34 / 38
領主様は〇にました
しおりを挟む
部屋を満たす重々しい空気の中、不意に言葉を発したのはガルムであった。
「まあまあお二人さん」
穏やかに彼らの中に割って入る。
「クラウスもそんなに深刻になることでもないよ」
「お前何言って……」
「だって血の繋がりはともかく、クラウスは愛しい我が子だと思ってヨハン君を育ててきたじゃないか」
その言葉にハッとする。
そうだ。誰になんと言われようがクラウスは子ども達を愛してきたのだ。
それが例え、息子に暗殺される未来回避が動機だとしても単なるきっかけに過ぎない。
――そうだ、諦めてたまるか。
彼は軽く歯を食いしばった。
親が子を見放すなんて、どうしても出来なかったのだ。
「ヨハン。俺はお前がなんと言おうが……」
「おいふざけんなッ!」
改めて息子への言葉を紡ごうと思うも当の本人に荒々しく遮られる。
「お前はそこまでして僕の邪魔がしたいのか!?」
怒りを滲ませながらガルムを睨みつけるヨハンにもやはり彼は動じることはなかった。
むしろ笑みを深くしているのだ。
「当たり前さ。先に彼をめちゃくちゃにしたんだから」
「はぁ? めちゃくちゃって。僕とお父様は愛し合ったんだ」
「近親相姦レイプしたってだけでしょ。こっちにいたってはクラウスを助けて、さらに恋人にまでなったんだから」
「あ゙? 恋人ぉ!?」
どうやらヨハンは息子としてじゃなく男として自分を見ろ、と必死にアピール (になっていないが)しているのに横からガルムが『親子』をキーワードに煽ってくるのだから。
「本当ですかお父様!」
「え、まぁ……そういう約束……」
「はぁぁぁ!?」
彼はもはや発狂寸前の声をあげる。
「僕が必死に貴方のことを探している間にっ、なんで他の男と!」
「いやそれは……」
「だいたいガルム、お前が最低じゃないか!!」
クラウスに詰め寄っていたものの、ビシッと彼に指を突きつけた。
「金の力でモノ言わせやがって。どうせ卑劣なお前のことだ、助けてやったからとか言ってお父様を無理やり――」
「あはは、君と一緒にしないで欲しいなぁ」
やれやれと肩をすくめ首を振る仕草はまたヨハンを苛立たせたらしい。というかここまでヒステリックな青年であったかとクラウスは思うと同時に胸が痛む。
――この子をここまでにしたの俺なんだ。
どうしたら我が子の満たされぬ心が埋まり、健全な親子関係が構築できるのか。考えれば途方もないが、それでも逃げてはいけなかったのだという結論に至ったのだ。
「ねえクラウス」
気づけば目の前に跪くのはガルムであった。
そして何気ない仕草で手をとられ、呆気にとられる彼に告げられた言葉。
「恋人として乞うよ。君を故郷に連れて帰りたい」
「へ?」
「出来れば妻として、もちろん抵抗があるならまずはどんな形でも」
突然何を言い出すのだろう、というのと真っ直ぐな瞳に見つめられ何も言えなくなる。
しかし。
「こ、恋人って……」
三日の約束ではなかったのかとようやく口にするものの。
「まだ今日はその三日目だね」
と笑顔で返されてしまいまた言葉に詰まる。
そうこうしている間にクラウスは自らの指にはめられた指輪に目を見開いた。
「僕は君を傷つけることもしないし、ただ隣にいられるだけで幸せなんだ」
「でもそんな俺は……」
「性別や年齢を言い訳にして逃げることだけはもうしたくない。あの時のように」
少し寂しげに微笑んだ瞳と目が合う。するともうそれ以上、拒絶の言葉が吐けなくなった。
しかし。
「そんな安っぽい指輪、お父様にふさわしいわけないだろう!」
怒りを隠さず声をあげたのはやはりヨハンで。綺麗にセットされていたであろう髪をガシガシと掻きむしって苛立っている。
