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若きアルファの破滅③
しおりを挟む「――とか言って、毎日来てくれてる」
「まあね」
カウンターの向こう側から、猫のようにしなやかに笑う男にグラスをかかげる。
「キミの魅力に毎晩引き寄せられてしまうもので」
女を口説くのとそう変わらない言葉をかければ今度は鼻で笑われた。
「キミって本当に嘘が下手くそ」
「チッ」
この茶番はもう定番となっている。
「兄はどうしてる」
「どうって、いつも通り元気にしてるけど」
皇大郎の近況を聞いて適当に流されるのも。
ここへは家出をした兄を心配した弟のていで通っていた。
直接会うことも尾行させることも通報するぞと叱られたもので、だったらせめて話だけでも聞かせろと押しかけてる――という設定なのだ。
実際はさっさと実力行使をすれば手っ取り早いのだがここで酒の味を覚えてしまったのと、時間をかければかけるだけ後からあの兄を傷つけられると思うと遠回りも苦ではなくなっていた。
――別にこいつに会うのが目的とかではないが。
開店後すぐの早い時間から、人が増えるまでの関係。他愛のない雑談や憎まれ口、少し酔ってしまった時は仕事や家の愚痴も話してしまうこともあった。
「あいつらのせいでうちは今、かなり大変なんだ」
「あいつら?」
酔いで火照る顔を歪めて忌々しげに口を開く。
「そう。お祖父様があんなのと再婚しなきゃ、オレたちも苦労することなかったんだ。あの性悪のアバズレめ」
「言ってみればその人はキミのお祖母様ってやつじゃないのかい? そこまで毛嫌いするのも事情があるみたいだね」
健二の方はまるで天気の話をするかのように。しかしカウンターの下、なにやら右手が動いたのを彼は知らない。
「うちの会社の会社経営で勝手なことばかりしたかと思えば、人事にまで口を出してきやがるババアだった。えらそうにオレに説教までしてさ」
両親も彼女には眉をひそめていたのだ。
「だいたいあの女、うちの家系には逆立ちしたって入れないほどの家の出なんだと。どうせお祖父様に気に入られるために女の武器を使いまくったに違いない」
祖父はあの家では絶対的な立場であった。
表向きは跡目を継いだとされる父も従順にならざるを得なかった。
全てのことにおいて決定権があるカリスマ。家庭人としても子どもたちはワガママを言うどころか逆らうことすら許されない独裁者であった。
そんな祖父が早くから亡くした妻の後に結婚相手として連れてきたのは純代である。
かなり歳をとってからの再婚であり当然周囲は驚いたが、祖父は頑として譲らなかったのだ。
父や親類から聞く前妻は、良家のお嬢様らしく三歩も五歩も下がる女性であったという。
彼女はそれとはまったく真逆のタイプであった。
物怖じせず自分の考えを話し、知的で明るく美しい。それは年齢を重ねても変わらなかった。
御笠家や他の、いわゆる良い家柄と言われる一族にはまだまだ男尊女卑が根強く残っているところも多い。
女は男の後ろに下がっているのが正しく、間違っても出しゃばることのないよう厳しく躾られるのだ。
ちなみに女であってもアルファであればようやくベータ男性と同等か多少上の地位が認められる。
跡継ぎ候補として名乗りを上げることが許されるのだが、いかんせん男のオメガと同じく希少だ。
「ふうん、それほどキミのお祖父さんは惚れ込んで結婚したと。愛だねぇ」
「なにが愛だ、くだらない」
親戚連中は祖父本人には言えないくせに息子夫婦である父や母、果てはこちらにはネチネチと文句を垂れるのだからたまったものではない。
「美談だの真実の愛だのっていうモノの影には、こういうはた迷惑な事情があったりする」
鼻を鳴らしバカにした様子でグラスを煽る。
「それに兄さんだって分かってるはずだ。このゴタゴタで家族がどれだけ悲しんで心配してるかって」
そこでチラリと健二の顔を見た。
ここらで家族や両親というワードで揺さぶってみようかと思ったのだ。
相手のことはそれなりに調べている。
死別からのシングルマザーで小学生の娘が一人。
もちろん自宅の場所も特定済みだ。
その気になれば無理矢理家に連れて帰ることも出来るのだが、それは本当に最終手段だ。
「なんだかんだ言って両親だって泣いてるんだぜ」
嘘だ。泣くようなタマではない、二人とも。むしろ父親は仕事の心配ばかりで、母親はヒステリックに兄や自分を責めてなじるだけ。
我が親ながらどうしようも無い、と鼻で笑いたくなるのも仕方がないのである。
「きっと兄さんだって分かってるだろうな。自分がいかに親不孝をしてるいるって」
――まぁオレならそんなこと考えないけどな。
親なんて経済力やコネを利用するだけする寄生先という認識しかない。少なくとも恭二にとっては。
親の愛情と期待を一身に受けてきた兄の気持ちなんて考えてやる義理なんてない。ただ自身の口から出る綺麗事に吹き出してしまわないようにだけ気をつけるだけだ。
「だからアンタからも言ってやってくれないか」
「……」
「頼むよ、健二」
他の客とは違う呼び方あえてする。そして手のひとつでもにぎって甘えてやれば、男も女もイチコロなのは経験でよく理解している。
「オレが会いに行けばきっと兄さんは驚くし怖がるだろ? ただでさえほら……オメガだし」
そこで躊躇いがちに首を少し傾けて、悲しげに声のトーンを落とす。
「兄さんがびっちングしたことだってオレはまだ受け止め切れてなかった。だからひどいことも沢山言ってしまったんだ。もちろん悪かったと思ってる」
――下等生物めが、思うわけないだろ。
普通にざまぁみろと思ったし、いっそ性欲と支配欲の処理にでも使ってやろうかと魔が差しかけたこともある。
しかし恭二はそこまで馬鹿では無い。自らの目的もあるし、くだらない執着心に心奪われて暴走するわけにはいかないのだ。
あの男みたいに。
「もう一度、兄さんと話がしたい。そして仲直りしたいんだ」
――仲直り? 反吐が出る。
「婚約破棄のことはちゃんと何とかする。相手のしたことは許されないから」
――だとしても関係ないね。
「だから帰ってきて欲しいんだ。そのための協力をしてくれないか」
――ほら情に訴えかけてるぞ。絆されろ、涙のひとつでも見せてやろうか。
弱々しく俯いてみせると、健二は少し考える素振りをしてから。
「そうだね」
とうなずいた。
「いつまでもこのままじゃいけないね。そろそろきちんと終わらせるように、僕からも話をしてみるよ」
「そうか! 助かるよ」
――よし、やったぞ。
ようやく時期が来たらしい。
決心した様子の健二に、内心ガッツポーズの恭二は嬉々として酒を頼んだ。
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