ブラック企業社畜は転生したら残虐非道な領主様

田中 乃那加

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執着点の先はメビウスの輪

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「――っ、!!」

 ガクンッと全身の筋肉が軽く痙攣する感覚。そしてそのまま唐突な衝撃でクラウスは再び目を覚ました。

「いっ……!?」

 痛い、と呻くことさえ出来ないくらい混乱する。
 なにせ気付けば見覚えのある大理石の床に倒れ込んでいたのだから。

「クラウス様!」

 途端に響く、メイドたちの慌てふためく声。
 するとあれよあれよという間に駆け寄ってくる複数の足音にも彼は反応することが出来なかった。

「えっと……」
「大丈夫でございますか」
「あ、ああ」

 ――っていうかここって。

 見渡せば我が家、つまりヴァルヘルム家一室である。
 
「クラウス様、どこかお怪我はありませんか」
「リュウス君!?」

 切れ長の目に心配を滲ませた美男子が目の前に膝をついていた。
 それはひどく懐かしい顔。執事兼、秘書をしていた青年である。

「ほ、本当にリュウス君だよな」
「クラウス様……」

 思わず疑問を口にすれば彼はいっそう表情を曇らせた。
 
「やはり頭など打ったのでは。今すぐ医師を呼びましょう」
「まままっ、待って!! 大丈夫だから! ほら元気! こんなにも元気だから」

 状況が読めないがとりあえず大事にしたくない一心で執事を止める。
 そうして改めて周囲を眺めた。

 ――やっぱりここは屋敷だ。

 しかも彼自身の寝室で、格好を見下ろしても就寝中にベッドから転げ落ちたらしい。

「やはりクラウス様の身になにかありますと……」
「いやいや大丈夫だよ。ちょっと寝起きでボケちゃっただけ」
「左様でございますか」

 疑い半分といった様子のリュウスをなだめながら、クラウスはなんとか状況を整理しようと頭をフル回転させる。

 ――確かに俺はあの時に殺されたんだよな。

 それともあれは長い悪夢であったというのだろうか。

 到底夢や幻とは思えないくらいリアリティのある感覚であった。痛みや熱、そしてあの絶望感と安堵。

 そんなことを思い出して小さくため息をついた時だ。



 低い声が部屋に響いたと思った瞬間に、クラウスはその場で抱きすくめられていた。

「!?!?!?」
「あまりオレを心配させないでくれ、父上」
「へ?」

 それは自分よりずっと身長も高くガタイも良い男。顔はどこか危険な香りのする美形。
 なによりクラウスはその顔を知っていた。

「……ジャック、だよな」

 自分を刺し殺した男の名前をつぶやく。あの記憶と寸分違わぬ顔がこちらを見下ろしていた。

 ――なんでこいつがいるんだ。

 いわばならず者である彼が堂々とこの場に現れるなんて予想外である。
 困惑で言葉さえ継げずにいるクラウスの頬をジャックは優しく撫でる。

「ああそうだ。父上の息子のジャックだ」

 ――息子……? こいつが?