「お父様もお父様だ。愛しい息子から逃げ出したりして、これは立派な児童虐待、ネグレクトだ!」
「……君ね、いくつだと思ってんの。それに愛しいなんて自分から言うもんじゃないだろ」
そんな彼に対して呆れた様子のガルムの言うことはもっともである。しかしまたもや噛みつきそうな顔の彼は怒鳴った。
「うるさいうるさいうるさい! 親子の間に口を挟むな部外者!!」
「残念、前世でも今世でも僕は彼と結ばれる運命でしたー」
「黙れ!! 息子の僕の方がずっと近くで見てきたんだ! ずっとずっと……」
しまいには肩を震わせ両手で顔を覆ってしまった。
そして一言。
「せっかく生まれ変わってもう一度貴方に会えたのに!!!」
「……え?」
生まれ変わってもう一度会えた。
この言葉はクラウスの心に大きな衝撃を与えた。
しかし想定はできた話なのである。
現に目の前の男は前世で繋がりのあった者だ。そして十数年も共にいた息子さえ、前世の彼を知る人間だったなんて。
「うそ……だろ……」
動揺で上手く喋れないクラウスにヨハンが思い詰めた様子で頷いた。
「クラウス。いいや、恭蔵。貴方が死んだ時、私はまだ子どもだった」
どうして気づかなかったのだろう。彼は前世では妹の子ども、つまり甥っ子だったのだ。
「み、海來?」
「ちゃんと覚えててくれたんだ」
嬉しそうに、しかし切なそうに顔を歪める彼の姿にいよいよこれが嘘でもなんでもないことを悟る。
「あの時からずっと好きだった。妹や私にプレゼントをくれるのも嬉しかったけど、それより貴方に会えることが何よりも」
確かになつかれていた。妹や母曰く、普段は年齢より落ち着いた男の子であったはずが、叔父である恭蔵といる時はものすごくはしゃぎヤキモチも妬いた。
『恭蔵は僕の! 海愛 (妹)は抱きついたら駄目!!』
そう言って癇癪を起こしたことさえある。
そんな時、彼がおろおろとなだめると幼子は目にたっぷりと涙を浮かべて。
『僕、恭蔵と結婚する……おねがい……幸せにするから』
と頬にキスをしてとせがむのだ。
「なのになんでこんな男と」
「え~? こんな男ってひどいなぁ。僕だってここまで惚れたのは前世も今世も彼だけだってば。ヨハン君だけじゃないよ」
「貴様みたいな者と一緒にするな!」
取り乱し嘆く彼に口を挟むのはガルムで、またもや一触即発となってしまう。
それを止めなければならないはずなのに。
――俺はどうすべきなんだ。
クラウスは戸惑っていた。
それは言うなれば双方から突きつけられた銃口のように重い。
言い争う彼らを前に、彼はジリジリと後ずさった。
――もうダメだ、耐えられない。
悪手だとは百も承知。しかしもう逃げるしか出来なかった。
そっと部屋の外に出ようとした所で。
「クラウス!」
「お父様!?」
と声をあげられ、そこから慌てて部屋から逃走。背中で次々と投げかけられる言葉からことごとく耳をふさいで宿屋の廊下を駆けた。
――もうたくさんだ。
愛というより執着。そしてそれは己が思った以上に根深く、すべてを絡め取られそうで恐ろしかったのだ。
「っ、は、ぁ……つ、つかれ、たぁ」
普段の運動不足がたたったアラフォーである。
ハァハァと無様な呼吸とともにそのスピードは徐々に遅くなっていく。
「ちょ、無理……もうほんと……無理」
体力的にも精神的にも限界だった。
――ああもうやっぱり逃げよう。ごめん、俺の責任感もモラルもここまでだ。
あれはもはや健全な親子なんて言ってられない。
だいたい甥っ子達とも別に変な関係はなかったのだ。ただ結婚さえ絶望的な自分が唯一慈しむことのできる子どもという存在。
だから彼らの母親である妹の許可を得て、できる限りの『甘やかし』をしていたのだが。
――ずっと俺のこと父親だって思って見てなかったってことじゃないか!
