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オメガの子は②
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一体どこで間違えた。
そう自問自答する間さえ与えられない。
――約束を違えたお前が悪い。
剥き出しのうなじに歯を立てられる瞬間、そんな声が聞こえた。否、きっとそれは皇大郎自身の心の声で自責の念だ。
『やめろっ……やめてくれ!』
押さえつける腕は強く、同じ男なのに体格の差を見せつけられているようで屈辱だった。
『お前は誰だ、なんでこんなことを』
『たすけてくれ! だれか、来てくれ!!』
『こんなことしてタダじゃすまないぞ。絶対に後悔させてやる』
『痛い゙痛い゙痛い゙ッ、や゙だっ、離せぇ゙!』
『君もアルファだろう。こんなことで人生を棒に振るなんてどうかしている』
『ひっ、ぃ゙、あ゙、あ゙、だすげてっ、も゙ぅ、や゙だァッ、じだぐない゙ぃぃ』
交互に聞こえる声は全部自分のもので頭を抱えたくなる。
――なんだこの夢。
そう夢なのだ。それだけはわかる。
しかし今までのどの場面とも違う、ここはひたすら暗く何もない。でも自分と悲鳴や怒声が交互に響いてくる。
『そんなところでなにしてるんだ?』
『な……なにを、飲ませたっ……ぁ゙』
『貴鳥 高貴って。へぇ! 君があの。男だってのは知ってたけど、えらく大きくなったよね。僕? バカ言うなよ、これでも結構身長あるんだからな』
『あっ……そんな……とこ、さわんなぁっ、ひ、ひぁっ!? なん、で……そんな』
『結婚? なにいってんだ。君もさしずめアルファだろ、だいたい僕には恋人がいるんだ。オメガの可愛い子でさ。君にもいるだろ、だって――』
耳を抑えてその場にうずくまりたかった。
でもなぜだか今の皇大郎には何もない。手も足も頭さえも。
意識だけが浮遊しているような妙な感覚。気持ち悪くて吐き気が止まらないのにどうすることも出来ないのだ。
『そうだ、今度紹介しようか。彼女の姉もオメガでさ。知ってるだろう、あの楠木家だよ』
『あ゙ぁぁぁっ、や゙らっ、やめ゙てっ、もうイ゙ぐのや゙だぁぁ』
――もうやめてくれ!
皇大郎はたまらず叫んだ。
※※※
「くらえ。濡れタオル」
「!?!?!?!?」
ひんやり冷たく濡れたものを顔にぺたぺたされて飛び起きた。
「っ、な、なん、なに!?」
「おはよー。っても夜だけど」
目の前に現れた顔と声。それは見慣れない姿で。
「へ?」
耳の辺りにツインテールをたらした、鳶色の瞳が印象的な美少女。歳の頃は十歳程だろうか。
小学生の知り合いはいないし、もちろんこの少女のこともはじめて見た皇大郎は突然のことに状況判断で出来ずにいた。
「あの」
「寝ぼけてんの? あーあ、ママったらまた変なの拾ってきちゃって」
「へ、変なのって……」
随分な言われようだが、まずここはどこだろう。
辺りを見渡そうと視線を回すと。
「うっ」
一気に吐き気とめまいが襲ってきて思わず布団を敷いた床にうずくまった。
「もしかして吐きそう?」
「と、トイレ……」
「待ってて」
少女は皇大郎の言葉をフルシカトして奥に駆け出していく。
――ここ、本当にどこなんだ。
寝かされていたであろう布団も部屋に敷き詰められてる絨毯も。あとようやくチラリと眺めた部屋の景色も全部見覚えの全くないもので。
「はい洗面器。トイレまでもたないでしょ、それ」
「え……」
やおらに差し出されたのは洗面器にご丁寧にもポリ袋をつけたもの。
どうやら吐くならそこで吐けということらしい。
「あ、吐いたあとには水分とってよね。枕元にスポドリとお茶、置いといたから。どっちでも飲めるもの飲んで」
「あ、あの」
「二日酔いの特効薬はないの!」
ビシィッと指さされる。
「だ・か・ら安静第一。あとでママ特性の味噌汁温めてあげる」
そう言って少女はこちらにランドセルをもってきた。
「あ、ありがとう。でも僕、なにがなんだか……」
「なんにもママから聞いてないの?」
ママとはこの子の母親のことだろうか。だとしても皇大郎には身に覚えがなさすぎて頭をひねる。
「大西 朱音、それがアタシの名前。うちのママが店で酔っ払って倒れちゃったお兄さんを連れてきたんだよ? 」
本当に覚えてないの、という表情の少女を前に彼はハッとなった。
「大西って……健二さんの娘さん!? てかあの人、こんな大きな子がいたんだ」
年齢こそ知らなかったが、三十前に見えたのに。そこでふと彼がオメガであった事を思い出す。
――産んだのかな、あの人が。
オメガは男でも子を産むことができる。それが目の前に突きつけられたかのようで、なんだかまた胸が重くなる気分なった。
「顔色悪いね、一度吐いとく?」