 息子はヨハンだけだったはずだ。しかしそう口に出すまでにリュウスが進み出た。

「ジャック様、医師の手配はいかがしましょう」

 彼の言葉もまた衝撃的であった。
 

「そうだな」

 そしてこの男もごく当然といった様子でそれを受け入れ、少し考える素振りを見せたあと。

「一応大事をとって、だな。すぐにかかりつけ医を呼んでくれ」
「御意」

 と慌ただしくメイドや執事たちが出ていったあと、気付けば彼はジャックと二人きりとなっていた。

「……どういうつもりだ」

 数秒の沈黙さえ耐えきれずに低く言葉を発したのはクラウスの方である。

「どういうつもりもなにも。オレは父上に万が一の事がなければと医師を呼ぶよう指示しただけだが」
「そういう事じゃない」

 ベッドに腰掛け、その傍らに立っている男を見上げながらも口を開いた。

「俺の息子は一人だったはずだ」
「……」
「答えろ。まさか君が俺の息子だっていうのか」

 そもそもヨハンはどこにいるのだろう。先程からさりげなく視線を走らせるも気配すらないのが気にかかった。

 しかしジャックは一瞬だけ驚いたような顔をしたものの、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

「なんだ
「っ、やっぱりお前が俺のことを……!」
「刺し殺したがどうかしたか」
「!?」

 平然と言うのでクラウスは絶句それ以上言葉が出てこない。
 そうしているうちにジャックがベッドの隣に腰をかけた。

「勘違いしてくれるなよ。オレは別にお前の事が憎くて刺し殺したんじゃあない。むしろこれは愛情だ」
「な、なにを言ってる?」

 ベッドが微かに軋むのに頬を引き攣らせつつも、クラウスは彼の顔を覗き込んだ。
 
 この危険な香りのする男が自分の息子ではないのは確実なはずなのに、なぜか胸を占める不安と違和感。

 一体なぜ誰もこの状況に異議を唱えないのか。
 そんな不信感さえ嘲笑うかのように彼は小さく笑い顔を近づけてきた。

「この世界は単なるタイムリープ繰り返しにすぎない」
「……え?」

 たしかあの女神も同じことを言っていた。しかしその意味がまるで分からないのだ。
 そんなクラウスに彼は続けてささやく。

「オレたち三人のどれかがお前を殺せばそこで終わり。今度は殺したやつがお前の息子としての世界が始まるんだ」
「そんな理解できるかよ!」

 頭がおかしくなってしまいそうなのを必死でこらえながらクラウスは叫んだ。

「じゃあなにか!? 今までのことは全部夢みたいなもんで、これからも何度もこの生活を繰り返さなきゃいけないってことかよ!」
「夢じゃないさ、これまでもこれからも」

 混乱する彼を強引に抱きしめてジャックは笑みを浮かべる。その瞳は異常なほどの執着と喜びに満ちているようだった。

「ずっとやってきたんだぜ。お前はそれまで何度も壊れて記憶を失ってきたが、それでもオレたちはお前を手入れようと必死だった」
「そんな……っ、なんで」
「抗うなよ。もう身を任せちまえ、ずっと愛された生活なんだから」

 ――うそだ。

 全ては無駄だったのだ。良き父でいたいという気持ちも、目の前の子供たちを愛することも。そしてなにより自由を求めることさえ全てが意味が無かった。

「ジャック様」

 いつ間に入ってきたのか、執事が彼らの前に立っている。

「医師が到着いたしました」

 いい歳をした親子が抱き合う様子にも眉ひとつ動かすことなく、淡々と言うリュウスの後ろからぴょんと飛び出してきたのは思いもよらぬ人物であった。

「やっほ~♡ みんなのアイドルっ、女神アガレスちゃんだよ!」
「ひぇっ!?!?!?」

 思わずクラウスか妙な声をあげたのも無理はない。
 なぜならそこには (体感的には)つい先程、自分を不可解な大穴に落とした美少女が立っていたのだから。

「アガレス医師です、クラウス様」
「そ、それ……なんで彼女が……」

 混乱した頭がさらにパニックを起こす。
 しかしリュウスもジャックもそれがまるで大した問題ではない、それどころか街で高名な医者に対するように恭しく彼女に話しかけたのだ。

「今朝、ベッドから落下して頭を少しばかり打ったのか錯乱状態なのです」
「おいリュウス君、ふざけてるのか? 彼女のどこが医者にみえるんだ!?」

 慌てて遮ろうも彼は綺麗な顔を小さく歪めて微笑んだ。

「クラウス様、診察中はお静かに」
「っ、一体どうしちまったんだよ! なあ俺の言ってることはおかしいのか!? 」

 憤りと不安を隠さず二人の方を見ると、彼らはなんと薄く笑っているのである。

 それはまるでここで起こっていることをすべて。そしてクラウスよりずっと深く事情を理解しているような微笑みであった。

「お、お前ら……まさか……全部……」

 これがいっそ自分の妄想、悪夢であってくれと願う。

 この世界がまるきり虚構ですべてが最初から支配されていたものだなんて到底受け入れられるはずがなかった。

「ぅ、うわぁぁぁぁっ!!!」

 一瞬でパニック状態におちいったクラウスは叫びながら立ち上がりその場を駆け出す。

 とにかく逃げねば、そう思ったのだ。

 ――助けて、誰か助けてくれ。

 壊れそうな精神を必死につなぎ止めるように走る。
 長い廊下をひたすら、いるはずのない助けを求めて駆けずり回ったのだ。

「あらクラウス様」
「美しいお姿」
「純白のドレスがお似合いですわ」

 なぜかゆく先々にはメイドや使用人たちが、微笑ましいモノを見るかのようにこちらを見て声をかけてくる。
 
 そこでふとクラウスは自らの姿を見下ろし、そしてまた絶望する。

「あ……ぁ……」

 ――悪夢だ、きっとそうだ。これは現実なんかじゃない。

 シンプルであるか品のある真っ白なドレスを身にまとっていた。とても男が着るべきものではない。
 まるでそれは楚々とした花嫁のようで。

『……この世で一番美しく愛しい人』

「!?」

 突然、声が辺りに響く。
 それは甘露のように甘く、それでいて強い執着と執念を感じさせるもので。
 クラウスはその声に怯えて立ち止まり、その場に座り込んでしまう。

 しかしさらに【声】は語りかけてくる。

『永遠の愛を誓います』
『結婚してください』
『必ずお前を手に入れる、なにをしてでも』
『ずっと一緒にいましょう』
『死すら見放したこの世界で』

 それはジャックだけでなくヨハンやガルムのもので、彼らが代わる代わるかけてくる言葉がさらにクラウスを追い詰めた。

「うるさいッ! 黙れ、黙ってくれ!!!」

 ――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 これ以上、彼らのいいように弄ばれるなんて。

『…………嘘つき』
「!?」

 右耳に吹き込まれた声、反射的に左に飛び退こうとするが。

『お前はオレたちを愛したいはずだ』
「ヒッ!?」

 今度は左耳から吐息混じりに囁かれる。
 だから後ずさろうとしたがやはり無駄だったらしい。

『どこにいくのクラウス』

 後ろから声が聞こえた瞬間、その目を優しく覆われた。

「「「今度は誰と結ばれたい?」」」

 彼らの言葉が重なったと同時にクラウスの、いや蔵谷 恭蔵の意識が再び堕ちた。
 

 


 ※次は蛇足という名のエピローグ(プロローグ)です。

 

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