その事実が逃げ出したくなるほど怖かったのである。
「……」
そうしてついに立ち止まろうとした時であった。
すでに宿屋の外に出て、すっかり夜の更けた往来にいたクラウスの背後。
「おい」
「!」
ふいにかけられた声に振り返ったのはほぼ反射である。
しかしそれが最期となった。
「んぇ゙?」
最初は冷たいなにかを腹部に押し付けられた、そう思ったのだ。しかしそこから急激に熱く鋭い痛みに変化したのは声をかけられてからゆうに数秒経過した頃である。
「あ゙っ、あ、な゙に……?」
「やっとつかまえた」
それは見上げるほどの大男。そして知った声と顔であった。
「じゃ……っく……なの、か」
クラウスを屋敷から連れ出した男。彼もまた垣間見せる異常な執着と監禁状態に困惑してこれまた逃亡した相手。
久方ぶりの再会。しかもそれは突然過ぎた。
なんと声をかければいいのかと考え始めた時、クラウスの思考とは裏腹に身体が先に悲鳴をあげる。
「あ゙あ、あ、あ!?」
――痛い痛い痛い痛い!
ここでようやく自分の腹部に深々と刺さったナイフの存在に気づく。
「なん゙っ、でぇ……おれ゙、刺され゙……ッ」
「こうするしかなかった」
男は淡々とした口調で言い、そして口元を歪める笑みをみせた。
「次は俺の番だ」
それがなんの事か理解するより先にクラウスの身体は力なく崩れ落ちる。
「あ……ぁ」
「俺ならきっとお前を幸せにしてやれる。だから待っててくれ」
そんなジャックの優しげな言葉も、大量出血によって虫の息である彼には届かない。
――俺は、死ぬのか。刺されて、このまま。
走馬灯というのだろうか。さまざな光景が脳内に駆け巡る。
それらは転生の記憶を取り戻してから十数年。幼かった子どもたちの姿や執事、メイドたちとの生活。
そして何度もみた悪夢の残骸がまるで下手くそなコラージュ画のように細切れにまたたいていく。
――ああもういいや。
これで解放される、心を壊すような愛情や執着から。
薄れゆく意識の中で一抹の安堵とともにクラウスはゆっくり目を閉じた。
――次はどんな人生に転生できるんだろう……。
願わくば穏やかな生活でありますように、と小さく呟いた。
こうしてクラウス・フォン・ヴァルヘルムは三十三年という短い生涯を終えたのである。
「まあまあお二人さん」
穏やかに彼らの中に割って入る。
「クラウスもそんなに深刻になることでもないよ」
「お前何言って……」
「だって血の繋がりはともかく、クラウスは愛しい我が子だと思ってヨハン君を育ててきたじゃないか」
その言葉にハッとする。
そうだ。誰になんと言われようがクラウスは子ども達を愛してきたのだ。
それが例え、息子に暗殺される未来回避が動機だとしても単なるきっかけに過ぎない。
――そうだ、諦めてたまるか。
彼は軽く歯を食いしばった。
親が子を見放すなんて、どうしても出来なかったのだ。
「ヨハン。俺はお前がなんと言おうが……」
「おいふざけんなッ!」
改めて息子への言葉を紡ごうと思うも当の本人に荒々しく遮られる。
「お前はそこまでして僕の邪魔がしたいのか!?」
怒りを滲ませながらガルムを睨みつけるヨハンにもやはり彼は動じることはなかった。
むしろ笑みを深くしているのだ。
「当たり前さ。先に彼をめちゃくちゃにしたんだから」
「はぁ? めちゃくちゃって。僕とお父様は愛し合ったんだ」
「近親相姦レイプしたってだけでしょ。こっちにいたってはクラウスを助けて、さらに恋人にまでなったんだから」
「あ゙? 恋人ぉ!?」
どうやらヨハンは息子としてじゃなく男として自分を見ろ、と必死にアピール (になっていないが)しているのに横からガルムが『親子』をキーワードに煽ってくるのだから。
「本当ですかお父様!」
「え、まぁ……そういう約束……」
「はぁぁぁ!?」
彼はもはや発狂寸前の声をあげる。
「僕が必死に貴方のことを探している間にっ、なんで他の男と!」
「いやそれは……」
「だいたいガルム、お前が最低じゃないか!!」
クラウスに詰め寄っていたものの、ビシッと彼に指を突きつけた。
「金の力でモノ言わせやがって。どうせ卑劣なお前のことだ、助けてやったからとか言ってお父様を無理やり――」
「あはは、君と一緒にしないで欲しいなぁ」
やれやれと肩をすくめ首を振る仕草はまたヨハンを苛立たせたらしい。というかここまでヒステリックな青年であったかとクラウスは思うと同時に胸が痛む。
――この子をここまでにしたの俺なんだ。
