嫌われオメガが婚約破棄を申し出ました

田中 乃那加

文字の大きさ
12 / 32

悪役令息が婚約者をするまで⑤ ※R18注意

しおりを挟む
 
 ※※※


 確かに日付を超えていた。
 深夜一時前。自宅のドアを開けた瞬間、皇大郎は中に引きずりこまれた。

「っ、な゙!?」

 真っ暗な玄関に引き倒され、強かに背中を打つ。
 痛みと恐怖に息が止まるが一体何が起こったのかすら分からなかった。

「遅かったな、皇大郎」

 地を這うような冷たく低い声。倒れ込んだ身体に乗り上げた黒い塊が、人であることに気付いた時にはもう手遅れで。

「だ、だれ……だ」
「婚約者を忘れたのか。悪い子だな」

 ようやく絞り出した疑問に答えたのは抑揚のない言葉。
 いや、よくよく耳をすまさなくてもわかっただろう。それが怒りに震えていると。
 
「貴島社長?」
「ちゃんと名前で呼べよ、って」
「お前、覚えて――」
「忘れたことない、ずっと」

 でもどうして懐かしい感動の再会にならないのだろう。というか何故怒っているのか。
 ここへは来た事ないのに。

「か、鍵……鍵はどうしたんだよ。っていうか、退いてくれないか。電気もつけないと」
「そんなもの必要ない」

 高貴は吐き捨てるかのように言うと、なにか手にしたものを突きつけてきた。

「おい! なにする気だっ、やめろ」
「暴れるなよ。怪我するぞ」

 真っ暗な部屋の中ではよく見えない。しかし辛うじて間近で見て、なんだか鈍く光る細く鋭いモノ。
 もう片手で掴まれた腕に深々と突き刺さり、それがようやく注射針だと理解した。

 ――なんで。

 注射、つまりなにか薬品を注入されたのだ。
 しかしなんの目的で? そもそも何をするつもりなのか。

 それらの疑問がすべて脳内を周り切る前に、急激な変化が皇大郎の身に起こり始めた。

「っ、は、ぁ……!? な、に゙っ、こ、れぇ……」

 熱い。まず数秒、まるで火に焼かれたようにな熱が身体を苛む。
 そして次にじわりと

「おかっ、しい……これ……なに、なんで、やだ……っ、ぼく、に、なにした……!」

 ――あの時みたいな。

 タチの悪いアルフ達に絡まれた時と似ているがそんなのとは比べ物にならない症状に、大きく目を見開き首を力なく振った。

「はつ、じょう、き?」

 しかし薬は飲んだはず。なのにどうして――。

 恐慌状態に陥り潤んだ瞳にうっそりと笑う男が映る。

「勝手に薬飲みやがって。俺の、俺だけのオメガのくせに」
「なんっ、の、こと……か、身体がおかしいっ、たすけて、くれ! たのむ、から」
「やだね。それになんだその服」

 着ていたジャージを力まかせに掴まれた。さすがに布地が裂けることはないが、嫌な音はする。

「他の男の匂いがついたモノを身につけるなんて、ひどい裏切りだな」
「う、うらぎり……?」

 顔こそ笑っているのだろうが、爛々と輝く目の瞳孔が開いていて恐ろしい。怒りに我を忘れている、そんな人間の顔だ。

「ちゃんと待っててやろうと思ったのになァ」

 大きく歪んだ笑みを浮かべた男は次の瞬間、皇大郎の服を乱暴に脱がし始める。
 
「や、やめろ! やだっ、はなせ!!」

 当然抵抗するがどうにもならない。ただでさえ薬で上手く動かない身体。おそらく強制的に発情を起こすモノを注入されたのだろう。

 どんどん疼きは酷くなり、衣服が肌を擦るだけで身悶えしてしまうほどに。

「あっ、あっ、あぁ」

 ――嫌だ。嫌なのに。なんで。

 どうしてこんな事をされなければならないのか。
 貴島 高貴という男が分からない。

 お飾りの婚約者を放っておいて、他に恋人をつくるような奴ではないのか。なのにどうして、まるで着ている服にまで嫉妬して無理やり身体を暴こうとしているかのような。

「もうガチガチだな」
「や……っ、み、見るなぁ!」

 あっという間に全裸に剥かれ、手首を押さえられ隠すことすら出来ない股間を指摘される。
 彼の言う通り、直接触れられたわけでもないのに既に硬く勃起したそこは自らをオスであると身の程知らずにも主張していた。

「最後に情けでも掛けてやろうかな」
「っ、ふざけん……ッあ、あぅ、ぁ! あぁ、ぁあぁ!」

 情け、とは雄のようにペニスで射精させることらしい。
 いきなり荒々しい手つきでソコをしごかれ、無様にも腰を突き上げるように揺らし快感を追い求めてしまう。

「んぁっ、あっ、あっ」
「これでイったら次はもうメスにするからな」

 オメガとなってからはロクにそういう行為をしていない。自分で慰めるのも滅多になく、あってもまるで排泄するかのように淡々としてきたのだ。
 それが他人の、しかもよりにもよってこの男の手で弄られるとは。

