。

 願わくば穏やかな生活でありますように、と小さく呟いた。




 こうしてクラウス・フォン・ヴァルヘルムは三十三年という短い生涯を終えたのである。
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