どうしたら我が子の満たされぬ心が埋まり、健全な親子関係が構築できるのか。考えれば途方もないが、それでも逃げてはいけなかったのだという結論に至ったのだ。
「ねえクラウス」
気づけば目の前に跪くのはガルムであった。
そして何気ない仕草で手をとられ、呆気にとられる彼に告げられた言葉。
「恋人として乞うよ。君を故郷に連れて帰りたい」
「へ?」
「出来れば妻として、もちろん抵抗があるならまずはどんな形でも」
突然何を言い出すのだろう、というのと真っ直ぐな瞳に見つめられ何も言えなくなる。
しかし。
「こ、恋人って……」
三日の約束ではなかったのかとようやく口にするものの。
「まだ今日はその三日目だね」
と笑顔で返されてしまいまた言葉に詰まる。
そうこうしている間にクラウスは自らの指にはめられた指輪に目を見開いた。
「僕は君を傷つけることもしないし、ただ隣にいられるだけで幸せなんだ」
「でもそんな俺は……」
「性別や年齢を言い訳にして逃げることだけはもうしたくない。あの時のように」
少し寂しげに微笑んだ瞳と目が合う。するともうそれ以上、拒絶の言葉が吐けなくなった。
しかし。
「そんな安っぽい指輪、お父様にふさわしいわけないだろう!」
怒りを隠さず声をあげたのはやはりヨハンで。綺麗にセットされていたであろう髪をガシガシと掻きむしって苛立っている。
「お父様もお父様だ。愛しい息子から逃げ出したりして、これは立派な児童虐待、ネグレクトだ!」
「……君ね、いくつだと思ってんの。それに愛しいなんて自分から言うもんじゃないだろ」
そんな彼に対して呆れた様子のガルムの言うことはもっともである。しかしまたもや噛みつきそうな顔の彼は怒鳴った。
「うるさいうるさいうるさい! 親子の間に口を挟むな部外者!!」
「残念、前世でも今世でも僕は彼と結ばれる運命でしたー」
「黙れ!! 息子の僕の方がずっと近くで見てきたんだ! ずっとずっと……」
しまいには肩を震わせ両手で顔を覆ってしまった。
そして一言。
「せっかく生まれ変わってもう一度貴方に会えたのに!!!」
「……え?」
生まれ変わってもう一度会えた。
この言葉はクラウスの心に大きな衝撃を与えた。
しかし想定はできた話なのである。
現に目の前の男は前世で繋がりのあった者だ。そして十数年も共にいた息子さえ、前世の彼を知る人間だったなんて。
「うそ……だろ……」
動揺で上手く喋れないクラウスにヨハンが思い詰めた様子で頷いた。
「クラウス。いいや、恭蔵。貴方が死んだ時、私はまだ子どもだった」
どうして気づかなかったのだろう。彼は前世では妹の子ども、つまり甥っ子だったのだ。
「み、海來?」
「ちゃんと覚えててくれたんだ」
嬉しそうに、しかし切なそうに顔を歪める彼の姿にいよいよこれが嘘でもなんでもないことを悟る。
「あの時からずっと好きだった。妹や私にプレゼントをくれるのも嬉しかったけど、それより貴方に会えることが何よりも」
確かになつかれていた。妹や母曰く、普段は年齢より落ち着いた男の子であったはずが、叔父である恭蔵といる時はものすごくはしゃぎヤキモチも妬いた。
『恭蔵は僕の! 海愛 (妹)は抱きついたら駄目!!』
そう言って癇癪を起こしたことさえある。
そんな時、彼がおろおろとなだめると幼子は目にたっぷりと涙を浮かべて。
『僕、恭蔵と結婚する……おねがい……幸せにするから』
と頬にキスをしてとせがむのだ。
「なのになんでこんな男と」
「え~? こんな男ってひどいなぁ。僕だってここまで惚れたのは前世も今世も彼だけだってば。ヨハン君だけじゃないよ」
「貴様みたいな者と一緒にするな!」
取り乱し嘆く彼に口を挟むのはガルムで、またもや一触即発となってしまう。
それを止めなければならないはずなのに。
――俺はどうすべきなんだ。
クラウスは戸惑っていた。
それは言うなれば双方から突きつけられた銃口のように重い。
言い争う彼らを前に、彼はジリジリと後ずさった。
――もうダメだ、耐えられない。
悪手だとは百も承知。しかしもう逃げるしか出来なかった。
そっと部屋の外に出ようとした所で。
「クラウス!」
「お父様!?」
と声をあげられ、そこから慌てて部屋から逃走。背中で次々と投げかけられる言葉からことごとく耳をふさいで宿屋の廊下を駆けた。
――もうたくさんだ。
愛というより執着。そしてそれは己が思った以上に根深く、すべてを絡め取られそうで恐ろしかったのだ。
「っ、は、ぁ……つ、つかれ、たぁ」