「もうやめっ、で、でる! でるからっ!!」
「これもなかなかエロいな。ちゃんと見ててやるからしっかりイけよ」
「くそっ……変態……う、く、ううっ、ぅぁ、うぅぅッ!!」

 せめて声くらい殺そうと唇を噛んで目を閉じた。
 そして苦悶の表情を浮かべながら呆気なく吐精してしまう。

「なかなか濃いな」
「はぁ……っ、あ、ぅ……も、もう、離して、くれ」

 ぜぃぜぃと息を吐きながらぐったりと横たわる皇大郎は呟くように言った。
 何を考えているのかさっぱり分からないが嫌がらせであればもう飽きてくれるだろうとの事だが、そんな甘い話があるわけない。

「ハァ?」

 素っ頓狂な、それでいて心の底からバカにした声で高貴は答える。

「なに言ってんだ。
「……え゙?」

 暗闇の中、それでもギラギラと嫌な輝きを見せる瞳と視線が絡まった。

「誰のモノかわからせてやるよ、こうちゃん」

 ――あ。

 胸を掻き毟りたくなるほどの甘く濃い香りが辺りに立ち込める。
 もう手遅れ。一事が万事、遅かったのだ。
 特に逃げ道はとっくに塞がれている。









 ※※※

「あ゙ぁぁァッ!! や゙、や゙め゙でぇぇ゙っ! も゙、いぎだぐない゙っ、い゙ぃぃ」

 ぐちゅぐちゅ、という水音と。

「っ、ほら、ちゃんと受け止めろよ! 中に出すぞ!!」
「い゙やだぁ゙ぁぁ……」

 荒々しい息遣いと湿った肌同士がぶつかる粘着質な音が音響となって、すっかり茹で上がった皇大郎の脳みそまで犯していた。

「ん゙ひぃぃ! あ゙ーっ、あ゙っ、あぅっ」

 ――だされてる。中に。せいし、いっぱい、僕のなかに。

 もう何度目だろう。
 無理矢理身体を暴かれ開かされて犯される。薬で引きずり出されたオメガの本能に抗えず、こうやって何時間も玄関で抱かれ続けている。

 体位を変えて何回も。
 もう辞めて欲しいと懇願しても、罵詈雑言を浴びせて抵抗しようとしても。そんなものは雄を煽るだけの媚態しかならないのを彼は知らない。

「あー……あ……ぁ」
 
 涙を流し与えられる快楽に茫然自失する姿は、もはや男のそれではない。強い雄に組み敷かれて子種を注がれる雌としての色気が増していくのである。

 ――ころしてくれ。

 望まない快楽が心を狂わせてくる。せめて痛めつけられるのであればよかった。
 しかし目の前のこの男は荒々しい言葉とは打って代わり、身体を暴く時はすがりつきたくなるほど優しく甘やかすのだ。

「んぅっ、ん゙っ、む、ぁ」

 壊れた玩具のように揺さぶられる時も、不意に与えられる口付けに深く蕩けさせられる。

 ――狂う、狂ってしまう。

 自分が自分でなくなるのは恐怖だ。ここまでぐちゃぐちゃにされても、まだわずかばかりに残った理性こそが皇大郎を苛んでいることを彼は知らない。

「なぁ

 ――呼ぶな。

 その名前で呼ばれるたびに踏みにじられていく。記憶が、思い出が、幼い美しい時間が。

 どれだけ冷遇されても。いやまず婚約したのだって彼だったからだ。
 美少女と見まごうばかりの少年と頬を染め合ってした秘密のプロポーズ。なぜか大人になっても色褪せることのなかった思い出は、いつしかこの灰色の日々の一抹の希望となっていたのである。

 それなのに。

「言っただろ、たろくんは俺のお嫁さんだって」

 ――違う。

「ずっと覚えてたんだ。俺のオメガ。俺の、俺だけの」

 ――違う。

 オメガじゃない。いやなかった。そんな穢らしいものじゃない。彼は、は。

 必死で抗おうと回らぬ口を動かそうとするが、そうするとまた舌を吸われてしまう。
 くぐもった息遣いと湿った音が薄暗い部屋に反響する。

 ……外はきっと少しずつ夜が明けてくるのだろう。
 それなのにまだここは、重く囚われたままだ。
 

 
 
 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

嘘つきの婚約破棄計画

はなげ
BL
好きな人がいるのに受との婚約を命じられた攻(騎士)×攻めにずっと片思いしている受(悪息) 攻が好きな人と結婚できるように婚約破棄しようと奮闘する受の話です。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...