「そんな一杯飲んどく? みたいなノリで……」
「あはは。お兄さんってばおもしろい」
ケラケラとした明るい笑い方はたしかに親子かもしれない。顔だって可愛いし、もしかしたらこの子もオメガかもしれないと思うと少しホッとした。
「ごめんね。君にも君のお母さんにも迷惑かけて」
「ううん、良くあることだよ。ママったら可愛い子はいつもお持ち帰りしちゃうんだから」
「お、お持ち帰り……」
ずいぶんマセているようだが小学生とはこんなものだろうか。
そうこうするうちに朱音はランドセルからノートやら筆箱やら出してきた。
「宿題?」
「そ、アタシ勉強嫌いなんだけどやんなきゃママに怒られるから。怖いんだよ? ゲンコツしてくるし」
「へえ、意外だな」
ああみえて肝っ玉母ちゃんなのかもしれない。
「ねえアンタ、名前なんていうの」
「え?」
「な・ま・え! まさか無いわけじゃないでしょ。野良猫じゃないんだから」
「あ、うん。あるよ」
ズケズケと言われ少し押されながらも自己紹介をした。
「ふうん皇大郎……じゃ、たろくんね」
――たろくん、か。
あまり呼ばれたい呼び方ではない。でもそんなことを子どもにいうのもはばかられて、皇大郎は大人しくうなずいた。
「朱音ちゃん? はこの時間いつも一人なのかな」
時刻は八時。きっと健二が店に出ている間、ここはこの子だけになる。
少女は慣れた調子で。
「そうだよ。あ、でもたろくんは違うよね?」
「違うって……」
そこで突如として強い圧と、嗅いだことのある強い匂いを感じて身を震わせた。
――こ、これは。
「わかる? わかるよね、ママがいつもお持ち帰りする人は男でも女でもオメガしかいないから」
「っ、君、はもしかして……!?」
少女は鷹揚にうなずいた。
「アタシはアルファ。これってフェロモンっていうんだって。よくわかんないけど、普段はこれしちゃ駄目なんだけど。たろくんにはいいかなって」
「な、なんで……」
これはアルファが他人を威嚇するようなものとは少し異なり、オメガを屈服させ喰らいつくためのものだ。
酔いが覚めたはずの頭にまたモヤがかかり、ぶるぶると手足が震えてきた。
「なんでって」
朱音は少し首をかしげて考える素振りをしたあと。
「んー、何となく? お兄さんの顔みてるとなんかイジメたくなっちゃうんだもん」
と子ども特有の残酷そうな顔で笑った。
――なんてことだ。
小学生の女の子に襲われるなんて。それほど皇大郎のオメガフェロモンが合わない抑制剤によって漏れた状態になっているのだが、彼自身がそれに気づいていない。
「たまにねアタシのこと襲おうとするヤツがいるの」
「……ぇ」
「でもこれをすると逃げていくから。でもたろくんのはちょっと違う、かも」
「あ、朱音ちゃん落ち着いて」
ただならぬ空気と彼女の表情に、ジリジリと部屋の隅に追い詰められていく。
「ねえ、逃げないで。たろくんってば、すごくいい匂いがするよ」
「待って! ね、落ち着こう? 僕は男だよ、危ないから」
「危なくないよ。たろくん、なんだか美味しそう」
「!」
逃げるなと言わんばかりの威圧。ダラダラと汗がしたたる背中を壁に押し付け、皇大郎は逃げにようにも二日酔いとフェロモンによって立ち上がるのもままならなくなっていた。
――どうしよう、これはヤバい。
本当に力でどうこうなるとは思っていない (しかしそれも彼の見当違いなのであるが)。
しかしこれを他人が見たら?
オメガ男性がアルファ少女をフェロモンで惑わせたと世間はみるだろうか。
これ以上失うものはないと豪語していたがそれこそ間違っていたのかもしれない。
「たろくん?」
「ば、バカなことはやめてくれ」
「バカじゃないよ。アタシ、好奇心旺盛だって先生に褒められたことあるんだよ?」
彼女が肉食獣さながらに舌なめずりした瞬間だった。
「……いい加減にしな。お前の好奇心旺盛ってやつは先生に怒られた時のやつだよ、バカ娘」
「!?」
突然後ろから現れたのは健二。平然と、朱音の脳天にゲンコツをくらわせた。
「いったーい! ママってばゴリラなんだからぁ」
「かわいこぶるんじゃないよ、まったく。初対面の人間をいじめるのをやめなって何回言ったと思ってんのさ」
「だって可愛いんだもん☆ ママだって可愛い一人娘が襲われたら嫌でしょ」
呆れ果てた健二の言葉にもへこたれる事無く、むしろニッと笑って言い返す娘。
「むしろお前が襲おうとしたのに?」
「イヤだなぁ。ちょっとからかっただけじゃん。だってたろくん、イジメたくなるんだもん」
そもそも確信犯だったらしい。
ポカンと座り込む皇大郎をよそに、親子の言い合いは続いていた。
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