普段の運動不足がたたったアラフォーである。
ハァハァと無様な呼吸とともにそのスピードは徐々に遅くなっていく。
「ちょ、無理……もうほんと……無理」
体力的にも精神的にも限界だった。
――ああもうやっぱり逃げよう。ごめん、俺の責任感もモラルもここまでだ。
あれはもはや健全な親子なんて言ってられない。
だいたい甥っ子達とも別に変な関係はなかったのだ。ただ結婚さえ絶望的な自分が唯一慈しむことのできる子どもという存在。
だから彼らの母親である妹の許可を得て、できる限りの『甘やかし』をしていたのだが。
――ずっと俺のこと父親だって思って見てなかったってことじゃないか!
その事実が逃げ出したくなるほど怖かったのである。
「……」
そうしてついに立ち止まろうとした時であった。
すでに宿屋の外に出て、すっかり夜の更けた往来にいたクラウスの背後。
「おい」
「!」
ふいにかけられた声に振り返ったのはほぼ反射である。
しかしそれが最期となった。
「んぇ゙?」
最初は冷たいなにかを腹部に押し付けられた、そう思ったのだ。しかしそこから急激に熱く鋭い痛みに変化したのは声をかけられてからゆうに数秒経過した頃である。
「あ゙っ、あ、な゙に……?」
「やっとつかまえた」
それは見上げるほどの大男。そして知った声と顔であった。
「じゃ……っく……なの、か」
クラウスを屋敷から連れ出した男。彼もまた垣間見せる異常な執着と監禁状態に困惑してこれまた逃亡した相手。
久方ぶりの再会。しかもそれは突然過ぎた。
なんと声をかければいいのかと考え始めた時、クラウスの思考とは裏腹に身体が先に悲鳴をあげる。
「あ゙あ、あ、あ!?」
――痛い痛い痛い痛い!
ここでようやく自分の腹部に深々と刺さったナイフの存在に気づく。
「なん゙っ、でぇ……おれ゙、刺され゙……ッ」
「こうするしかなかった」
男は淡々とした口調で言い、そして口元を歪める笑みをみせた。
「次は俺の番だ」
それがなんの事か理解するより先にクラウスの身体は力なく崩れ落ちる。
「あ……ぁ」
「俺ならきっとお前を幸せにしてやれる。だから待っててくれ」
そんなジャックの優しげな言葉も、大量出血によって虫の息である彼には届かない。
――俺は、死ぬのか。刺されて、このまま。
走馬灯というのだろうか。さまざな光景が脳内に駆け巡る。
それらは転生の記憶を取り戻してから十数年。幼かった子どもたちの姿や執事、メイドたちとの生活。
そして何度もみた悪夢の残骸がまるで下手くそなコラージュ画のように細切れにまたたいていく。
――ああもういいや。
これで解放される、心を壊すような愛情や執着から。
薄れゆく意識の中で一抹の安堵とともにクラウスはゆっくり目を閉じた。
――次はどんな人生に転生できるんだろう……。
願わくば穏やかな生活でありますように、と小さく呟いた。
こうしてクラウス・フォン・ヴァルヘルムは三十三年という短い生涯を終えたのである。
24
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています
水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。
そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。
アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。
しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった!
リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。
隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか?
これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。
終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす
河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。
悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる